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イランのホルムズ通航料、友好国優遇が原油市場を揺らす背景と盲点

by 中村 壮志
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ホルムズ選別通航が揺らす原油物流

イランがホルムズ海峡の通航を事実上の「選別制」に切り替え、通航料まで課し始めたとの報道が相次いでいます。単なる中東情勢の緊張ではなく、世界の原油物流と海運のルールそのものを揺らす局面です。ホルムズ海峡は、原油だけでなくLNGや肥料の輸送でも世界経済の急所に当たります。

今回の論点は、海峡を完全封鎖したかどうかだけではありません。むしろ重要なのは、誰に通すのか、いくら払えば通せるのか、どの旗を掲げる船が有利なのかという「選別通航」の設計です。公開情報を突き合わせると、イランは全面停止よりも、通航を政治的・商業的に管理する方向へ動いているとみられます。

通航料構想の実像

公開情報で確認できる制度の骨格

公開情報で最も具体的なのは、船舶が事前審査を受け、通過の可否と条件を個別に決められる仕組みです。ソウル経済新聞の英語版は、複数ソースを引用する形で、通航を希望する船社が所有構造、積み荷、目的地、乗組員名簿、AISデータを提出し、イラン革命防衛隊の指揮系統が審査すると伝えています。通過が認められた船には許可コードと航路指示が与えられ、原油タンカーでは交渉の起点が1バレル1ドル前後、VLCCなら約200万ドル規模になるという説明です。

ただし、通航料の水準や決済通貨、許可コードの運用は、イラン当局の包括的な一次文書で全面公開されていません。したがって、1バレル1ドルという数字は「広く報じられている実務水準」であって、画一的な法定料金とまでは断定できません。筆者が複数ソースを照合すると、先に実務運用が走り、その後に制度説明が追いかけている構図が実態に近いと考えられます。

それでも、通航が価格交渉の対象になっていること自体はかなり確度が高い状況です。USNI Newsは、革命防衛隊が「料金を払えば安全航行を認める料金所」を設け、船はイラン領海側のララク島付近を回るルートを使っていると報じました。アルジャジーラも、イラン領海内の「安全回廊」を通る新ルートができ、少なくとも一隻が通航権のために200万ドルを支払ったと伝えています。全面封鎖ではなく、有料の選別通航へ移っているという見方は、これらの報道で補強されます。

「友好国の旗」の意味合い

日本語見出しでは「友好国の旗掲揚」が強く打ち出されがちですが、公開情報をそのまま読むと、重要なのは単純な国旗掲揚というより船籍と対イラン関係の組み合わせです。ソウル経済新聞は、イランが各国を等級分けし、友好的な国ほど有利な条件を提示すると報じました。アルジャジーラは、中国、インド、パキスタン、イラク、マレーシアがイラン側と直接交渉していると伝えています。

この点を象徴するのがパキスタン向けの例外運用です。アルジャジーラとGeoによると、イランは20隻のパキスタン船籍船に通航を認め、1日2隻ずつ通す枠組みが動いています。さらにGeoは、パキスタン側が不足する自国船を補うため、外国船を一時的にパキスタン船籍へ付け替える案まで検討していると報じました。ここから読み取れるのは、イランが「誰の船か」だけでなく「どの国の旗で航行するか」を通航条件の一部にしている可能性です。

言い換えれば、「友好国の旗」とは象徴的な表現であり、実務では船籍の付け替えや二国間合意を通じた通行権の確保に近い動きです。通航料の負担以上に、船籍と外交関係が物流コストになる点が今回の本質です。

原油物流と国際法の分岐点

代替ルートの限界

ホルムズ海峡の重みは数字ではっきりしています。米EIAによると、2025年上半期の同海峡の石油通過量は日量2090万バレルで、世界の石油消費の約2割、海上輸送油の約4分の1に相当します。LNGも日量114億立方フィートが通過していました。IEAも2025年平均で日量約2000万バレル、世界の海上油取引の約25%、さらに世界のLNG貿易の約19%がこの海峡に依存すると整理しています。

問題は、代替路が十分ではないことです。EIAは、サウジアラビアの東西パイプラインとUAEのアブダビ原油パイプラインを合わせても、バイパス可能な容量は日量約470万バレルと見積もっています。IEAも、代替輸送余地は日量350万〜550万バレルにとどまるとしています。つまり、海峡を完全に開けなくても、選別通航で流量を絞るだけで市場には供給ショックが生じます。IEA加盟国が3月11日に過去最大の4億バレル放出を決めたのは、この構造的な弱さの裏返しです。

しかも影響は原油に限りません。UNCTADは、通航量が95%以上落ち込み、肥料とエネルギーの流れが同時に寸断されていると警告しています。3月最終週までに日次通航数は戦前の100隻台から一桁まで落ち込み、運賃や保険料の上昇が食料価格のリスクにもつながっています。通航料は表面上1ドルでも、実際の負担は保険や待機、再船籍化まで含めるとそれ以上に膨らむとみるべきです。

通航の自由と選別通航の法的緊張

法的には、ホルムズ海峡の通航を料金と政治的属性で選別する発想そのものが際どい位置にあります。国連海洋法条約第38条は、国際航行に使われる海峡で全ての船舶と航空機が「妨げられない」通過通航権を持つと定め、第44条は沿岸国が通過通航を妨げてはならず、停止もできないとしています。条約の文言を素直に読めば、敵対国か友好国かで実質的に条件を変える措置は、強い法的疑義を伴います。

もっとも、イラン側には反論の余地もあります。沿岸国は安全保障や航行安全を理由に一定の規制を主張できますし、IMOが1968年に採択した国際的な分離通航方式は、本来オマーン寄りの南側ルートを前提にしていました。ところが国連ジュネーブ事務所によると、現在わずかに通過している船はイランに近い北側ルートを使っており、事実上、イランの監視下を通る形になっています。イランはこれを「安全管理」と説明し得ますが、料金支払いと政治的審査が一体化すれば、単なる安全措置ではなく通航権の再配分とみなされやすくなります。

筆者の見立てでは、最大の法的争点は「課金」そのものより「差別的な条件付け」です。全船に透明な安全料を課すのであればなお議論の余地がありますが、友好国には優遇、敵対国には拒否や威嚇という運用なら、通過通航権の原則と衝突しやすい構図です。

個別交渉型通航と攻撃21件のリスク

現時点で最も重要な注意点は、通航料の細部がなお流動的だということです。1バレル1ドル、人民元やステーブルコイン決済、許可コード発行といった要素は複数の報道で一致しますが、制度の全貌を示すイラン側の公開文書は限定的です。したがって、「固定された新制度」よりも、「個別交渉型の管理通航が既に始まっている」と理解する方が実態に近いでしょう。

一方で、先行きは二つの方向に分かれます。第一に、パキスタン型の二国間合意や再船籍化が広がれば、ホルムズ海峡は全面封鎖から高コストの管理通航へ移る可能性があります。第二に、その過程で攻撃や拿捕のリスクが再燃すれば、保険会社や船主が再び航行を止め、名目上は開いていても実質的には閉じた状態が続きます。IMOは4月2日時点で商船への攻撃21件、死亡した船員10人、湾内に残る船員約2万人を確認しています。供給不安の本丸は、通航料そのものより「通れる船がどれだけ増えるか」です。

友好国優遇が促す海運秩序の再設計

イランのホルムズ海峡政策は、単純な封鎖ではなく、通航料と政治的選別を組み合わせた管理モデルとして理解するのが適切です。1バレル1ドルという数字は象徴的ですが、本当に重いのは、船籍、外交関係、保険、代替輸送路の不足が一体となってコスト化している点です。

日本を含むアジアの輸入国にとって、今後見るべき指標は三つあります。実際の通航隻数が増えるのか、サウジとUAEのバイパス能力がどこまで上がるのか、そして二国間合意による「友好国優遇」が常態化するのかです。ホルムズで起きているのは、一時的な混乱ではなく、海運秩序の再設計をめぐる攻防です。

参考資料:

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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