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トランプ円安発言が映す高市政権の八カ月空白と強まる防衛費圧力

by 中村 壮志
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円安発言が日米協調を揺らす背景

2026年9月、トランプ米大統領が高市早苗首相との会談で円安への懸念を示したことは、単なる為替発言ではありません。日本側は「円の過小評価は一般論として問題」と応じ、9月25日には日米財務相も円の過小評価への懸念を再確認しました。

問題の核心は、ドル円の水準そのものよりも、政策の整合性です。日本政府は「責任ある積極財政」を掲げ、日銀は利上げを進めていますが、市場にはなお財政拡張と低い実質金利が円安を支えるとの見方が残ります。本稿では、1月末の円安発言から9月の米側圧力までの八カ月を、通貨外交と安全保障負担の連動として整理します。

米財務省が重ねた市場軽視への警告

監視リスト入りが示す通貨外交の温度差

米財務省の2026年7月為替報告は、日本を中国、韓国、台湾、ドイツなどと並ぶ監視リストに残しました。報告対象期間に日本は為替操作国と認定されず、公式介入も実施していないと整理されています。それでも日本が監視対象であり続けるのは、対米黒字と経常黒字、そして円の長期的な割安感が同時に存在するためです。

同報告は、日本の対米財・サービス黒字を550億ドル、経常黒字をGDP比4.8%と示しました。さらに、2011年末から2026年4月末までに円の対ドルおよび実質実効ベースの下落がいずれも51%に達したとして、円の過小評価に踏み込んでいます。これは「日本が意図的に円安を誘導した」と断じるものではありません。しかし、米国から見れば、輸出競争力、投資流入、同盟国間の負担配分が為替でゆがんでいるという政治的な説明材料になります。

1月末の高市首相の選挙演説では、円安が輸出産業にとって機会になるとの趣旨が伝えられました。首相は後に「円高・円安のどちらがよいと言ったものではない」と軌道修正しましたが、市場が受け取ったのは「政府は円安を痛みとして扱い切れていない」という印象でした。財務省は2月3日の会見で、日米当局と緊密に連携すると説明しましたが、その後も政策の言葉は市場の信認回復に十分つながりませんでした。

共同声明から協調介入までの変質

2025年9月の日米財務相共同声明は、為替は市場で決まるべきであり、財政・金融政策は国内目的に向けるべきだと確認しました。同時に、過度な変動や無秩序な動きには対応し得るとの余地も残しました。この合意は、表向きには日本の円買い介入を米国が理解する枠組みでしたが、2026年には逆の意味も帯びました。つまり米国が、日本の財政・金融運営を為替に影響する政策として監視する土台になったのです。

4月28日から5月27日の期間には、財務省が1カ月で11兆7349億円規模の為替介入を公表しました。さらに7月31日には、日本が米財務省と協調して円買いを実施したと片山さつき財務相が発表しました。AP通信は、ドル円が介入前に163円台を上回り、発表後に155円近辺まで下げたと報じています。

協調介入は、日米関係がまだ機能している証拠です。一方で、米国が介入に協力した事実は、日本側に「次は政策で示せ」という圧力を残しました。市場が見ているのは、介入額ではなく、財政、金利、防衛費を含む国家運営全体の一貫性です。

財政と日銀正常化を縛る国内政治

責任ある積極財政の二面性

高市政権の経済運営は、「強い経済」と「財政の持続可能性」を同時に追う設計です。2026年度の政府経済見通しは、実質GDP成長率を1.3%、名目GDP成長率を3.4%、消費者物価上昇率を1.9%と見込みました。財政運営では、税収増を通じて債務残高の対GDP比を下げ、市場の信認を確保する方針を掲げています。

ただし、この設計は円相場に大きく依存します。同見通しは、2025年11月平均を基に、2025年12月以降の為替を1ドル155.2円で一定と仮定していました。ところが2026年夏にはドル円が163円台に接近しました。食料、エネルギー、防衛装備、半導体関連部材の輸入コストが想定より膨らめば、生活対策と成長投資の財源は同時に圧迫されます。

「積極財政」は、投資が生産性を高め、税収で返ってくる場合には市場に評価されます。逆に、減税や給付が財源不明のまま積み上がると、国債金利上昇と円安を招きます。AP通信は、高市政権の物価対策や税負担軽減策が財政懸念を強めていると報じました。米財務省の視点では、この曖昧さこそ円安を放置しているように見える要因です。

利上げ後も残る実質緩和の構図

日銀は2026年6月に無担保コール翌日物の誘導目標を0.75%程度から1.0%程度へ、9月には1.25%程度へ引き上げました。9月の声明は、円安、高い原油価格、AI関連需要が企業物価と消費者物価に波及していると分析し、基調的な物価上昇率が2%に近づいていると説明しました。

それでも円安圧力が消えないのは、日銀の利上げが米国との金利差を十分には縮めていないためです。FRBは9月16日に政策金利の目標レンジを3.75〜4.00%へ引き上げました。日銀の1.25%と比べると、単純な政策金利差はなお2.5〜2.75ポイントあります。円を売ってドルを買う取引の誘因は残ります。

加えて日銀は、国債買い入れ縮小を進めながらも、金融環境は緩和的だと説明しています。長期金利が急騰すれば国債市場の安定に配慮せざるを得ず、急な利上げは住宅、企業投資、財政負担を直撃します。つまり、日銀は円安を止めるためだけには動けません。この制約を米国が「日本の不作為」と読むか、「国内物価安定のための慎重運転」と読むかが、日米交渉の温度を左右します。

防衛費要求が為替問題を再燃させる経路

次の壁は防衛費です。防衛省は2026年度の防衛力整備計画対象経費について、歳出ベースで8兆8093億円を計上しました。2022年の国家安全保障戦略以来、日本は防衛力の抜本的強化と補完的取組を合わせ、GDP比2%程度、約11兆円規模を目標にしてきました。

米国の要求水準はそこにとどまりません。AP通信は、トランプ政権下で日本がさらなる防衛費増額を求められ、GDP比3.5%が視野に入る可能性を報じています。仮に政府見通しの2026年度名目GDP約691.9兆円を基準に単純計算すれば、3.5%は約24兆円です。これは現在の防衛費議論を大きく超える水準です。

ここで円安は二重の圧力になります。第一に、ドル建て装備や米国製部品の調達費を押し上げます。第二に、米国から見れば、円安で日本企業の競争力が支えられる一方、安全保障負担はなお米国に偏っているという不満を強めます。通貨問題は、貿易交渉だけでなく、インド太平洋の抑止力、中国対応、在日米軍関連負担の交渉に接続されます。

日本に必要なのは、防衛費の数字だけを積むことではありません。無人機、スタンド・オフ防衛、サイバー、弾薬、施設強靱化にどの程度の実効性があるかを示し、同時に財源の持続性を説明することです。円安対応と防衛費対応を別々に語るほど、米国には政策全体の本気度が見えにくくなります。

投資家が追うべき日米政策三指標

今後の焦点は三つです。第一は日銀の追加利上げの速度です。政策金利が上がっても、米国も同時に利上げするなら金利差は縮まりません。第二は2027年度予算で、防衛費、減税、物価対策の財源がどこまで明確になるかです。第三は米財務省の次回為替報告で、日本の扱いが監視リスト継続にとどまるかどうかです。

トランプ氏の円安発言は、為替相場への一言ではなく、日米同盟の請求書に近い意味を持ちます。日本が市場の信認を守るには、介入よりも先に、財政規律、金融正常化、防衛力強化を一つの政策文脈で説明する必要があります。

参考資料:

中
中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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