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世界モデルはLLMを超えるか、画像AI研究者が挑む次の主戦場

by 山本 涼太
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LLM中心主義を揺さぶる世界モデル競争

生成AIの主役は長くLLMでした。文書作成、検索、コード生成、業務エージェントの多くは、言語を入力し、次に来るトークンを高精度に予測する仕組みを核にしています。しかし、AIがロボット、自動運転、設計、ゲーム、映像制作へ入り込むほど、言語だけでは扱いにくい問題が前面に出てきました。

その受け皿として注目されるのが「世界モデル」です。これは環境の内部表現を作り、次に何が起きるか、行動すれば何が変わるかを予測するAIです。Fei-Fei Li氏のWorld LabsやYann LeCun氏のAMI Labsが巨額資金を集めたことで、画像認識を発展させてきた研究者たちが、LLM後の主戦場を物理世界へ移し始めた構図が鮮明になっています。

言語モデルの限界を突く物理世界理解

テキスト予測では弱い因果と空間

LLMは、人間が書いた大量のテキストから統計的な規則性を学びます。この能力は知識検索や文章生成では強力ですが、物体の重さ、遮蔽、摩擦、奥行き、時間変化といった物理世界の制約を直接観測しているわけではありません。結果として、言葉では自然に説明できても、現実の環境で何が起きるかを安定して予測する力には限界があります。

MITの研究は、この弱点を分かりやすく示しました。大規模言語モデルはニューヨーク市内の経路案内のようなタスクで高い正答率を出せる一方、内部に正確な地図を形成しているとは限らない、という結果です。つまり、正しい答えを出すことと、世界の構造を理解していることは同じではありません。実業務では、この違いが安全性や再現性に直結します。

LeCun氏がLLM中心の発想に批判的なのも、この点にあります。同氏は現在のLLMパラダイムの寿命は短く、数年内にAIシステムの中核としては別の構成が必要になるという趣旨の発言を繰り返してきました。論点は、チャットボットが消えるかどうかではありません。AIが計画し、行動し、失敗から修正するには、言語の背後にある物理的な因果を扱うモデルが必要だという主張です。

JEPAが重視する抽象表現の予測

LeCun氏がMeta時代から進めてきた代表的な研究が、Joint Embedding Predictive Architecture、略してJEPAです。一般的な生成モデルは欠けたピクセルや単語を復元しようとしますが、JEPAはピクセルそのものではなく、抽象表現の空間で未来や欠落部分を予測します。予測不能な細部を無理に当てるのではなく、行動に役立つ高次の状態を学ぶ発想です。

Metaは2023年に画像版のI-JEPAを公開し、2024年には動画を対象にしたV-JEPAを発表しました。さらに2025年のV-JEPA 2では、動画で物理世界を理解し、ロボット計画に使う方向へ踏み込みました。Metaの説明によれば、V-JEPA 2は12億パラメータ規模で、100万時間超のインターネット動画を含むデータから事前学習し、62時間未満のロボット動画で行動条件付きの世界モデルへ調整されています。

この結果、未学習の環境で物体をつかみ、別の場所へ置く短期タスクに使える可能性が示されました。Metaは一部のピックアンドプレース課題で65から80%の成功率を報告しています。数値だけを見れば実用ロボットとして十分とは言えませんが、特定環境で大量の教師データを集める従来型のロボット学習から、動画観察を起点にした汎用的な計画モデルへ移る道筋を示した点が重要です。

世界モデルの狙いは、LLMを単純に置き換えることではありません。むしろ、言語モデルが人間との対話や指示解釈を担い、世界モデルが空間、時間、物理法則、行動の帰結を担う分業に向かう可能性が高いです。AIの中核が「次の単語」から「次の状態」へ広がることが、いま起きているパラダイム転換の本質です。

画像AI研究者が率いる二つの対抗軸

World Labsが狙う空間知能

World Labsは、コンピュータービジョンの大型データセットImageNetで知られるFei-Fei Li氏が、Justin Johnson氏、Christoph Lassner氏、Ben Mildenhall氏らと立ち上げた企業です。同社は自らを「空間知能」の会社と位置付け、3D世界を知覚し、生成し、推論し、相互作用できる基盤モデルを開発していると説明しています。

同社の最初の製品がMarbleです。Marbleはテキスト、画像、動画、粗い3Dレイアウトなどを入力として、空間的に一貫した3D世界を生成します。生成した世界は編集、拡張、結合でき、Gaussian splats、メッシュ、動画として書き出せます。World Labsのドキュメントでは、パノラマ生成は数十秒、通常の世界生成は数分、高品質メッシュ生成はより長い時間を要するなど、研究デモから制作ツールへ寄せた仕様も確認できます。

この方向性が重要なのは、3D制作のコスト構造を変えうるからです。ゲーム、映像、建築、製品設計では、2Dの絵や文章から一貫した3D環境へ変換する工程に多くの専門作業が必要でした。Marbleのような世界モデルが成熟すれば、初期案の可視化、レベルデザイン、仮想撮影、シミュレーション環境の作成を短時間で回せます。AIが作るのは完成映像だけでなく、入って歩ける制作素材になるわけです。

資金面でも期待は大きいです。World Labsは2026年2月、AMD、Autodesk、Emerson Collective、Fidelity、NVIDIA、Seaなどを含む投資家から10億ドルの新規資金を調達したと発表しました。これは動画生成ブームの延長ではなく、3D制作、ロボティクス、科学発見までを含む「物理世界の基盤モデル」への大型投資と見るべきです。

AMI Labsの反生成型アーキテクチャ

一方のAMI Labsは、LeCun氏がMeta退社後に共同創業した世界モデル企業です。公式サイトでは、実世界を理解し、永続メモリを持ち、推論と計画ができ、制御可能で安全なAIを作ると掲げています。拠点はパリ、ニューヨーク、モントリオール、シンガポールで、Alex LeBrun氏、Laurent Solly氏、Michael Rabbat氏、Pascale Fung氏、Saining Xie氏らが名を連ねています。

AMIの特徴は、生成モデルをそのまま物理世界へ拡張することに慎重な点です。実世界のセンサーデータは連続的で高次元、しかもノイズが多く、細部の多くは本質的に予測不能です。そのためAMIは、入力を忠実に再構成するより、抽象表現を学び、表現空間で予測する世界モデルを重視しています。これはJEPAの思想と地続きです。

TechCrunchやWIREDの報道によれば、AMI Labsは2026年3月に10億3000万ドルを調達し、プレマネー評価額は35億ドルとされました。売上実績より先に研究チームへ資金が集まる構図は、生成AIバブルの一部にも見えます。ただし、LeCun氏の狙いは短期のチャット製品ではなく、製造、医療、ロボティクス、産業制御のように信頼性と計画能力が要求される領域です。

World LabsとAMI Labsは、同じ世界モデルでも出発点が異なります。World Labsは生成3D世界をユーザーが触れるプロダクトとして先に見せ、クリエイターや開発者のワークフローに入り込もうとしています。AMI Labsは、抽象表現、行動条件付き予測、計画、安全性を軸に、より基礎研究寄りの構えを取っています。前者は「空間を作る」企業、後者は「世界を理解して行動する」企業と言えます。

この二つが画像AI研究者の逆襲に見えるのは、偶然ではありません。2010年代の深層学習革命は、画像認識のブレークスルーを足場に広がりました。その後、LLMが主役となって研究資金と人材の中心を奪いましたが、次の応用先がロボットや3D空間に向かうほど、視覚、幾何、動画、センサー処理の知見が再び中核になります。画像AIの蓄積が、LLM後のAIアーキテクチャ競争で強みになり始めています。

物理AI市場を広げる実装競争と課題

世界モデル競争は、World LabsとAMI Labsだけで進んでいるわけではありません。Google DeepMindはGenie 2で操作可能な3D環境を生成し、2025年のGenie 3ではテキストから720p、24fpsのリアルタイムに近いインタラクティブ世界を数分間維持できると説明しました。NVIDIAはCosmosを物理AI向けのワールド基盤モデル群として展開し、ロボットや自動運転の合成データ生成、評価、ポストトレーニングの基盤にしようとしています。

自動運転ではWaabiのCopilot4Dが分かりやすい先行例です。同社はLiDAR観測をトークン化し、離散拡散モデルで数秒先の点群を予測する世界モデルを提案しました。Waabiは、1秒先と3秒先の点群予測で従来手法を大きく上回ったと説明しており、2024年にはUberやKhosla Ventures主導で2億ドルを調達しました。ここでは、世界モデルが「映像を作るAI」ではなく、車両が安全に判断するための予測エンジンとして使われます。

ただし、期待と現実の差はまだ大きいです。WorldBenchは425の物理シナリオで世界モデルの予測能力を測り、現行モデルには物理的一貫性の不足が残ると報告しました。最良の世界基盤モデルでも総合mIoUは45%程度にとどまり、視覚言語モデルも物理推論ではチャンスレベルを少し上回る程度でした。見た目が自然な動画を作れることと、物理法則を安定して守ることは別の課題です。

商用化では、計算資源、データ権利、評価基準、責任分界も障壁になります。3D世界を生成するだけなら制作支援ツールとして売れますが、ロボットや自動運転に組み込むなら、失敗時の検証ログ、シミュレーションと実世界の差、規制当局への説明が必要です。世界モデルはLLMより現実に近い分、性能不足が事故や損害に直結する可能性があります。

企業が見極めるべき次のAI投資軸

世界モデルは、LLMをすぐ時代遅れにする万能技術ではありません。短期的には、LLMが言語インターフェース、世界モデルが空間と物理の予測を担う複合システムが有力です。重要なのは、チャットの賢さだけでAI投資を判断する時期が終わりつつあることです。

企業が注視すべき指標は三つあります。第一に、生成結果の美しさではなく物理的一貫性を測る評価です。第二に、CAD、ゲームエンジン、ロボットシミュレータ、自動運転スタックとの接続性です。第三に、巨大な計算資源と独自データを確保する提携力です。世界モデルの勝者は、次の文章を当てる企業ではなく、次の状態を安全に予測できる企業になります。

参考資料:

山本 涼太

AI・半導体・先端技術・SaaS

AI・半導体・通信などの先端技術とそれを事業化する企業を取材。技術の本質と市場インパクトをわかりやすく解説する。

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