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金価格が1年ぶり安値、米利上げ観測と原油高が招く三つの逆風とは

by 中村 壮志
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金が安全資産でも売られた歴史的な逆転

国際市場の現物金は10月30日、1トロイオンス3900ドルを割り込み、一時3870.25ドルまで下落しました。これは1年以上ぶりの安値です。戦争やインフレへの備えとして買われる金が、中東情勢の緊迫と原油高のさなかに売られるという、直感に反する値動きとなりました。Kitco News

今回の下落を理解する鍵は、危機の大きさだけでなく、危機が金利、ドル、投資家の資金繰りへどう波及するかです。原油高が米国のインフレを押し上げれば、米連邦準備理事会(FRB)は利上げを続けやすくなります。利息を生まない金にとって、金利上昇は保有コストの増加を意味します。

一方、中央銀行や金上場投資信託(ETF)の需要は途切れておらず、短期的な値下がりだけで長期上昇局面の終了を断定することもできません。金利と地政学が逆方向から価格を動かす複雑な構図を整理します。

金利据え置き後に売りが加速した金融市場の構図

3900ドル割れを招いた三つの売り圧力

現物金は週初に3994.95ドルで取引を始め、米国債利回りとドルの上昇が一服すると買い戻されました。FRBが政策金利を据え置いた28日には、一時4082.50ドルまで上昇しています。しかし、翌日に米国の物価指標と堅調な経済活動が確認されると、利上げ観測が再び強まりました。

30日には売りが加速し、金は銀などの貴金属とともに下落しました。背景には、第一に追加利上げへの警戒、第二にドル高と国債利回り上昇、第三に株式市場の下落に伴う換金売りがあります。AI投資の採算性を巡る懸念からハイテク株が下落し、投資家が損失の穴埋めや証拠金確保のため、流動性の高い金を売った可能性も指摘されています。

安全資産は、市場が混乱すれば必ず上昇する資産という意味ではありません。金は世界中で取引できるため、資金繰りが急速に悪化した局面では「売りやすい資産」として換金対象になります。危機の初期に金が下落し、その後に金融緩和や信用不安を材料として買い戻される展開は十分にあり得ます。

世界金協会によると、金は9月だけで8.5%下落し、月末価格は4176ドルでした。同月には米10年国債利回りが0.53ポイント上昇して5.3%となり、ドル指数も2%上昇しています。金の価格変動モデルでも、利回りとドルの上昇が主要な下落要因と分析されています。世界金協会の9月市場報告

注目すべきは、9月に世界の金ETFへ100億ドル、重量にして67トンの資金が流入したにもかかわらず、価格が下落した点です。一方で、先物市場では投機筋の買い持ちが大幅に縮小しました。保有期間の長いETF投資家が買っていても、先物市場の売りが短期の限界価格を押し下げる場合があります。

「据え置き」が利上げ安心材料にならない理由

FRBは10月27〜28日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利の誘導目標を3.75〜4.00%に据え置きました。ただし、決定は全会一致ではありません。リサ・クック理事とクリーブランド連銀のベス・ハマック総裁は、0.25ポイントの利上げを主張しました。FRBのFOMC声明

声明は米国の経済活動を「強いペース」と評価し、個人消費や設備投資の底堅さにも言及しました。景気が利上げに耐えられると判断されれば、FRBがインフレ抑制を優先する余地は広がります。据え置きは利上げ局面の終了ではなく、9月の利上げ効果と新しい統計を見極めるための一時停止と解釈できます。

実際、9月の個人消費支出(PCE)物価指数は前年同月比3.6%上昇し、食品とエネルギーを除くコア指数も3.1%上昇しました。前月比では総合指数が0.5%上がり、FRBの2%目標から距離のある状態です。米商務省経済分析局

消費者物価指数(CPI)も前年同月比3.7%上昇しました。ガソリン価格は前月比9.1%上がり、月間のCPI上昇分の半分超を占めています。エネルギー価格が総合インフレを押し上げた構図は明確です。米労働統計局

AP通信はFOMC直後、金利先物市場が12月の利上げ確率を約85%とみていたと報じました。将来の利上げが織り込まれると、市場金利は実際の政策変更に先行して上昇します。そのため、金はFRBが金利を据え置いた当日ではなく、次回会合への予想によって売られました。AP通信

金は利息や配当を生みません。インフレ率を差し引いた実質金利が上がれば、金よりも米国債などの利回り資産を保有する魅力が増します。ドル高も、ドル以外の通貨を使う投資家にとって金の購入費用を押し上げます。この二つの経路が、単純なインフレヘッジ需要を上回ったのが今回の特徴です。CME Group

ホルムズ危機が金を押し下げる地政学の逆説

原油高から利上げ観測へ至る価格伝導経路

10月30日の原油市場では、北海ブレント原油の12月物が前日比2.4%高の1バレル117.64ドルで取引を終えました。より取引の多い1月物は113.43ドル、米国産WTI原油は104.12ドルです。10月の月間上昇率はブレントが13.6%、WTIが15.2%に達しました。ロイター報道

同日にはホルムズ海峡を航行していたタンカーが爆発物による攻撃を受けました。実行主体は確認されていませんが、米国の中間選挙後に対イラン軍事行動が拡大するとの警戒も相場に上乗せされました。原油価格には、現物の不足だけでなく、将来の供給途絶に備える地政学的なリスクプレミアムが含まれています。

原油高はガソリン、航空運賃、物流、化学製品、発電などを通じて幅広い物価へ伝わります。企業が燃料費や輸送費の増加を販売価格へ転嫁すれば、エネルギー以外のサービス物価にも波及します。FRBが警戒するのは、一時的な原油価格の上昇そのものより、家計や企業のインフレ予想が高止まりすることです。

ここに金相場の逆説があります。中東の軍事的緊張は、本来なら安全資産である金の買い材料です。しかし、緊張が原油高と追加利上げ観測を招く段階では、実質金利とドルの上昇を通じた売り圧力が勝つ場合があります。金がインフレに強いという経験則は、中央銀行が物価上昇を容認する局面と、利上げで積極的に抑え込む局面を分けて考える必要があります。

供給制約と市場が映す二つの時間軸

ホルムズ海峡の問題は、単発の攻撃だけではありません。米エネルギー情報局(EIA)の推計では、同海峡を通過する原油・石油製品は2025年10〜12月期の日量2160万バレルから、2026年4〜6月期には490万バレルへ減少しました。EIAの海上要衝分析

ただし、船舶が発する位置情報は安全上の理由などで停止・操作される場合があります。EIA自身も、2026年2月末以降のホルムズ海峡に関する船舶追跡データは特に不確実で、推計値を頻繁に改定していると説明しています。地政学的な緊張時には、一つの速報値だけで供給回復や再封鎖を判断しない姿勢が必要です。

国際エネルギー機関(IEA)によると、9月にはホルムズ海峡を通る石油の流れが日量1090万バレルまで回復しました。サウジアラビアの東西パイプラインなどを利用した迂回輸出も日量560万バレルへ増えています。しかし、精製品の輸出回復は遅く、世界の陸上在庫は少なくとも2016年以降で最低水準でした。IEA石油市場月報

EIAも、軍事攻撃の再開や輸送障害を背景に、7〜9月期の原油価格が上昇したと分析しています。ブレント原油先物は7月初めの72ドルから上昇し、9月には再び100ドルを超えました。原油だけでなく、軽油や航空燃料の精製マージンも高く、輸送コストを通じたインフレ圧力が残っています。EIAの原油市場分析

短期では、タンカー攻撃や軍事行動の報道が原油と金を同時に動かします。中期では、原油高が物価統計とFRBの政策判断を変えます。さらに長期では、各国が備蓄、パイプライン、調達先を見直し、ドルや金を含む外貨準備の構成にも影響を与えます。この三つの時間軸を分けることが重要です。

エネルギー輸入国である日本には、もう一つの経路があります。原油高が貿易収支を悪化させて円安を招けば、ドル建て金が下落しても円建て価格は下がりにくくなります。反対に金安と円高が同時に進めば、国内価格の下落率は大きくなります。日本の投資家はドル建て相場だけで判断できません。

下値を支える中央銀行需要と再下落シナリオ

短期の逆風が強い一方、金市場には構造的な買い手が存在します。世界金協会によると、中央銀行の金購入量は直近4年間で年平均約1000トンとなり、それ以前の10年間における年平均約500トンから倍増しました。2026年の調査では、回答した準備当局の89%が今後1年間に世界の中央銀行の金保有が増えると予想し、45%は自らの機関でも増やすと答えています。中央銀行金準備調査

中国人民銀行は9月に23トンを購入し、7〜9月期の買い入れは63トンとなりました。9月末の公式保有量は2410トンで、買い増しは23カ月連続です。中国の金ETFも9月に11トン増え、保有量は月末として過去最高の304トンに達しました。世界金協会の中国市場報告

こうした需要は、価格が大きく下がった際の受け皿になり得ます。中央銀行にとって金は、短期収益を得るための商品ではなく、通貨・制裁・地政学リスクを分散する準備資産です。個人投資家や先物運用者よりも保有期間が長く、金利変動だけで売買方針を変えにくい特徴があります。

ただし、調査結果は将来の購入を保証する発注書ではありません。外貨準備の制約、金価格の高さ、財政・通貨防衛の必要性から、中央銀行が購入量を減らす可能性もあります。世界金協会も、中央銀行需要が明確に減速すれば金価格の逆風になると指摘しています。2026年中間見通し

今後は三つのシナリオが考えられます。原油高と堅調な景気が続けば、追加利上げとドル高を通じて金はさらに下値を試しやすくなります。景気減速と原油安が進めば、利上げ観測の後退が金を支えます。軍事衝突が急拡大した場合は、当初の換金売りと、その後の安全資産需要が時間差で現れる可能性があります。

したがって、3900ドル割れだけを理由に底値とみなすのは早計です。一方、短期下落をもって金の分散効果が失われたと結論付ける根拠も十分ではありません。2026年の大幅な価格変動は、安全資産にも保有期間と購入目的の設計が必要であることを示しています。MoneyWeek

日本の投資家が次に確認すべき三つの変数

第一の確認材料は米国の物価です。11月10日公表予定の10月CPI、11月25日予定の10月PCE物価指数が上振れすれば、12月の利上げ観測は強まりやすくなります。総合指数だけでなく、エネルギーを除くコア指数への波及が焦点です。

第二は米国の実質金利とドルです。政策金利の発表だけでなく、米国債利回りと期待インフレ率の差、ドル指数の方向を確認する必要があります。金利据え置きでも実質金利とドルが上がれば、金への圧力は残ります。

第三はホルムズ海峡の実際の輸送量と原油価格です。攻撃の見出しだけでなく、タンカーの通航、迂回パイプライン、精製品在庫まで見ることで、インフレへの影響を判断しやすくなります。

円建てで金を保有する場合は、ドル円相場も欠かせません。「安全資産だから上がる」「安値だから買う」と一方向に決めつけず、保有目的と比率を確認し、価格変動によって崩れた資産配分を段階的に調整する視点が有効です。

参考資料:

中
中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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