75歳以上の金融所得反映とOTC類似薬追加負担法案の争点整理
75歳以上の金融所得とOTC類似薬負担
75歳以上の後期高齢者医療を巡る制度改正案が、2026年3月に国会へ提出されました。今回の法案は、一見すると別々の論点に見える二つの見直しを束ねています。ひとつは、上場株式の配当などの金融所得を、後期高齢者の保険料や窓口負担判定に公平に反映させる仕組みです。もうひとつは、市販薬で代替しやすいOTC類似薬に追加負担を求める仕組みです。
両者に共通する軸は、誰にどこまで負担を求めるかという問いです。政府は、現役世代の保険料負担の上昇を抑えつつ、世代間と世代内の公平を高める改革だと位置付けています。他方で、患者側から見れば、制度の穴を埋める改革と、日常的に使う薬の負担を増やす改革が同時に進むことになります。本記事では、公的資料と審議資料をもとに、今回の法案がどこを是正し、どこに新たな摩擦を生みそうなのかを整理します。
法案の骨格と現行制度の穴
後期高齢者医療で起きていた逆転
後期高齢者医療制度は、すでに高齢化の圧力を強く受けています。厚生労働省が公表した2023年度の財政状況では、被保険者数は1,989万人に達しました。制度財政の単年度収入は17兆6,363億円、支出は17兆6,867億円で、医療費の規模そのものが大きくなっています。厚労省は別の制度説明資料で、後期高齢者医療費のうち窓口負担を除いた約4割を現役世代の支援金が賄っていると説明しています。
そのため、制度改正の出発点は「高齢者にももっと負担を」という単純な話ではありません。現役世代の負担が膨らむなかで、同じような支払い能力がある高齢者のあいだで、保険料や窓口負担の判定結果がずれている点をどう是正するかが争点になりました。実際、2025年度の後期高齢者医療の平均保険料額は全国平均で月7,192円とされています。制度全体の保険料水準が上がる局面では、判定の穴が残ることへの不満は強まりやすくなります。
現在の後期高齢者医療では、窓口負担は原則1割で、一定以上の所得があれば2割、現役並み所得なら3割です。2割判定の基準は、同じ世帯の被保険者に課税所得28万円以上の人がいて、かつ年金収入とその他の合計所得金額が単身で200万円以上、複数世帯で合計320万円以上かどうかで見ます。ここで問題になるのが、上場株式の配当などの金融所得です。確定申告すれば自治体が把握できますが、源泉徴収のみで申告しなければ、判定に十分反映されない場合があるからです。
厚労省の説明資料は、この不公平をかなり具体的に示しています。夫婦とも後期高齢者で、本人に年金230万円と上場株式の配当など50万円、配偶者に基礎年金83万円がある例では、確定申告をする場合は2割負担・年169,978円の保険料、申告しない場合は1割負担・年118,928円の保険料となるとしています。つまり、同じ家計実態でも、税務手続きの違いだけで負担が分かれるわけです。今回の法案は、この逆転を埋めることを核心に据えています。
金融所得反映の新スキーム
法案の中身は、75歳以上の全資産を一括で捕捉するものではありません。厚労省資料が明示している中心は、上場株式の配当等の金融所得です。これを後期高齢者医療広域連合が把握できるよう、税務署長に提出が義務付けられている法定調書を、金融機関などから広域連合へオンライン提出させる仕組みを新たにつくります。非課税のNISAは対象外で、個人の追加手続きは不要と説明されています。
この設計から読み取れるのは、負担能力の議論を「年齢」より「所得の見え方」に寄せようとしていることです。これまでは、制度上は同じ後期高齢者でも、所得把握のルートに乗るかどうかで負担判定が変わっていました。法定調書を直接活用するようになれば、少なくとも申告の有無による差は小さくなります。政府がこの改革を後期高齢者医療から先行させるのは、窓口負担が1割から3割まで分かれる制度であり、かつ現役世代の支援金依存が大きいからだとみるのが自然です。
ただし、この改革は「すぐ効く改革」ではありません。法案では、金融所得反映の部分は公布後5年以内に政令で定める日から施行するとされています。厚労省の参考資料でも、法定調書データベースの構築や市町村、広域連合のシステム改修に2年以上かかる前提が示されています。2026年に法案が成立しても、実際に保険料や窓口負担へ反映されるのは2030年前後になる公算が大きいということです。今回の法案で最も注目される論点ですが、家計への影響が表面化するのはかなり後になる可能性があります。
OTC類似薬見直しが示す改革の方向
特別料金方式で全面保険外しを回避
もうひとつの柱が、OTC類似薬の薬剤給付の見直しです。これは、市販薬で代替しやすい医療用医薬品について、保険の外に一部を切り出す新しい枠組みをつくるものです。法案要綱では「一部保険外療養」を創設し、保険給付の対象としない費用を差し引いたうえで保険外併用療養費を支給する仕組みが示されました。実務的には、通常の1〜3割自己負担に加え、薬剤費の4分の1相当を「特別の料金」として別途払う構造です。
厚労省資料によれば、対象は77成分、約1,100品目です。鼻炎、胃痛や胸やけ、便秘、解熱鎮痛、風邪症状、腰痛や肩こり、みずむし、口内炎、乾燥肌など、日常診療で処方されやすい症状が幅広く並びます。特別料金の対象成分一覧には、イブプロフェン、酸化マグネシウム、フェキソフェナジン塩酸塩、尿素、白色ワセリンなど、患者にとってなじみの深い成分も含まれています。制度のインパクトが一部の特殊な薬に限られない点は重要です。
政府の理屈は比較的明快です。OTC医薬品で対応している人と、保険を使って処方薬を受けている人との公平を確保したいこと、そして現役世代を中心とする保険料負担の上昇を抑えたいこと、この二つが理由です。実際、2025年12月25日の医療保険部会資料には、自民党と日本維新の会の政調会長間合意を踏まえ、まず77成分から始め、将来的には対象範囲の拡大や特別料金の引き上げも検討すると明記されています。今回の法案は終着点ではなく、第一段階の制度化と見るべきです。
ここで見落としにくいのは、政府が最終的に選んだのが「全面保険外し」ではなく「一部保険外」だという点です。2025年秋の患者団体ヒアリングでは、保険給付から外せば高額療養費や各種医療費助成の対象外となり、負担が過重になるという懸念が繰り返し示されました。法案はその懸念を完全に解消してはいませんが、少なくとも全額自己負担へ直行する案ではなく、保険内の枠組みを残したうえで追加負担を求める形に落ち着いています。政治的には折衷案、患者側から見れば負担増の入口、という二面性があります。
患者負担と配慮措置の難所
OTC類似薬の見直しは、制度趣旨が理解しやすい一方で、実装が最も難しい論点を含んでいます。厚労省は、こども、がん患者、難病患者、配慮が必要な慢性疾患の患者、低所得者、入院患者、医師が長期使用などを医療上必要と判断する人には、特別料金を求めない方向で配慮措置を検討するとしています。これは、単なる軽症受診の抑制ではなく、継続治療の中で必要とされる処方まで一律に切らないための安全弁です。
ただし、この安全弁はまだ法律の骨格段階です。どこまでを「配慮が必要な慢性疾患」とみなすのか、誰がどう証明するのか、外来と入院で扱いをどう分けるのか、長期使用の必要性をどのような書類で確認するのかといった実務は、今後の告示や運用設計に委ねられています。対象薬が77成分、約1,100品目に及ぶ以上、対象者の線引きが曖昧だと、医療現場の説明負担も患者の混乱も大きくなります。
患者団体の資料が示す懸念は、この点に集中しています。慢性疾患や重い治療の副作用対策としてOTC類似薬を継続利用する患者にとって、保険給付の後退は家計だけでなく治療継続にも影響するという指摘です。今回の法案は全面除外ではないため、その懸念は一部和らぎます。それでも、通常負担に上乗せの特別料金が生じる以上、負担増自体は避けられません。制度設計を誤れば、受診抑制より先に必要受診の遅れが起きるリスクがあります。
もうひとつ見ておきたいのは、OTC類似薬改革の時間軸です。法案では、この部分は公布後1年以内に政令で定める日から施行すると整理されています。金融所得反映の5年以内施行に比べると、はるかに早いテンポです。つまり、今回の法案が成立した場合、家計に先に見えてくるのは金融所得反映ではなく、OTC類似薬の追加負担のほうだと考えるべきです。この時間差があるため、世論の受け止めも「公平な応能負担」より「身近な薬の値上がり」に引っ張られやすいでしょう。
金融所得反映とOTC負担の時間差
この法案を読むときに最も避けたい誤解は、金融所得反映とOTC類似薬見直しを、どちらも同じ速度で家計に効く改革だと考えることです。前者は、上場株式の配当などの情報連携基盤を整える必要があるため、成立しても効果の発現まで数年かかります。後者は、対象範囲や配慮措置の詳細こそこれからですが、制度としては先に動きやすい構造です。短期的な家計インパクトと、中長期の負担公平化は、時期がずれています。
もうひとつの注意点は、「公平」と「受診確保」がしばしば緊張関係にあることです。金融所得の反映は、確定申告の有無という制度上の穴を埋める改革であり、応能負担の筋が通りやすい分野です。一方、OTC類似薬の追加負担は、医療保険の守備範囲を狭める方向に働きます。保険料を抑える効果が期待されても、必要な患者が薬を控えたり、より高い別薬へ処方が移ったりすれば、制度全体では別のひずみが出ます。
今後の審議で注目すべき点は三つあります。第一に、金融所得反映の対象範囲と実装時期が、政府説明どおり「申告の有無による不公平是正」に収まるのかどうかです。第二に、OTC類似薬の配慮措置が、慢性疾患患者や低所得者を本当に守れる設計になるのかです。第三に、将来の対象拡大や特別料金引き上げが、今回の法案成立後にどの程度現実味を帯びるのかです。今回の審議は、制度の入口を決めるだけでなく、その先の拡張余地をどう縛るかという意味も持っています。
75歳以上改革に残る公平とアクセス
今回の健康保険法改正案の核心は、75歳以上の後期高齢者医療で「見えていなかった所得」を見えるようにしつつ、「保険で広く支えてきた薬」の一部に新たな自己負担を課すことにあります。前者は、確定申告の有無で負担が分かれる不公平を是正する改革です。後者は、保険給付の範囲を少しずつ組み替え、現役世代の負担増を抑える改革です。
この二つは同じ法案に入っていますが、意味合いはかなり異なります。金融所得反映は、原理としては応能負担の補強です。OTC類似薬の追加負担は、家計に先に見える負担増であり、必要受診を守る細かな配慮が欠かせません。法案審議の焦点は、「公平」と「アクセス」を同時に成立させられるかに尽きます。制度の持続可能性だけでなく、誰がどこで負担のしわ寄せを受けるのかまで見ていく必要があります。
参考資料:
- 現在検討している医療保険制度改革についての考え方 - 厚生労働省
- OTC類似薬の薬剤給付の見直し - 厚生労働省 PDF
- 後期高齢者医療制度における金融所得の公平な反映 - 厚生労働省 PDF
- 第221回国会(令和8年特別会)提出法律案 - 厚生労働省
- 健康保険法等の一部を改正する法律案案文・理由 - 厚生労働省 PDF
- 健康保険法等の一部を改正する法律案 - 内閣法制局
- 令和6年度からの後期高齢者医療の保険料について - 厚生労働省
- 後期高齢者の窓口負担割合の変更等 - 厚生労働省
- 社会保障審議会医療保険部会における議論の整理について - 厚生労働省
- OTC類似薬を含む薬剤自己負担の見直しの在り方について - 厚生労働省 PDF
- 社会保障審議会医療保険部会資料 - 厚生労働省
- OTC類似薬の保険給付の在り方について患者団体からのヒアリング資料 - 厚生労働省
- 令和5年度後期高齢者医療制度の財政状況について - 厚生労働省
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