日欧ホルムズ共同声明が示す対米外交の新戦略
はじめに
2026年3月19日、高市早苗首相はワシントンでトランプ大統領との首脳会談に臨みました。最大の焦点は、イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡への対応でした。トランプ大統領は同盟国に軍事的貢献を強く求めており、日本にとって極めて難しい外交局面となっていました。
しかし、会談直前に日本と欧州5カ国がまとめたホルムズ海峡に関する共同声明が、米国からの圧力を緩和する重要な材料となりました。この動きは、トランプ政権が掲げる「ドンロー主義」の時代に同盟国がどう立ち回るべきかを示す一つの処方箋として注目されています。
本記事では、日欧共同声明の背景と内容、日米首脳会談での交渉、そして「ドンロー主義」時代の日本外交の方向性について解説します。
ホルムズ海峡危機と国際社会の動揺
米イラン衝突からホルムズ封鎖へ
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対する合同軍事攻撃を実施しました。この攻撃でイランの最高指導者ハメネイ師が死亡するという衝撃的な展開となり、中東情勢は一気に緊迫しました。
イランは報復として、世界の石油輸送の要衝であるホルムズ海峡の事実上の封鎖に踏み切りました。3月5日にはイラン革命防衛隊(IRGC)が、米国・イスラエルおよびその西側同盟国の船舶に対する通航を制限すると発表しました。一方で、トルコやインド、中国などの船舶には選択的に通航を認めるという対応を取っています。
エネルギー市場への深刻な影響
ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約2割が通過する戦略的要衝です。封鎖の影響は即座にエネルギー市場に波及しました。ブレント原油価格は3月8日に4年ぶりとなる1バレル100ドルを突破し、ピーク時には126ドルに達しました。国際エネルギー機関(IEA)は戦略石油備蓄の協調放出を承認するなど、1970年代のオイルショック以来ともいわれる深刻な供給混乱が生じています。
韓国に輸入される原油の約7割がホルムズ海峡を経由しており、日本も中東産原油への依存度が高いことから、エネルギー安全保障上の危機感は極めて強い状況でした。
日欧6カ国共同声明の戦略的意義
声明の内容と参加国
3月19日、日本と英国・フランス・ドイツ・イタリア・オランダの6カ国首脳は、ホルムズ海峡に関する共同声明を発表しました。声明の骨子は以下の通りです。
第一に、イラン軍によるホルムズ海峡の事実上の封鎖と商船への攻撃、周辺国のエネルギー施設への攻撃を「最も強い言葉で非難する」こと。第二に、ホルムズ海峡における安全な航行の確保を目的とした「適切な取り組みに貢献する用意がある」こと。第三に、IEAによる戦略石油備蓄の協調放出を歓迎し、エネルギー市場の安定化に向けた措置を講じることです。
声明にはその後カナダも加わり7カ国体制となり、さらに韓国・ニュージーランド・スウェーデン・オーストラリアなどが相次いで参加を表明しました。最終的に参加国は20カ国に拡大しています。
軍事貢献ではなく外交的実績
この共同声明が外交的に重要だったのは、そのタイミングと機能です。トランプ大統領は3月15日、ホルムズ海峡を通じて石油を受け取る国々に対し、軍事的に航行の安全を確保するよう求めていました。NATO加盟国の多くは米国の軍事支援要請を拒否しており、トランプ大統領は国際社会での孤立感を深めていました。
こうした中、日本が欧州主要5カ国を巻き込んで共同声明をまとめたことは、「日本は口だけでなく行動した」という具体的な外交成果を示すものとなりました。自衛隊の直接的な軍事派遣は行わないながらも、多国間の枠組みで国際的な連帯を形成するという貢献の形を打ち出したのです。
日米首脳会談での交渉術
法的制約の丁寧な説明
高市首相は3月19日の日米首脳会談で、ホルムズ海峡をめぐり日本が「法的にできることとできないこと」をトランプ大統領に詳細に説明しました。戦闘が続く状況下での自衛隊派遣は日本の国内法上困難であり、海上警備行動に基づく艦船派遣にも制約があります。
高市首相は会談後の記者団への説明で、「機微なやりとり」があったことを認めつつも、艦船派遣の要求を受けたかどうかについては明言を避けました。停戦後の機雷除去を担う掃海部隊の派遣なども政府内で検討されていると報じられていますが、現時点で具体的な約束は行われていません。
共同声明という「手土産」の効果
首脳会談の成功を支えたのは、当日発表された日欧共同声明の存在でした。欧州諸国が軍事参加を拒む中、日本が欧州主要国を動かして共同声明を取りまとめたことは、トランプ大統領にとっても価値のある成果でした。
結果としてトランプ大統領は日本の対応を評価し、両首脳は日米同盟の強化で一致しました。エネルギー分野では、米国産原油の共同備蓄構想や南鳥島周辺のレアアース開発協力など、具体的な合意も実現しています。高市首相は自衛隊の派遣を確約せずに、日米関係を良好に保つという難しい外交を成功させたといえます。
「ドンロー主義」時代の同盟国戦略
ドンロー主義とは何か
「ドンロー主義(Donroe Doctrine)」とは、トランプ大統領が2026年1月に自ら命名した外交方針です。19世紀の「モンロー主義」と自身の名前「ドナルド」を組み合わせた造語で、米国が西半球での主導権を握ることを宣言するものです。
具体的には、グリーンランドの領有、パナマ運河の管理権回収、ベネズエラへの軍事作戦など、従来のモンロー主義よりも攻撃的な「覇権拡大」の性格を帯びています。一方で、欧州やインド太平洋地域での安全保障への関与は後退する傾向にあり、同盟国には自国防衛の責任を強く求める姿勢が鮮明です。
多国間協調という処方箋
ドンロー主義の下では、米国が他国の安全保障に関与するのは自国の利益に直結する場合に限られます。このような環境で同盟国が取りうる戦略として、今回の日欧共同声明は一つのモデルケースを提示しました。
ポイントは三つあります。第一に、米国の要求に正面から反対するのではなく、多国間の枠組みで「貢献」を示すこと。第二に、軍事的コミットメントを避けつつ、外交・経済面での具体的な行動を打ち出すこと。第三に、声明の参加国を拡大することで国際的な正当性を確保し、米国にとっても成果と見なせる形をつくることです。
注意点・展望
今回の共同声明は外交的成果を収めましたが、今後の課題も残されています。ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、「声明だけでは不十分」として再び軍事的貢献への圧力が強まる可能性があります。
日本政府内では停戦後の掃海活動への自衛隊派遣が検討されていますが、憲法上の制約との整合性をどう図るかは依然として大きな論点です。また、イランとの外交チャンネルを維持してきた日本の独自の立場と、今回の「非難」声明への参加との間で、今後のイラン外交にどのような影響が生じるかも注視が必要です。
共同声明が20カ国に拡大したことは、多国間連携の力を示す一方で、各国の温度差も浮き彫りにしています。実効性のある行動にどこまでつなげられるかが、今後の焦点となるでしょう。
まとめ
日欧6カ国によるホルムズ海峡共同声明は、「ドンロー主義」時代における同盟国外交の新たな手法を示しました。自衛隊派遣という直接的な軍事貢献を回避しながらも、欧州主要国との多国間連携を通じて米国の要求に応える形をつくり出したことは、高市外交の成果として評価できます。
今後も米国が同盟国に自助努力を求める傾向は強まると予想されます。そうした中で日本が取るべき道は、多国間の枠組みを積極的に活用し、軍事面だけでなく外交・エネルギー・経済の各分野で具体的な貢献を積み重ねていくことではないでしょうか。ホルムズ海峡危機は、日本外交の新たな試金石となっています。
参考資料:
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