孤独のグルメBGMがJASRACフリーの理由と真相
孤独のグルメBGMとJASRACフリー宣言
テレビ東京の深夜ドラマ枠から生まれ、今や国民的人気作品となった「孤独のグルメ」。松重豊演じる井之頭五郎が黙々と食事を楽しむ姿とともに、視聴者の記憶に刻まれているのが独特のBGMです。この音楽を手がけたのは、原作者でもある久住昌之氏率いるバンド「ザ・スクリーントーンズ」でした。
久住氏は2012年のサウンドトラック発売に際し、「この音楽はJASRACに登録しない。みんなで自由に使ってほしい」と宣言しました。音楽著作権の管理団体であるJASRACを通さないという異例の判断は、大きな話題を呼びました。
この記事では、久住氏がJASRACフリーを選んだ背景、その後の訂正の経緯、そして音楽著作権の自主管理がクリエイターにとって何を意味するのかを解説します。
「孤独のグルメ」と音楽の深い関係
深夜枠から国民的ドラマへ
「孤独のグルメ」は、久住昌之氏(原作)と谷口ジロー氏(作画)による同名漫画を原作とし、2012年1月にテレビ東京の深夜ドラマ枠「ドラマ24」でスタートしました。主演の松重豊が演じる輸入雑貨商・井之頭五郎が、仕事の合間に立ち寄った店でひたすら食事を楽しむという、きわめてシンプルな構成のドラマです。
低予算の深夜番組ながら、DVDや動画配信などの二次利用で大きな収益を上げ、テレビ東京を代表する看板番組に成長しました。2025年1月には松重豊自身が監督・脚本・主演を務めた劇場版『劇映画 孤独のグルメ』が公開され、興行収入10億円を突破しています。2026年4月からはSeason11の放送も決定しており、その人気は衰えを知りません。
ザ・スクリーントーンズの音楽
ドラマの魅力を語るうえで欠かせないのが、BGMの存在です。音楽を担当するのは、原作者の久住昌之氏を中心に2011年に結成されたバンド「ザ・スクリーントーンズ(The Screen Tones)」です。
ジャズ、ブルース、ボサノヴァ、サーフロック、さらには中華民謡風やアラブ民謡風まで、多彩なジャンルを横断する楽曲群は、五郎の食事シーンに独特の臨場感を与えています。2012年5月にインディーズレーベル「地底レコード」から発売されたオリジナルサウンドトラックは、ドラマファンのみならず音楽ファンからも高い評価を受けました。
久住昌之が「JASRACフリー」を宣言した背景
JASRAC登録を拒んだ理由
2012年のサウンドトラック発売時、久住氏はSNS上で「JASRACフリー、著作権フリー。映像演劇宣伝等にどうぞお使いください」と発信しました。この宣言の背景には、JASRACの著作権管理の仕組みに対する疑問がありました。
JASRACと信託契約を結ぶと、作詞家・作曲家の著作権はJASRACに移転されます。これにより、自分で作った楽曲であっても、ライブで演奏したり再録音したりする際にJASRACへの使用料支払いが発生する場合があります。久住氏は、自分たちのバンドが自由に演奏や録音を行えること、そしてファンが気軽に楽曲を使えることを重視し、JASRAC登録をしないという判断に至ったとされています。
「みんなで使ってほしい」という思想
久住氏の発言には、従来の音楽著作権管理のあり方に一石を投じる意図がありました。JASRACによる一元管理は、大規模な楽曲利用の徴収・分配には効率的な仕組みです。しかし、個人がYouTube動画のBGMに使いたい、小規模なイベントで流したいといったケースでは、許諾手続きがハードルとなることもあります。
久住氏は、「孤独のグルメ」の音楽を多くの人に広く使ってもらうことで、作品全体の認知度向上にもつながると考えていたと見られます。インディーズレーベルからのリリースという立場だからこそ可能だった、柔軟な姿勢だったといえるでしょう。
「著作権フリー」ではなかった――訂正と誤解の広がり
地底レコードによる注意喚起
久住氏の発言が広まるにつれ、「著作権フリー=何にでも自由に使える」という誤解が生じました。これに対し、サウンドトラックを発売した地底レコードは「孤独のグルメの楽曲は著作権フリーではありません」と公式に注意喚起を行っています。
正確には、「JASRACフリー」とは「JASRACに楽曲を信託していない」という意味であり、著作権そのものが放棄されているわけではありません。楽曲の著作権はザ・スクリーントーンズのメンバーに、原盤権は地底レコードに帰属しています。
利用のルール
地底レコードの説明によれば、個人で楽しむ範囲での使用は問題ありませんが、商用目的での利用には許諾が必要です。選挙活動や公序良俗に反する用途での使用は認められていません。つまり、JASRACを通さないだけで、著作権管理を放棄したわけではなく、権利者に直接許諾を求める形が取られています。
久住氏自身も訂正
久住氏自身も後に「JASRACフリー=著作権フリーではない」と認め、当初の表現が誤解を招いたことについて謝罪しています。「8年前に軽率だった」という趣旨の発言もあり、CDの帯などでも訂正が加えられてきました。
音楽著作権の自主管理が問いかけるもの
JASRACに委託しないメリットとデメリット
JASRACに楽曲を登録しない選択には、メリットとデメリットの両面があります。
メリットとしては、利用条件を自分で設定できる柔軟性が挙げられます。クリエイティブ・コモンズのような形で公開したり、SNSでの拡散を優先して緩い利用条件を設けたりすることが可能です。特にインディーズアーティストにとっては、まず多くの人に聴いてもらうことが重要であり、厳格な権利管理よりも拡散を優先する戦略が有効な場合もあります。
一方、デメリットも大きいです。著作権には演奏権、複製権、公衆送信権など多くの権利が含まれており、個人でこれらすべてを管理するのは困難です。また、海外で楽曲が利用された場合の使用料を受け取ることができないという点も見逃せません。
変化する著作権管理の選択肢
日本の音楽著作権管理は、長らくJASRACの独占的な状態が続いてきましたが、2001年の著作権等管理事業法施行以降、NexToneなどの新たな管理事業者も登場しています。NexToneはJASRACの「信託契約」とは異なる「委任契約」による管理を行っており、権利者がより柔軟に楽曲の利用条件を設定できる仕組みを提供しています。
なお、ザ・スクリーントーンズについても状況は変化しています。メンバーのギタリスト・河野文彦氏は2019年に、それまで自主管理としていたスクリーントーンズの楽曲の著作権をJASRAC管理に移行する旨を発表しました。活動が拡大する中で、自主管理の限界を感じた結果と考えられます。
JASRACフリーの誤解と動画時代の許諾
「フリー」という言葉の危うさ
久住氏の事例は、「著作権フリー」「JASRACフリー」という言葉が持つ曖昧さを浮き彫りにしました。「フリー」が「無料」なのか「自由」なのか「権利放棄」なのか、文脈によって解釈が変わります。クリエイターが善意で発信した言葉が、意図しない形で広がるリスクは常に存在します。
楽曲を利用する側としては、「JASRACに登録されていない=自由に使える」ではないことを認識し、権利者への確認を怠らないことが重要です。
デジタル時代の著作権管理
YouTubeやTikTokなど動画プラットフォームが普及した現在、BGMの利用シーンはかつてないほど多様化しています。JASRACとの包括契約を結んでいるプラットフォームでは、登録楽曲は手続きなしで利用できますが、逆にJASRAC未登録の楽曲は個別の許諾が必要になります。
クリエイターにとって、著作権管理をどこに委ねるか、あるいは自主管理するかは、収益戦略と密接に結びついた重要な経営判断です。「孤独のグルメ」の音楽が辿った道のりは、その判断の複雑さを物語っています。
久住昌之の宣言が示す自主管理の課題
「孤独のグルメ」のBGMをめぐるJASRACフリー宣言は、音楽著作権の管理方法について多くの議論を呼びました。久住昌之氏の「みんなで使ってほしい」という思いは、インディーズならではの柔軟な発想でしたが、「著作権フリー」という表現が誤解を生み、後に訂正される結果となりました。
この事例は、JASRACへの委託が唯一の選択肢ではないことを示す一方で、著作権の自主管理には相応の知識と労力が必要であることも教えてくれます。音楽を創る側も使う側も、「フリー」という言葉に安易に飛びつかず、権利の所在と利用条件を正しく理解することが大切です。
参考資料:
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