熊本地震で発動した災害時JAPANローミング通信網の課題と教訓
震度7が通信網に突き付けた代替回線の重要性
2026年7月28日16時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。気象庁は熊本県の宇城市と氷川町で最大震度7を観測したと発表し、有明・八代海には津波注意報も出されました。強い揺れは携帯電話網にも影響し、基地局の停電や伝送路の故障が通信サービスの支障につながりました。
注目されたのは、2026年4月に始まったばかりの「JAPANローミング」が、実災害の中で提供された点です。契約している携帯会社のネットワークが使いづらい地域で、他社の4G LTE網を一時的に使える仕組みです。本稿では、熊本地震で何が起き、どこまで通信を補完できたのかを、通信インフラと事業継続の観点から整理します。
携帯各社に広がった基地局と伝送路の被害
携帯電話網は、基地局だけで完結する設備ではありません。基地局に電力が供給され、基地局から交換設備やコアネットワークへつながる伝送路が生きていて、初めて通話やデータ通信が成立します。今回の熊本地震では、この電源と伝送路の双方がリスクとして表面化しました。
地震発生直後の通信障害情報を見ると、被害は一社だけに閉じていません。ドコモは7月29日19時時点の第7報で、7月28日16時27分ごろから熊本県八代市、宇城市の一部で携帯電話サービスが利用できない、または利用しづらい状況が継続しているとしました。対象は音声通話とデータ通信、4Gと5G、ドコモ回線利用MVNOも含まれ、緊急通報も利用できない、または利用しづらい場合があると説明しています。
原因として示されたのは、地震の影響による基地局までの伝送路の故障などです。ここで重要なのは、基地局そのものが倒壊しなくても、バックホールと呼ばれる上位回線が切れればサービスは止まるという点です。製造業の工場や建設現場で、電源盤が無事でも幹線ケーブルが断たれると設備が動かないのと同じ構図です。
ドコモとKDDIに集中した初動の支障
KDDIも7月28日16時52分時点の情報で、同日16時28分から熊本県の一部エリアでau、UQ mobile、povo、au回線利用MVNOの通信サービスが利用できない、または利用しづらい状況が発生したと公表しました。原因は、地震に伴う基地局の停電および基地局までの伝送路の故障などです。緊急通報にも影響が出る可能性が示され、固定電話や他事業者の携帯電話、Wi-Fi環境の利用が案内されました。
その後、KDDIは19時30分時点の更新で、影響エリアにおいてJAPANローミングのフルローミング方式を提供していると案内しました。ピクト表示に「JPN-ROAM」または「JpnRoam」が出ていれば、緊急通報を含む音声通話、SMS、送受信最大300kbpsのデータ通信が使えるという内容です。ドコモも同様に、影響エリアでフルローミング方式を提供していると説明しています。
この初動は、通信障害時の情報提供という面でも意味があります。被災者にとって必要なのは、障害の技術的な詳細よりも「今どの手段ならつながるか」です。各社が障害範囲、緊急通報への影響、代替手段、JAPANローミングの利用方法を同じ文脈で示したことは、過去の大規模障害で問題となった周知の遅れや分かりにくさを補う動きといえます。
楽天モバイルと固定網にも及んだ影響
楽天モバイルは7月29日18時20分時点の第6報で、八代市、人吉市、宇土市、宇城市、美里町、益城町、氷川町の一部などに影響が出ていると公表しました。対象にはRakuten最強プラン、Rakuten最強U-NEXT、楽天回線の旧プラン、楽天回線MVNO、Wi-Fiルーター向けサービスが含まれます。原因は基地局の停電および基地局までの伝送路の故障などで、緊急通報も利用しづらい場合があるとしています。
固定網でも一時的に確認が進められました。NTT西日本は7月28日16時45分時点で、熊本県などで通信サービスが利用できない、または利用しづらい状況が発生していると発表しました。終報では同社通信ビルへの影響は確認されなかったとしていますが、利用者側では各種通信サービスが使いづらい可能性があり、電話が使えない場合は携帯電話などを使うよう案内しました。
安否確認の代替手段も同時に動きました。NTT東日本とNTT西日本は、災害用伝言ダイヤル171と災害用伝言板web171を7月28日16時31分から運用開始しました。171では伝言蓄積数が10件、録音時間が30秒、web171では伝言蓄積数が20件と案内されています。携帯網の復旧を待つだけでなく、安否確認を別経路へ逃がす仕組みが必要になる場面です。
JAPANローミングが担った相互救済の実務
JAPANローミングは、NTTドコモ、KDDI、沖縄セルラー、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯5社が2026年4月1日に開始した非常時の相互救済サービスです。大規模災害や大規模障害で契約中の通信事業者のサービスが利用できない場合、他社が救済用ネットワークを提供します。平常時の品質競争とは別に、非常時だけ相互に網を融通する設計です。
提供方式は大きく2種類あります。一つは、緊急通報を含む音声通話、SMS、データ通信を使えるフルローミング方式です。もう一つは、110、119、118への発信だけを可能にする緊急通報のみ方式です。今回の熊本地震では、各社の案内からフルローミング方式が提供されたことが確認できます。
この仕組みは、通信インフラの冗長化を利用者単位で実現する点に特徴があります。企業がデータセンターや工場で複数回線を引き込むのと同じ発想を、一般のスマートフォン利用にも広げたものです。ただし、救済先のネットワーク容量には限界があります。被災した事業者の全トラフィックを平常時と同じ品質で肩代わりするものではなく、最低限の連絡、安否確認、情報収集を成立させるための非常用の細い経路と捉えるべきです。
フルローミング方式で使える通信範囲
フルローミング方式で利用できるのは、緊急通報を含む音声通話、SMS、データ通信です。データ通信は送受信時最大300kbpsとされ、動画視聴や大容量ファイルの送受信には向きません。一方、テキスト中心の安否連絡、自治体サイトの確認、地図アプリの低頻度利用、メッセージアプリの短文送信には一定の実用性があります。
この速度制限は、救済網を守るための設計です。災害直後は、家族への連絡、避難情報の確認、報道サイトへのアクセスが集中します。全員が高画質動画やクラウド同期を続ければ、救済先の基地局も輻輳します。最大300kbpsという水準は不便に見えますが、通信の公平性と持続性を優先した線引きです。
利用者の画面には「JPN-ROAM D」「JPN-ROAM K」「JPN-ROAM S」「JPN-ROAM R」などの表示名が出る場合があります。Dはドコモ、KはKDDI、Sはソフトバンク、Rは楽天モバイルを示します。通常は自動選択が基本ですが、表示が出てもつながらない場合は手動選択で改善することがあります。ただし、手動選択した場合はJAPANローミング終了後に自動選択へ戻す必要があります。
端末設定とMVNO対応に残る利用者側の壁
利用者側で見落としやすいのが、端末設定です。ドコモ、KDDI、楽天モバイルの案内はいずれも、一部のAndroid端末ではデータローミング設定をオンにする必要があるとしています。海外ローミングの課金を避けるため、普段はデータローミングをオフにしている利用者も多いはずです。災害時にだけ設定を変える知識がなければ、仕組みがあっても使えない可能性があります。
MVNO利用者にも制約があります。携帯5社の開始発表やTCAの説明では、MNOの設備を使うMVNO利用者のうち、音声通話やSMS契約がある利用者はJAPANローミング提供時に緊急通報、音声通話、SMSを利用できるとされています。一方、データ通信は一部のMVNOに限られます。格安SIMを業務端末や現場端末に使う企業は、自社契約のMVNOがどこまで対応するかを事前に確認する必要があります。
JAPANローミングだけで通信の空白が埋まるわけでもありません。熊本県内では、無線LANビジネス推進連絡会の速報ページで、ワイヤ・アンド・ワイヤレスが熊本県全域を対象に00000JAPANを7月28日20時06分から発動したと案内されました。無料Wi-Fi、171、web171、固定電話、公衆電話、衛星通信サービスなどを重ねて使うことで、初めて通信手段の厚みが出ます。
過去障害が制度化させた通信冗長化の教訓
JAPANローミングの背景には、自然災害だけでなく、過去の大規模通信障害があります。ドコモは2021年10月14日の通信サービス障害を受け、総務省の指導に対する報告書を提出し、工事前の準備徹底、障害発生時の影響抑制、お客さまへの知らせ方の見直し、業界全体への情報共有を進めるとしました。KDDIも2022年7月2日の通信障害後、メンテナンス作業の手順・基準の見直し、輻輳検知と制御の設計見直し、早期復旧手順、周知広報の改善を実施したと公表しています。
これらの報告に共通するのは、障害を「自社設備の技術問題」だけで終わらせていない点です。携帯電話は、行政、医療、物流、金融、建設現場、工場の保全業務まで支える社会インフラです。障害時の情報提供や他社との教訓共有まで含めて、公共性のある運用が求められます。JAPANローミングは、その延長線上で制度化された相互救済策と位置付けられます。
一方で、制度ができたことと、現場で期待通りに使えることは別問題です。救済事業者の基地局も同じ地域の停電や回線断に巻き込まれる可能性があります。山間部や沿岸部では、そもそも他社の電波が十分でない場所もあります。さらに、データ通信の速度制限や端末ごとの対応差、手動選択後の戻し忘れ、MVNOのデータ通信制約も残ります。
企業の通信BCPでは、JAPANローミングを「最後の一本」ではなく「複数手段の一つ」と扱うべきです。現場監督者、工場の保全担当、物流拠点の責任者、自治体との連絡担当が同じキャリアだけに依存していれば、災害時に同時に通信を失う恐れがあります。携帯回線、固定回線、Wi-Fi、衛星メッセージ、災害用伝言サービスを役割別に整理しておくことが、今回の教訓です。
通信BCPで企業と個人が備えるべき要点
熊本地震でのJAPANローミング提供は、災害時の通信確保が「復旧を待つ」段階から「別の網へ逃がす」段階へ進んだことを示しました。最大300kbpsという制約はありますが、安否確認や短文連絡には大きな意味があります。緊急通報が揺らぐ局面で、他社網を使える選択肢が増えた意義は小さくありません。
利用者は、自分の端末がJAPANローミングに対応しているか、Android端末でデータローミング設定が必要か、手動選択後に自動選択へ戻す手順を確認しておくべきです。企業は、現場ごとの通信手段をキャリア別に分散し、MVNO契約の制約も棚卸しする必要があります。災害時の通信は、便利な付帯機能ではなく、事業と人命を守るインフラです。
参考資料:
- 令和8年7月28日16時27分頃の熊本県熊本地方の地震について
- 令和8年7月28日16時27分頃の熊本県熊本地方の地震に伴う土砂災害に関する警報等の暫定的な運用について
- 令和8年(2026年)7月28日 大地震に関する知事コメント
- NTTドコモ 令和8年熊本地震の影響による携帯電話サービスの状況
- KDDI 熊本県の地震の影響による携帯電話サービスの状況
- 楽天モバイル 熊本県の地震の影響による通信サービスの状況
- NTT西日本 通信サービスが利用できない、または利用しづらい状況について 第1報
- NTT西日本 通信サービスが利用できない、または利用しづらい状況について 終報
- NTT東日本・NTT西日本 災害用伝言ダイヤル171とweb171の運用開始
- 00000JAPAN 2026年7月 熊本地震の発動情報
- 非常時の通信を支えるJAPANローミングを4月1日に提供開始
- TCA JAPANローミング 非常時事業者間ローミングについて
- ソフトバンク JAPANローミング
- KDDI 2022年7月2日に発生した通信障害の行政指導に対する報告書を提出
- NTTドコモ 2021年10月14日の通信サービス障害の行政指導に対する報告書を提出
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