実質賃金プラスの定着遠のく、イラン情勢による原油高が物価押し上げ
はじめに
せっかく見えてきた実質賃金のプラス転化が、中東情勢の激変によって遠のきつつあります。2026年2月の生鮮食品を除く消費者物価指数(CPIコア)は前年同月比1.6%上昇にとどまり、3年11カ月ぶりに2%を下回りました。物価の落ち着きが実質賃金のプラス定着につながると期待されていた矢先のことです。
しかし、2月28日に米国・イスラエルがイランへの軍事攻撃に踏み切ったことで状況は一変しました。原油価格は急騰し、民間エコノミストは2026年度の物価見通しを相次いで上方修正しています。政府が目指す「実質賃金プラスの定着」というシナリオは、大きな試練に直面しています。
原油価格急騰がもたらすインフレ圧力
攻撃前後で倍近くに跳ね上がった原油価格
米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、WTI原油先物価格は攻撃前の1バレル67ドル程度から、3月上旬には一時120ドル近くまで急騰しました。イラン軍がホルムズ海峡の航行全面禁止を警告したことで、タンカーやコンテナ船が同海峡を避けるようになり、事実上の封鎖状態に陥ったことが価格高騰に拍車をかけました。
日本は原油輸入の約96%を中東地域に依存しており、ホルムズ海峡の情勢悪化は日本経済に直接的な打撃を与えます。野村総合研究所の試算では、原油価格が130ドルに上昇した場合、実質GDPを1年目に0.58%、2年目に0.96%押し下げるインパクトがあるとされています。
ガソリン価格は190円台に急騰
国内のガソリン価格も急速に上昇しました。3月2日時点でレギュラーガソリンの全国平均小売価格は158円50銭でしたが、3月16日には190.8円まで跳ね上がり、わずか2週間で約30円もの値上がりとなりました。
政府は3月19日から緊急的な激変緩和措置を発動し、ガソリン価格を全国平均170円程度に抑制する方針を打ち出しました。石油備蓄の放出や補助金の拡充など、矢継ぎ早の対応を迫られています。
物価見通しの上方修正と実質賃金への影響
民間エコノミストの予想修正
イラン情勢の緊迫化を受け、民間エコノミストは物価予想を相次いで修正しています。2026年度の消費者物価上昇率は平均で2.1%程度の見通しとなり、攻撃前の予想から上振れしました。
第一生命経済研究所の分析によれば、政府の電気・ガス代補助により2月のCPIは大きく押し下げられましたが、原油高の影響が今後数カ月で波及していくため、年度後半にかけてインフレ圧力が再び強まる見通しです。ガソリンや電気代だけでなく、石油化学製品を原料とする洗剤やシャンプー、食品の包装材など、幅広い品目への波及も懸念されています。
春闘の高い賃上げ率でも追いつかないリスク
2026年春闘の第1次集計では、賃上げ率が5.26%と歴史的な高水準を記録しました。トヨタ自動車をはじめ、自動車・電機などの大手製造業で満額回答が相次いでいます。
しかし、問題は物価上昇率がこの賃上げ効果を食い潰してしまう可能性があることです。物価上昇率が2%台前半で推移すれば実質賃金はプラスを維持できますが、原油高の影響で3%台に再加速すれば、せっかくの賃上げも帳消しになりかねません。
中小企業の「賃上げ疲れ」も深刻
大手企業の高い賃上げ率とは対照的に、中小企業では「賃上げ疲れ」の兆候が見られます。東京商工リサーチの調査によると、6%以上の賃上げを予定している中小企業は7.2%にとどまり、前年度の15.2%から大幅に低下しました。
連合は中小労組に対して6%以上の賃上げを目安として掲げていますが、原材料費の上昇が利益を圧迫する中、中小企業が大幅な賃上げを継続するのは容易ではありません。企業規模間の賃金格差が拡大すれば、日本全体の実質賃金プラス定着はさらに遠のくことになります。
注意点・展望
原油価格の今後の動向は、イラン情勢の行方に大きく左右されます。ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、日本経済は「物価高と景気悪化が共存する」スタグフレーションに陥るリスクがあります。第一生命経済研究所は、資源価格高騰が深刻化した場合、実質GDPが1.0%程度押し下げられる可能性を指摘しています。
一方、外交的な解決や停戦が実現すれば、原油価格は比較的早期に落ち着く可能性もあります。その場合、2026年前半の物価鈍化トレンドが復活し、実質賃金プラスの道筋が再び見えてくるかもしれません。
いずれにせよ、日本の中東依存度の高いエネルギー構造そのものが、外部ショックに対する大きな脆弱性であることが改めて浮き彫りになっています。
まとめ
2月のCPIが3年11カ月ぶりに2%を割り込み、実質賃金のプラス転化が目前に迫っていました。しかし、米・イスラエルのイラン攻撃による原油価格急騰が、この楽観的なシナリオを覆しつつあります。
春闘では5%超の高い賃上げ率が実現しましたが、物価上昇率の再加速と中小企業の賃上げ疲れが重なれば、実質賃金のプラス定着は見通せなくなります。政府の物価抑制策の効果と中東情勢の行方を注視する必要があります。
参考資料:
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