上海オフィス空室率24%超、外資離れと供給過剰が映す中国経済
上海空室率24.4%が映す都市経済の転換点
上海のオフィス市場で空室の拡大が続いています。CBREによる2026年7〜9月期の集計では、市内オフィスの空室率は24.4%となりました。新規供給が続くなか、ロボット関連を含む製造業の賃貸需要は回復しつつあるものの、供給を十分に吸収するまでには至っていません。
ただし、24.4%という数字を「外資が上海から一斉に撤退している結果」と読むのは早計です。同じ四半期でも、調査会社によって空室率は20.9%、21.9%、24.4%と幅があります。対象とするオフィスの等級、都心・郊外の範囲、自社利用床を含めるかどうかが異なるためです。
重要なのは、空室率を中国経済の一つの温度計として読みつつ、外資動向、国内企業の再編、過去の開発計画が生んだ大量供給を分けて捉えることです。上海の高層ビルに灯りが減る現象は、不動産不況だけでなく、米中関係を含む地政学と企業の拠点戦略が交差する地点にあります。
供給過剰と借り手優位を生んだ需給の断層
供給増加が吸収を上回る市場構造
CBREは7〜9月期に上海で3棟、計約25万7000平方メートルの新規オフィスが供給されたと集計しています。同社による純吸収量は前期比23%増の約20万7000平方メートルでした。需要は改善したものの、新規供給を完全に埋めるほどではなく、空室率は前期比0.1ポイント低下しただけでした。
空室率の水準は、集計範囲で大きく見え方が変わります。Colliersは市内のグレードAオフィス在庫を1841万平方メートル、空室率を21.9%とし、Cushman & Wakefieldは20.9%としています。一方でCBREは24.4%です。数値の差を「どの調査が正しいか」という競争として扱うより、空室問題が市全体に広がっているという共通点を読むべきです。
長期の需給を見ると、供給側の重さはさらに鮮明です。Cushman & Wakefieldによると、上海では2025年に14件、約85万平方メートルのグレードAオフィスが新たに供給されました。2026〜2028年にも約279万平方メートルの新規供給が計画され、そのうち2026年中だけで120万平方メートル超が見込まれています。
こうした供給は、不動産開発が活況だった時期に決まった案件が、景気や企業の投資意欲が鈍った局面で完成を迎えることで生じます。開発を止めても、既に建設段階に入ったビルは短期には減りません。需要が回復しても、空室率が下がるまでに時間がかかる構造です。
賃料にも借り手優位の状況が表れています。Colliersによれば、7〜9月期の上海グレードAオフィスの平均賃料は前期比2.4%低下し、1平方メートル当たり1日5.5元でした。前年同期比では7.9%低い水準であり、空室を埋めるために賃料やフリーレントを含む条件で競争が続いていることを示します。
中国全体の不動産不況も、オフィス市場の下支えを弱めています。国家統計局によると、2026年1〜9月の不動産開発投資は前年同期比20.6%減でした。オフィス用途の開発投資も21.0%減少しており、資金調達が悪化した開発企業が資産の売却や賃料収入の確保を急ぐ局面では、賃料の下方圧力が長引きやすくなります。
都心と新興地区で分かれる空室の意味
空室率の高さは、上海の全地区が同じように弱いことを意味しません。JLLの4〜6月期調査では、CBDの空室率は19.3%だったのに対し、分散型市場では27.1%でした。都心では金融・専門サービス企業による移転や高品質ビルへの更新需要があり、新興ビジネス地区では選択肢の多さが空室率を押し上げています。
これは「企業がオフィスを必要としなくなった」というより、「同じ面積をどこで、どの条件で借りるか」が変化した市場です。賃借人は契約更新時に、より新しいビルや交通利便性の高い場所へ移ることで、賃料や内装条件の見直しを求められます。移転先が埋まっても、旧ビルや新興地区に空室が残れば、市全体の空室率は改善しにくくなります。
需要の中身にも変化があります。CBREは7〜9月期に、ロボット産業の連鎖効果で工業製造業が最大の賃貸需要源になったと分析しています。TMT、金融、専門サービスへの依存が大きかった従来の上海市場に対し、先端製造やAI関連企業の成長が、オフィス需要の一部を支える構図です。
もっとも、新興産業の拡大だけで大型の供給を吸収できるとは限りません。研究開発、営業、管理機能を一体化する企業もあれば、工場・研究拠点に近いビジネスパークを選ぶ企業もあります。ロボットやAIの成長がそのまま都心の大型オフィス需要へ転化するわけではない点が、上海市場の難しさです。
「世界主要都市で最高」という表現にも注意が必要です。JLLは2026年4〜6月期の世界のオフィス空室率を16.5%としていますが、都市別の比較には物件の等級や集計範囲をそろえる必要があります。上海の24%台は世界平均を大幅に上回る深刻な水準ですが、統一された母集団を使わずに世界一と断定することは、分析上は慎重であるべきです。
外資撤退論だけでは読めない需要減少の正体
外資の退出と機能縮小を分ける視点
外資系企業の慎重姿勢は、上海の賃貸需要に影響します。米中の技術・貿易摩擦、サプライチェーンの分散、データや輸出管理を巡る規制への対応は、地域統括機能をどこに置くかという判断を複雑にしています。とりわけ、本社機能の増員や大型拡張を先送りすれば、オフィス床の需要には直ちに響きます。
しかし、上海からの全面的な外資撤退を示す公的データはありません。上海市の発表では、2025年の実行ベースの外国直接投資は160億6000万ドルで、外資系多国籍企業の地域統括本部は1076、外資系研究開発センターは636でした。2026年6月末には、地域統括本部の数は1107に増えています。
2025年には上海で6300社超の外資企業が新設され、2026年3月にも30の地域統括本部と15の外資系研究開発センターが認定されました。こうした件数は、企業の投資額、雇用、必要床面積を直接表す指標ではありません。それでも「外資が消えた」とは異なる現実を示しています。
米国商工会議所上海の2026年調査でも、回答した262社のうち78%が2025年に中国事業で利益を計上し、58%は中国の今後5年間の事業見通しに楽観的でした。競争や規制を含む経営環境への懸念が消えたわけではありませんが、外資企業を一つの方向へ動く集団として扱えないことが分かります。
外資撤退と呼ばれる現象には、実際には複数の形があります。中国市場向けの販売・生産を残しながら、アジア統括機能を縮小する企業があります。逆に、研究開発や中国国内向けの商品企画を強化する一方、管理部門の面積を減らす企業もあります。オフィス需要の減少は、法人の撤退ではなく、組織の現地化や固定費圧縮でも起こります。
このため、空室率だけから外資の投資姿勢を推測するのは危険です。外国直接投資は資本の流れであり、オフィス賃貸は実際の人員配置と契約更新の結果です。企業の撤退件数、床面積の解約、地域統括本部の新設、売上高や調達網の変化を組み合わせて初めて、外資の実像に近づけます。
中国企業の競争激化と拠点再編
需要を弱めているもう一つの要因は、中国企業自身のコスト削減と拠点再編です。国家統計局によると、2026年7〜9月期の実質GDP成長率は前年同期比4.5%でした。輸出と製造業は伸びていますが、1〜9月の固定資産投資は7.2%減で、不動産を除いても4.2%減でした。
企業が売上成長より収益性を優先する局面では、管理部門や営業部門の面積を見直しやすくなります。Savillsは上海で、技術分野の拡大と職場統合が賃貸需要を支える一方、新規供給を吸収するには不十分だと指摘しています。拡張契約より、同じ人数でより条件の良いビルへ移る契約が中心なら、市場全体の純増は限られます。
一方、先端製造の伸びは明るい材料です。国家統計局は1〜9月の工業用ロボット生産が前年同期比29.1%増だったと発表しました。上海でロボット関連企業がオフィス需要を生んでいることは、国家の産業政策と都市の不動産市場が結び付いていることを示します。
ただし、産業政策が特定分野の需要を押し上げても、既存オフィスの地域的な偏りを一気に解消するわけではありません。新興地区に集中する大型ビル、築年数が経過したビル、都心の高品質ビルでは競争条件が異なります。平均空室率が高い市場ほど、個別物件の格差は大きくなります。
上海市が地域統括本部、財務機能、研究開発センターの誘致を重視する理由もここにあります。黄浦区は2026〜2030年に、外資系の機能拠点を約20増やし、投資・資金管理・人材サービスを支援する計画を示しています。単に企業数を増やすのではなく、意思決定や研究開発といった高付加価値機能を呼び込むことが、都心オフィス需要の持続性を左右します。
地政学と不動産不況が交差する回復条件
上海の空室率が改善する第一条件は、供給の減速です。新規竣工が続く間は、純吸収が増えても空室率は下がりにくくなります。開発会社や地方政府にとっては、量を増やす開発から、既存ビルの改修、用途転換、交通・商業・住宅との複合化へ軸足を移せるかが問われます。
第二に、移転需要ではなく、実質的な雇用・投資の拡大が必要です。都心の空室率だけが改善しても、新興地区の空室が増えるなら市全体の需給は均衡しません。新規採用、研究開発投資、金融・専門サービスの業務拡大が、移転を超える純増需要を生むかが重要です。
第三に、地政学リスクの管理可能性が問われます。米中関係が緊張すれば、企業は中国事業を閉鎖しなくても、サプライチェーン、データ管理、地域統括機能を分散させます。その際には、オフィスを「拡張の象徴」ではなく、事業継続に必要な最小限かつ柔軟な拠点として設計する傾向が強まります。
外部環境が安定すれば、上海には回復余地もあります。JLLは世界全体で空室率が低下し、欧州や日本、シンガポール、韓国では供給制約が強まっていると分析しています。上海も外資系地域統括本部、金融、専門サービス、先端製造を結び付けられれば、賃料下落を利用した拠点更新需要を取り込めます。
見るべき指標は、空室率の一時的な上下だけではありません。新規供給に対する純吸収、実効賃料、外資系統括本部と研究開発機能の増減、不動産開発企業の資金繰り、企業の採用計画を並べて確認する必要があります。これらが同時に改善するかどうかが、市場回復の確度を決めます。
日本企業が備える中国拠点戦略の三尺度
日本企業にとって、上海の空室率上昇は撤退判断を急ぐ材料ではなく、拠点の役割を再点検する機会です。第一に、中国事業の売上・利益・供給網に対して、そのオフィスが営業、研究開発、地域統括のどの機能を担うのかを明確にする必要があります。面積削減と事業縮小を同一視しないことが出発点です。
第二に、賃料水準だけでなく、契約期間、拡張・縮小の選択権、データ管理や人材採用へのアクセスを評価すべきです。借り手優位の局面では、より良い立地やビルへ移る余地が生まれますが、短期の賃料割引だけで長期契約を結ぶと、事業再編時の柔軟性を失います。
第三に、上海単独ではなく、香港、東南アジア、日本を含む拠点網の中で役割を設計することが重要です。中国市場の深さを活用する機能と、地政学リスクを分散する機能を分ければ、オフィス戦略はコスト削減策から経営の安全保障策へ変わります。
上海の24%台という空室率は、都市の魅力が失われたことを直ちに意味しません。供給過剰、不動産不況、国内企業の統合、外資の慎重な再配置が重なった結果です。数字の定義を確かめ、企業活動の中身を追うことが、中国経済の変化を見誤らないための第一歩となります。
参考資料:
- 上海房地产市场报告 2026年第三季度 | CBRE 中国
- Shanghai MarketBeat | Cushman & Wakefield
- Shanghai Office Market Report Q2 2026 | JLL
- Shanghai Office Q2 2026 | Savills
- 2026年第三季度上海写字楼办公楼出租租金市场分析报告 | Colliers
- Shanghai Office Market Report Q4 2025 | Knight Frank
- Greater China Top Office Supply and Demand Trends | Cushman & Wakefield
- National Economy in the First Three Quarters of 2026 | 中国国家統計局
- 2026年1—9月份全国房地产市场基本情况 | 中国国家統計局
- Home to most MNC regional HQs and foreign-funded R&D centers | 上海市政府
- Invest Shanghai: Regional Headquarters
- Global Real Estate Perspective, August 2026 | JLL
- Huangpu unveils five-year plan to attract foreign investment | 上海市政府
関連記事
政府系ファンド米国集中、AI投資が映す中国離れの地政学リスク
政府系ファンドの対米投資は2025年に世界取引の47%へ拡大し、AIやデータセンターが資金を吸い寄せています。一方、中国向け流入は政治リスクと技術規制で鈍化。2026年のInvesco調査では75%が米国をAI主導地域に挙げ、52%が集中リスクを警戒しました。中東・アジア資金が次に何を選ぶのかを解説。
建国250年の米国、分断と成長が映す超大国の歴史的矛盾と針路
米国は独立宣言から250年を迎えた。13州の連合から人口3億人超、世界最大級の経済・軍事力を持つ超大国へ成長した歩みは、自由の理念と奴隷制、州権と連邦権限、移民の活力と排外感情の衝突でもあった。政治分断と制度不信が深まる今、日本企業と投資家が見るべき構造的な強さと脆さを歴史と国際秩序の視点から読み解く。
レアアース17元素の特徴と産出国、中国依存の供給網と争奪戦を解剖
中国の輸出管理が再び注目を集めるレアアースは、17元素をひとまとめにすると実像を見誤ります。ネオジムやジスプロシウムの磁石需要、ランタンやセリウムの触媒用途、重希土類を握る中国南部とミャンマーの鉱床、豪州と米国の巻き返しまで、元素別の特徴と主要産出国の構図、安全保障と価格変動の焦点を整理して解説します。
中国「犬小屋外交」の実態と各国の対抗戦略
中国の経済的威圧「犬小屋外交」の手法・事例と各国の対応策
中東空域閉鎖で浮上した「空のシルクロード」の実態
米国・イスラエルのイラン攻撃で中東空域が大規模閉鎖。欠航1万便に迫るなか、中央アジア経由で運航を続ける欧州~アジア直行便の迂回ルートと航空業界への影響を解説します。
最新ニュース
日銀10月会合は利上げ見送りへ、2%物価到達後の政策転換を読む
日本銀行は10月29〜30日の金融政策決定会合で、政策金利を1.25%に据え置く公算が大きい。基調的な物価上昇率が2%に事実上到達する一方、9月利上げの累積効果や地域経済の温度差を見極める必要があるためだ。追加利上げの判断材料、家計・企業・地方銀行・自治体財政への波及、次の政策転換点を最新統計から読み解く。
信用金庫の国債含み損、前倒し処理で問われる地域金融改革の実効性
全国254信用金庫のうち93金庫で、有価証券の含み損が純資産の50%を超えた。日銀の政策金利が1.25%に上がり、長期金利も3%台に入るなか、低利国債の前倒し処理が焦点となる。損失確定が自己資本、融資姿勢、ガバナンスに及ぼす影響、信金中金の支援制度の役割、地域企業・預金者が確認すべき開示項目を読み解く。
短期定期預金に44兆円、利上げ局面で家計が高金利を選ぶ新常識
日銀の利上げを受け、3カ月以上6カ月未満の定期預金残高は44兆円と31年ぶりの高水準に達した。短期商品へ資金が動く理由、ソニー銀行やイオン銀行の口座獲得競争、表示年率と実際の受取利息の差、中途解約・自動継続・預金保険の注意点を整理。生活防衛資金と運用資金を分ける基準を示し、家計が選ぶべき預け方を解説。
スペースXとテスラ統合協議、AI垂直統合が変える産業競争の行方
スペースXとテスラが独立取締役による特別委員会を設置し、経営統合の検討に入った。宇宙輸送、スターリンク、AI計算基盤、半導体、EV、ロボットを束ねる狙いは何か。両社の業績とテラファブ構想を手掛かりに、技術シナジー、資金効率、株主間の利害、米中規制、ガバナンスまで、投資家が注視すべき実現への難所を読み解く。
湾岸タワマン下落の境界線、1.5億円超で進む住宅市場の価格二極化
東京湾岸5地区のタワーマンション価格は2026年1〜9月に3.6%下落し、1億5000万円以上と築浅住戸ほど調整が目立つ。日銀の利上げ、住宅ローンの借入余力、在庫増、海外需要を公開統計で検証。全国一律の値崩れではなく、都心と地方、駅近と郊外へ広がる選別相場の条件と、購入・売却時に確認すべき指標を解説。