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トランプ政権に亀裂、情報機関トップがイラン戦争に抗議辞任

by 中村 壮志
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はじめに

2026年3月17日、米国の情報機関の要職にある人物が、現政権の中東政策に対して公然と反旗を翻しました。米国家テロ対策センター(NCTC)のジョー・ケント所長が辞任を表明し、「良心に照らしてイランでの戦争を支持できない」と声明を発表したのです。ケント氏はトランプ大統領の熱烈な支持者であり、元グリーンベレー、元CIA工作員という経歴を持つ人物です。その彼が政権を離れたことは、トランプ政権内部に走る深い亀裂を象徴しています。本記事では、ケント氏辞任の背景、米国のイラン軍事作戦の経緯、そして政権内部や支持基盤で広がる反戦の動きについて解説します。

ジョー・ケント氏とは何者か

特殊部隊と情報機関のベテラン

ジョー・ケント氏は、20年以上にわたり米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)に所属し、イラク、アフガニスタン、シリアなどへの戦闘派遣を少なくとも11回経験した歴戦の軍人です。ブロンズスター勲章を6回受章するなど、華々しい軍歴を誇ります。2018年に退役した後はCIAの特別活動部門でパラミリタリー・オフィサー(準軍事工作員)として活動しました。

ケント氏の妻シャノン・ケント氏は、2019年にシリアでISIL(ISIS)の自爆テロにより命を落としており、テロとの戦いを個人的にも深く経験した人物です。

トランプ政権での役割

ケント氏は2020年のトランプ再選キャンペーンでテロ対策アドバイザーを務め、その後ワシントン州から下院選に2度出馬しましたが、いずれも落選しています。2025年2月にトランプ大統領からNCTC所長に指名され、同年7月30日に上院で52対44の党派投票により承認されました。

NCTCはテロ対策情報の分析・統合・共有を統括する機関であり、その所長は大統領に直接助言を行う立場にあります。タルシ・ギャバード国家情報長官の直属の側近としても知られていました。

辞任の背景にある米国のイラン軍事作戦

「エピック・フューリー作戦」の開始

ケント氏の辞任を理解するためには、2026年2月28日に開始された米国とイスラエルによるイランへの軍事作戦の経緯を振り返る必要があります。

トランプ大統領はイランの核開発計画を理由に「エピック・フューリー作戦」を発令し、トマホーク巡航ミサイルや空軍・海軍の航空機による空爆を開始しました。イスラエル空軍も同時に「斬首作戦」を展開し、イランの最高指導者ハメネイ師をはじめとする多数の高官が殺害されました。

注目すべきは、攻撃開始の前日にあたる2月27日、オマーンの外務大臣が米国とイランの間接交渉で「画期的な進展」があったと発表していたことです。イランはウラン濃縮の停止とIAEA(国際原子力機関)による完全な査察受け入れに合意したとされ、外交的解決が「手の届くところにあった」とされていました。

議会承認なき開戦

この軍事作戦は議会の承認を得ずに開始されました。米国憲法第1条は宣戦布告の権限を議会に付与していますが、ホワイトハウスは「ギャング・オブ・エイト」と呼ばれる議会指導者グループへの事前通知のみで攻撃に踏み切りました。

その後、ティム・ケイン上院議員(民主党)とランド・ポール上院議員(共和党)が提出した戦争権限決議案は、上院で47対53で否決されています。

拡大する被害と経済的影響

3月中旬までに、イラン国内で少なくとも1,444人、ペルシャ湾岸地域で20人、イスラエルで15人が死亡し、米兵も13人が犠牲となっています。イランは報復としてホルムズ海峡を封鎖し、商船への攻撃を21件以上実施。原油価格は1バレル126ドルまで高騰し、世界経済に深刻な影響を与えています。

ケント氏の辞任声明と政権内部の対立

「イスラエルとロビー団体の圧力」

ケント氏は辞任声明で、「イランは我が国に差し迫った脅威を与えていなかった。イスラエルとその強力な米国内ロビー団体の圧力によって、この戦争が始められたことは明らかだ」と述べました。テロ対策の最前線に立つ情報機関のトップが、開戦の正当性そのものを否定したことは極めて異例です。

トランプ大統領はケント氏の辞任について、「いい人だったが、安全保障には弱かった」「彼のことはよく知らなかった」と突き放すコメントを出しています。

バンス副大統領との接触

報道によれば、ケント氏は公に辞任を発表する前日に、JD・バンス副大統領およびギャバード国家情報長官と面会し、辞任の理由を説明していました。バンス副大統領はケント氏に対し、正式な辞任の前にスージー・ワイルズ首席補佐官やトランプ大統領と話すよう助言したとされています。

バンス副大統領、ギャバード長官、そしてケント氏は、いずれも海外での軍事介入に懐疑的な「反介入主義派」として知られており、政権内部における対イラン強硬派との路線対立が浮き彫りになっています。

ギャバード長官の苦しい立場

ケント氏の辞任後、ギャバード国家情報長官は議会の公聴会で厳しい追及を受けました。イランが「差し迫った脅威」だったのかという質問に対し、ギャバード長官は「大統領が最高司令官として脅威の判断を行う責任を持つ」と述べるにとどまり、情報機関として同じ結論に達していたかどうかについては明言を避けました。この慎重な対応は、情報機関内部でもイランの脅威評価をめぐる見解の相違があることを示唆しています。

注意点・今後の展望

ケント氏の辞任は、トランプ支持層の間にも波紋を広げています。マージョリー・テイラー・グリーン下院議員、タッカー・カールソン氏、メーガン・ケリー氏といった保守派の有力者がイラン戦争への批判を表明しており、「アメリカ・ファースト」を掲げる非介入主義と、イスラエル支持の対イラン強硬路線との間で支持基盤に亀裂が生じています。

ただし、世論調査では自称「MAGA共和党員」の約85~90%がイラン攻撃を支持しており、コアな支持基盤の離反は限定的との見方もあります。むしろ問題となっているのは、2024年選挙でトランプ氏に投票した穏健派や無党派層の離反であり、2026年の中間選挙に向けて共和党にとって深刻なリスクとなる可能性があります。

イラン側も停戦を拒否しており、ホルムズ海峡の緊張は続いています。軍事作戦の長期化は、さらなる政権内部の離反や国内世論の変化を引き起こす可能性があり、今後の展開から目が離せません。

まとめ

ジョー・ケント氏のNCTC所長辞任は、トランプ政権のイラン軍事作戦をめぐる内部対立が公然化した象徴的な出来事です。元グリーンベレー、元CIA工作員という安全保障のプロフェッショナルが、「イランは差し迫った脅威ではなかった」と断言して辞任したことの重みは大きいといえます。バンス副大統領やギャバード国家情報長官など反介入主義派と、対イラン強硬派との路線対立は今後も続く見通しです。議会承認なき開戦、拡大する被害、高騰する原油価格など、この戦争がもたらす影響は米国内政治にとどまらず、世界経済や国際秩序にも波及しています。

参考資料

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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