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イラン攻撃3週間で安全資産が総崩れの背景

by 田中 健司
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はじめに

2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃を開始してから約3週間が経過しました。地政学リスクが急激に高まる局面では、通常、金(ゴールド)や米国債、日本円、スイスフランといった「安全資産」に資金が流入するのが定石です。しかし今回は、これらの安全資産が軒並み売られるという異例の事態が起きています。

リスク資産だけでなく、逃避先であるはずの安全資産までもが下落する「逃げ場のない相場」は、投資家にとって極めて厳しい環境です。本記事では、なぜ従来の安全資産が機能しなくなったのか、その背景にある構造的要因を解説します。

攻撃直後と3週間後で一変した市場の反応

初期反応は「教科書通り」だった

イラン攻撃直後の市場は、従来通りの動きを見せました。金先物価格は1トロイオンスあたり約5,296ドルから5,423ドルへと2%以上急騰しました。米10年国債利回りは2025年4月以来の低水準に低下し、債券価格は上昇しました。まさに「有事の金」「有事の国債」が機能した瞬間です。

しかし、この動きは長続きしませんでした。攻撃開始からわずか数日後の3月3日には、金価格は5,085ドルまで6%以上の急落を記録しました。

3週間後の「総崩れ」

3月20日時点で、金のスポット価格は4,657ドル付近まで後退しています。攻撃直後の高値からは約14%の下落です。米10年国債利回りは4.37%に上昇し、2025年7月以来の高水準に達しました。利回り上昇は債券価格の下落を意味します。

日本円やスイスフランといった伝統的な安全通貨も売られ、代わりに米ドルだけが上昇するという「ドル独り勝ち」の構図が鮮明になっています。

安全資産が機能しなくなった3つの理由

原油高がインフレ再燃を招いた

最大の要因は、イラン攻撃に伴う原油価格の急騰です。ブレント原油先物は攻撃前の1バレル約72ドルから、3月18日時点で109ドルを突破しました。ペルシャ湾岸諸国の原油生産量は3月12日までに日量1,000万バレル以上の減少を記録しており、これは世界の石油市場史上最大の供給途絶です。

米国のガソリン全国平均価格は、2月の1ガロン2.923ドルから3月18日には3.842ドルへと約31%上昇しました。エネルギー価格の高騰はインフレ圧力を直接的に高め、FRB(連邦準備制度理事会)の金融政策に大きな影響を与えています。

FRBの「タカ派的据え置き」が追い打ち

3月18日のFOMC(連邦公開市場委員会)で、FRBは政策金利を3.5〜3.75%に据え置きました。市場が注目したのは金利そのものではなく、2026年末の金利見通しです。FRBは中央値を従来の2.9%から3.4%へと大幅に引き上げました。これは、年内の利下げ幅が大きく縮小されることを意味します。

パウエル議長は「原油高がインフレに与える影響は一時的である可能性がある」としつつも、「誰にも影響の全容はわからない」と不確実性を強調しました。市場では利下げが2027年まで先送りされるとの見方も浮上しています。

この「高金利の長期化」が、利息を生まない金にとって致命的な逆風となっています。金利が高い環境では、利回りのつく米ドル資産の魅力が相対的に高まるためです。米10年国債利回りが4.25%を超える水準では、金を保有する「機会コスト」が無視できないほど大きくなります。

ドルへの資金集中が他の安全資産を押し下げた

地政学リスクの高まりにもかかわらず、投資家の資金は金や国債ではなくドルに集中しました。ドルインデックス(DXY)は5週間ぶりの高値に上昇しています。ドルの上昇には二重のエンジンがあります。リスク回避の「質への逃避」と、原油高を背景にした米国経済の相対的な強さへの期待です。

ドル高が進むと、ドル建てで取引される金は割高になり、売り圧力が強まります。また、株式市場で損失を出した機関投資家が、損失の穴埋めのために金や国債を換金売りしているとの指摘もあります。

従来の「有事」との違い

スタグフレーション的リスクオフの新しさ

過去の地政学危機では、金融政策が緩和方向に向かうことが多く、金や国債は安全資産として有効に機能してきました。しかし今回は、紛争がインフレを加速させるという「スタグフレーション的リスクオフ」の局面にあります。

景気後退のリスクが高まる一方で、インフレが収まらないため金融緩和もできないというジレンマに、中央銀行と投資家の双方が直面しています。この状況では、金利を生まない金や、利回り上昇(価格下落)リスクのある国債は、安全資産として機能しにくくなります。

投資家はどこに資金を振り向けるべきか

クリーブランド連邦準備銀行は3月6日の講演で、ドルの安全資産としての地位について分析を発表しました。現在のところ、流動性と安定性の観点からドルが最も信頼できる逃避先とされています。

一方、一部の市場参加者は暗号資産やゴールド連動型トークンなど、新しい「安全資産」に注目し始めています。ただし、これらは伝統的な資産クラスと比べて流動性や規制面のリスクが大きく、万人向けの代替手段とは言えません。

注意点・展望

今後の市場動向を左右する最大の変数は、イラン紛争の行方と原油価格の推移です。紛争が早期に収束し原油価格が安定すれば、FRBの利下げ観測が復活し、金や米国債の安全資産としての魅力が回復する可能性があります。

ただし、紛争が長期化した場合には注意が必要です。インフレ圧力が持続し、FRBが利上げに転じる可能性すら指摘されています。J.P.モルガンは年末の金価格を6,300ドルと予想し、ドイツ銀行は6,000ドルを見込んでいますが、これらは紛争の収束を前提とした楽観的なシナリオです。

投資家としては、ドル建て資産への過度な偏重もリスクがあります。紛争の展開次第ではドル自体が売られる局面も想定しておくべきです。

まとめ

イラン攻撃から3週間で、金融市場の「安全資産」をめぐる常識が大きく揺らいでいます。金、米国債、円、スイスフランといった伝統的な逃避先が軒並み下落し、ドルだけが上昇する異例の展開は、原油高によるインフレ再燃とFRBのタカ派姿勢が生み出した構造的な現象です。

「安全資産に逃げれば安心」という従来の常識は通用しなくなりつつあります。今後は紛争の推移、原油価格、FRBの政策判断を注視しながら、従来の枠組みにとらわれない柔軟な資産配分が求められます。

参考資料:

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