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イラン最高指導者「不在」の深層と革命防衛隊の実権掌握

by 田中 健司
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はじめに

2026年2月28日、米国とイスラエルによるイラン攻撃で最高指導者アリー・ハメネイ師が殺害されてから、イランは歴史的な転換点を迎えています。3月8日に次男モジタバ・ハメネイ師が第3代最高指導者に選出されましたが、就任から1カ月が経過した現在も公の場に一度も姿を見せていません。肉声も映像も一切確認されず、代わりに革命防衛隊(IRGC)が事実上の国家運営を主導しているとの見方が強まっています。

本記事では、モジタバ師「不在」の背景、革命防衛隊による権力掌握の実態、そしてイラン国民の間に広がる不信感について、複数の情報源をもとに解説します。

モジタバ師の選出経緯と革命防衛隊の圧力

異例の最高指導者選出プロセス

アリー・ハメネイ師の死亡を受け、通常であれば専門家会議(86人の宗教指導者で構成)が慎重に後継者を選出します。しかし今回は、革命防衛隊が選出プロセスに深く介入したことが複数の報道で明らかになっています。

イラン専門メディアIranWireの報道によれば、革命防衛隊の情報部門が専門家会議のメンバーに対し、モジタバ師への投票を求める「繰り返しの接触と心理的・政治的圧力」をかけたとされています。各都市の革命防衛隊司令官が対面での面会や電話を通じ、オンライン会議が始まる直前まで圧力を続けたと報じられています。こうした圧力に反発し、少なくとも8名の専門家会議メンバーが第2回会合のボイコットを表明しました。

「世襲」への懸念

モジタバ師の選出は、イスラム共和制が事実上の「世襲制」に転じたとの批判を招いています。反対派は、最高指導者の地位が父から子へ受け継がれることは、イスラム革命の理念に反し、かつてのパフラヴィー朝の君主制を想起させると警告してきました。Foreign Affairs誌の分析でも、革命防衛隊がモジタバ師を「父親よりも従順な指導者」として利用しようとしている可能性が指摘されています。

1カ月続く「不在」の真相

一切姿を見せない最高指導者

モジタバ師は就任以来、葬儀への参列も、映像メッセージの発信も、音声記録の公開も行っていません。最高指導者としての最初の声明は、国営テレビのアナウンサーがモジタバ師の静止画を背景に読み上げるという異例の形式で発表されました。その後もすべての声明は文書のみで発表されており、本人が実際に執筆・承認したかどうかすら確認できない状態が続いています。

意識不明との情報

2026年4月7日、英紙タイムズは米国・イスラエルの情報機関の分析に基づく外交文書を入手し、モジタバ師がイスラム教シーア派の聖地コムで意識不明の状態にあると報じました。この外交文書は湾岸諸国に共有されたもので、「体制のいかなる意思決定にも関与できずにいる」と記されていたとされています。

病院関係者の証言として、片腕の完全な機能喪失、少なくとも片脚の麻痺、脊髄損傷、顎の脱臼、脳損傷、頭部と顔面への広範な外傷が報告されています。これは、父ハメネイ師を殺害した攻撃の際にモジタバ師自身も負傷していた可能性を示唆しています。

声明に見られる矛盾

モジタバ師の名で発表された声明には、重要な矛盾が含まれています。3月12日の最初の声明では軍事的抵抗の継続とホルムズ海峡の封鎖維持を訴えた一方で、「戦争は止めなければならない」とも述べており、攻撃的な軍事姿勢と交渉の余地を同時に示す二面性がありました。さらに、この声明の内容はペゼシュキアン大統領が示した「一定条件下での停戦検討」という方針と明確に矛盾しており、体制内部の意思統一が図れていない状況を露呈しました。

革命防衛隊による事実上の権力掌握

軍事評議会の設置

最高指導者の不在が長期化する中、革命防衛隊は上級司令官で構成される「軍事評議会」を設置し、日常的な行政判断と戦時作戦の双方を統括していると複数のメディアが報じています。この軍事評議会はモジタバ師の周囲に厳重な警備態勢を敷き、政府高官から最高指導者への情報の流れを事実上遮断しているとされています。

ペゼシュキアン大統領との対立

革命防衛隊の権力拡大は、選挙で選ばれたペゼシュキアン大統領との深刻な対立を生んでいます。報道によれば、大統領がホセイン・デフガン氏を情報相に任命しようとした際、革命防衛隊のアフマド・ヴァヒディ司令官がこれを阻止し、「現在の戦時下では、すべての重要かつ機密性の高い政府ポストは革命防衛隊が直接選定・監督すべきだ」と主張したとされています。

ペゼシュキアン大統領は革命防衛隊の戦争遂行の在り方、特に近隣湾岸諸国に影響を及ぼす行動について懸念を表明し、こうした政策が長期的な経済的負担をもたらしていると警告していると伝えられています。しかし、大統領の権限は実質的に形骸化しつつあり、「完全な政治的行き詰まり」に追い込まれているとの指摘もあります。

注意点・展望

情報の不確実性

イラン国内の情報統制は極めて厳しく、モジタバ師の健康状態に関する報道の多くは西側情報機関の分析や匿名の関係者の証言に基づいています。「すでに死亡している」という極端な説から「意図的に姿を隠している」という説まで様々な憶測が飛び交っており、真相の確認は困難な状況です。ロシアの特使はモジタバ師がイラン国内にいると述べましたが、具体的な状況については言及していません。

体制の安定性と国民感情

革命防衛隊が実権を握る現状は、短期的には体制の維持に寄与する可能性があります。しかし、最高指導者の世襲的な選出過程や指導者の不在は、イスラム共和制の正統性そのものを揺るがしかねません。2022年のマフサ・アミニ氏の死をきっかけにした大規模な反政府デモ以降、イラン国民の体制への不満は根深く、今回の事態がさらなる不信感の拡大につながる可能性は否定できません。

戦争の長期化と経済制裁の影響が国民生活を直撃する中、「誰がイランを統治しているのか」という根本的な疑問に対する明確な答えが示されない状態が続けば、体制の求心力はさらに低下する恐れがあります。

まとめ

モジタバ・ハメネイ師の最高指導者就任から1カ月、イランは「最高指導者なき最高指導者体制」という前例のない事態に直面しています。革命防衛隊が軍事評議会を通じて事実上の国家運営を行い、選出された大統領の権限が制約される構図は、イスラム共和制の建前と実態の乖離を如実に示しています。

今後の焦点は、モジタバ師の健康状態の真相、革命防衛隊と文民政府の権力闘争の行方、そして国際社会との停戦交渉の可能性です。イランの内部権力構造の変化は、中東地域全体の安全保障環境に直結するだけに、引き続き注視が必要です。

参考資料:

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