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メンタル不調社員の復職判断で会社が医師任せを避ける実務三原則

by 渡辺 由紀
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診断書だけで復職を決められない背景

心の不調で休職した社員から「復職可能」と書かれた診断書が出ると、会社は受け入れるべきか、なお休職を続けるべきかで迷います。診断書は重要な医学的情報ですが、職場でどの仕事を、どの負荷で、どの時間帯に担えるかまで自動的に示すものではありません。

厚生労働省の職場復帰支援手引きは、休業開始から復帰後フォローまでを一連のプロセスとして整理しています。主治医の意見を尊重しつつ、産業医、人事労務、上司が職務内容と職場環境を踏まえて判断する発想です。復職判断の核心は、病名の有無ではなく、再発を防ぎながら労務を提供できる状態をどう確認するかにあります。

この論点は、コンプライアンスだけでなく人材定着にも直結します。回復途上の社員を早すぎる復帰で追い込めば離職につながり、逆に働ける可能性を狭く見れば経験人材を失います。復職支援は、労務リスク管理と人材戦略が交差する領域です。

復職可否を分ける職務遂行能力の見極め

主治医意見と会社判断の役割分担

主治医は、本人の症状、服薬、生活リズム、治療経過を最も近くで見ています。一方で、主治医が日々の業務量、顧客対応の緊張度、夜勤や残業の有無、職場の人間関係まで把握しているとは限りません。そのため「復職可」という診断書は、会社にとって最終判断ではなく、検討開始の重要資料と捉えるのが現実的です。

復職判断でまず確認すべきなのは、就業規則上の復職要件です。休職制度が「従前職務を通常程度に遂行できること」を前提にしているのか、配置転換や短時間勤務を想定しているのかで結論は変わります。曖昧な運用を続けると、復職を認めた社員と認めなかった社員の違いを説明できず、紛争化した際に弱点になります。

次に必要なのは、本人から職場復帰の意思と勤務可能条件を聞き取ることです。起床時刻、通勤可否、集中できる時間、対人対応の負荷、再発の兆候、通院頻度を確認します。これは病状を詮索するためではなく、業務上必要な配慮と制限を具体化するためです。

情報収集では、本人の同意と利用目的の説明が欠かせません。会社が知りたい情報を広く求めるのではなく、担当職務に必要な範囲へ絞ることが実務上の防波堤になります。主治医への照会も、診断名の詳細より「どの業務条件なら働けるか」を中心に設計します。

産業医面談で確認する勤務条件

労働安全衛生法は、一定規模の事業場に産業医を選任し、労働者の健康管理に関わらせる仕組みを置いています。産業医は主治医の代替ではなく、医学的知見と職場事情をつなぐ役割を担います。主治医が「働ける」と述べても、産業医が職務内容との相性や段階的復帰の必要性を検討する意味は大きいです。

産業医面談では、本人の同意を得たうえで主治医に照会する方法もあります。会社が知るべきなのは診断名の詳細ではなく、勤務時間、残業、出張、夜勤、対人折衝、納期プレッシャーなどへの制限です。質問票を用意し、主治医に業務内容を説明してから意見を求めると、診断書の抽象性を補えます。

ここで避けたいのは「不安が残るから不可」「診断書があるから可」という二択です。厚労省のメンタルヘルス指針は、セルフケア、ラインによるケア、産業保健スタッフによるケア、事業場外資源によるケアを組み合わせる考え方を示しています。復職可否も同じく、複数の視点を束ねた判断にすべきです。

JILPTの調査では、病気休職制度がある企業のうち過去3年間の復職率の平均は51.9%でした。同じ調査で、治療と仕事の両立支援の課題として最も多かったのは「休職者の復帰後の仕事の与え方、配置」で55.6%です。復職の難しさは、医学的回復だけでなく、復帰後にどんな仕事を任せるかに集中していることが分かります。

繰り返す休職に必要な制度設計と記録

復職プログラムと段階的勤務の設計

メンタル不調では、休職と復職を繰り返すケースがあります。会社側から見ると「また診断書が出た」と感じやすい場面ですが、感情的な評価で対応を変えることは避けるべきです。休職開始、療養中連絡、復職申請、主治医意見、産業医面談、会社判断、復職後フォローを標準手順にします。

復職プログラムは、本人だけを縛る書類ではありません。会社が受け入れ態勢を整える工程表です。最初の数週間は残業を禁止し、対外折衝を限定し、定期面談を設定するなど、配慮の内容、期間、評価時点を明示します。

ただし、段階的勤務は万能ではありません。試し出勤制度を置く場合は、賃金、労災、指揮命令、通勤災害、情報管理の扱いを整理します。善意で「少し来てみる」運用にすると、就労なのかリハビリなのかが曖昧になります。

JILPTの別調査では、メンタルヘルスに問題を抱える正社員がいる事業所は56.7%でした。復職対応を個別の例外処理にしている企業ほど、管理職の負担と判断のばらつきが大きくなります。

規模の小さい企業ほど、産業保健スタッフを社内に抱えにくい課題があります。令和6年のストレスチェック制度の実施状況では、50人以上の事業場の実施割合が84.7%だった一方、50人未満は33.5%にとどまりました。

この差を埋めるには、外部資源を早めに使う発想が必要です。産業保健総合支援センターは、メンタルヘルス対策を含む相談や研修を原則無料で提供しています。社内に専門家がいないことは、手順を持たない理由にはなりません。

診断書提出後の連絡と個人情報管理

休職中の社員と会社の連絡は、頻度と窓口を決めておくべきです。上司が何度も直接連絡すると、本人にはプレッシャーになります。一方で、会社が全く連絡しなければ、復職時の情報不足につながります。人事担当者を窓口にし、療養状況、復職希望時期、必要書類、会社からの情報提供を定期的に確認する形が望ましいです。

個人情報の扱いも復職実務の重要論点です。病名、服薬、家族状況などは職場全体に共有する情報ではありません。現場の上司に伝えるべきなのは、業務上必要な制限や配慮の範囲です。「本人は何の病気なのか」ではなく、「当面は残業をさせない」「顧客クレーム対応から外す」「週1回面談する」といった運用情報に落とし込みます。

ストレスチェック制度の扱いにも注意が必要です。労働安全衛生法は、心理的負担を把握する検査の結果について、本人の同意なく会社へ提供してはならない枠組みを置いています。復職判断でも、本人の同意、利用目的、共有範囲を明確にしなければ、健康情報の取得自体が新たな不信を生みます。

会社が記録すべきなのは、本人を疑うための材料ではありません。誰が、いつ、何を確認し、どの資料に基づき、どの配慮を提案し、本人がどう回答したかです。復職を認める場合も、認めない場合も、判断過程が残っていれば説明可能性が高まります。繰り返す休職では、この説明可能性が労務リスクを左右します。

拙速な復職と排除的対応が招く労務リスク

復職を急がせると、再休職のリスクが高まります。こころの耳は、うつ病の再発率が高いことを踏まえ、ゆとりある職場復帰の重要性を示しています。本人が「もう大丈夫」と話していても、睡眠、通勤、集中力、対人負荷への耐性は段階的に確認する必要があります。

反対に、会社が診断書を軽視し、十分な検討なく復職を拒めば、就労機会の不当な制限と受け止められる可能性があります。特に、配置転換、業務軽減、短時間勤務など現実的な選択肢を検討せずに「元の部署で完全に働けないなら不可」とする運用は危ういです。復職可否は、本人の状態と会社の受け入れ可能性の双方から判断します。

判断の硬直化は、本人だけでなく職場にも負担を残します。

労災補償状況を見ても、精神障害に関する請求や支給決定は企業にとって無視できない水準です。厚労省が公表した令和6年度の過労死等の労災補償状況では、過労死等全体の請求件数は4,810件、支給決定件数は1,305件でした。精神障害の支給決定では、パワーハラスメントや仕事内容・仕事量の大きな変化が目立つ出来事として示されています。

復職後の配置が過重であれば安全配慮義務の問題になり、過度に仕事を外せば孤立やキャリア停滞を招きます。人事は「守る」と「働く機会を確保する」を同時に設計しなければなりません。ここに、雇用・人材戦略としての復職支援の難しさがあります。

経営者が整える復職判断の三つの型

経営者がまず整えるべき型は、就業規則と復職手順です。診断書、主治医照会、産業医面談、会社判断、復職後フォローの流れを明文化すれば、現場任せの属人的対応を減らせます。休職期間の通算、再休職時の扱い、復職判定の資料も規程上で確認します。

二つ目は、職務遂行能力を具体的に見る型です。病名ではなく、勤務時間、通勤、集中力、対人業務、残業、緊急対応、責任範囲を確認します。三つ目は、記録と対話の型です。本人の希望、医師の意見、会社の提案、検討した配慮を残すことで、支援と判断の両方に透明性が生まれます。

医師の診断は、復職判断から外せない重要資料です。しかし、会社が担うべき雇用管理上の判断まで医師に委ねることはできません。復職支援は、社員を甘やかす仕組みでも、排除する仕組みでもありません。働き続けられる条件を検証し、再発リスクを下げ、組織として説明できる判断を積み重ねる実務です。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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