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非正規手当格差に厳格化、企業が備える同一労働同一賃金新ルール

by 渡辺 由紀
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10月改正が企業実務を変える背景

2026年10月1日から、パートタイム・有期雇用労働者を巡る同一労働同一賃金の運用が一段と実務寄りに変わります。厚生労働省は、施行から5年が経過した制度の見直しとして、労働条件明示事項、同一労働同一賃金ガイドライン、雇用管理指針を改正しました。

今回の焦点は、法律の理念を改めて掲げることではありません。企業が「なぜ正社員には支給し、パートや有期契約社員には支給しないのか」を、個々の待遇ごとに説明できる状態へ近づけることです。家族手当、住宅手当、無事故手当、休暇、退職手当のように、長く慣行で運用されてきた制度ほど点検が必要になります。

非正規雇用は、もはや周辺的な労働力ではありません。総務省統計局の労働力調査では、2025年平均の非正規の職員・従業員数は2128万人です。人材確保が難しくなる中で、待遇差の説明力は、紛争予防だけでなく採用・定着の競争力にも直結します。

説明請求を前提にした労働条件通知書

新たに加わる明示事項

10月改正で最も分かりやすい変更は、パートタイム・有期雇用労働者を雇い入れる際の労働条件明示事項です。従来は、昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、相談窓口などを明示する必要がありました。改正後は、これに加えて「通常の労働者との待遇の相違の内容・理由等について説明を求めることができる旨」を知らせる必要があります。

厚生労働省のリーフレットは、この明示義務に違反した場合、10万円以下の過料の対象になると説明しています。金額だけを見れば大きな制裁ではありませんが、実務上の意味は重いものです。労働条件通知書の段階で、会社が待遇差の説明請求を想定しているかどうかが問われるからです。

ここで企業が避けたいのは、通知書だけを形式的に差し替え、現場の管理職や人事担当者が説明できない状態です。パート・有期法14条2項は、パートタイム・有期雇用労働者から求めがあった場合、通常の労働者との待遇差の内容や理由を説明することを事業主に求めています。通知書への追記は、その権利を労働者に見える形で知らせる制度変更です。

説明請求が増えるかどうかは企業ごとに異なります。ただし、労働者が制度の存在を知れば、待遇差に疑問を持った時点で問い合わせる心理的なハードルは下がります。給与明細を見て初めて手当の不支給に気づくケースや、同じ職場の正社員との休暇の違いを比較するケースでは、説明の初動が紛争の分かれ目になります。

説明資料の保存と交付

雇用管理指針の改正は、説明の方法にも踏み込んでいます。待遇の相違の内容等を説明する際は、資料を活用して口頭で説明する方法、または説明すべき事項を全て記載した分かりやすい資料を交付する方法が示されました。資料を使って口頭で説明した場合には、その資料を交付することが望ましいともされています。

これは、企業にとって「説明したつもり」を避ける仕組みです。後になって認識が食い違った場合、口頭説明だけでは何を、どの範囲で、どの根拠に基づいて伝えたのかが残りにくくなります。手当の支給基準、対象者、制度目的、正社員との職務内容・配置変更範囲の違いを、少なくとも社内で一覧できる資料にしておく必要があります。

労働契約の更新時にも注意が必要です。改正指針は、説明の求めがない場合でも、更新の際などに待遇差の内容を理解しやすい資料を交付することや、説明を求められることを周知することが望ましいとしています。これは、採用時だけでなく、契約更新を重ねる人材の処遇を継続的に点検する発想です。

有期契約が更新されるほど、企業は「一時的な雇用だから」という説明だけでは通しにくくなります。勤務実態が正社員に近づき、職場で担う責任も増えているのに、入社時の区分だけで手当を除外していれば、待遇差の合理性は弱まります。契約更新のたびに、職務、責任、配置転換の可能性、評価結果を更新する運用が欠かせません。

比較対象となる「通常の労働者」をどう選ぶかも、説明資料の品質を左右します。同じ職場の正社員だけを見るのか、同一職種の正社員全体を見るのか、転勤や職務変更を前提にした社員区分を見るのかで、説明の結論は変わります。待遇ごとに比較対象を固定せず、手当の目的に照らして最も近い正社員群を選ぶ姿勢が必要です。

手当格差を不合理にしない判断軸

家族手当・住宅手当の目的点検

今回のガイドライン改正は、待遇差の判断を「名称」ではなく「目的」から見る姿勢を強めています。家族手当であれば、生活補助や扶養家族の存在に着目した制度なのか、長期勤続を前提にした福利厚生なのかを明確にする必要があります。厚生労働省の改正概要は、労働契約の更新を繰り返すなど相応に継続的な勤務が見込まれるパートタイム・有期雇用労働者には、正社員と同一の家族手当を支給すべき例を示しています。

住宅手当も同様です。単なる住宅費補助であれば、雇用形態だけで一律に除外する説明は難しくなります。一方、転居を伴う配置転換の有無に応じて支給する制度であれば、配置変更の範囲が重要です。ガイドラインは、正社員と同一の転居を伴う配置変更があるパートタイム・有期雇用労働者には、同一の住宅手当を支給すべき例を示しました。

この変更が示すのは、「正社員向けの制度だから」という説明の弱さです。手当の制度目的が、実際には職務や責任と関係が薄い場合、雇用区分だけを理由にした不支給は不合理と評価される可能性があります。企業は、就業規則や賃金規程の文言だけでなく、実際の支給運用まで見直す必要があります。

無事故手当も、見落とされやすい典型です。改正概要は、通常の労働者と業務内容が同一の非正規雇用労働者には、同一の無事故手当を支給する例を追加しました。安全運転や事故防止を奨励する目的であれば、その目的は雇用形態ではなく担当業務に結びつきます。配送、送迎、構内運搬などで同じ危険を管理しているなら、手当の除外理由を職務内容から説明できるかが問われます。

この点は、現場任せの手当ほど危うくなります。事業所ごとに「昔から正社員だけ」とされている制度でも、規程上の目的が明文化されていなければ、後から合理性を説明する材料が乏しくなります。支給基準の見直しでは、手当名、制度目的、対象業務、支給単位、除外者の理由を一枚の表にまとめるだけでも、論点の抜け落ちを減らせます。

賞与・退職手当と人材確保論

賞与と退職手当についても、改正ガイドラインは踏み込んでいます。賞与や退職手当には、労務の対価の後払い、功労報償、人材の確保・定着など、複数の性質や目的が含まれ得ます。そうした目的がパートタイム・有期雇用労働者にも妥当するのに、職務内容などの違いに応じた均衡のとれた内容を支給しない場合、不合理と認められ得ると整理されました。

重要なのは、正社員を確保するためという目的があるだけで、当然に待遇差が正当化されるわけではない点です。改正資料は、通常の労働者として職務を遂行し得る人材の確保や定着を図る目的があったとしても、その目的だけで直ちに待遇差が不合理でないとはいえない趣旨を明確にしています。

この論点は、中途採用市場が逼迫する企業ほど重くなります。正社員の定着策として賞与や退職金を厚くすること自体は、企業の人事戦略としてあり得ます。ただし、同じ職務を担う有期契約社員が長期に勤務し、成果や責任を負っている場合、制度目的の一部はその労働者にも当てはまります。人材確保論を使うなら、どの人材を、どの職務で、どの期間確保する必要があるのかを具体化しなければなりません。

休暇・施設利用の横並び確認

ガイドライン改正では、金銭給付だけでなく休暇や福利厚生も見直し対象です。相応に継続的な勤務が見込まれるパートタイム・有期雇用労働者について、療養への専念を目的とする病気休職・休暇期間の給与保障を同一に扱う例が示されました。夏季冬季休暇についても、通常の労働者と同一の休暇を付与すべき例が追加されています。

さらに、一定期間勤続した労働者に付与する褒賞や、物品販売所、病院、保養施設、駐車場などの施設利用に関する便宜供与も点検対象です。料金や割引率などの利用条件で不合理な差を設けていないか、就業規則、福利厚生規程、社内ポータルの記載を確認する必要があります。

こうした待遇は、給与制度ほど人事部門の管理が行き届いていない場合があります。店舗や工場、事業所ごとに慣行が残り、正社員だけに利用を認める施設、契約社員だけ対象外にする休暇、パートだけ申請しにくい表彰制度が放置されがちです。今回の改正は、現場に埋もれた待遇差を棚卸しする契機になります。

賃金格差と人材市場が高める紛争リスク

同一労働同一賃金のリスクは、法務部門だけの問題ではありません。労働力調査によると、2025年平均の非正規雇用者が現職の雇用形態に就いた主な理由は、「自分の都合のよい時間に働きたいから」が757万人で最多です。一方で、「正規の職員・従業員の仕事がないから」も173万人います。非正規雇用の中には、働き方の選択と、正社員機会の不足が混在しています。

賃金格差も残っています。厚生労働省の2025年賃金構造基本統計調査では、一般労働者の賃金は正社員・正職員が月35万8800円、正社員・正職員以外が月24万1700円です。正社員・正職員を100とした雇用形態間賃金格差は67.4でした。短時間労働者の1時間当たり賃金は男女計で1518円です。

この数字は、ただちに違法性を示すものではありません。職務内容、責任、配置変更の範囲、経験、能力、労使交渉の経緯など、待遇差を説明する事情は企業ごとに異なります。ただし、賃金格差が社会的に可視化されるほど、労働者は自社の制度を他社や統計と比較しやすくなります。説明のない差は、納得のない差として受け止められます。

最高裁判決を踏まえた行政の整理も、企業のリスク感度を変えています。厚生労働省のQ&Aは、長澤運輸事件で、皆勤を奨励する趣旨の精勤手当について、定年後継続雇用者と通常の労働者の間で奨励の必要性に相違がないとして、不支給が不合理と判断されたことを紹介しています。待遇の名称ではなく、目的が誰に当てはまるかが問われるということです。

企業が特に注意すべきなのは、従業員の意向を十分に考慮しないまま一方的に待遇を決める運用です。改正ガイドラインは、待遇体系に関する議論でパートタイム・有期雇用労働者の意向を十分に考慮しなかった場合、その事情が不合理性の判断で考慮され得ることを明確にしました。制度の正しさだけでなく、制度を作る過程の納得感も問われます。

人事部門が施行前に進める三つの棚卸し

施行前に進めるべき作業は、第一に通知書と説明導線の整備です。モデル労働条件通知書を参考に、説明請求ができる旨、窓口、問い合わせ後の対応フローを明記します。現場の上長が即興で説明するのではなく、人事が確認した資料に基づき回答する仕組みにすることが重要です。

第二に、手当・休暇・福利厚生の目的の棚卸しです。家族手当、住宅手当、無事故手当、賞与、退職手当、病気休職、夏季冬季休暇、施設利用を一覧化し、制度目的、対象者、除外理由、比較対象となる正社員の範囲を整理します。雇用形態だけを理由にしている制度は、職務や配置変更範囲との関係を説明できるかを確認します。

第三に、契約更新と評価の運用見直しです。長く働くパート・有期契約社員ほど、職務実態が採用時から変化します。更新面談、評価、正社員転換制度、教育訓練の機会をつなげ、待遇差の理由を古い雇用区分に固定しないことが求められます。10月改正は、非正規雇用を安い労働力として扱う時代から、職務と処遇を説明する時代への移行を企業に迫っています。

正社員転換制度の見せ方も、採用競争では軽視できません。改正指針は、通常の労働者への転換制度の内容や転換実績などを明示し、定期的に公表することが望ましいとしています。制度があっても実績が見えなければ、非正規社員には将来像が伝わりません。待遇差の説明と転換機会の提示を一体で整えることが、人材定着の最低条件になります。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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