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熱中症が奪う労働時間、建設現場を変える夏の工程改革と安全投資

by 田中 健司
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高湿度の猛暑が常態化する日本の職場

日本の夏は、もはや「暑い季節を我慢して乗り切る」前提では設計できません。気象庁によると、2025年夏の日本の平均気温偏差は基準値からプラス2.36度で、1898年の統計開始以降で最も高くなりました。2023年と2024年も過去上位に並び、猛暑は一過性の異常ではなくなりつつあります。

問題は気温の高さだけではありません。東京の平年値でも、7月の平均相対湿度は76%、8月は74%です。湿度が高いと汗が蒸発しにくく、同じ気温でも体に熱がこもります。この記事では、夏の労働時間を奪う暑熱リスクを、建設・製造現場の工程、安全投資、発注条件の問題として読み解きます。

従来の対策は、注意喚起、飲料、塩あめ、朝礼での声かけに偏りがちでした。しかし、気候の前提が変われば、現場の前提も変える必要があります。休憩を増やすだけではなく、どの作業を何時に置くか、誰が中断を判断するか、発注者が遅延をどう扱うかまで含めた再設計が必要です。

WBGTで見える東京の熱帯化と労働損失

気温より湿度が効く暑さ指数

職場の暑さを考える時、最高気温だけを見ても判断を誤ります。環境省は暑さ指数であるWBGTを、湿度、日射・輻射、気温を取り入れた熱中症予防の指標と説明しています。屋外では湿球温度を0.7、黒球温度を0.2、乾球温度を0.1の比率で組み合わせます。つまり、湿度と輻射熱の影響が大きい現場ほど、気温以上に危険度が上がります。

この点で、東京の夏はすでに厳しい労働環境です。気象庁の東京平年値では、7月の平均気温は25.7度、日最高気温の平均は29.9度、8月の平均気温は26.9度、日最高気温の平均は31.3度です。そこに70%台半ばの湿度、舗装面や鉄骨からの輻射熱、安全帯やヘルメットなどの装備が重なります。

東南アジア並みという表現は、年中熱帯であるという意味ではありません。問題は、7月から9月にかけて、都市部の屋外作業が高温多湿の熱帯的な負荷を受ける点にあります。風が弱い足場、屋上防水、道路舗装、設備更新の機械室では、測候所の気温より体感負荷が重くなります。

環境省の暑さ指数の指針では、WBGTが28以上31未満で「厳重警戒」、31以上で「危険」とされます。WBGTが28を超えると熱中症患者が著しく増える傾向も示されています。現場管理で重要なのは、気温35度を超えたら休むという単純な線引きではなく、湿度、輻射、作業強度を含む熱負荷で工程を組むことです。

さらに見落とされやすいのが、夜間の回復不足です。最低気温が下がらない日が続くと、作業員は睡眠中に十分な放熱ができません。朝礼時点で元気に見えても、前日の疲労と脱水が残っている場合があります。熱中症対策は日中の水分補給だけでなく、前夜から当朝までの体調把握を含める必要があります。

暑熱順化の差も大きな要因です。気象庁は、暑さに慣れていない場合に熱中症になりやすいと注意を促しています。梅雨明け直後、連休明け、新規入場者、配置転換直後の作業員は、同じ気温でも危険度が高くなります。現場では「全員同じ作業量」ではなく、暑さへの慣れに応じて負荷を段階的に上げる発想が欠かせません。

平年値に重なる記録的な上振れ

平年値だけでも厳しいところに、近年は記録的な上振れが続いています。気象庁によると、日本の夏の平均気温は長期的に100年あたり1.38度の割合で上昇しています。2025年7月の日本の平均気温偏差はプラス2.89度で、7月として統計開始以降最高でした。2024年7月もプラス2.16度で2位、2023年7月もプラス1.91度で3位です。

この変化は、単に暑い日が数日増えるという話にとどまりません。熱中症警戒アラートは2021年に全国運用が始まり、2024年には改正気候変動適応法に基づく熱中症特別警戒情報の運用も始まりました。行政の情報体系そのものが、猛暑を災害に近いリスクとして扱う方向に変わっています。

労働時間への影響は、休憩の増加だけでは説明できません。暑さで集中力が落ちれば、玉掛け、電気工事、高所作業、重機の誘導などで事故リスクが高まります。工程を遅らせないために午後の作業を詰め込めば、夕方に疲労が蓄積します。結果として、見かけの稼働時間は残っていても、生産性と安全余力は削られます。

したがって、夏の働き方改革は福利厚生ではなく、工程管理そのものです。早朝作業への切り替え、昼過ぎの高負荷作業の回避、現場内の冷却休憩所、作業員ごとの暑熱順化の確認は、出来高を守るための条件です。水分補給や塩分補給だけを掲げても、作業計画が暑さを前提にしていなければ効果は限定的です。

企業会計の面でも、暑さは隠れたコストです。作業中断、手戻り、軽微な労災、応援人員の投入、納期遅延、離職は、それぞれ別の費目に分散します。そのため、猛暑による損失は見えにくくなります。現場別にWBGT、休憩時間、出来高、ヒヤリハットを並べて初めて、暑さが利益率を削る構造が見えてきます。

建設・製造現場に集中する熱中症リスク

死傷者最多が示す現場管理の限界

厚生労働省の確定値では、2025年の職場における熱中症の死傷者数は1,803人でした。2024年から約43%増え、統計を取り始めた2005年以降で最多です。死亡者数は19人で2024年より減りましたが、死傷者数が大きく増えた事実は、重篤化を防げても発症そのものを抑え込めていないことを示します。

業種別に見ると、2025年の死傷者数は製造業が365人、建設業が292人の順に多くなっています。一方、死亡者数では建設業が5人で最多、次いで警備業が3人でした。2021年から2025年の5年間累計でも、製造業が1,063人、建設業が1,038人と上位を占めています。

建設現場は、暑熱リスクが複合しやすい産業です。屋外作業、重量物の扱い、ヘルメットや保護具、鉄筋やコンクリートからの照り返し、多層下請けの混在が同時に存在します。さらに、技能者不足によって一人当たりの役割が広がり、休む判断を個人に委ねるほど現場は回りにくくなります。

多層下請け構造では、熱中症リスクが最も弱い立場の労働者に寄りやすい点も見逃せません。元請けが休憩を指示しても、協力会社が出来高や日当を気にすれば、実際の休み方に差が出ます。外国人材や新規入場者には、症状の伝え方や報告先が分かりにくい場合もあります。安全ルールは日本語の掲示だけで完結しません。

製造業も屋内だから安全とは限りません。鋳造、溶接、食品工場、倉庫、物流拠点では、設備由来の熱、換気制約、搬送作業の反復が重なります。空調があっても、開口部が多い建屋や局所的な熱源の周辺ではWBGTが上がります。生産ラインは停止コストが大きいため、休憩を増やす判断が後回しになりがちです。

消防庁の2025年5月から9月の年報では、全国の熱中症救急搬送人員は100,510人でした。調査開始以降で最多で、高齢者が57.1%を占めます。発生場所では住居が38.1%で最多ですが、道路工事現場、工場、作業所などを含む仕事場も10.5%を占めました。社会全体の暑熱負荷が高まる中で、職場だけを切り離して考えることはできません。

工期と安全を両立する工程設計

現場で最初に必要なのは、暑い日に作業員へ注意喚起を増やすことではありません。工程表の中に、暑さで落ちる稼働率をあらかじめ織り込むことです。特にコンクリート打設、屋根・外壁、舗装、揚重、設備搬入などは、時間帯の選び方で熱負荷が大きく変わります。

午前中に高負荷作業を寄せ、午後は内装、検査、資材整理、翌日の段取りに回すだけでも、事故確率を下げられます。大規模工事では、現場加工を減らしてプレカットやユニット化を進めることも有効です。屋外での滞在時間を減らせれば、技能者の体力消耗だけでなく、品質のばらつきも抑えられます。

冷却休憩所は、単なる休憩スペースではなく生産設備です。スポットクーラー、ミスト、製氷機、冷却ベスト、経口補水液、日陰の動線を組み合わせ、休憩に行くまでの距離を短くする必要があります。休憩所が現場の端にあるだけでは、作業員は移動時間を惜しみ、結果として危険な我慢が残ります。

デジタル化も補助線になります。WBGT計を複数地点に置き、朝礼や危険予知活動で数値を共有する。作業員の体調申告をスマートフォンで集め、前日の睡眠不足や暑熱順化の不足を把握する。こうした仕組みは、根性論をデータに置き換え、班長が作業中止を判断しやすくするための道具です。

ただし、センサーだけでは不十分です。協力会社ごとに休憩の取り方が違えば、最も弱い立場の作業員に負荷が集中します。元請けは、休憩、交代要員、冷却設備、熱中症教育を共通ルールとして設計しなければなりません。発注者も、猛暑による中断を不可抗力に近い工程リスクとして扱う姿勢が求められます。

発注段階での工期設定も変える必要があります。夏場に外装、屋上、舗装、設備更新を集中させれば、現場は安全か納期のどちらかを犠牲にしやすくなります。設計段階で工区を分け、暑い時期の屋外作業量を減らす。入札条件に冷却設備と休憩時間を明記する。こうした前倒しの判断が、結果として現場の遅延を減らします。

義務化で変わる企業の暑熱対策投資

厚生労働省は2025年6月1日から、熱中症を生ずるおそれのある作業について、報告体制の整備と手順の作成を事業者に義務付けました。作業員が自覚症状を持つ場合、または周囲が熱中症の疑いを見つけた場合に報告させる体制を整え、周知する必要があります。

さらに、作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察や処置など、症状悪化を防ぐ手順を作業場ごとに定めることも求められます。これは、熱中症対策が「気をつけましょう」という啓発から、企業の安全衛生管理とコンプライアンスに移ったことを意味します。

注意すべき点は、義務化が書類づくりで終わるリスクです。報告ルートを掲示しても、休むと工程が遅れる、下請けが評価を落とす、日給が減るという構造が残れば、体調不良は表に出にくくなります。重篤化を防ぐには、現場の判断を罰しない運用と、休憩を前提にした原価設定が必要です。

中小の協力会社には、冷却設備や交代要員の負担が重くのしかかります。だからこそ、発注者と元請けは安全対策を個社努力に押し込めず、見積もり条件に暑熱対策費を入れるべきです。夏の工事費が上がることを避けるより、事故、遅延、離職による損失を減らす方が合理的です。

今後は、暑熱対策の巧拙が採用力にも影響します。若い技能者や外国人材は、危険な現場を避ける選択肢を持ちます。建設業や製造業が人手不足を乗り越えるには、賃金だけでなく「夏でも働き続けられる現場」を示す必要があります。冷却への投資は、人材確保の投資でもあります。

投資判断では、単年度の支出だけを見ないことが重要です。可搬式空調、日よけ、冷却服、休憩所の断熱、体調管理システムは、事故を減らすだけでなく、夏の離職率や欠勤率を下げる可能性があります。人手不足の現場では、一人が抜けた時の工程影響が大きいため、暑熱対策の回収期間は従来より短く見積もるべきです。

また、企業の説明責任も重くなります。労災防止計画や人的資本開示では、従業員の安全と健康が経営課題として問われます。猛暑時の休業ルールや事故件数を把握していない企業は、サプライチェーン上のリスク管理が弱いと見なされかねません。暑熱対策は現場任せの雑務ではなく、経営管理指標に組み込む段階です。

経営者が夏前に点検すべき三つの条件

経営者が夏前に確認すべき条件は三つです。第一に、WBGTの基準値と作業中止ルールが現場ごとに明文化されていることです。第二に、休憩所、冷却装備、交代要員が工程表と原価に入っていることです。第三に、発注者、元請け、協力会社の間で、猛暑による中断を責めない契約運用が共有されていることです。

暑さは自然現象ですが、被害の大きさは経営判断で変えられます。2025年の死傷者数と救急搬送人員は、従来型の夏対策が限界に来ていることを示しました。読者が企業を見る時も、売上や受注残だけでなく、夏場の労災、離職、設備投資、工程遅延への備えを確認することが重要です。

日本の夏は、働き方の例外条件ではなくなりました。暑さを織り込んだ工程、休むことを許す現場、費用を吸収する発注条件をそろえた企業ほど、技能者を守り、生産を続けられます。猛暑時代の競争力は、涼しい休憩所と現実的な工程表から始まります。

投資家や取引先にとっても、暑熱対応は企業の実行力を見る材料です。猛暑のたびに現場が止まる企業と、暑さを前提に工程を組み替える企業では、同じ受注残でも将来の収益確度が変わります。夏の安全対策は、社会的責任であると同時に、供給責任を果たすための経営インフラです。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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