災害時のマイナカード活用は被災者支援をどう変えるのか最新実証
はじめに
災害時のデジタル化というと、地図や通信の話に注目が集まりがちです。ですが実際の現場で重いのは、避難所に誰が来たのか、どんな支援が必要なのか、行政と現場がどう共有するのかという足元の事務です。能登半島地震でも、指定避難所以外の自主避難所や広域避難先まで含めた情報連携の難しさが課題になりました。
こうした中で、デジタル庁は2026年2月25日、三重県名張市でマイナンバーカードを活用した避難所受付アプリの自治体実証を行いました。単なる受付の省力化に見える取り組みですが、本質はそこにありません。避難所の入退所記録、要配慮情報、支援ニーズ、行政手続を一連の流れとしてつなげられるかどうかが問われています。この記事では、名張実証の中身、既存実証で見えた効果、そして普及に向けた論点を整理します。
名張実証が示した防災DXの現在地
受付の高速化から始まる被災者把握
デジタル庁の2026年2月27日公表資料によると、名張市で行った2025年度の自治体実証は、避難所受付アプリを導入していない自治体でも、発災直後にすぐ使える仕組みを目指したものです。特徴は三つあります。第一に、自治体側で大がかりなシステム構築をしなくても使えること。第二に、電波がない場所でも使えること。第三に、指定避難所以外でも入退所受付に対応できることです。
さらに注目すべきは、受け付けに使える媒体の幅です。資料では、実物のマイナンバーカードに加え、iPhoneのマイナンバーカード、運転免許証、受付用ICカードが並びます。マイナカード前提で全員を処理するのではなく、現場で取りこぼさないための複線化を最初から組み込んでいるわけです。これは、カード未保有者やスマホ未対応者が一定数いる現実を踏まえた設計と見てよいでしょう。
地元報道によれば、名張の実証では市職員や住民らが参加し、氏名や連絡先、同伴者数に加え、服薬や妊娠の有無といった配慮情報も入力しました。避難所運営では、単に人数を数えるだけでなく、誰にどの支援が必要かを早く把握することが重要です。受付データが初動の支援設計に直結するという発想が、今回の実証の核心です。
なぜ「人の把握」がここまで重視されるのか
内閣府は2024年11月の避難所関係担当者全国説明会で、「場所の支援から人の支援へ」という考え方を前面に出しました。避難所を開けるだけでは不十分で、避難者一人ひとりの事情に応じた対応へ転換する必要があるという問題意識です。2025年12月更新のデジタル庁「防災」ページでも、迅速な被害状況把握と適切な支援のために情報が不可欠だと整理しています。
この流れの中で見ると、マイナンバーカードの活用は本人確認の省力化にとどまりません。誰がどこに避難しているか、健康や生活上の配慮が必要か、避難所間や自治体間の移動が起きたかを、できるだけ早く共有する基盤になります。2024年度の実証報告書概要版でも、広域避難や自主避難所を含めた情報共有、避難者ニーズの吸い上げ、都道府県や市町村本部への集約効果が検証論点に置かれていました。受付は入口ですが、狙いは支援全体の可視化です。
効果と限界をどう見るか
先行実証で確認された時間短縮のインパクト
効果を考えるうえで参考になるのが、神奈川県協力の下で実施された2024年2月の実証です。デジタル庁ニュースによると、24人の参加者で比較した結果、手書きによる入所業務は1人当たり4分45秒、マイナンバーカードを使った入所業務は33秒でした。所要時間は約9割削減された計算になります。災害直後の混乱時に、受付の列が短くなり、職員が集計や転記から解放される意味は小さくありません。
加えて、2024年度報告書では、停電や通信途絶、自主避難所の開設、行政区域を超えた避難者移動といった能登型の厳しい条件を想定して検証しています。名張実証で「電波がない場所でも使える」と明示されたのも、この流れの延長線上です。災害時のデジタル化は、平時の便利さだけでは不十分で、通信断や電源制約の中で動くかどうかが評価軸になります。
普及に向けた本当の難所
一方で、実装上の壁も明確です。第一に、現場運用の熟度です。名張の地元報道では、参加者から音声入力のような補助機能を求める声が出たほか、デジタル庁側も、どの地域でも同じ熟練度で対応できる仕組みが必要だとしています。アプリの完成度だけではなく、受付担当者の訓練、住民への事前周知、非常時の操作支援が欠かせません。
第二に、カード保有や端末環境のばらつきです。デジタル庁の2025年活動報告では、2025年までの4年間で国民の約8割がマイナンバーカードを保有したとされますが、裏を返せば全員ではありません。だからこそ、名張実証は運転免許証や受付用ICカードも受け付け対象にしました。防災では、最も便利な手段を用意するだけでなく、使えない人を取り残さない代替線を確保する必要があります。
第三に、受付後の行政手続との接続です。デジタル庁の「非常時におけるマイナンバーカードの利用シーン」では、被災者支援制度に関する41手続きがマイナポータルから利用可能と整理されています。さらに、罹災証明書の発行申請は2023年3月末時点で1,002自治体がオンライン対応済みです。受付データがあっても、その先の給付、住宅、税減免、証明書申請へつながらなければ、住民利便は限定的です。避難所DXの価値は、現場アプリ単体ではなく、支援制度のオンライン化と結び付いた時に大きくなります。
注意点・展望
今後の焦点は、避難所受付アプリを単発の実証から、自治体が平時に準備できる標準ツールへ引き上げられるかどうかです。デジタル庁の資料は、導入済み自治体向けの高度な仕組みではなく、未導入自治体でも即時展開可能な仕組みを志向しています。この方向性は妥当です。大規模災害ほど、被災自治体自身が十分なシステム要員を確保できないからです。
ただし、過信は禁物です。カード読取の迅速化は重要ですが、避難所運営の課題は食事、トイレ、要配慮者支援、広域避難者の追跡、在宅避難者支援など多層的です。内閣府の避難所関連ガイドラインが令和6年12月に改定されたことからも分かる通り、避難所政策全体が見直し局面にあります。マイナカード活用はその一部であって、万能解ではありません。紙運用の代替、オフライン対応、個人情報保護、住民説明をセットで整えることが実装条件になります。
まとめ
名張市での実証は、マイナンバーカードを使えば受付が速くなるという単純な話ではありません。発災直後でも使えること、電波がなくても回ること、指定避難所以外でも受付できること、そして被災者情報を支援や手続へつなげることがテーマでした。能登半島地震後の教訓を踏まえれば、この方向性は現実的です。
今後の評価軸は明確です。受付時間の短縮だけでなく、要配慮者の把握、物資配分の精度、自治体間連携、罹災証明や給付申請への接続まで改善できるかどうかです。防災DXの価値は、カードを読ませること自体ではなく、被災者一人ひとりに必要な支援を早く、漏れなく届けられる体制を作れるかにあります。
参考資料:
- 避難所等におけるデジタル技術を用いた災害対応の高度化 | デジタル庁
- 令和7年度(2025年度)マイナンバーカードを活用した避難所受付アプリに関する自治体実証について | デジタル庁 PDF
- 所要時間を9割削減 実証実験でわかった 防災×デジタルの手応え | デジタル庁ニュース
- 非常時におけるマイナンバーカードの利用シーン | デジタル庁
- 行政手続のオンライン化 | デジタル庁
- 防災 | デジタル庁
- 2025年デジタル庁活動報告 | デジタル庁
- マイナンバーカードとアプリで避難所受付 名張で実証実験 デジタル庁 | 伊賀タウン情報 YOU
- 被災者支援制度におけるマイナポータルの活用に関するガイドライン | 内閣府
- 令和6年度避難所関係担当者全国説明会 | 内閣府
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