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クアンドが測量会社買収、SaaSの死に備えるAIロールアップ戦略

by 鈴木 麻衣子
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測量会社買収が示すクアンドの経営転換

北九州発のITスタートアップ、クアンドが選んだのは、SaaSの機能を増やすだけではなく、その利用者である現場企業を自ら経営する道でした。2024年12月、宮崎市で測量・補償コンサルタントを営む南都技研を完全子会社化。クアンドの2026年6月公表によれば、南都技研の2025年度売上高は前年度比1.6倍、営業利益は3倍になりました。

この案件の重要性は、老舗企業の事業承継にIT企業が乗り出した珍しさだけではありません。AIでソフト開発の参入障壁が下がるなか、価値の源泉を「ツールの販売」から「専門業務の遂行」へ移し、改善で生まれた利益を連結内に取り込む経営実験です。本稿では、SaaS終焉論と距離を取りつつ、増益の仕組み、統合後の統治、横展開に必要な条件を検証します。

SaaS外販から現場保有へ移す収益構造

月額課金の天井と改善利益の取り込み

クアンドは2017年創業で、建設・製造現場向け遠隔支援サービス「SynQ Remote」を開発してきました。下岡純一郎CEOはP&Gと博報堂コンサルティングを経て起業し、家業の建設会社に関わった経験から、熟練監督者が移動に時間を取られ、複数現場を見られない課題に着目しました。映像を介して現場と専門家をつなぎ、希少な判断力の稼働率を上げる発想です。

買収はSaaS事業が失速した末の救済策ではありません。下岡氏の2025年の説明では、当時のSaaS売上は前年比2倍超で伸び、数千万円規模の契約も複数成立していました。一方、急成長モデルとされるT2D3には届かず、ツールだけでは顧客の業務全体を変え切れないとの認識が強まりました。好調なうちに事業モデルを広げた点が、守りの多角化とは異なります。

SaaSベンダーが得る売上は、顧客のIT予算から支払われる利用料です。省力化で顧客の利益が増えても、その大半は顧客側に残ります。これに対し、現場会社を保有すれば、受注高そのものにアクセスでき、移動時間の削減、書類作成の短縮、受注余力の増加を営業利益として取り込めます。クアンドの選択は、粗利率の高いソフトから低い労働集約事業へ単純に降りる動きではなく、ソフトを原価低減装置として内部利用する垂直統合です。

SaaS終焉論と市場データの隔たり

もっとも、「SaaSの死」を文字通り受け取るのは危険です。Software Equity Groupの2026年版調査では、2025年のSaaS関連M&Aは2698件と過去最多で、前年比28%増でした。AIに言及する案件は全体の約72%を占めます。SaaSが消えているのではなく、AI対応力、業務への埋め込み度、保有データによって評価が二極化していると読むべきです。

2026年1〜3月期にソフト株の平均が大きく下げた一方、First Analysisの対象企業は2025年に平均17.0%の売上成長を確保し、2026年会社予想も平均13.3%増でした。企業価値の売上倍率は前四半期の5.5倍から3.9倍へ縮みましたが、足元の需要消滅より、将来の価格決定力に対する不安が先に株価へ表れた格好です。

TidemarkとStripeが200社超を調べた報告でも、複数製品を持つ垂直SaaS企業は59%に達し、業界固有のデータと中核業務を押さえる「コントロールポイント」の重要性が示されています。生成AIで画面や単機能を再現しやすくなっても、正確な記録、権限管理、法令対応、障害時の責任まで自作できるとは限りません。野村総合研究所も、AIが書いたコードは非機能要件や品質責任を自動的に保証しないと指摘しています。

現場データが築く新たな参入障壁

そこで効くのが、買収先で生まれる一次データです。どの作業に時間がかかるのか、例外処理はどこにあるのか、熟練者は何を見て判断するのかを、開発者が現場で観察できます。顧客への聞き取りだけでは得にくい暗黙知を、業務フロー、AIエージェント、教育手順へ変換できるためです。

さらに、自社の現場で導入効果と事故リスクを検証してから外販できます。これは「ソフトを作れるか」ではなく、「結果に責任を負いながら運用できるか」という競争です。米General Catalystも、AIを使ってサービス会社を買収・改善するロールアップを、顧客が製品より成果を買う動きとして整理しています。クアンドの戦略は、日本の地方企業と事業承継市場を使った同型の試みと位置付けられます。

南都技研の営業利益を3倍にした統合設計

後継者問題と成長余地が重なった買収対象

南都技研は1970年創業で、公共事業に伴う用地取得、建物調査、補償額算定、測量を担ってきました。買収当時の従業員は13人で、黒字を維持しながらも後継者不在に直面していました。中小企業庁の2025年版白書でも、60歳以上の中小企業経営者が過半を占め、承継は個社だけでなく地域の供給網を守る課題とされています。

売り手にとっては、同業へ譲るよりも、従業員と技術を残しつつ成長余地を得る選択でした。買い手にとっては、安定した顧客関係、有資格者、公共事業の実績を一から築く時間を買う取引です。2024年12月25日に完全子会社化し、2025年2月に公表しました。確認できる公表資料では買収価格は示されていません。

建設業の人材構成も追い風ではなく、改革を迫る制約です。国土交通白書によると、2024年の建設業就業者は55歳以上が36.7%、29歳以下が11.7%でした。人を増やせない前提で、一人当たりの処理能力と若手への技能継承を同時に高める必要があります。需要の大きさだけでなく、供給制約が投資仮説の中心です。

小さく始めて定着させた業務改革

統合後、クアンドはDX担当者を宮崎へ移し、社員が使えるIT環境を整えたうえで、現場に張り付いて業務フローを可視化しました。自社製品ありきで全面刷新するのではなく、市販のサブスクリプションで小さく試し、現場の意見を聞いて範囲を広げています。旧来の意思決定プロセスも残し、買収公表後の退職者は出なかったとするケース資料があります。

南都技研は2025年4月から生成AIを議事録の整理、報告書の下書き、社内文書の補助に使い始めました。会社公表では、対象となる書類作成の工数を約50%、RPAなどを使った入札案件の検索・確認時間を約90%削減しました。勤怠、給与明細、経費精算も電子化し、技術者が専門業務へ戻れる時間を増やしています。

現場側では、SynQ Remoteを使って家屋調査の確認を遠隔化し、依頼主のオンライン参加や映像共有を可能にしました。クアンドの顧客接点と組み合わせ、従来の地域を越えた受注や、住宅の性能評価検査という新業務にもつなげています。コスト削減だけでなく、空いた能力を売上へ変える設計が営業利益の伸びを支えました。

その結果として会社が公表したのが、2025年度の売上高1.6倍、営業利益3倍です。2026年春には2025年度入社者を除く全社員へ平均約20%の昇給を実施し、取り組み開始後2度目の賃上げとなりました。2025年度には経験者1人と新卒1人を採用しています。利益を待遇へ戻し、採用と技能継承につなげた点は、単発の合理化より持続性があります。

PMIを共創へ置き換えた現場統治

クアンドは統合後の活動をPMIではなく、PMC、すなわち「共創型経営創造」と呼びます。名称そのものより重要なのは、南都技研の顧客信用、資格、判断権を残し、親会社がデジタル、採用、営業を補完した役割分担です。被買収企業を劣った側とみなさず、技術者の暗黙知を投資対象として扱っています。

この統治は、現場企業の抵抗を抑えるだけの文化施策ではありません。熟練者の判断をデータ化し、反復可能な業務パッケージへ変え、それを次の買収先や外部顧客へ展開するための知識管理です。「現場の理解→業務標準化→AI実装→余力創出→受注拡大→賃上げ・採用」という循環が回れば、買収先の利益とクアンドの製品価値が同時に上がります。

一方、現場は完全無人化できません。デジタル庁の建築確認検査事例では、SynQ Remoteを使う遠隔完了検査は年間約1万5000件のうち約100〜200件で、現地の外部建築士と遠隔の検査者が組む運用でした。人件費は割高でも移動費と時間を減らして全体最適を図っています。資格者、通信障害時の切り替え、証拠保全まで含む運用こそが、模倣しにくい資産です。

AIロールアップ拡大を阻む四つの経営リスク

第一は、実績の見え方です。売上高1.6倍、営業利益3倍は会社発表であり、絶対額、利益率、既存事業と新規受注の寄与、通常化後の運転資金は開示されていません。買収価格やのれんも不明なため、投下資本利益率は計算できません。AIの効果だけでなく、営業強化、需要増、費用の時期ずれを分けて見る必要があります。

第二は、資金と統合人材です。クアンドは2024年に融資枠を含む2.4億円のデット調達を公表し、当時の累計調達額は借入を含め8.3億円でした。南都技研の買収向けに新規調達した資金ではないと説明していますが、今後は年1〜2件のM&Aを掲げます。買収対価に加え、現場へ常駐できる橋渡し人材、システム整備、先行賃上げの資金が要ります。

第三は、品質と責任です。測量や補償業務は誤りが住民の財産、公共工事、行政手続きに波及します。生成AIの下書きは専門家が検証し、入力データの管理、変更履歴、権限、事故時の責任分界を統一しなければなりません。速さを優先して統制を弱めれば、地域で長年築いた信用を短期間で失います。

第四は、再現性です。公共事業は価格と効率だけで決まらず、地域の関係や発注慣行にも左右されると下岡氏自身が認めています。宮崎で機能した人材配置と文化的相性が、別地域、別業種でそのまま通用する保証はありません。共通基盤を増やし過ぎれば現場適合を失い、個別対応を増やし過ぎればSaaSの規模効果が消えるという緊張関係があります。

経営者が次の買収で確認すべき指標

クアンドの事例はSaaSの消滅を証明したのではなく、価値の重心が画面や席数課金から、業務データ、実行責任、顧客成果へ移る可能性を示しました。南都技研の初年度成果は有望ですが、1社の成功とロールアップモデルの確立は同義ではありません。

次に確認すべきは、買収前後の既存受注を分けた増収率、営業キャッシュフローと投下資本利益率、品質事故・納期・離職率、そして南都技研で作った業務部品を別会社へ再利用できた割合です。経営者は「作るか買うか」だけでなく、「どの現場の責任とデータを保有すべきか」を問う必要があります。この四つが開示されて初めて、営業利益3倍が地方発ユニコーンへ続く経営能力なのかを判断できます。

参考資料:

鈴
鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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