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海底ケーブル切断が脅かすAI時代の経済安保と日本の通信防衛策

by 中村 壮志
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海底ケーブルがAI経済の生命線となる理由

AIの学習、クラウド上の業務システム、国際送金、越境EC、動画配信は、目に見えない海底ケーブルの上で動いています。人工衛星が注目される時代でも、国境を越える大容量通信の主役は海底の光ファイバーです。欧州委員会は、海底通信ケーブルが大陸間インターネット通信の99%を運んでいると説明しています。

問題は、この「データのシーレーン」が軍艦ではなく、民間企業の投資、沿岸国の許認可、保守船の稼働、保険市場、海域の安全に支えられている点です。紅海やバルト海での損傷は、通信障害そのものよりも、経済活動の前提が海上の政治リスクに直結している現実を示しました。本稿では、海底ケーブルを経済安全保障のインフラとして捉え、日本企業が点検すべき論点を整理します。

紅海とバルト海で顕在化した物理リスク

アンカー損傷が生む広域遅延

2025年の紅海でのケーブル損傷は、海底ケーブルの脆弱性を世界に再認識させました。AP通信によると、バブエルマンデブ海峡には15本の海底ケーブルが通り、損傷したケーブルにはSEA-ME-WE 4、India-Middle East-Western Europe、FALCON GCX、Europe India Gatewayが含まれました。インド、パキスタン、アラブ首長国連邦など少なくとも10カ国で通信品質への影響が確認されています。

この事例で重要なのは、原因が高度な軍事攻撃に限られないことです。国際ケーブル保護委員会の担当者はAPに対し、初期分析では商船活動が原因である可能性が高いと説明しました。さらに、ドラッグアンカーによる損傷は毎年の事故のおよそ30%、件数では約60件に当たるとしています。浅海域では大型船のアンカーが海底を引きずるだけで、複数のデータ回廊が同時に傷つく恐れがあります。

通信事業者は通常、別ルートへトラフィックを迂回できます。そのため、いきなり全域が遮断されるとは限りません。しかし迂回は遅延を増やし、クラウド接続、オンライン決済、在庫管理、遠隔監視の品質を下げます。AI推論を海外リージョンで処理している企業や、欧州とアジアのデータセンター間で常時同期する企業にとって、遅延は単なる不便ではなく、サービス品質保証や契約履行の問題になります。

バルト海を覆うハイブリッド戦の影

バルト海では、海底通信ケーブルや電力ケーブルの損傷が相次ぎました。2025年2月、スウェーデン当局はゴットランド島沖のドイツ・フィンランド間ケーブル損傷について、妨害行為の予備捜査を始めました。AP通信は、同じタイミングで欧州委員会が水中ケーブルの保護策を示し、リスク評価、警戒、修理能力の強化を打ち出したと報じています。

バルト海の緊張は、紅海とは異なる性格を持ちます。紅海では商船、武装組織、航行リスクが重なります。一方、バルト海ではNATO諸国とロシアの対立、影の船団、国籍や所有構造が見えにくい商船、意図的行為と事故の区別が難しい状況が重なっています。海底インフラへの攻撃は、攻撃者が否認しやすく、軍事衝突の閾値を曖昧にできるため、ハイブリッド戦の道具になりやすいのです。

世界全体では、ケーブル断絶は珍しい現象ではありません。Kiplingerは、国際ケーブル保護委員会の情報として、約600の海底ケーブルシステムに対して年150〜200件の断絶が起き、主因の多くは漁船やアンカーだと紹介しています。この数字は、事故が日常的に管理されている産業リスクであることを示します。同時に、地政学的に緊張した海域では、同じ物理損傷が安全保障上の事件へ転化することも示しています。

日本の通信主権を左右する敷設船と経路

NEC支援に浮上した船舶ボトルネック

日本にとって海底ケーブルは、資源輸入の航路と同じく、島国の生命線です。太平洋を横断するケーブルは米国のクラウド、AI基盤、金融市場、半導体設計拠点と日本をつないでいます。台湾周辺、南シナ海、紅海のいずれかで緊張が高まれば、データ経路の選択肢と修理能力が経済安全保障の要になります。

焦点の一つが、敷設船と修理船です。Tom’s Hardwareは、FT報道を基に、日本政府がNECによる外洋対応のケーブル敷設船取得を支援する可能性を報じました。記事によれば、NECは世界で40万キロメートルを超える海底ケーブルを敷設してきましたが、自前の大型敷設船を持たず、海外企業や国内通信会社からのリースに依存しています。外洋対応の船は1隻約3億ドルとされ、政府が取得費の最大半分を支援する案が浮上しました。

この議論は、産業政策であると同時に安全保障政策です。敷設船を持たないことは、ケーブル建設の商機を逃すだけではありません。紛争、制裁、保険料高騰、港湾規制によって船の手配が遅れれば、故障復旧の時間も延びます。AIサービスやクラウド基盤は計算資源だけでなく、海底の修理能力にも依存しています。GPUの調達を経済安保として論じるなら、ケーブル船の調達も同じ土俵で論じる必要があります。

太平洋ルートに集まるクラウド需要

太平洋ルートでは、巨大テック企業の存在感が強まっています。WIREDは2016年、Googleとアジアの通信会社が参加したFASTERケーブルの開通を報じました。このケーブルは米オレゴン州と日本の陸揚げ地点を結び、理論上60Tbpsの容量を持ち、Googleは自社データセンター間通信のために10Tbpsを確保したとされています。記事は、巨大テック企業が国際海底ケーブル容量の主要利用者になりつつある流れも指摘しました。

この構図は現在、生成AIでさらに強まっています。Kiplingerは、MetaのProject Waterworthや、Amazon、Google、Microsoftによる海底光ファイバー投資を、AI需要の拡大と結び付けています。TechRadarも、欧州のIOEMA-1が24ファイバーペア、約1600キロメートルのペタビット級構想として、2029年第1四半期の運用開始を目指すと報じました。AIはデータセンター内の計算能力だけでなく、大陸間を結ぶ帯域を消費する産業です。

新興ルートの開拓も進んでいます。AP通信は、Googleとチリ政府が南米と豪州を結ぶHumboldt Cableで合意したと報じました。計画では、チリのバルパライソとシドニーを仏領ポリネシア経由でつなぎ、距離は1万4800キロメートル、事業価値は3億〜5億5000万ドルと見積もられています。これは単なる通信案件ではなく、南米がアジア太平洋へのデータ玄関口を目指す地政学的な投資です。

日本は、太平洋の東西を結ぶ既存の優位を持ちます。しかし、優位は固定資産ではありません。クラウド事業者が自前の経路を持ち、各国がデータセンター誘致とケーブル陸揚げを一体で進めるなか、日本の課題は「どのケーブルを通すか」だけでなく、「誰が敷き、誰が直し、どの国の規制下で運用するか」に広がっています。

企業の冗長化投資を迫る三つの弱点

企業が見落としやすい弱点は、契約上の冗長化と物理経路の冗長化が一致しないことです。複数キャリアを使っていても、実際には同じ海峡、同じ陸揚げ局、同じデータセンター集積地を経由している場合があります。Nautilusという研究は、IPリンクと海底ケーブルの対応を推定し、IPv4で305万リンク、IPv6で143万リンクを分析対象にし、現役ケーブルの91%をカバーしたとしています。論理ネットワークの地図だけでは、物理層の集中を見落とします。

次の弱点は、監視と法執行の空白です。海底ケーブルは長大で、すべてを常時巡視することは現実的ではありません。AIS、衛星画像、沿岸レーダー、海中センサーを組み合わせても、悪天候、広大な海域、船籍と所有者の複雑さが障害になります。北欧で相次ぐ捜査が難航するのは、証拠の回収だけでなく、事故と故意の線引きが政治的に重いからです。

技術面では前進もあります。2025年の分散型音響センシングに関する研究は、海底光ファイバーを船舶検知のセンサーとして使い、船舶検知で90%超のF1スコア、距離推定で平均141メートルの誤差を示しました。別の研究は、AISや衛星情報、海底情報をAIで融合する状況把握を提案しています。ただし実運用には、費用負担、情報共有、軍民境界の整理が残ります。

最後の弱点は、修理能力の供給制約です。海底ケーブルは切れても、多くの場合は修理できます。問題は、修理船、専門人材、交換部材、許認可、海域の安全がそろうまでの時間です。紅海では保険や警備、バルト海では捜査と軍事警戒が復旧を遅らせます。重要システムごとに許容遅延、復旧時間目標、バックアップリージョンを定め、通信事業者に物理経路の多様性を確認することが不可欠です。

経営者が点検すべきデータ経路の要件

海底ケーブルの安全保障は、政府、通信事業者、クラウド企業だけの問題ではありません。海外売上、海外生産、越境データ処理に依存する企業にとって、データ経路はサプライチェーンの一部です。原材料の調達先を可視化するように、業務データの通り道も可視化する必要があります。

経営者が確認すべき要件は三つです。第一に、重要業務ごとの物理経路と代替経路です。第二に、通信遅延が売上、決済、操業、顧客対応に与える損失の試算です。第三に、ケーブル損傷時の意思決定権限です。IT部門、事業部、法務、広報、海外拠点が同じ前提で動ける状態にしておくことが、通信障害を経営危機へ拡大させない条件です。

日本の政策課題も明確です。ケーブル陸揚げ局、データセンター、電力、敷設船、修理船、海上警備を別々に扱うのではなく、一つのデジタル基盤として設計する必要があります。海底ケーブルは、AI時代の国際競争力を支えるインフラです。その防衛は、軍事だけでなく、企業の事業継続、産業政策、同盟国との情報共有を含む総合戦略として進めるべき段階に入っています。

参考資料:

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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