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トリドール経理DX、月1000時間削減を生んだ仕組みと現場改革

by 山本 涼太
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手作業の限界を映した急成長の経理負荷

丸亀製麺を展開するトリドールホールディングスの経理DXは、単なる会計ソフトの入れ替えではありません。公開されている導入事例やIR情報を照合すると、経費精算、請求書受領、入金消込、マスターデータ連携をまとめて再設計したバックオフィス改革です。

同社は国内外で多業態を展開し、2026年3月期の有価証券報告書ベースでは連結店舗数が2,102店に達しています。成長が速い外食企業では、店舗、商業施設、決済手段、国や地域ごとの会計実務が増えるほど、経理の負荷が指数関数的に膨らみます。月間約1000時間、約6人分に相当する工数削減は、紙やExcelを減らした成果であると同時に、経理を事業拡大の制約から支援機能へ変えた事例として読むべきです。

SaaSとBPOで組み替えた支出処理基盤

1,000店舗超の領収書ペーパーレス化

トリドールHDの支出領域で象徴的なのが、TOKIUM経費精算の導入です。TOKIUMの導入事例では、国内1,000店舗以上の経費精算ペーパーレス化を目的に、本社管理部門約300人から導入を始め、2021年7月に全店舗展開を完了したとされています。

従来の経費精算では、店舗から本社経理へ領収書原本を郵送していました。郵送の遅れや紛失が起きると、店舗と経理の間で確認作業が発生します。処理の遅れは立替精算の遅れにつながり、従業員体験にも影響します。外食店舗は執務スペースが限られ、パソコンやプリンターを前提にした申請フローが現場に合わないことも課題でした。

スマートフォンで領収書を撮影し、申請から承認までをクラウド上で進められるようにした点は、単なる紙削減以上の意味があります。入力、原本突合、保管といった経理側の作業だけでなく、店舗側の申請待ちや印刷依頼も減らします。多店舗企業のDXでは、本社だけが便利になる仕組みは長続きしません。店舗が短時間で使えることが、全社展開の成否を左右します。

請求書受領と支出管理の一本化

経費精算に続き、請求書受領も支出管理の重要な領域です。TOKIUMは2022年に、トリドールHDと共同で経理DXをテーマにしたテレビCMを公開し、同社がTOKIUM経費精算を利用して大量の紙領収書をペーパーレス化し、請求書関連業務でもTOKIUMインボイスへの変更を予定していると説明しました。

この流れは、法制度対応とも結びついています。国税庁は電子帳簿保存法について、電子帳簿、電子書類、スキャナ保存に関する情報を継続的に更新しています。2023年10月1日にはインボイス制度も始まり、適格請求書の記載事項や保存の正確性が経理実務で重要になりました。請求書や領収書の電子化は、単に保存箱を減らす施策ではなく、税務証跡を検索可能なデータとして残す施策です。

ただし、紙をスキャンすればDXになるわけではありません。支払先、費目、承認者、証憑画像、仕訳データが分断されたままでは、経理担当者は画面をまたいで確認し続けることになります。トリドールHDの取り組みで注目すべき点は、支出の入口をクラウドへ寄せ、原本管理のBPOも含めて業務境界を引き直したことです。人が頑張って紙を追う構造から、証跡が最初からデータとして残る構造へ変えた点に本質があります。

入金消込を変えたクラウドERPとデータ連携

NetSuite移行が作った共通台帳

経費精算や請求書だけを電子化しても、会計システム側が古いままでは効果は限定的です。BlackLineの導入事例によると、トリドールHDは2019年12月に策定したITロードマップを起点に、業務システムのモダナイズとノンコア業務・IT基盤のオフバランスを進めました。その中で財務会計システムをOracle NetSuiteへ刷新しています。

クラウドWatchが報じたNetSuite関連イベントでは、同社CIO兼CTOが、2020年にNetSuiteを導入した背景として、クラウドネイティブでグローバルに対応した会計基盤が必要だったことを説明しています。海外展開を進める企業では、国内会計だけに最適化した仕組みでは限界があります。IFRS、複数通貨、各国拠点の管理、グループ全体の数字把握を考えると、台帳そのものをグローバル対応のクラウドERPへ寄せる判断が合理的です。

富士ソフトのAWS導入事例でも、トリドールHDがオンプレミスからAWS、さらにSaaS活用へ進め、財務会計、勤怠管理、経費精算をSaaSへ移行したことが紹介されています。ここで重要なのは「SaaSに業務を合わせる」という考え方です。既存業務をそのままシステムに載せると、例外処理や独自項目が残り、結局はExcelが復活します。クラウドERP導入の効果は、標準業務へ寄せる意思決定があって初めて出ます。

BlackLine導入による照合作業の自動化

外食企業の経理で重いのは、売上と入金の照合です。店舗は路面店、商業施設、フードコートなど立地が多様で、売上データや入金データの形式もそろいません。現金、クレジットカード、QRコード決済、デリバリー、テイクアウトなど決済手段が増えるほど、入金予定と実入金の差異確認も複雑になります。

BlackLineの事例では、DX着手前の同社では各店舗のPOSデータが会計システムへ自動連携されておらず、日次締めや債権管理をExcelやAccessで処理していたと説明されています。商業施設ごとにCSVや紙帳票など受け渡し形式が異なり、決済手段が増えるたびにExcel管理も増えていたという構図です。

この領域にBlackLineを導入した狙いは、NetSuiteを補完し、入金消込や日計表に関する定型処理を省力化することでした。導入プロジェクトは2022年7月にキックオフし、2023年12月に業務移管を完了したとされています。ダイヤモンド・オンラインの広告企画では、入金消込の大半を自動化し、経理部門全体で月間約1000時間、約6人分の工数を削減したと説明されています。

この数字を評価する際は、削減時間そのものよりも、何が人の手から離れたのかを見る必要があります。手入力、転記、突合、差異の一次判定をシステムへ移すと、経理担当者の仕事は「数字を作る」から「例外を見つける」「処理ルールを改善する」「事業部を支援する」へ変わります。これは、AIやSaaSを使う経理組織の典型的な成熟パターンです。

SaaS間連携を担うデータ基盤

SaaSを増やすと、次に問題になるのは連携です。Magic Softwareの導入事例では、トリドールHDが10以上のSaaS間でデータ連携を必要とし、Magic xpi Cloud Gatewayを採用したとされています。目的は、各種SaaSから売上や費用などのトランザクションを会計システムへ流し込むことと、ユーザー、店舗、商品のマスターデータを同期することです。

導入効果として、人事異動に伴うユーザーマスター変更作業が1週間から1〜2日に短縮し、会計処理のリードタイムも6営業日から3営業日に短縮したとされています。これは経理DXの見落とされがちな核心です。会計システム、経費精算、勤怠、POS、人事、商品管理が別々に正しいだけでは不十分です。マスターがずれると、承認権限、店舗別損益、仕訳、アクセス制御に誤差が生まれます。

多拠点企業では、マスターデータの鮮度が内部統制そのものになります。退職者や異動者の権限が残る、閉店店舗に売上や費用が計上される、商品マスターが部門別に異なるといった問題は、現場では小さな例外に見えても、決算や監査では重大なリスクになります。トリドールHDの事例が示すのは、SaaS導入後に連携基盤を整えるのでは遅いという教訓です。クラウド化と同時に、データの流れを設計する必要があります。

AI活用へ広がるバックオフィスDXの射程

トリドールHDのDXは、経理だけで完結していません。2026年4月には、経済産業省、東京証券取引所、IPAが選定する「DX注目企業2026」に選ばれました。同社の発表では、DXビジョン2028のもと、ビジネス基盤、AI活用、データマネジメント基盤、情報セキュリティ基盤を柱にしていると説明されています。

評価された取り組みには、AI需要予測を使った売上計画、発注、シフト最適化があります。さらに、新規出店に向けたAI活用では、出店リードタイムを360日から180日へ短縮し、売上予測分析時間を20日から5分へ短縮した成果も示されています。経理DXで整えたデータ基盤や業務標準化は、こうしたAI活用の前提にもなります。

一方で、AI活用が進むほど、経理には新しい統制が必要です。自動照合や異常検知は便利ですが、誤検知、ルール変更、データ欠損、権限管理の不備があると、問題を早く広げるリスクもあります。電子帳簿保存法やインボイス制度、デジタル庁が管理するJP PINTのようなデジタルインボイス標準の動きも踏まえると、今後の経理は「紙をなくす段階」から「データを監査可能に運用する段階」へ移ります。

経営者が経理DXで確認すべき実装条件

トリドールHDの経理DXから学べるのは、削減時間をKPIに置くだけでは不十分だということです。確認すべき条件は、業務フローを標準化できているか、例外処理を人に戻しすぎていないか、マスターデータが複数SaaSで同期されているか、証跡が監査に耐える形で残るかの4点です。

経理DXは、経理部だけの効率化策ではありません。店舗の申請負荷を減らし、決算リードタイムを縮め、経営が早く数字を見られるようにする全社基盤です。次に注視すべきなのは、削減された1000時間が、どれだけ予算管理、出店判断、海外拠点支援、内部統制の高度化に再配分されるかです。経理が作業部門からデータで事業を支える部門へ変わるとき、DXの投資対効果は初めて経営に現れます。

参考資料:

山本 涼太

AI・半導体・先端技術・SaaS

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