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トランプ政権のイラン攻撃が招く湾岸大戦争の現実味

by 中村 壮志
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はじめに

2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対する大規模な軍事作戦「エピック・フューリー(壮絶な怒り)」を開始しました。この攻撃でイランの最高指導者ハメネイ師が死亡し、中東情勢は一気に緊迫化しています。開戦から2週間以上が経過した現在も戦闘は続き、ホルムズ海峡の事実上の封鎖や原油価格の急騰など、影響は中東を超えて世界経済全体に波及しています。

この紛争は単なる二国間の軍事衝突にとどまらず、湾岸諸国やイランの代理勢力を巻き込んだ「湾岸大戦争」へと発展する懸念が高まっています。本記事では、攻撃の経緯から湾岸地域全体への波及リスク、そして日本への影響までを多角的に解説します。

米国・イスラエルによるイラン攻撃の経緯と背景

核交渉の決裂から軍事行動へ

今回の攻撃に至る伏線は、第1次トランプ政権時代にまで遡ります。2018年にトランプ大統領がイラン核合意(JCPOA)から離脱して以降、米イラン関係は悪化の一途をたどりました。2025年にはイランのペゼシュキアン大統領のもとでオマーンを仲介とする間接交渉が進み、計6回の核協議が行われる予定でした。

しかしトランプ政権は、ウラン濃縮の永久停止、弾道ミサイル計画への厳格な制限、ハマスやヒズボラなど代理組織への支援の完全停止という3つの要求を突きつけました。イラン側にとってこれらは到底受け入れられる条件ではなく、交渉は暗礁に乗り上げていました。

「エピック・フューリー」作戦の全貌

2月28日に開始された軍事作戦では、イランの核関連施設、弾道ミサイル基地、政府施設、軍事拠点が標的となりました。トランプ大統領は作戦の目的として、核の脅威排除、弾道ミサイル兵器庫の破壊、テロ組織ネットワークの弱体化、海軍戦力の壊滅、そして政権の打倒を明言しています。

作戦開始直後の3月1日にはハメネイ師の死亡が確認されました。その後も攻撃は継続され、3月14日には原油積出の要衝であるハルグ島への大規模空爆が実施されています。ヘグセス国防長官は「今日が最も激しい攻撃の日になる」と繰り返し発表しており、作戦の規模は拡大を続けています。

米国防総省の推計によれば、開戦からわずか6日間で戦費は約1.8兆円に達しました。トランプ大統領は「4〜5週間を想定しているが、それよりはるかに長く継続できる」と述べています。

イランの報復と紛争の地域拡大

「僧兵」としてのイラン体制

中東外交の専門家である宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所理事は、イランの体制を理解する上で重要な視点を提示しています。イランの政権は「イスラム共和制維持」のために文字通り死に物狂いで戦う存在であり、戦いで命を失っても「殉教者」としてまつられる価値観で動いています。宮家氏はこの点でベネズエラなどの権威主義国家とは本質的に異なると指摘し、「ベネズエラの政権がギャングなら、イランの政権は僧兵」と例えています。

この分析は、米国が想定する「短期戦での決着」が極めて困難であることを示唆しています。ハメネイ師が殺害されても体制が崩壊しなかったことがその証左です。3月8日にはハメネイ師の息子モジタバ師が新たな最高指導者に選出され、イスラム革命防衛隊の後押しのもとで対米強硬路線の継承が明確になりました。

ホルムズ海峡封鎖と湾岸諸国への波及

イランの報復は、米国本土ではなく周辺のアラブ諸国に向けられました。3月2日にはイスラム革命防衛隊がホルムズ海峡の閉鎖を宣言。海峡を通過する船舶は2月27日の95隻から3月5日にはわずか4隻にまで激減しました。複数の海上保険会社がペルシャ湾周辺の戦争リスク保険を停止したことも、事実上の封鎖を決定的にしています。

さらに2,000発以上のミサイルが湾岸諸国に向けて発射され、サウジアラビアのリヤドやUAEの都市部にも被害が及んでいます。サウジアラビア外務省は「露骨で卑怯なイランの攻撃」を非難し、自衛のための反撃を含む「あらゆる必要な措置」を講じると表明しました。イラン全土での死者は1,200人以上、レバノンで570人、イスラエルでも12人の犠牲者が報告されています。

宮家氏の分析によれば、イランがアラブ諸国を攻撃対象にした理由は、米国を軍事的・政治的に疲弊させる「高等戦術」です。米国とイスラエルが短期戦を望む一方、イランは長期戦に持ち込むことで形勢逆転を狙っています。紛争が長引くほどイランに有利になるという構図があります。

湾岸諸国の複雑な立場と地域秩序の再編

「支持」と「距離」の間で揺れる同盟国

湾岸諸国の対応は極めて複雑です。サウジアラビアのムハンマド皇太子は攻撃開始前にトランプ大統領と繰り返し協議し、事実上の支持を表明しました。湾岸諸国にとってイランは長年の地政学的ライバルであり、その弱体化は歓迎すべき事態でもあります。

しかし一方で、攻撃前の1月にはUAE政府が「自国の領空・領土・領海をイランに対する軍事行動に使用させない」と宣言し、サウジも同様の方針を示していました。CNNの分析によれば、トランプ大統領が湾岸同盟国に戦争への参加を求める圧力をかけているものの、各国は慎重な姿勢を崩していません。

この「支持はするが直接参加はしない」という立場は、イランからの報復攻撃を受けて維持が困難になっています。UAEがイランへの反撃を検討しているとの報道もあり、紛争が湾岸全域に拡大するリスクは日に日に高まっています。

経済的打撃の深刻さ

ゴールドマン・サックスの試算によれば、紛争が4月まで続きホルムズ海峡の封鎖が2カ月に及んだ場合、カタールとクウェートのGDPはそれぞれ14%縮小する可能性があります。Bloombergは「湾岸経済に1990年代以来最大の打撃をもたらす恐れがある」と報じており、紛争の経済的コストは軍事的コストを大きく上回る可能性があります。

日本のエネルギー安全保障への影響

原油輸入の94%が中東依存

日本にとって今回の紛争は、エネルギー安全保障の根幹を揺るがす事態です。日本は原油輸入の約94%を中東地域に依存しており、そのタンカーの約8割がホルムズ海峡を通過しています。海峡の封鎖は日本の石油供給に直撃します。

原油価格はWTI基準で攻撃前の1バレル67ドルから3月9日には120ドル近くにまで急騰しました。野村総合研究所の分析では、最悪シナリオとして原油価格が140ドルに達した場合、日本のGDPは3%押し下げられ、「景気悪化と物価高騰が共存するスタグフレーション」に陥ると予測されています。

政府の緊急対応

日本政府は3月11日にイラン情勢に関する緊急会見を実施。IEA(国際エネルギー機関)の32加盟国が協調して石油備蓄放出を決定し、日本は3月16日から8,000万バレルの放出を開始する方針です。これは国内備蓄の17%に相当する規模であり、ガソリン価格をリッター170円程度に抑える価格安定化措置も併せて実施されています。

ただし備蓄放出は一時的な対症療法にすぎません。紛争が長期化すれば、備蓄の枯渇リスクが現実味を帯びてきます。中東以外の調達先多様化や、再生可能エネルギーへの転換加速など、構造的な対策の必要性が改めて浮き彫りになっています。

注意点・展望

短期戦の見込みは楽観的すぎる

トランプ大統領は4〜5週間での決着を想定していますが、専門家の多くはこの見通しに懐疑的です。宮家氏が指摘するように、イランは「殉教」の価値観で動く体制であり、モジタバ新最高指導者のもとで抗戦の意志は明確です。キヤノングローバル戦略研究所は「成功の見通せない対イラン軍事作戦」と題した論考で、米国の楽観的シナリオに警鐘を鳴らしています。

出口戦略の不在

Bloombergの分析によれば、トランプ政権は体制転換という明確な目標を掲げているものの、その後の中東秩序をどう構築するかという出口戦略が欠如しています。イラクやアフガニスタンの教訓が十分に活かされているとは言い難い状況です。

地上部隊投入の可能性

関西テレビの報道によれば、紛争長期化に伴い地上部隊の投入が避けられないとの見方も浮上しています。空爆だけでは体制転換を実現できないことは過去の中東での軍事作戦が示しており、これが現実になれば紛争はさらに泥沼化する恐れがあります。

まとめ

米国・イスラエルによるイラン攻撃は、当初想定された「短期決戦」から逸脱し、湾岸地域全体を巻き込む大規模紛争へと発展するリスクが高まっています。ハメネイ師の死亡にもかかわらずイラン体制は存続し、ホルムズ海峡封鎖を含む報復によって世界経済に深刻な打撃を与えています。

日本にとっては、エネルギー安全保障の脆弱性が改めて露呈した局面です。石油備蓄の放出は時間稼ぎに過ぎず、中東依存からの脱却に向けた長期的戦略の策定が急務です。紛争の行方は依然として不透明であり、今後も情勢の推移を注視する必要があります。

参考資料:

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