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中国国防動員法改正で日系企業に迫る資産収用と操業停止のリスク

by 中村 壮志
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国防動員法改正が示す有事準備の制度化

中国で2026年10月1日、全面改正された国防動員法が施行されました。8月28日に全国人民代表大会常務委員会で修正採択された新法は、2010年施行の旧法を初めて大きく作り替えるものです。

焦点は、戦時に民間資産を使いやすくした点だけではありません。平時から企業、地方政府、軍、インフラ事業者を一つの動員体系に組み込み、危機時に経済力を国防力へ転換する制度を細かく整えた点が本質です。中国に3万拠点超を置く日系企業にとって、これは「現地法人の中国法対応」にとどまらず、日本本社の供給網、技術管理、社員安全、投資判断に直結する経営リスクです。

民用資源の収用・徴用が企業資産を揺さぶる構造

一時使用を超え得る資産統制

改正法で最も目を引くのは、民用資源の「収用・徴用と補償」を独立した章として整理した点です。法文上の民用資源には、組織や個人が所有または使用する施設、設備、交通手段、場所、その他の資源が含まれます。工場、倉庫、物流車両、港湾関連設備、通信設備、発電設備、データセンターの一部機能なども、状況次第で広い意味の対象に入り得ます。

従来も中国法体系には国防目的の資源使用規定がありました。しかし、今回の改正では、動員決定後に備蓄物資で足りない場合、県級以上の人民政府が民用資源を収用・徴用できる枠組みが明文化されています。徴用は一時使用を連想させますが、収用は返還を前提にしにくい資産移転を含み得るため、企業財務への影響はより重くなります。

補償規定も置かれています。使用後の返還、原状回復、毀損や滅失、直接経済損失への公平で合理的な補償が示されています。ただし、有事や準有事の環境で、評価額、支払い時期、外貨送金、親会社への還流、保険金との調整がどう扱われるかは別問題です。補償があることと、経営上の損失を十分に回収できることは同じではありません。

免除される民用資源は、個人や家庭の生活必需品、児童・高齢者・障害者などの生活に必要な物品や居住場所などに限られています。企業の生産設備や在庫、物流拠点は、原則として広い対象範囲の外に置かれていません。日系企業が中国法人名義で保有する設備も、外資であることだけで別扱いされるとは読みにくい構造です。

物流・通信・医療まで広がる国防勤務

資産の収用・徴用と並んで重要なのが、国防勤務の規定です。交通運輸、郵政、電信、ネットワーク安全、医薬衛生、食品・食糧供給、建設、エネルギー化学、大型水利施設、民用核施設、ニュースメディア、国防研究生産、市政インフラなどの組織は、国防勤務を担う主体として列挙されています。

これは、戦車や弾薬を作る企業だけの話ではありません。工場の電力、通信回線、サイバー防御、医療物資、倉庫、配送網を支える企業も、有事には動員体系の一部になります。さらに平時から専門保障チームを組織し、訓練や演練を通じて任務遂行能力を高めることが求められます。

日系メーカーの場合、操業停止リスクは「工場を徴用される」場面だけで発生するわけではありません。港湾、鉄道、道路、電力、通信、医療、警備、保守要員が国防勤務や特別措置に回れば、通常の生産計画は維持しにくくなります。部品は届かず、完成品は出荷できず、現地社員は移動制限を受ける可能性があります。

また、改正法は拒否や遅延に対して是正命令、強制履行、罰金を予定しています。企業側が「顧客への納期」や「本社の承認」を理由に応じないことは、危機時には通りにくくなります。中国事業のBCPは、自然災害や感染症だけでなく、政府命令による人員・設備・物流の再配分を前提に組み直す必要があります。

供給網とデータ統制に及ぶ平時リスク

戦略物資と軍品転産の優先義務

改正法は、戦略物資の備蓄と調用、軍品の研究開発・生産・修理保障にも踏み込んでいます。国は政府主導と社会参加を組み合わせた戦略物資備蓄体系を整え、企業や社会組織にも実物備蓄、技術備蓄、産能備蓄を増やすことを促します。動員決定後は、任務を負う企業が国防動員の需要を優先する構造です。

軍品関連では、産業チェーンとサプライチェーンの安全評価、設備・材料・部品・技術・データ・ソフトウエアの備蓄、専門技術チームの整備が規定されています。これは、軍需企業だけでなく、民生品と軍用品の境界にまたがる素材、半導体、工作機械、電池、通信、センサー、ドローン、化学品、ソフトウエア企業に影響し得ます。

日系企業が直接軍需品を扱っていなくても、顧客や二次顧客が国防動員任務を負えば、優先供給、仕様変更、転産支援を求められる余地があります。中国国内での売り先管理、用途確認、技術提供の範囲は、これまで以上に重要です。日本の外為法、米国の再輸出規制、取引先との秘密保持契約にも接続するため、単なる中国現地の法務判断では処理できません。

特に危ういのは、平時には民生用に見える製品が、危機時に軍事利用へ転じる場合です。電池、通信モジュール、産業用ロボット、精密測定器、物流管理ソフトは、用途が変わればリスク分類も変わります。現地法人が中国当局の要請に従った結果、日本本社が第三国規制や顧客契約に違反する構図も想定されます。

情報提供とサイバー統制の接続

改正法は、国防動員に密接に関連するデータを法に基づいて収集・使用し、データ安全を保障する制度を設けるとしています。さらに、国防動員の潜在力統計調査を政府統計調査体系に組み込み、対象となる組織や個人に対して、必要資料を真実、正確、完全、適時に提供する義務を課しています。

ここで問題になるのは、提供を求められる情報の範囲です。生産能力、在庫、設備仕様、従業員の技能、物流経路、サプライヤー構成、顧客情報、ソフトウエア構成、サイバー防御体制などは、企業競争力そのものです。国防動員の名目でこれらが求められた場合、どこまで開示できるのかを事前に決めておかなければ、現場は判断できません。

中国では、サイバーセキュリティー法、データセキュリティー法、個人情報保護法というデータ三法がすでに企業実務を縛っています。加えて、2026年には産業チェーン・サプライチェーン安全に関する規定も施行され、国家安全と経済安全に関わる重要領域の監視、緊急徴用、情報収集活動への規制が整理されました。

この周辺法制と国防動員法が重なることで、日系企業は二つの方向から圧力を受けます。一方では、中国当局や業界団体から供給網情報の提供を求められます。他方では、人権デューデリジェンス、制裁対応、輸出管理、ESG監査のために中国内で情報を集める行為が、国家安全上の調査と見なされるリスクを抱えます。

特別措置の規定も無視できません。動員後には、金融、交通、郵政、電信、ニュース出版、放送、情報ネットワーク、無線、エネルギー・水供給、医療、食品・食糧、商業貿易などの業界に管制をかけることができます。資金決済、社内通信、クラウド接続、報道対応、海外本社との情報共有が一斉に制約されれば、危機管理そのものが難しくなります。

日系企業が直面する契約と退避の難題

改正国防動員法を台湾有事だけに結び付けて読むのは狭すぎます。もちろん、台湾海峡での軍事的緊張は最大級のシナリオです。外部の安全保障分析機関は、民間船舶、ドローン、AI、物流網の動員能力が台湾周辺の軍事作戦を支える可能性に注目しています。

ただし、法の射程は戦争発生後に限られません。条文は「国家の主権、統一、領土保全、安全、発展利益」が脅威を受ける場合を動員の文脈に置いています。発展利益という言葉は幅が広く、制裁、輸出規制、海上輸送の遮断、重要鉱物や半導体をめぐる対立など、経済安全保障上の危機と接続しやすい概念です。

日系企業の判断を難しくするのは、中国市場の大きさです。ジェトロによれば、2024年10月時点の中国進出日系企業拠点数は3万864拠点で、世界最大です。2025年調査でも、中国進出日系企業の業績見込みで黒字回答は63.2%あり、縮小や第三国移転・撤退は計14.4%にとどまります。単純な撤退論は、現実の売上、調達、人材、顧客基盤を説明できません。

一方で、国家安全分野の予見可能性は低下しています。反スパイ法をめぐっては、日本政府が国会で、2015年以降に17人の邦人拘束を確認し、2026年3月時点で5人が帰国に至っていないと説明しています。国防動員法は反スパイ法とは別の法律ですが、国家安全を軸に企業活動や人的交流が制約され得る点では、同じ地政学的な流れの中にあります。

契約面では、不可抗力条項だけでは足りません。政府命令による収用・徴用、出荷停止、通信遮断、金融管制、制裁法制の衝突、データ提出要請、従業員の出国制限が起きた場合、誰が通知し、誰が証拠を保存し、誰が補償請求を担い、どの時点で契約を停止できるのかを具体化する必要があります。危機が起きてから英文契約を読み直しても、現場は救えません。

経営者が点検すべき中国事業の防衛線

日本企業がまず行うべきことは、中国事業の「動員エクスポージャー」を可視化することです。工場、倉庫、車両、設備、発電・通信設備、データ、ソフトウエア、技術文書、重要人材、主要サプライヤーを一覧化し、国防勤務、戦略物資、重要領域、データ規制、輸出管理のどれに接続するかを点検する必要があります。

次に、情報提供要請への手順を決めることです。現地幹部が単独で判断せず、日本本社、現地法務、輸出管理、情報セキュリティー部門に即時連絡する仕組みが要ります。提出可否、提出範囲、黒塗り、取引先同意、個人情報、営業秘密、外為法確認を短時間で処理できる危機対応表を整えるべきです。

契約では、制裁や政府命令を理由に一方的に解除するだけの条項は危険です。中国の反制裁・サプライチェーン安全規制と衝突する可能性があるため、通知義務、誠実協議、代替履行、履行困難性、補償、証拠保存を組み合わせた条項に見直す必要があります。保険についても、戦争、政府収用、営業中断、サイバー障害が免責になっていないか確認が必要です。

最後に、社員安全と撤退判断を経営課題として扱うことです。出張者の電子機器管理、工場視察時の撮影ルール、サプライチェーン調査の質問票、当局聴取時の対応、家族帯同者の退避計画まで、実務は細部で決まります。改正国防動員法は、ただちに中国事業を閉じる理由ではありません。しかし、中国事業を「平時の延長」で管理し続けることを許さない制度変更です。備えの早い企業ほど、危機時に守れる選択肢が多くなります。

参考資料:

中
中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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