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南鳥島レアアース泥開発、中国海底特許先行が映す技術死角と難所

by 中村 壮志
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はじめに

南鳥島沖のレアアース泥は、日本の資源安全保障を語るうえで象徴的な存在です。東京大学は2018年、南鳥島EEZ南部の約2500平方キロメートルに、レアアース酸化物換算で1600万トン以上が眠ると公表しました。量だけ見れば、日本が中国依存を大きく減らせるようにも映ります。

ただし、資源量と供給力は同じではありません。2026年2月にJAMSTECが水深約6000メートルで最初の揚泥を確認したのは大きな前進ですが、それは商業化の入り口に立った段階にすぎません。真の勝負は、海底から安定して回収する技術、分離・精製の工程、環境対応、そして特許や制度を含む技術主導権にあります。

この点で見落とされがちなのが、中国の先行です。中国はレアアースの採掘や精製だけでなく、国際海底制度の中で複数の探査権を確保し、大学や設計機関による海底採鉱特許の裾野も広げています。本記事では、南鳥島計画の現在地を確認したうえで、日本が直面する本当の死角を整理します。

南鳥島計画の現在地

2026年揚泥成功の意味

JAMSTECは2025年12月23日、南鳥島EEZ海域で2026年1月11日から2月14日にかけて、レアアース泥採鉱システム接続試験を実施すると発表しました。目的は、水深約6000メートルの海底に向けて揚泥管や採鉱機を降下させ、一連の作動を検証することでした。JAMSTEC自身が、この試験を「我が国における国産レアアースの産業化に向けた最初の取組」であり、「世界でも初めての試み」と位置付けています。

続く2026年2月2日の速報では、地球深部探査船「ちきゅう」が1月30日に最初の回収作業を始め、2月1日未明に最初のレアアース泥が船上に揚泥されたと確認されました。これは、南鳥島の海底資源が机上の地質情報から、実際に扱える対象へ一歩進んだことを意味します。経済安全保障の文脈で見れば、日本が海底資源を「持っている」だけでなく、「触れた」段階に入ったという変化です。

ただし、技術的な難しさは依然として大きいままです。JAMSTECは2022年10月、茨城県沖の水深2470メートルで海底堆積物の揚泥に世界で初めて成功し、1日あたり換算で約70トンの回収能力を示しました。さらに2023年9月には、南鳥島沖の水深5600メートル海域でAUVによる高解像度探査に成功し、2027年度までに採鉱、選鉱、製錬、精製の実証を計画していると明らかにしています。

つまり、南鳥島計画は突然動き出した案件ではありません。2022年の中間深度試験、2023年の探査精度向上、2026年の初回揚泥という三段階で前進してきました。他方で、政府自身がなお「接続試験」「実証」と呼んでいる事実は、量産技術や収益モデルがまだ完成していないことも示しています。

資源量の魅力と採算の壁

南鳥島沖が注目される最大の理由は、やはり資源量です。東京大学の2018年発表によれば、南鳥島EEZ南部では約2500平方キロメートルに1600万トン以上のレアアース資源が見込まれます。さらに同研究は、粒径分離によって総レアアース濃度を最大2.6倍まで高められる可能性も示しました。資源の存在量だけでなく、選鉱で経済性を改善できる余地まで示した点が大きかったわけです。

しかし、鉱床の魅力がそのまま採算性に結び付くわけではありません。南鳥島のレアアース泥は海底面直下に広く分布する一方、深海底から連続的に引き上げるためには、揚泥管の安定運用、閉鎖系での採泥、海上での分離、陸上での精製までを一体で成立させる必要があります。JAMSTECが環境モニタリングやISO規格を強調しているのも、採れるかどうかだけでなく、採ってよいのか、採った後に制度的に耐えられるのかが問われるためです。

日本がなお海外調達の多角化を急いでいる事実も、この壁を裏付けます。JOGMECと双日は2023年、豪州ライナスから生産される重レアアースのうち、ジスプロシウムとテルビウムについて最大65%を日本市場向けに供給する契約を結びました。さらにJOGMECと岩谷産業は2025年、フランスCaremagから重レアアース酸化物の50%を長期供給で確保する枠組みを打ち出しています。

この二つの案件は、日本が中国依存を減らすうえで南鳥島だけに賭けていないことを示します。見方を変えれば、南鳥島は極めて有望な「将来資源」ではあっても、2026年4月時点ではなお、現実の供給不安をすぐ置き換える水準には達していないということです。資源量の大きさが、商業化の容易さを保証するわけではありません。

中国優位を生む制度・特許・実装

ISA契約で広がる中国の行動半径

海底資源をめぐる競争は、海底に何があるかだけでは決まりません。どの海域で、どの制度の下で、どれだけ長く探査と環境評価の経験を積めるかが重要です。国際海底機構(ISA)によれば、国際海底区域では21のコントラクターが、マンガン団塊、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラストの探査契約を持っています。

中国はこの制度面で厚みを持っています。ISAのマンガン団塊コントラクター一覧では、COMRAが2001年、中国五鉱集団が2017年、北京先駆高技術発展公司が2019年に契約を得ています。ISAは2019年の契約発表で、北京先駆高技術発展公司を「COMRAと中国五鉱に続く、中国政府が後援する3番目の主体」と明示しました。

コバルトリッチクラストでも、中国はCOMRA名義で2014年4月から2029年4月まで西太平洋の契約を保有しています。同じ一覧には日本のJOGMECも2014年1月から2029年1月まで契約主体として並びますが、中国は複数主体を並走させている点が特徴です。単独の旗艦機関に依存するのではなく、複数の国家系プレーヤーで制度対応、環境調査、探査運用を分散している構図です。

この差は、単なる面積争いではありません。ISA契約は、将来の採掘権に近づくための足場であると同時に、環境ベースラインの取得、探査航海の運用、規制対応の実務を重ねる機会でもあります。中国が制度空間で先に学習し続けている間、日本は自国EEZの巨大資源を持ちながら、実装と制度運用をこれから積み上げる立場にあります。

特許の裾野が示す技術蓄積

特許の世界を見ても、中国の厚みは無視できません。JSTのJ-GLOBALが収載した2025年の中国論文要約によれば、2005年1月から2025年4月までの深海採鉱分野で、有効な542件の公開特許を対象に多次元分析が実施されています。要約は、中国が政策と機関協力を通じて、環境影響の監視と保護技術を中核に理論研究を進めてきたと整理しています。

個別特許を見ても、技術の広がりが分かります。中国海洋大学は2023年7月に「深海採鉱及び製錬システム」を出願し、採鉱から製錬までを一体で捉えています。江蘇科技大学は2021年10月に「粗粒子用深海採鉱揚水ポンプ」を出願し、武漢船舶発展設計研究所は2020年12月に「深海採鉱水中中継ステーションの展開・回収システム」を出願しました。採鉱機、揚泥、回収、さらには製錬まで、要素技術が分散して積み上がっていることが読み取れます。

日本側にも蓄積はあります。JOGMEC、JAMSTEC、東京大学は2020年9月に、深海採鉱車両の沈下予測に関わる特許を共同出願しました。さらにJOGMECは2022年10月、住友金属鉱山、三井三池製作所、清水建設、三菱重工業、日本製鉄エンジニアリング、三菱造船などと連名で、海底から海上へ鉱石スラリーを安定輸送する「鉱石移送方法」を出願しています。

重要なのは、日中の差を単純に「日本に特許がない」と理解しないことです。実態はそうではありません。日本にも有力な共同出願はありますが、中国は大学、設計研究所、国有色の強い主体が並行して出願し、制度契約とも連動しているため、技術ポートフォリオの裾野が厚いのです。南鳥島の競争相手は、中国の鉱山だけでなく、中国の制度運用と特許のエコシステムそのものだと見るべきでしょう。

注意点・展望

南鳥島をめぐる議論で最も多い誤解は、「埋蔵量が大きいので、日本はすぐ中国依存から抜けられる」という見方です。現実には、採鉱、選鉱、精製、磁石材料化までの各段階にボトルネックがあります。IEAは2025年時点で、磁石用レアアースに限っても中国のシェアが採掘で約60%、分離・精製で約91%、永久磁石製造で94%に達すると示しました。

この数字が意味するのは、仮に日本が南鳥島から泥を引き上げても、それだけでは供給網の主導権を取り戻せないということです。分離や精製設備、磁石製造、関連装置、さらには輸出管理への耐性まで含めて整えなければ、依存構造の中身は残ります。2025年の中国によるレアアース関連の輸出規制強化が示した通り、資源保有量よりも中流から下流の支配力の方が、短期的には大きな圧力になります。

もう一つの論点は環境の正統性です。JAMSTECは閉鎖型循環方式や海底・船上の同時モニタリングを進めていますが、深海採鉱は国際的に環境負荷への視線が厳しい分野です。ここで日本が先行して透明性の高いデータを示せれば、南鳥島は単なる資源開発案件ではなく、海洋ガバナンスの標準作りにもつながります。逆に、環境説明が弱ければ、資源ナショナリズムの象徴にとどまりかねません。

今後の焦点は、2027年度までに予定される本格的な実証で、どこまで連続運転と分離・精製の一体化を示せるかです。同時に、日本企業群が出願している輸送、採鉱、観測技術を、実機、設備投資、国際標準へどう結び付けるかも問われます。南鳥島の勝負は、海底の泥を採る瞬間より、その後に産業化の鎖を日本側につなぎ止められるかどうかにあります。

まとめ

南鳥島沖のレアアース泥は、日本にとって極めて大きな戦略資産です。2026年2月の揚泥成功は、長く地質学の話に見えていた資源を、現実の経済安全保障へ引き寄せました。東京大学が示した1600万トン超という資源量は、なお強い魅力を持っています。

しかし、死角は資源の外側にあります。中国はISA契約の積み上げ、大学や研究機関による特許の裾野、そして分離・精製・磁石製造までを含む産業構造で先行しています。日本が南鳥島を真に切り札へ変えるには、採算性、環境対応、精製能力、特許戦略を一つの国家戦略として束ねる必要があります。量の発見から主導権の確保へ進めるかどうかが、次の焦点です。

参考資料:

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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