ファーウェイ自動運転、トヨタ・日産採用で広がる車載AIの主導権
中国発の車載AI標準が日本勢に届く背景
ファーウェイの自動車事業が、スマートフォンの代替事業という見方を超え始めています。中国では新エネルギー車の普及と同時に、運転支援、車載OS、音声AI、OTA更新が購買理由になり、車の競争軸がエンジンや電池だけでは測れなくなりました。
その変化は日本メーカーにも及んでいます。トヨタの中国向けBEV「bZ7」はファーウェイのスマートコックピットを採用し、日産の中国合弁も「天籁・鸿蒙座舱」でHarmonySpace 5.0を前面に出しました。重要なのは、これは単なる部品採用ではなく、車のユーザー体験とソフトウェア更新の主導権を誰が握るかという問題です。
本稿では、ファーウェイの乾崑ADSを中心に、AI、車載OS、シャシー制御、電動パワートレーンがどのように結び付いているかを整理します。そのうえで、トヨタ・日産の採用事例を、現地化戦略と地政学リスクの両面から読み解きます。
乾崑ADSを支えるAIと車両制御の統合
128億kmが生むデータの複利
ファーウェイの強みは、単一の運転支援ソフトではなく、実走行データ、車載OS、センサー、計算基盤、車両制御を束ねる垂直統合にあります。ファーウェイ乾崑は2026年7月16日のメディアデーで、乾崑智駕ADSの累計補助運転距離が128億kmを突破し、搭載台数が190万台を超えたと公表しました。提携先も25超のブランド、50超の車種に広がっています。
この数字が意味するのは、販売台数の多さだけではありません。運転支援AIは、まれにしか起きない割り込み、工事区間、急な歩行者横断、複雑な駐車場といった「ロングテール」の場面で差が出ます。多くの車両に載れば、実環境から得られる事例が増え、学習、評価、OTA更新のサイクルを速められます。
ファーウェイの2025年年次報告書でも、自動車向けインテリジェントソリューション事業の売上高は450億1800万元となり、前年比72.1%増でした。同社は同年、3800万点を超えるインテリジェント自動車部品を出荷し、バリューチェーン上の600超のパートナーと協業したと説明しています。スマホ、通信、クラウドで培った量産設計とエコシステム運営を、車の世界へ移植している構図です。
ただし、現時点の乾崑ADSは消費者向け説明でも「補助運転システム」と位置付けられています。運転者の監視と介入を前提にした機能であり、一般道のあらゆる環境で人間を不要にする完全自動運転とは分けて考える必要があります。この区別を曖昧にすると、技術力の評価も規制リスクの評価も誤ります。
OSからシャシーまでつなぐ頭脳の構造
2026年4月の乾崑技術大会で、ファーウェイは乾崑ADS 5を発表しました。同社はWEWA 2.0アーキテクチャを掲げ、クラウド側の世界モデル、車両側の行動モデル、オンライン強化学習、安全リスク場といったAI要素を説明しています。ここで注目すべき点は、AIが「見て判断する」だけでなく、車がどう動くかまで入り込む設計になっていることです。
同時に発表された乾崑OSは、自動運転に向けた車載OSとして、車内信号の遅延低減や冗長構成を売りにしています。運転支援では、認識の精度だけでなく、カットイン車両への反応、制動の立ち上がり、車線変更時の横制御など、ミリ秒単位の遅延が体感と安全性に影響します。AIモデルだけを強くしても、OSと車両制御が追従しなければ、商品としての完成度は上がりません。
さらにファーウェイは、乾崑車控のXMCや、デジタルパワー部門のDriveONEを通じて、駆動、制動、転向、サスペンションを含む「運動域」に踏み込んでいます。同社は2026年4月、智能駕駛が「考える」、スマートコックピットが「感じる」、運動域が「動く」という整理を示し、動力域とシャシー域を融合する構想を打ち出しました。これは「走る」「止まる」「曲がる」を担う実行層まで押さえようとする動きです。
この統合は、サプライヤーとしては強力です。車メーカーは、センサー、OS、AI、制御ユニットを個別に組み合わせる負担を減らせます。一方で、ファーウェイの仕様に深く依存すれば、ユーザー体験、更新頻度、データの扱い、将来の機能追加で主導権を失う恐れもあります。自動車メーカーにとって、短期の開発速度と長期の技術自立は常に緊張関係にあります。
トヨタ・日産が選んだ現地化の現実解
bZ7に表れた中国専用開発の重み
トヨタのbZ7は、中国市場の変化をよく映す車種です。トヨタは2025年4月の上海モーターショーで、bZ7を中国向けBEVラインアップの旗艦として公表しました。開発は広州汽車集団、広汽トヨタ、トヨタの中国研究開発拠点が担い、5m超のBEVセダンとして、中国の先進技術を取り込むと説明しています。
中国報道や現地発表では、bZ7はファーウェイのスマートコックピットを採用し、運転支援にはMomentaの技術を用いる構成として紹介されています。つまり、トヨタがファーウェイADSを丸ごと導入したというより、消費者が日々触れる車載OSやアプリ体験でファーウェイを使い、運転支援は別の中国AI企業と組む分業型です。
この選択は合理的です。中国のEV購入者は、航続距離や価格だけでなく、音声操作、スマホ連携、動画・音楽アプリ、ナビ、都市NOAの自然さを細かく比較します。日本本社主導で世界共通のソフトを時間をかけて作るだけでは、現地の更新速度に追いつきにくい面があります。現地で強いソフト企業を使えば、短期間で商品力を補えます。
一方で、bZ7の事例は、車メーカーがソフトウェアの中核をどこまで外部化するかという難題も示します。スマートコックピットは、単なるインフォテインメントではありません。ユーザーID、決済、地図、音声AI、車両設定、OTA更新につながる入口です。ここを外部プラットフォームに任せるほど、顧客接点のデータとブランド体験はサプライヤー側に近づきます。
日産ティアナとN7が示す分業設計
日産も中国で同じ圧力に直面しています。日産中国は2026年1月、2025年の中国販売が65万3024台だったと公表し、同時に、HuaweiのHarmonySpace 5.0を搭載した新型ティアナとN6 PHEVが、それぞれ短期間で1万件超の受注を得たと説明しました。東風日産の公式サイトでも、天籁・鸿蒙座舱は「満血鸿蒙座舱5」やHUAWEI SOUNDを大きく掲げています。
ここでも、ファーウェイの役割は車の「頭脳」の一部です。燃油車であるティアナにHarmonySpaceを載せたことは、智能化がEV専用の装備ではなく、既存の内燃機関車にも広がることを示しました。中国市場では、パワートレーンの種類よりも、車内でのデジタル体験がブランド刷新の武器になっています。
ただし、日産の高階運転支援ではMomentaとの協業が目立ちます。Momentaは東風日産と、端到端の運転支援大模型を基にした高階運転支援ソリューションを共同開発すると発表し、N7では都市記憶領航NOAなどの量産化をうたっています。日産はファーウェイをコックピット領域、Momentaを運転支援領域に置くことで、技術の導入速度とリスク分散を両立させようとしていると見られます。
背景には、中国市場そのものの巨大化があります。中国汽車工業協会のデータとして中国政府が公表した統計では、2025年の中国自動車販売は3440万台、新エネルギー車販売は1649万台でした。NEVは前年比28.2%増で、世界首位を11年連続で維持しています。2025年10月にはNEVの月間販売比率が初めて51.6%に達し、スマート化競争は量産市場の中心に移りました。
この市場で負ければ、グローバルメーカーの開発資源にも影響します。日本勢がファーウェイやMomentaを採用するのは、中国企業への敗北宣言ではなく、中国市場で必要なユーザー体験を短期間で取り込む現実解です。しかし、その現実解が長期的に自社OSや自社AIの競争力を弱める可能性は残ります。
規制とデータ安全保障が狭める海外展開
ファーウェイの自動車技術が中国国内で強いほど、海外展開では規制の壁が高くなります。米商務省BISは2025年1月、一定の中国・ロシア関連性を持つコネクテッド車両技術について、米国での輸入・販売を制限する最終規則を公表しました。対象には車両接続システムのハードウェアや、VCS・ADSソフトウェアが含まれ、ソフトウェアは2027年モデルから、ハードウェアは2030年モデルから段階的な制限が予定されています。
この規制は、特定企業だけを名指しするものではありません。しかし、カメラ、通信モジュール、OTA更新、遠隔診断、運転支援ソフトが一体化する車では、サプライヤーの国籍やデータ処理が安全保障問題になります。ファーウェイ技術を中国向けに採用できても、米国向けや同盟国向けの車種に同じ構成を横展開できるとは限りません。
同時に、国際ルールも整いつつあります。UNECEのWP.29は2026年6月、完全自動運転システムを法的に可能にする初の世界的な枠組みを採択したと発表しました。安全管理システム、試験、セーフティケース、運用後監視が重視され、メーカーには開発プロセスと実運用データを説明する能力が求められます。
ここで問われるのは、AIの性能だけではありません。事故時に誰が責任を負うのか、OTAで変わる挙動をどう検証するのか、海外で収集した走行データをどこに保管するのか、サプライヤーのブラックボックスを規制当局にどこまで開示できるのか。ファーウェイの強みである統合型プラットフォームは、規制当局から見れば監査対象が大きいシステムでもあります。
日本メーカーにとっては、中国専用スタックとグローバル共通スタックの二重運用が現実的な選択になります。中国ではファーウェイやMomentaの力を借り、米国や欧州では別の構成を使う。その場合、開発費と検証工数は膨らみ、ソフトウェア更新の速度も市場ごとにばらつきます。世界制覇を狙うファーウェイにも、採用するメーカーにも、最大の制約は技術ではなく信頼と制度です。
車メーカーが主導権を保つための論点
ファーウェイの台頭は、自動車メーカーに明確な問いを突き付けています。車載AIを早く高性能化するために外部の強いプラットフォームを使うのか、それとも時間をかけて自社で中核を握るのか。どちらか一方だけが正解ではなく、領域ごとの線引きが競争力を左右します。
短期的には、スマートコックピット、音声AI、地図連携、運転支援の一部を中国サプライヤーから導入する判断は有効です。中国の消費者に届く商品力を上げ、開発サイクルを短縮できるからです。特にトヨタや日産のように既存ブランドの信頼を持つ企業は、現地のソフトウェア企業と組むことで、品質と智能化の不足を補えます。
中長期では、車両データ、ユーザーID、OTA権限、HMI設計、運転支援の責任分界を自社で管理できるかが重要です。ファーウェイを「電子部品の供給元」と見るだけでは、車の価値がソフトウェアに移る時代を読み違えます。読者が注視すべき指標は、搭載台数の増加だけでなく、どの車種でコックピット、運転支援、シャシー制御、電動パワートレーンのどこまで採用されたかです。
特に、海外で同じ車名を売る企業ほど、中国仕様だけが突出して進化することによるブランド体験の分断にも注意が必要です。調達部門だけでなく、ソフトウェアアーキテクトと法務・渉外部門が同じ設計図を共有する段階に入っています。
ファーウェイは車を造らないと言い続けながら、車の知能化に不可欠な層を広く押さえています。だからこそ、世界の自動車メーカーは同社を単なるサプライヤーとしても、競合としても扱い切れません。今後の主導権は、ファーウェイを使うか否かではなく、使いながらどの中核技術を自社に残すかで決まります。
参考資料:
- 2026 华为乾崑媒体日在深圳开幕
- 2026 华为乾崑技术大会在京举行
- 乾崑智驾 - 华为乾崑智能汽车解决方案
- 安全出行报告 - 华为乾崑智能汽车解决方案
- 乾崑车控 - 华为乾崑智能汽车解决方案
- 华为智擎构建运动域全新架构:动力域和底盘域将融合为超级系统
- Huawei 2025 Annual Report
- Premiere of New bZ7 and Lexus ES at Auto Shanghai
- Toyota bZ7 is the first joint venture car with Huawei HarmonyOS in China, company says
- Nissan reports China sales for December 2025
- 东风日产 天籁・鸿蒙座舱
- 东风日产官宣携手Momenta联合打造高阶智驾方案
- Smart driving reshapes trend at Auto Guangzhou
- UNECE adopts first-ever global rules allowing fully autonomous vehicles
- Connected Vehicles - Bureau of Industry and Security
- China’s auto output, sales reach new highs in 2025
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