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イクサガミが示したネトフリの強さと書店再興の厳しい現実を読む

by 田中 健司
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はじめに

今村翔吾氏を語るとき、いまや作家という肩書きだけでは足りません。『イクサガミ』の原作者としてNetflixで世界展開される映像化を経験する一方で、自らは地域書店の事業承継や新規出店、シェア型書店の立ち上げにも踏み込んでいます。つまり今村氏は、物語を「世界へ広げる側」と、本を「街に残す側」の両方を同時に見ている当事者です。

この二つは、一見すると同じ出版文化の話に見えて、実際にはまったく異なる経済で動いています。Netflixは世界190カ国超、3億超の有料会員に一気に届ける配信基盤を持ちます。対して日本の書店は、店舗数の減少と紙市場の縮小に直面しています。この記事では、『イクサガミ』の展開実績と書店市場の統計を並べることで、なぜ「ネトフリのすごみ」と「書店再興の難しさ」が同時に語られるのかを整理します。

Netflixが『イクサガミ』で示した強み

作品を国内ヒットで終わらせず、世界同時のIPに変える

Netflixは2024年4月18日、『イクサガミ』の実写シリーズ化を発表しました。主演・プロデューサー・アクションプランナーに岡田准一さん、監督に藤井道人さんを据え、原作は講談社文庫の『イクサガミ』シリーズです。今村翔吾氏の公式サイトでも翌4月19日にNetflix実写ドラマ化が告知されました。

この映像化の大きさは、単なる豪華キャストではありません。Netflixは2025年11月13日に全6話を世界配信し、公開前から釜山国際映画祭への招待や「日本の連続ドラマ産業のゲームチェンジャーになり得る」という文脈で売り出しました。さらに2025年12月19日の公式発表では、『Last Samurai Standing』がNetflix週間グローバルTop 10の非英語シリーズ部門で1位となり、88カ国でTop 10入り、日本では4週連続1位だったとして、シーズン2更新を発表しています。

ここに、今村氏が感じる「ネトフリのすごみ」の核心があります。Netflixの2026年1月20日公表の視聴レポートでは、2025年後半だけで『Last Samurai Standing』シーズン1は2100万ビューを記録しました。日本発の作品が、国内放送枠の制約を受けずに世界の視聴行動へ直接届く。この到達力は、従来の出版やテレビだけでは持ちにくかった強みです。

Netflixの強さは資金だけでなく、配信基盤と継続投資にある

Netflixの強みを、制作費の多さだけで説明するのは不十分です。2025年末時点でNetflixは世界190カ国超で3億超の有料会員を抱える巨大配信基盤を持ちます。2026年1月に公表された同社の日本向け戦略でも、2025年後半の日本作品の視聴時間は過去最高で、その牽引役の一つに『Last Samurai Standing』が挙げられました。つまりNetflixは、作品ごとに海外営業するのではなく、あらかじめ世界流通の土台を持ったうえで作品を載せています。

この構造は原作者側にも大きな意味を持ちます。原作小説が先にあり、映像化がその認知を再加速させ、さらに続編や関連展開につながる。今村氏の公式サイトを見ると、『イクサガミ』は文庫シリーズだけでなくコミカライズも進み、2024年の実写化決定後も作品群の露出が継続しています。Netflixの強さとは、単作の宣伝力よりも、作品を長期のIPとして回し続ける装置を持つ点にあります。

それでも書店再興が難しい理由

市場の縮小は、もはや個店努力だけで逆転しにくい

一方で、街の書店が置かれている環境は厳しさを増しています。出版科学研究所によると、日本の総書店数は2003年度の2万880店から2024年度には1万417店まで減少しました。売り場面積を公表している「坪あり店舗」でも、2003年度の1万3661店から2024年度は7673店へ縮小しています。JPO書店マスタ管理センターの月次データでも、2026年1月20日更新時点の書店店舗数は1万98店で、前年同月比96.0%でした。

出版市場全体も楽ではありません。出版科学研究所の2026年1月26日発表によれば、2025年の出版市場は紙と電子の合計で1兆5462億円と前年比1.6%減でした。内訳を見ると、紙の出版物は4.1%減の9647億円で、ついに1兆円を下回っています。電子出版は2.7%増の5815億円と伸びていますが、これは主に電子コミックが支えており、紙の雑誌市場の落ち込みを埋め切れていません。

これが書店再興の難しさです。書店は家賃、人件費、在庫回転、返品負担、駅前立地の維持など固定費の重い商売です。市場全体が縮むなかで、個店が努力しても、来店頻度そのものが落ちれば収益構造は苦しくなります。書店を一軒救う話と、全国の書店網を維持する話は、似ているようで難易度がまったく違います。

今村翔吾氏の書店経営は「正解」ではなく実験の連続

今村氏は2021年11月に大阪・箕面の「きのしたブックセンター」を事業承継し、2023年12月にはJR佐賀駅構内に「佐賀之書店」を開きました。さらに2024年4月には神保町でシェア型書店「ほんまる」を始めています。これは、既存の本屋を守るだけでなく、立地ごとに違うモデルを試す動きです。地域密着店、駅ナカ店、棚貸し型店と、形式を変えている点に今村氏の現実認識が表れています。

実際、今村氏の公式サイトで2026年2月27日に告知された新書『書店を守れ!』でも、書店数減少と紙の売上縮小が問題意識として前面に出ています。ここから読み取れるのは、「本屋は文化だから守るべきだ」という理念だけでは足りないということです。来店理由をどうつくるか、地域の拠点機能をどう持たせるか、棚貸しやイベント、コミュニティ形成をどう組み合わせるか。書店再興は、理想論より先に経営モデルの再設計が問われています。

その意味で、Netflixと書店は対照的です。Netflixは作品を一気に広げるスケールの経済を持つのに対し、書店は一店ごとに商圏、棚、接客、地域関係を積み上げるローカルの経済で動きます。前者は世界同時配信で勝ちやすく、後者は一店ごとの採算を取らなければ続きません。今村氏が両方を知るからこそ、この落差はより鮮明に見えるはずです。

注意点・展望

注意したいのは、「Netflixがあれば書店は不要になる」と考えることです。映像化と書店は代替関係だけではありません。むしろ映像化は原作認知を押し上げ、店頭フェアや関連本販売の機会をつくります。ただし、その恩恵を全国の書店が均等に受け取れるわけではなく、話題作の集客効果が続く時間も限られます。

今後の焦点は、書店が「本を売る場所」だけで残るのか、それとも「人が集まる文化拠点」に変わるのかです。シェア型書店、駅ナカ小型店、イベント連動型、カフェ併設型など試行は広がっています。一方で、紙市場の縮小が続くなら、再興は「昔の書店をそのまま復元する」ことではなく、地域ごとに別の収益モデルをつくることになるでしょう。Netflixの成功は、日本の物語が世界に届く可能性を示しましたが、街の本屋を残すには別の設計図が必要です。

まとめ

『イクサガミ』は、Netflixが日本発IPを世界同時に拡張する力を示した代表例になりました。2025年11月13日の配信後、非英語シリーズの週間グローバルTop 10で1位を獲得し、88カ国でTop 10入り、2025年後半だけで2100万ビューを記録しています。これが、今村翔吾氏が見た「ネトフリのすごみ」の実像です。

その一方で、書店市場は店舗数も紙の売上も減少が続いています。書店再興が難しいのは、志が足りないからではなく、構造的に市場が縮み、固定費の重い事業だからです。今村氏の書店経営は、その厳しい現実に対する実験でもあります。世界に物語を届ける仕組みと、街に本屋を残す仕組みは別物です。その両方をつなぐ挑戦が、いまの今村翔吾氏の活動だといえます。

参考資料:

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