今村翔吾が書店M&Aに踏み切る理由本屋単体で稼げない時代の勝ち筋
今村翔吾の書店M&Aが狙う地域プラットフォーム化
直木賞作家の今村翔吾さんが、書店経営の周辺で立て続けにM&Aへ踏み込んでいる背景には、単なる多角化では片づけられない事情があります。いまの書店業界は、紙の出版市場の縮小と店舗数の減少が同時進行し、店単体の採算だけでは守り切れない局面に入っています。作家が本業の延長で店を持つ段階はすでに終わり、本屋を残すための事業設計そのものが問われています。
今村さんの動きが注目されるのは、既存書店の事業承継、駅ナカ書店の再生、神保町でのシェア型書店の立ち上げまでを一気通貫で進めてきたからです。本稿では、元記事には依拠せず、公開情報だけを使って、なぜ今村さんがM&Aを急ぐのかを読み解きます。結論を先に言えば、理由は「書店を本の小売業から、複合収益を持つ地域プラットフォームへ変えるため」です。
書店単体経営の限界
減り続ける書店数と紙市場
一般社団法人日本出版インフラセンターの共有書店マスタによると、書店店舗登録数は2026年2月17日時点で1万46店でした。同じ資料では2006年度の1万7911店という水準も確認でき、長期で見ると減少傾向は明確です。しかも直近1年でも、2025年2月18日から2026年2月16日までの閉店件数は545件に達しています。街の本屋が毎月じわじわ消えている構図です。
市場環境も厳しいままです。出版科学研究所の2025年1月のニュースリリースでは、2024年の紙の出版市場は前年比5.2%減の1兆56億円でした。内訳は書籍が5937億円、雑誌が4119億円です。電子出版は増えていますが、街の書店が直接その成長を取り込みやすい構造ではありません。経済産業省が2024年に書店振興プロジェクトチームを立ち上げ、2025年6月に「書店活性化プラン」を公表したのも、書店を民間の個店努力だけで維持するのが難しくなったからです。
作家収入で支える逆転型の投資
今村さんは2021年に大阪府箕面市のきのしたブックセンターの運営を引き継ぎ、2023年にはJR佐賀駅構内に佐賀之書店を開きました。好書好日や朝日新聞系の報道を読むと、動機は投機よりも「地域唯一の本屋をなくしたくない」という発想に近いことが分かります。佐賀之書店も、駅から書店が消えた状態を約4年ぶりに埋め戻す出店でした。
ただし、理念だけで続けられるほど甘くはありません。婦人公論.jpで公開された『書店を守れ!』の抜粋では、今村さん自身が書店経営の不安定さと、個人保証の借入が約1億円規模に及ぶことを明かしています。つまり、今村さんの書店事業は趣味の延長ではなく、かなり大きなリスクを背負った実業です。M&Aはこのリスクをさらに積み上げる行為に見えますが、実際には逆で、単店依存のリスクを分散するための手段として使われていると考える方が自然です。
ほんまるで見えた新収益モデル
シェア型書店の収益構造
2024年春に神保町で開業した「ほんまる」は、今村さんの3店目ですが、従来型書店とは収益の考え方が異なります。婦人公論.jpの抜粋では、シェア型書店の経営者は書店主というより賃貸オーナーに近いと説明されています。実際、ほんまる公式サイトでは個人プランの月額が4850円から、入会金が1万2650円、棚サイズは幅44〜55センチ、高さ30.5センチ、奥行27.5センチと明示されています。
注目すべきなのは、棚を貸すだけでなく、発注、陳列、販売を店舗側が代行し、しかも商品の出品や売上確認、在庫管理はオンラインで完結する点です。法人プランでは月額9700円から利用でき、企業専用棚をブランディングやPRに使える設計になっています。これは「本を仕入れて売る薄利商売」に、棚代、運営代行、法人向け販促という別の収益レイヤーを重ねたモデルです。今村さんがM&Aを通じて欲しいのは、個店の売り場ではなく、この複層的な事業体だと読めます。
法人棚主が示した本屋の媒体化
日刊ゲンダイの神保町ルポでは、ほんまるには個人だけでなく、紙の会社、塗装会社、IT企業、自治体など多様な法人棚主が集まっていると報じられています。ほんまる公式サイトでも法人利用を前提にした棚運営の仕組みが案内されており、本屋が本の販売現場にとどまらず、企業の文化発信やブランド表現の場所になっていることが分かります。
この点は重要です。書店の来店者数だけを追う商売であれば、縮小市場での戦いになります。しかし、書店を「選書で企業の顔を見せる場」に組み替えれば、広告費や広報費、採用ブランディング費も取り込みやすくなります。M&Aで周辺機能を取り込む意味は、まさにこの転換を速く実装することにあります。
M&Aで加速する複合店化
地方で必要になるカフェ機能
今村さんのM&A戦略を最も分かりやすく示すのが、婦人公論.jpの2026年3月24日掲載分です。そこでは、地方都市で新たに開く予定の店舗について、「一般書店×シェア型書店×カフェ」の複合型にすると明かし、そのためにすでにカフェ事業者をM&Aしたと述べています。背景として挙げられているのが、神保町のほんまるでさえ16坪に364棚あり、地方では同数の棚主を集めるのが難しいという現実です。
ここから見えるのは、今村さんが「神保町で当たった型」を地方へ単純移植しようとしていないことです。都心では棚主人口と偶然来店が期待できても、地方では日常的な滞在理由が必要になります。カフェはそのための装置です。朝昼夕で客層を広げ、購買までの滞在時間を延ばし、本を買わない来店動機もつくれます。しかも飲食は運営ノウハウ、衛生管理、人材配置、仕入れ網が必要で、ゼロから立ち上げると時間がかかります。そこでM&Aが最短ルートになります。
運営基盤を内製化する合理性
もう一つ見逃せないのが、ITや運営基盤の問題です。公開情報で直接確認できるのはカフェ事業者のM&Aまでで、IT企業買収の詳細は現時点では十分に確認できません。ただ、ほんまるの公式サイトを見ると、棚主募集、マイページ、オンライン在庫管理、オンラインストア、法人棚運営まで、仕組みは明らかにシステム依存です。しかも、IT企業そのものが棚主として参加しています。
このため、地方展開や多店舗展開を本気で進めるなら、現場の接客力だけでなく、会員管理、商品登録、決済、売上配分、販促を支えるデジタル基盤が不可欠です。公開情報の範囲で断定はできないものの、今村さんがIT機能の取り込みを急ぐ合理性は十分あります。戦国武将が兵站を押さえるように、書店再興でも裏側の運営基盤を握ることが勝敗を分けるからです。
今村モデルの固定費リスクと地方再現性
もっとも、M&Aが万能というわけではありません。書店、カフェ、システム運営を束ねる複合経営は、成功すれば収益源を分散できますが、統合作業に失敗すれば固定費だけが膨らみます。とくに書店は再販制度、取次との関係、在庫回転の遅さなど独特の制約が強く、飲食やITを足しただけでは黒字化が約束されません。
また、統計の読み方にも注意が必要です。JPOの書店数は共有書店マスタ登録ベースで、閉店日不明の店舗は集計対象外です。数字は危機の大きさを示しますが、すべての実態を完全に表すわけではありません。そのうえで今後の焦点は、今村モデルが地方都市でどこまで再現できるかです。棚代、物販、イベント、カフェ、法人利用を一つの場に束ね、本屋を「地域の文化インフラ兼小商圏メディア」に変えられるかどうかが試されます。
本屋を残す複合収益拠点化の実験
今村翔吾さんがM&Aに踏み切る理由は明快です。書店単体では稼ぎにくい時代に、周辺機能を自前化しながら、本屋を複合収益型の拠点へ作り替えたいからです。神保町のほんまるで都心型シェア書店の手応えをつかみ、地方では一般書店とカフェを組み合わせた複合店へ進む。この流れを見ると、M&Aは拡大のための背伸びではなく、書店を残すための実務的な手段です。
本屋の未来を考えるうえで大切なのは、「紙の売上が落ちたから終わり」と決めつけないことです。むしろ問われているのは、本を核にどんな周辺収益と滞在価値を設計できるかです。今村さんの挑戦は、作家の異色経営という話題にとどまらず、地方の文化拠点をどう再構築するかという実験として見る価値があります。
参考資料:
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