イランはなぜホルムズ海峡封鎖に踏み切ったのか
ホルムズ封鎖とモジタバ師体制の衝撃
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対して大規模な軍事攻撃を開始しました。これに対しイランは、世界の原油輸送の約2割が通過するホルムズ海峡の封鎖という「最後のカード」を切りました。1日あたり約120隻が通航していた海峡は、3月6日時点でわずか5隻にまで激減しています。
最高指導者ハメネイ師の死亡、後継者モジタバ師の就任、革命防衛隊の台頭。イランは内部の権力構造が大きく変動する中で、存亡を賭けた戦いに臨んでいます。この危機は中東にとどまらず、エネルギー価格の高騰を通じて日本経済にも直接的な影響を及ぼしています。
米国・イスラエルのイラン攻撃と経緯
攻撃に至るまでの背景
2025年12月、イラン国内では経済危機と通貨リアルの暴落、物価高騰を背景に、1979年のイスラム革命以来最大規模の反体制デモが発生しました。全国100以上の都市に広がったデモに対し、イラン政府は武力で弾圧しました。
この情勢を受けて、トランプ大統領は2026年1月13日にイラン国民に向けて「支援が向かっている」と発言。1月23日には空母エイブラハム・リンカーンを含む艦隊が中東に派遣されたことを発表しました。そして2月28日、米国とイスラエルによる合同軍事攻撃が開始されたのです。
ハメネイ師の死亡と指導者交代
攻撃開始直後の3月1日、イランの国営メディアは最高指導者ハメネイ師の死亡を伝えました。36年間にわたりイスラム共和国の頂点に君臨した人物の突然の退場は、イランの権力構造を根底から揺るがしました。
3月8日、ハメネイ師の次男であるモジタバ・ハメネイ師が新たな最高指導者に選出されました。憲法上の手続きを省略した異例のスピードでの選出であり、革命防衛隊(IRGC)の強力な後押しがあったとされています。
ホルムズ海峡封鎖の実態と戦略的意味
「捨て身」の封鎖戦略
イランの革命防衛隊は攻撃開始直後からホルムズ海峡の通過船舶に対して攻撃を警告し、3月2日には公式に海峡の封鎖を宣言しました。3月5日には、封鎖対象を米国、イスラエルおよび西側同盟国の船舶に限定すると発表しましたが、実態としてはほぼ全面的な封鎖状態にあります。
この封鎖はイランにとっても大きなリスクを伴います。ホルムズ海峡はイラン自身の原油輸出ルートでもあるからです。それでも封鎖に踏み切った背景には、これを「自国の存亡を賭した最後の戦い」と位置づける覚悟があるとされています。
新指導者モジタバ師の強硬姿勢
モジタバ師は3月12日、就任後初の声明を発表し、「ホルムズ海峡閉鎖のレバーは引き続き、確実に利用される必要がある」と述べ、封鎖継続の意思を明確にしました。さらに、米国とイスラエルが攻撃を続けるなら「他の戦線を開く」意思があるとも表明しています。
一方で、モジタバ師の実権については疑問の声も上がっています。Forbes JAPANの報道によれば、「イランの実権を握るのはモジタバ師ではない」との指摘があり、革命防衛隊が「従順な名目上の指導者」を立てて権力固めに動いている構図が見えます。
軍事的な膠着状態
米国は3月13日にイランのカーグ島の軍事拠点を空爆するなど攻撃を継続しています。これに対しイランは3月14日、UAEの石油出荷拠点フジャイラ港にドローン攻撃で報復しました。ブルームバーグは「米国とイラン、戦闘収束の兆しなし」と報じる一方、トランプ大統領は交渉の可能性にも言及しています。米国防総省は対イラン戦争を「最長6週間」と見積もっていますが、ゲリラ的な抵抗により長期化する懸念が強まっています。
日本経済への影響とエネルギー危機
原油・LNG調達への直撃
日本にとってホルムズ海峡の封鎖は深刻な問題です。日本が日々消費する原油の約84%、LNGの約83%がホルムズ海峡を経由しています。封鎖の長期化は、日本のエネルギー安全保障を直接的に脅かします。
ブルームバーグは「日本のインフレ加速の恐れ、原油急騰」と報じています。原油価格は攻撃開始以降10%以上上昇し、ゼロ・カーボン・アナリティクス(ZCA)はブレント原油が130ドル近くまで急騰する可能性を警告しています。
家計・産業への波及
ダイヤモンド・オンラインの報道によれば、資源価格上昇によりガソリン販売の現場では悲鳴が上がり、電気料金の高騰も懸念されています。原油価格が持続的に1バレル120〜130ドルで推移した場合、日本経済はスタグフレーションに陥り、2026年のGDPは想定比で0.6%低下するとの予測もあります。
日本は石油備蓄法に基づき254日分の石油備蓄を保有していますが、戦争の長期化は経済活動への打撃を避けられない状況です。天然ガス市場では「20%ショック」が発生し、貿易赤字の拡大による円安加速も懸念されています。
軍部支配・内戦・クーデターの分岐
内戦かクーデターか
イランの今後については複数のシナリオが考えられます。革命防衛隊がモジタバ師を傀儡として実権を握る「軍部支配」の固定化、国内の反体制勢力による「内戦」の激化、あるいは軍内部の穏健派による「クーデター」の可能性です。
モジタバ師の選出から1週間の時点で、時事通信は「イラン、体制盤石の誇示に腐心」と報じています。体制の引き締めを強化する一方で、内部の亀裂が拡大する可能性は否定できません。
国際社会の対応と日本の立場
トランプ大統領は3月14日、ホルムズ海峡に「多くの国が軍艦を送る」と発言しています。一方で、スペインなど米国の軍事行動に反対する国も現れており、国際社会の足並みは揃っていません。
日本はエネルギー調達の多様化と備蓄の活用という短期的な対応に加え、中長期的にはホルムズ海峡への依存度を下げる戦略が不可欠です。
三重危機が迫る日本のエネルギー転換
イラン情勢は、軍事攻撃、指導者の交代、ホルムズ海峡の封鎖という三重の危機が同時進行する未曽有の事態にあります。イランが「存亡を賭した最後の戦い」として封鎖を継続する限り、世界のエネルギー市場の混乱は続きます。
日本にとっては、原油・LNGの大部分をホルムズ海峡経由で調達しているという脆弱性が改めて露呈しました。短期的には備蓄の活用と代替調達先の確保、長期的にはエネルギー供給源の多角化が急務です。中東情勢の行方は、日本のエネルギー政策と経済の未来を左右する重大な転換点となっています。
参考資料:
関連記事
トランプ氏がイランに48時間最後通牒、ホルムズ海峡の行方
米イラン間の48時間期限の背景と停戦交渉・ホルムズ海峡問題の最新動向
トランプ氏イラン撤退示唆の背景と今後の行方
米イラン軍事作戦の出口戦略と和平交渉・原油市場への影響
イラン停戦案拒否の背景と5条件の狙いを解説
イランが米国の15項目停戦案を拒否し、ホルムズ海峡の主権行使など5条件を逆提案。その背景と国際社会への影響、今後の交渉の行方を詳しく解説します。
トランプ氏がイランに48時間最後通牒、ホルムズ海峡危機の行方
トランプ大統領がイランに対しホルムズ海峡の48時間以内の開放を要求し、発電所攻撃を警告。米イラン対立の経緯と原油価格・日本経済への影響、今後の見通しを詳しく解説します。
米国がイラン・ハールク島を攻撃 原油輸出9割の要衝
米国がイランの原油輸出の9割を担うハールク島(カーグ島)の軍事拠点を空爆しました。原油価格の急騰や世界経済への影響、ホルムズ海峡封鎖の行方について詳しく解説します。
最新ニュース
EV失速論を覆す低価格車競争、世界再編で問われる日本勢の勝機
IEAは2025年の世界EV販売が2000万台を超え、4台に1台が電動車だったと報告しました。米国の税額控除終了だけで「失速」と見るのは危うい状況です。中国、欧州、東南アジアで進む低価格EV競争と、電池コストや現地生産の差、ハイブリッドで稼ぐ日本勢が急ぐべき開発・調達戦略と収益力への影響を読み解く。
秋田巨大AIデータセンター構想、再エネとUAE資金の地方現実解
秋田市のAIデータセンター構想は、300〜500MW級の電力需要と50ヘクタール用地を前提に、UAE系資金や国内投融資を呼び込む地域産業戦略です。再エネ工業団地、GPU液冷化、国の地方分散政策を重ね、建設費2兆円規模とされる大型計画が秋田の風力資源を競争力へ変え、地域雇用と新産業を生む条件を読み解く。
消費税減税「実質ゼロ」案の財源と家計・外食・地方財政影響を総点検
飲食料品の消費税を1%に下げ、1%分を所得連動給付で補う「実質ゼロ」案が動き出した。年5兆円級の財源、地方税収1.6兆円減、家計への年8.8万円軽減、外食・テイクアウトの税率差、レジ改修、給付付き税額控除の実務まで、物価高対策としての限界と自治体予算や中小店に残す負担を含め、制度設計の成否を読み解く。
CSRD域外基準案、日本企業に迫る開示統治とサプライチェーン改革
EUのCSRD域外基準案ESRS-40aは、日本企業を含む約1200社に2029年からサステナビリティ報告を迫る。適用条件、影響重視の開示、SSBJとの重複、ISSB報告の参照可能性、取締役会が備えるべき統制課題を詳しく整理。保証、子会社免除、法務部門とサプライチェーンデータまで実務リスクを読み解く。
中国製ルーターのバックドア疑惑、世界10万台に広がる供給網リスク
VulnCheckが中国Zbtlink製ルーターの遠隔操作機能を指摘し、同社は対象機種の販売とファームウェア配布を停止した。20機種超、世界10万台規模とされる疑惑は、家庭用機器の問題にとどまらず、米中安保、OEM供給網、企業調達を揺さぶる。日本企業が今すぐ点検すべき検知と防衛の具体策まで読み解く。