淡水化RO膜の世界競争、日本勢が中国勢に抗う現地化と再生戦略
水不足が押し上げるRO膜の戦略価値
海水淡水化に使う逆浸透膜、いわゆるRO膜は、水インフラの部品であると同時に、産業立地を左右する戦略材料になっています。UNICEFは、世界で約40億人が少なくとも年1カ月は深刻な水不足に直面すると説明しています。人口増加、都市化、干ばつ、工業用水の増加が重なれば、沿岸部の淡水化と内陸部の廃水再利用は避けにくい選択肢になります。
欧州委員会の整理では、2024年時点で世界には2万2000超の稼働中淡水化プラントがあり、総処理能力は日量約1億3500万立方メートルです。IEAも、膜法、とくにROを中心とする淡水化が世界の導入容量の8割超を占めるとみています。つまりRO膜の競争は、単なる素材メーカーの販売競争ではありません。水、電力、化学、半導体、都市インフラをまたぐ供給網の競争です。
日本勢が築いた高性能膜の供給網
RO膜は、目に見えにくい部材でありながら、淡水化プラントの水質、電力消費、薬品洗浄頻度、停止リスクを左右します。高圧で海水を膜に通すため、塩分をどこまで除けるかだけでは足りません。目詰まりに強いこと、洗浄薬品で劣化しにくいこと、現場の原水変動に合わせて運転条件を詰められることが、長期契約では価格差以上に効きます。
JICAの調査報告が引用するDesalination Market 2016のデータでは、2010年以降のRO膜市場で東レが28.3%、日東電工系Hydranauticsが20.1%、東洋紡が7.6%を占め、3社合計で世界シェア56%でした。足元の正確なシェアは各社が同じ基準で開示しているわけではないため、過去データを現在値のように扱うのは危険です。それでも、日本勢が大型淡水化向けRO膜で厚い実績を持つ構図は、この数字がよく示しています。
東レの現地化を支える研究開発網
東レは1968年にスパイラル型RO膜・NF膜エレメントの製造を始めました。現在は海水淡水化だけでなく、超純水、廃水再利用、食品濃縮などに用途を広げています。同社の強みは膜そのものの性能だけではなく、原水の性状を分析し、前処理、膜配列、洗浄条件、交換時期まで設計する技術サービスにあります。
中国市場への対応もこの延長線上にあります。東レの2024年CDP回答では、水処理事業について「地産地消を原則とするグローバル生産販売体制」を掲げ、中国・佛山市のグループ会社設立によって生産コスト削減と納期短縮を進めたと説明しています。さらに、現地の水事情に詳しい販売チャネルやローカルサプライチェーンの構築にも触れています。これは安値対抗ではなく、現場対応を速くするための現地化です。
同社の統合報告書でも、RO膜を含む水処理製品を100カ国超で提供し、世界5拠点の生産体制と販売・技術サービス網を整えているとしています。淡水化プラントは一度採用されると交換需要が長く続きます。初期価格だけでなく、数年単位の運転安定性で評価されるため、現地の試験、トラブル対応、交換提案まで含めた体制が参入障壁になります。
日東系と東洋紡が担う用途別の強み
日東電工系のHydranauticsは、1970年にRO膜分野へ入り、1987年に日東電工の傘下に入りました。同社は米カリフォルニア州Oceansideと滋賀に製造拠点を持ち、海水淡水化、工業用高純水、廃水処理など幅広い用途を掲げています。SWCシリーズでは、塩分除去、低ファウリング、低エネルギー運転を用途別に打ち出しており、大型プラントだけでなく産業水処理にも強みを持ちます。
東洋紡は、スパイラル型とは異なる中空糸型RO膜「HOLLOSEP」で知られます。同社は中東・湾岸諸国の高温・高塩分という厳しい条件で実績を積み、30年以上の使用実績を示しています。2021年の発表では、東洋紡グループ製の中空糸RO膜が日量約160万トンの淡水を生産し、約640万人分の水使用量に相当すると説明しました。
この3社の事業は似ているようで、実際には得意領域が違います。東レは幅広い膜製品とソリューション、Hydranauticsは海水・産業用の多様な膜設計、東洋紡は中空糸型の耐久性と高回収率で差別化してきました。大型淡水化の案件では、膜性能だけでなく、高圧ポンプ、エネルギー回収装置、前処理、運転保守まで含めたチーム戦になります。日本勢が守るべきものは「膜単体のシェア」ではなく、長期稼働の信頼を束ねた供給網です。
中国勢の追撃を支える政策と標準化
中国勢の追い上げを、単に安価な膜の登場と見ると読み誤ります。中国の競争力は、国内需要、政策目標、標準化、人材、プラント実績が同時に動く点にあります。RO膜は大量生産でコストを下げやすい一方、実際のプラントで安定運転した実績がないと、大型案件には入りにくい部材です。中国はその実績を国内市場で作り、海外案件に持ち出す段階に入っています。
海水淡化を産業政策に組み込む中国
中国国家発展改革委員会と自然資源部が公表した「海水淡化利用発展行動計画」は、2025年までに全国の海水淡化総規模を日量290万トン以上にする目標を掲げました。新規能力は日量125万トン以上、沿海都市で105万トン以上、島しょ部で20万トン以上としています。計画は、沿海部の生活補助水源、工業園区、高耗水産業、島しょ、船舶まで用途を広げる内容です。
重要なのは、同計画が反浸透膜モジュール、高圧ポンプ、エネルギー回収装置を「重点突破」の対象にしている点です。膜だけを国産化するのではなく、装置、薬剤、標準化運用、試験評価を含む産業クラスターを育てる狙いが明確です。さらに、4〜6都市の淡水化モデル都市、10万〜30万トン級の示範工程、5〜10カ所の工業園区モデルを掲げています。これはメーカーにとって、国内で運転データを蓄積する場になります。
実際、中国国内では大型工業用淡水化の案件が増えています。SUEZは2025年、山東省の万華化学・蓬莱工業園向け淡水化プラントについて、第1期で日量10万立方メートルの淡水を生産し、年間3600万立方メートル超の淡水資源を節約すると発表しました。発表では、RO膜を使う低炭素・省エネ型プロセスと高度自動化も強調されています。国内の化学、電力、半導体向け需要が厚くなれば、中国メーカーは価格だけでなく、現場での改善速度でも競争力を持ちます。
調達条件を変える国産標準の整備
もう一つの焦点は標準化です。中国の国家標準情報公共サービス平台では、GB/T 32373-2025「反渗透膜测试方法」が2025年8月29日に発行され、2026年3月1日に実施されたと示されています。起草機関の筆頭には、中国RO膜大手の沃顿科技が入っています。標準そのものは試験方法ですが、試験方法が国内の調達仕様や認証慣行に反映されれば、国内メーカーにとって有利な土俵が整いやすくなります。
また、中国の海水淡化計画は、国家、地方、業界、団体標準の整備だけでなく、国際標準化活動への参加と国際標準の制定にも触れています。国際市場では、製品の性能値だけでなく、どの試験条件で測った性能なのか、回収膜や再利用膜をどう等級化するのかが重要になります。ISO 20466:2024は、使用済みRO膜を回収して水再利用システムで使う際の性能等級に関する標準です。膜の寿命後ビジネスが広がるほど、標準を押さえる意味は大きくなります。
この流れは日本企業だけを狙ったものではありません。DuPontも2025年、浙江省のRO膜製造拠点取得を通じ、FilmTecの生産を中国とアジア太平洋へ広げる方針を示しました。世界大手も中国市場に近づいています。日本勢にとって中国勢は低価格の競合であると同時に、標準、調達、供給網を変える市場形成者でもあります。
再生膜と用途転換が開く防衛線
日本勢の防衛線は、大型海水淡水化だけではありません。水不足が深刻化するほど、内陸の廃水再利用、工業用水の循環、半導体向け超純水、PFAS対策、リチウム回収など、膜を使う場面は増えます。東レは2024年の報告で、廃水再利用用途が年10%で成長しているとし、UFとRO、MBRとROを組み合わせた提案を進めると説明しています。
新製品の方向も、海水から淡水を作るだけではありません。東レはTLF-400ULDについて、工業廃水再利用や下水処理向けに、洗浄時の耐薬品性を2倍にし、エネルギー消費を約10%抑えると発表しています。汚れやすい原水を安定して処理できれば、膜交換費、薬品費、停止時間を減らせます。中国勢との価格差が縮まる局面では、この総運用費の削減が競争軸になります。
東洋紡のFO膜を使った濃縮海水活用も、同じ発想です。RO法では淡水を取り出した後に高濃度の濃縮海水が残ります。東洋紡はSWPC、AJMCと共同で、FO膜を使って濃縮海水を有効利用し、排出量や薬品コストを下げる水処理システムを開発しました。既存プラントに追加しやすい設計であれば、膜メーカーは新設案件だけでなく、更新・改造需要を取り込めます。
ただし、再生膜や用途転換は万能ではありません。回収膜は品質のばらつき、責任範囲、保証期間、用途制限をどう整理するかが課題です。安い膜を短く使い捨てる運用と、高性能膜を長く使い、再生して二次用途へ回す運用では、設備設計も契約も違います。だからこそ、性能等級、試験条件、寿命評価をめぐる標準化が次の競争領域になります。
経営者が注視すべき水インフラの調達力
RO膜をめぐる競争は、日本の製造業に二つの示唆を与えます。第一に、世界シェアが高い部材でも、需要地が巨大化すると調達条件は変わります。中国市場では、現地生産、短納期、現地語での技術サービス、国内標準への適合が競争条件になります。東レが現地化を進めるのは、価格を下げるためだけではなく、調達側の時間軸に合わせるためです。
第二に、素材の競争力は、プラント全体の運用データと結びついたときに長く残ります。膜の塩除去率や透水量は入口にすぎません。原水分析、前処理、エネルギー回収、洗浄、交換、再生、廃棄まで提案できる企業ほど、顧客の水リスクを下げられます。日本勢が守るべき優位は、単品性能ではなく、現場を止めない設計力です。
水不足は地政学リスクであり、産業政策であり、都市運営の課題でもあります。中国勢の追撃は避けられませんが、日本企業が現地化、用途転換、再生膜、標準化対応を組み合わせれば、競争軸を価格から運用価値へ戻せます。投資家や企業経営者は、膜メーカーの売上規模だけでなく、どの地域で実証データを持ち、どの用途で交換需要を取れるかを見ていく必要があります。
参考資料:
- Water scarcity | UNICEF
- Wired for water: How electrification is transforming desalination | IEA
- Desalination | EU Blue Economy Observatory
- JICA report: The Survey on the Water Business Market
- Toray RO | Toray Membrane
- Global Environment Research Laboratories | Toray
- Toray Report 2024
- CDP2024年質問書 | 東レ
- Hydranautics Company Overview
- SWC Sea Water Composite | Hydranautics
- Water Resources | Toyobo
- Environmentally friendly water treatment system equipped with an FO membrane | Toyobo
- 海水淡化利用発展行動計画 | 国家発展改革委員会
- GB/T 32373-2025 反渗透膜测试方法 | 国家标准信息公共服务平台
- ISO 20466:2024 | ISO
- DuPont to expand FilmTec manufacturing into China
- SUEZ commissions China’s largest industrial seawater desalination plant
- Toray launches reverse osmosis membrane that uses 10 percent less energy | Water Online
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