非公開株売買が海外市場へ、スタートアップ成長資金の新局面を拓く
海外市場接続が映す非公開株改革の転機
日本のスタートアップの非公開株が、海外の専門的なセカンダリー市場と結びつく局面に入りました。これは、米国の上場株市場で日本企業の株式がそのまま売買されるという話ではありません。実務上は、国内の金融商品取引業者が非上場株式の売買を仲介し、Nasdaq Private Marketなどの専門市場にいる適格な投資家へ接続する仕組みです。
焦点は、創業者、従業員、ベンチャーキャピタルが保有する株式を、IPOやM&Aを待たずに一部換金できる道が広がるかどうかです。日本では、資金回収の出口が上場に偏り、まだ十分に大きくなる前にIPOへ向かう「小粒上場」が長く課題とされてきました。非公開のまま成長資金と流動性を得られるなら、経営者は短期の上場準備よりも、研究開発、人材採用、海外展開に時間を使いやすくなります。
もっとも、非公開株の市場化は単なる金融商品の拡充ではありません。未上場企業の情報開示、株主構成の管理、価格の妥当性、インサイダー情報の統制が問われます。成長資金の選択肢が増える一方で、経営とガバナンスの成熟度も試される転機です。
HiJoJo登録完了とNPM提携の実務的意味
HiJoJo Partnersは2026年8月、第一種金融商品取引業のうち「非上場有価証券特例仲介等業務」の登録を完了したと公表しました。同社は、正式な営業開始について、日本証券業協会など関係自主規制団体への加入を含め、自社の事業年度内を目指すと説明しています。これにより、同社が従来のファンド組成・販売に加え、非上場株式の売買仲介へ踏み出す制度的な前提が整いました。
同社は2024年にNasdaq Private Marketへの出資と資本業務提携を発表し、2026年1月にも追加出資を公表しています。Nasdaq側の発表では、HiJoJoはNPMに加わる日本・アジア拠点の金融機関として位置づけられ、日本の適格投資家へのSecondMarketプラットフォームの展開や、日本・アジア太平洋地域での私募市場アクセス拡大が提携の狙いとされました。
非上場有価証券特例仲介という入口
金融庁の登録手続ガイドブックは、非上場有価証券特例仲介等業務について、スタートアップなどが発行する非上場有価証券の仲介業務への新規参入を促し、流通を活性化する制度と説明しています。対象は主にプロ投資家向けであり、一般投資家への買付け勧誘を広く認める制度ではありません。
この点は重要です。非公開株は、上場株のように日々の開示、売買板、監査済みの定期報告が整っているとは限りません。投資家保護の観点から、参加者を特定投資家や適格な投資家に絞り、仲介業者の登録要件を緩和しながらも、取引管理や説明義務の枠組みを置く設計になっています。
HiJoJoの株主には、みずほ証券、三菱UFJイノベーション・パートナーズ、SMBCベンチャーキャピタル、SBIグループ、マネックスグループなどの金融機関系プレーヤーが並びます。2026年2月のシリーズB1ラウンドでは約10億円を調達し、創業来の累計調達額は約28億円に達したと発表しました。資本政策上は、独立系の新興金融事業者でありながら、大手金融機関の信用補完とネットワークを取り込む構図です。
ナスダック本体とは異なるNPMの位置づけ
Nasdaq Private Marketは、Nasdaqの中で2013年に設立され、その後は独立企業として運営されています。上場株を扱うNasdaq Stock Marketそのものではなく、非公開企業、従業員株主、機関投資家に流動性ソリューションを提供する専門プラットフォームです。この違いを曖昧にすると、一般投資家が「ナスダックに上場する株と同じように売買できる」と誤解しかねません。
NPMは会社承認を前提に、私募株式のブロック取引、会社主導のテンダーオファー、移転・決済、価格データなどを提供しています。2024年のNasdaq発表では、NPMは設立以来、760件の会社主導流動性プログラムやブロック取引で500億ドル超の取引価値を執行したと説明されました。2026年のNPM資料では、2025年の会社主導セカンダリー取引が大きく伸び、NPM上の取引量が約150億ドルに達したとも示されています。
日本企業にとっての実務的な意味は、単に海外の買い手を見つけることではありません。海外投資家が納得できるデータルーム、資本政策、譲渡制限の整理、取締役会承認のプロセスを用意できるかが問われます。NPMのような市場に接続するほど、非公開企業であっても上場企業に近い説明責任を求められます。
小粒上場を減らす流動性と統治の設計
日本のスタートアップ政策では、2027年度にスタートアップ投資額を10兆円規模にする目標が掲げられてきました。一方で、国内の非上場株式市場はまだ薄く、投資家が途中で持ち分を売る手段は限られます。日本証券業協会と金融庁の議論でも、非上場段階で市場仲介者がIPO資金調達と同等程度の役割を果たすことを目指し、2027年度までに1,800億円というKGIが示されています。
この数字が示すのは、非上場市場を上場市場の代替物にするというより、企業の成長段階に合わせて出口を複線化する必要性です。IPOは引き続き重要ですが、株式市場の地合い、監査対応、四半期開示、株価変動への説明責任を一気に背負います。研究開発型やディープテックの企業には、上場後すぐの利益成長より、長い投資期間が必要な場合もあります。
創業者とVCの換金圧力の分散
スタートアップの創業者や従業員にとって、保有株式は報酬であり、リスクを取った対価でもあります。しかし非公開株が売れない状態では、住宅購入、税負担、生活資金、次の起業資金に使いにくくなります。VCにとっても、ファンド期限が近づけば投資先の成長余地が残っていても、何らかの資金回収を迫られます。
セカンダリー市場が機能すれば、保有株の一部売却によって、創業者や初期投資家の換金圧力を和らげられます。これは経営者が会社を手放すという意味ではありません。むしろ、少額の流動性を認めることで、主要株主が中長期で関与し続ける設計が可能になります。
海外では、会社主導のテンダーオファーが人材維持策として使われる例も増えています。NPMの2026年資料では、2025年にNPMが扱ったテンダープログラムの約半数がシリーズAからCの企業だったとされます。株式報酬を受け取った従業員が、上場を待たずに一部を現金化できれば、採用競争における非上場企業の弱点を補えます。
海外機関投資家が求める情報規律
ただし、海外機関投資家は「日本の有望企業」というだけでは買いません。事業計画、KPI、ARR、粗利率、顧客継続率、知財、訴訟リスク、優先株の権利、清算優先順位、既存株主の同意権などを精査します。非公開企業は情報を守りたい一方、買い手は情報がなければ価格を出せません。
ここでコーポレートガバナンスの質が差になります。取締役会が誰にどの情報を開示し、どの条件で譲渡を承認し、既存株主の権利をどう調整するかを事前に決めていなければ、取引は成立しません。価格形成も、直近ラウンドの評価額をそのまま使うだけでは不十分です。優先株と普通株の権利差、譲渡制限、流動性ディスカウントを織り込む必要があります。
Jefferiesによれば、世界のセカンダリー市場の取引量は2025年に2,400億ドルに達し、前年比48%増でした。専用のセカンダリー資本も2025年に3,270億ドルへ増え、伝統的なLP資金やレバレッジを含めた買付余力は約4,770億ドルとされます。世界では流動性への需要と資金がともに膨らんでいますが、日本企業がその資金に選ばれるには、統治と情報開示の標準を引き上げる必要があります。
投資家保護と価格形成に残る制度上の関門
非公開株取引が広がるほど、最初に問われるのは投資家保護です。上場株と違い、非公開株は売りたい時に売れるとは限らず、価格も連続的に形成されません。会社の承認が必要な場合が多く、買い手がいても譲渡制限、先買権、共同売却権、優先株の条項によって取引が止まることがあります。
日本証券業協会は2022年にJ-Shipsを始め、特定投資家を対象とした国内外の非上場株式や投資信託の私募・売付け勧誘制度を整備しました。2023年には特定投資家向け有価証券のPTS取引に関する規定、2024年には登録PTS制度に関する規則改正も行われています。制度は段階的に整ってきましたが、実際の案件を積み上げるには、仲介業者、発行会社、投資家の実務能力がまだ必要です。
価格形成にも課題があります。非公開株の価値は、最終ラウンドの評価額、同業上場企業の倍率、将来キャッシュフロー、セカンダリーでの実需によって大きく変わります。海外のセカンダリー市場では、NAVに対するディスカウント、資金拘束期間、情報の非対称性が価格に反映されます。NPMやVenturebeamのようなプラットフォームが、入札や価格データを通じて透明性を高めようとしているのはこのためです。
一方、発行会社にとっては株主名簿の管理が重くなります。短期売買を狙う投資家が入ると、経営陣と株主の時間軸がずれる恐れがあります。競合企業や敵対的な買い手に情報が流れるリスクもあります。したがって、非公開株の流動性は「いつでも誰でも売買できる自由市場」ではなく、会社承認と投資家適格性を組み合わせた管理市場として設計されるべきです。
ガバナンス上は、取締役会が流動性プログラムの目的を明確にする必要があります。従業員報酬の換金支援なのか、初期VCの一部退出なのか、新規海外投資家の株主化なのかで、承認すべき条件は変わります。未上場のまま成長するには、上場を遅らせるだけでなく、未上場企業としての説明責任を高めることが不可欠です。
経営者と投資家が確認すべき実行条件
今回の動きは、日本のスタートアップにとって出口戦略の選択肢を増やす可能性があります。ただし、海外市場との接続は魔法の流動性ではありません。買い手は厳しく、価格は事業の実力と情報の質に左右されます。非公開株を売れる市場があることと、納得できる価格で売れることは別です。
経営者がまず確認すべきは、定款や株主間契約の譲渡制限、優先株の権利、取締役会承認の基準です。次に、海外投資家に出せる財務・事業データの範囲、情報漏えい防止、既存株主との公平性を整理する必要があります。投資家側は、プラットフォーム名や有名企業名よりも、対象株式の種類、手数料、換金可能性、発行会社の承認条件を確認すべきです。
非公開株市場の発展は、早すぎるIPOを減らし、日本企業が未上場のまま世界水準へ成長する土台になり得ます。その成否を決めるのは、制度の新しさではなく、発行会社の統治、仲介業者の審査、投資家の規律です。市場が育つほど、非上場企業にも「見えない上場企業」としての経営品質が求められます。
参考資料:
- 第一種金融商品取引業(非上場有価証券特例仲介等業務)登録に関するお知らせ
- Nasdaq Private Market社との資本業務提携について
- Nasdaq Private Market Adds HiJoJo Partners to Consortium of Investors
- HiJoJo Partners、シリーズB1ラウンドで約10億円の資金調達を完了
- Nasdaq Private Market Investment Platform
- Nasdaq Private Market Secondary Scene 2026 Outlook
- Venturebeam Secondaries
- 日本証券業協会 制度の概要(投資家向け)
- 金融庁 金融商品取引法施行令の一部を改正する政令案のパブリックコメント結果等
- 金融庁 投資運用業等 登録手続ガイドブック
- 金融庁 非上場有価証券の仲介業務に係る参入要件の緩和
- 日本証券業協会 スタートアップ企業等への成長資金供給等に関する懇談会参考資料
- 内閣官房 スタートアップ育成5か年計画
- 日本取引所グループ グロース市場の機能発揮に向けた対応
- Jefferies 2025 Global Secondary Market Review
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