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日本車EVを揺さぶるEU域内生産優遇策と欧州販売戦略の重大岐路

by 中村 壮志
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EU域内生産優遇が日本車に迫る背景

欧州のEV政策は、単なる脱炭素策から産業保護策へ重心を移しています。欧州委員会が2026年3月に提示した産業加速法案は、公共調達や補助金に「Made in EU」要件を組み込み、域内で作られた低炭素製品の需要を政策的に作る構想です。

焦点は中国製EVへの対抗だけではありません。EUの補助や企業フリート需要に依存する販売モデルでは、欧州外で完成車や主要部品を作る日本メーカーも不利になります。これは「輸入車が売れなくなる」という単純な話ではなく、公的資金、税制、法人需要を通じて市場の入口が狭くなる問題です。

産業加速法案が変えるEV販売条件

補助金と公共調達に入る原産要件

産業加速法案の核心は、欧州の市場規模を使って域内生産を呼び戻す点にあります。欧州委員会は、2024年時点でEU製造業のGDP比率が14.3%にとどまるとして、2035年までに20%へ戻す目標を掲げました。対象は鉄鋼、セメント、アルミ、自動車、電池、太陽光、風力、ヒートポンプなどです。

自動車では、公共調達や公的支援を受けるEV、ハイブリッド、燃料電池車について、域内原産の部品比率や電池部材の要件が議論されています。IEAの整理では、小型EVの優遇や企業フリート支援の対象になるには、最終組立をEU内で行い、電池を除く部品価額の少なくとも70%をEU原産とする案が示されています。電池についても、セルを含む主要部材をEU原産にする方向です。

ここで重要なのは、関税よりも補助・税制の影響が大きいことです。EVはまだ価格差が購入判断を左右しやすく、法人リースや社用車制度では税優遇の有無が導入台数を左右します。対象外になれば、車両そのものは販売できても、競争条件は大きく悪化します。

EUはすでに2024年、中国製BEVに対して7.8〜35.3%の相殺関税を導入しました。それでも中国勢は価格競争力を保ち、欧州各国で存在感を高めています。関税だけでは不十分だとみたEUが、次に公的需要と補助金を使い始めた構図です。

企業フリートが左右する需要規模

日本メーカーにとって特に重いのは、企業フリート市場です。環境団体T&Eは、EUの新車登録の約59%が法人フリートだとしています。社用車、リース、レンタカー、大企業の営業車は、数年後に中古市場へ流れるため、EV普及の起点にもなります。

EUのクリーン車両指令では、2026年以降、公共調達で求められる小型車の「クリーン車両」はゼロエミッション車に絞られます。そこへ産業加速法案の域内生産要件が重なると、政府・自治体・公的機関だけでなく、税優遇を受ける企業フリートにも欧州製EVが入りやすくなります。

この仕組みは、見かけより強力です。個人向け販売ではブランド力や販売店網が効きますが、法人市場では総保有コスト、残価、補助金、税控除、納期が優先されます。欧州製と認められるかどうかが、入札条件やリース料に直接反映される可能性があります。

つまり日本車のリスクは、ショールームから締め出されることではありません。大量販売を支える法人・公的需要で候補から外れ、販売台数、残価、ディーラー投資の循環が弱まることです。これは数年かけて効く、静かな市場アクセス制限です。

日本勢の欧州生産網とEV供給の弱点

トヨタと日産の現地生産の厚み

日本勢の中で最も現地化の余地が大きいのはトヨタです。トヨタ欧州によると、欧州で販売するトヨタ車の7割は欧州の生産拠点で作られています。英国、フランス、チェコ、ポーランド、ポルトガル、トルコに製造拠点を持ち、ハイブリッド車やエンジン、変速機の生産網もあります。

ただし、EVの域内要件では「既存の欧州生産」がそのまま強みになるとは限りません。トヨタは2026年に欧州でToyotaとLexusのBEVラインアップを12車種へ広げる方針を示していますが、完成車の最終組立、電池セル、正極材、電池管理システムなどがどこで作られるかが問われます。

チェコ工場へのEV投資はその意味で重要です。AP通信によれば、トヨタはチェコ・コリン工場に6億8000万ユーロを投じ、新たなBEV生産ラインを設ける計画です。これは同社にとって欧州初のBEV生産拠点になる見通しで、EU域内生産要件への実務的な回答になります。

日産は別の複雑さを抱えます。英サンダーランド工場では、新型LEAFの生産が始まり、EV36Zero構想のもとでEV生産、電池、再生可能エネルギーを組み合わせる計画が進んでいます。新型LEAF関連の投資は4億5000万ポンドとされ、次の電動JUKEも同工場で作る予定です。

しかし英国はEU域外です。EUが英国を「欧州の一部」とみなすか、「域外」とみなすかで、日産のサンダーランド戦略の価値は大きく変わります。英国はEUと通商協定を持ちますが、産業加速法案の最終条文や相互主義の扱い次第では、英国製EVがEU製と同じ扱いを受ける保証はありません。

ホンダとマツダに残る輸入依存

ホンダの状況はさらに厳しいです。ホンダの欧州環境報告書によれば、同社は2021年7月に英国、同年9月にトルコで四輪車の欧州域内生産を終えました。現在の欧州事業は販売、物流、研究開発、二輪・パワープロダクツなどが中心で、四輪の量産拠点は事実上ありません。

ホンダは欧州向けにe:Ny1を投入し、EVラインアップを広げました。ただ、欧州での量産基盤を持たないままでは、補助や法人需要で域内生産要件が強まる局面に弱くなります。ブランドや品質への信頼だけでは、税制優遇の差を埋めにくいからです。

マツダも同様に、欧州での販売・研究開発・物流機能はありますが、主要施設一覧に欧州の完成車生産拠点は見当たりません。欧州では長安汽車と共同開発したMazda6eが販売を伸ばし、同社資料では月間2000台規模の販売に触れています。電動化商品の投入は進んでいますが、現地生産という観点では脆弱です。

マツダのような規模のメーカーにとって、自前でEU内にEV工場と電池調達網を整えるのは負担が大きいです。現実的には、提携先との共同生産、欧州メーカーとの委託生産、既存工場を持つパートナーとのアライアンスが選択肢になります。規制対応は単独企業の技術問題ではなく、資本力と外交力を伴うサプライチェーン再設計になります。

日本メーカー全体に共通する弱点は、ハイブリッドで培った欧州での信頼が、BEV時代の原産地ルールでは十分な防御にならないことです。燃費や信頼性で勝てても、補助金の対象外、法人調達の対象外、低炭素調達の対象外になれば、市場での見え方が変わります。

EUと日本の通商関係が残す交渉余地

産業加速法案は、EUだけで閉じた制度ではありません。欧州委員会は、自由貿易協定や関税同盟、WTO政府調達協定の相手国について、一定条件のもとで原産性を同等扱いする余地を示しています。日本はEUとの経済連携協定を持ち、通商上は「信頼できるパートナー」と位置づけられます。

ただし、ここには二つの落とし穴があります。第一に、部品の原産性が同等扱いされても、完成車の最終組立要件が残る可能性です。日本製部品がEU原産相当と認められても、日本で組み立てたEVが補助対象になるとは限りません。

第二に、相互主義の政治判断です。EU内では、域内雇用を最優先する国と、英国、日本、韓国、カナダなどを広く含めたい国で温度差があります。経済安全保障の文脈では中国依存を下げたい一方、同盟国や友好国まで遠ざければ供給網の柔軟性を失います。

日本政府と自動車業界が狙うべきは、完成車輸出の全面擁護ではなく、電池材料、パワー半導体、モーター、熱管理部品、ソフトウェアなどを含む「日欧サプライチェーン」の同等性を制度に埋め込むことです。地政学的には、EUにとって日本は中国依存を下げるための代替供給源にもなります。

同時に、日本側も従来型の自由貿易論だけでは説得力が弱いです。EUが求めるのは安い輸入品ではなく、雇用、技術移転、脱炭素、供給途絶時の耐性です。日本メーカーが欧州に投資し、電池・部材・リサイクルまで含めた地域価値を示せるかが交渉材料になります。

日本メーカーが取るべき欧州戦略

日本車の欧州EV戦略は、販売台数の拡大より先に「欧州製と認められる設計」へ切り替える必要があります。トヨタはチェコ投資を軸に、EU内でのBEV生産と電池調達を深めることが急務です。日産は英国製EVがEU市場で不利にならないよう、英EU交渉と並行して部品のEU調達比率を高める必要があります。

ホンダとマツダは、欧州生産を単独で持つかどうかの二択ではなく、委託生産や共同調達を含む軽い現地化を検討すべき局面です。特に法人フリート向けの小型・中型EVは、価格、補助、納期が勝敗を決めます。ここで補助対象外になれば、ブランド再構築に時間がかかります。

EUの動きは保護主義ですが、同時に経済安全保障の政策でもあります。日本メーカーに求められるのは、EU批判ではなく、欧州の雇用と供給網に自社がどう貢献するかを示すことです。EV時代の競争軸は、性能や価格だけでなく、どこで作り、誰の産業基盤を支える車なのかへ広がっています。

参考資料:

中
中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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