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川崎重工が四足歩行のAI造船ロボット開発へ、溶接工不足に挑む

by 田中 健司
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はじめに

日本の造船業界が深刻な人手不足に直面するなか、川崎重工業がAI(人工知能)を活用した四足歩行型の造船ロボットの開発に乗り出すことが明らかになりました。このロボットは造船所内の段差や階段といった障害物を自律的に回避しながら作業現場まで移動し、数十メートル四方に及ぶ大型構造物の溶接作業を行います。

2028年の実用化を目指しており、溶接工程の生産性を従来の2倍に引き上げることが目標とされています。造船業界では就業者の減少と高齢化が同時に進行しており、特に溶接技術者の不足が建造能力の大きな制約となっています。政府が官民で1兆円規模の投資を掲げる「造船業再生ロードマップ」を策定するなど、産業全体の構造転換が急務となるなかでの動きです。

本記事では、川崎重工が開発を進めるAI造船ロボットの技術的な特徴や、日本の造船業界が直面する人材不足の実態、そして政府主導の再生戦略について詳しく解説します。

川崎重工が開発するAI造船ロボットの全貌

四足歩行が実現する造船所内の自律移動

川崎重工が開発を進めるAI造船ロボットの最大の特徴は、四足歩行による自律移動が可能な点です。造船所という作業環境は、一般的な工場とは大きく異なります。建造中の船体内部には段差や傾斜、階段が数多く存在し、溶接対象の場所まで到達すること自体が容易ではありません。

従来の産業用溶接ロボットは固定設置型が主流であり、レールやクレーンで移動させる方式が一般的でした。しかし、造船の現場では船体の構造が複雑かつ大規模であるため、こうした従来型ロボットでは対応が困難な場所が多く残されていました。四足歩行型のロボットであれば、不整地や障害物を乗り越えながら、必要な場所に自ら到達できます。

川崎重工はこれまでにも四足歩行ロボットの開発実績があります。2025年の大阪・関西万博では、水素エンジンを搭載した四足歩行型モビリティ「CORLEO」を公開しました。CORLEOはAIによるリアルタイムの重心検知と姿勢制御技術を備え、ライダーの体重移動を感知して直感的な操縦を可能にするロボットです。こうした四足歩行技術の蓄積が、造船ロボットの開発にも活かされるとみられます。

AIが担う溶接作業の自動化と品質管理

もう一つの核心技術が、AIによる溶接作業の自律制御です。ロボットに搭載されたカメラやセンサーが溶接対象箇所の状況をリアルタイムで把握し、AIが最適な溶接条件を判断して作業を実行します。

造船における溶接は、鉄板の厚さや継手の形状、姿勢(下向き・横向き・上向き)によって溶接条件が大きく変わります。熟練の溶接技術者はこれらの変数を経験と感覚で瞬時に判断しますが、AIロボットはセンサーデータに基づく定量的な判断でこれを代替しようとするものです。

近年の造船向け溶接技術では、AIビジョンによる認識と判断を中核としたソリューションが注目を集めています。ロボットは単なる動作装置ではなく、溶接工程を判断・補正する「知能化ツール」へと進化しつつあります。溶接品質のばらつきを抑え、一定水準以上の品質を安定的に確保できる点は、人手不足の現場において大きな利点となります。

深刻化する日本の造船業界の人材不足

就業者数の減少と高齢化の加速

川崎重工がAI造船ロボットの開発に踏み切る背景には、日本の造船業界が直面する深刻な人材不足があります。造船・舶用工業の就業者数は2013年の約18万5千人から2022年には約15万人にまで減少しました。2022年9月時点で約9,500名の生産人材が不足しているとの調査結果もあり、業界全体で1万人を超える人手不足が浮き彫りになっています。

この背景には、熟練技術者の高齢化と若年層の造船業離れという二重の問題があります。長年にわたって現場を支えてきたベテラン世代が引退期を迎える一方で、若い世代の参入は減少の一途をたどっています。技術の継承が途絶えるリスクは、単に人数の問題にとどまりません。溶接や配管といった現場で積み重ねた経験が失われれば、「図面はあっても形にできない」状態に陥る恐れがあるのです。

溶接技術者が最大のボトルネックに

人材不足のなかでも、溶接技術者の確保は最大の課題です。造船分野で働く外国人就労者のうち、約90%が溶接の仕事に従事しているというデータがあり、国内人材だけでは溶接工程を維持できない実態が浮かび上がります。

溶接は船体の強度と安全性を左右する極めて重要な工程です。船体を構成する鉄板同士の接合は、一隻あたり数万箇所に及ぶこともあり、その品質が船舶の耐久性を直接左右します。熟練した溶接工の技術は、長年の訓練と経験によって培われるものであり、短期間での育成は困難です。

こうした状況下で、AI造船ロボットによる溶接工程の自動化は、人材不足を補うだけでなく、品質の均一化や生産性の向上にもつながる解決策として期待されています。

政府主導の造船業再生戦略とロボット開発支援

官民1兆円規模の投資と造船業再生ロードマップ

日本政府は2025年12月に「造船業再生ロードマップ」を策定し、造船業の抜本的な立て直しに本格的に着手しました。このロードマップの中核となるのが、官民合わせて1兆円規模の投資計画です。

国は3,800億円規模の基金を立ち上げ、経済安全保障上の重要技術や次世代造船ロボットの研究開発を支援する方針で、2025年度補正予算では1,200億円が措置されています。民間側も3,500億円規模を調達し設備投資に充てるほか、官民でさらに2,800億円規模のグリーン投資も計画されています。

ロードマップが掲げる目標は野心的です。現在約900万総トンの年間建造量を、2035年に1,800万総トンに倍増させるというものです。この目標を達成するためには、AI、ロボット、デジタル基盤を統合活用し造船所全体を最適化する「デジタルシップヤード」の実現が不可欠とされています。

AI造船ロボット研究開発事業の始動

具体的な技術開発も始動しています。海上技術安全研究所は2026年2月、「AIの活用による次世代造船所の実現に資する技術開発」に係る公募を実施しました。AI造船ロボットに関する研究開発には80億円規模、AIシミュレーション基盤等に関する研究開発には40億円規模の予算が配分されています。

この公募では「歩行、模擬溶接、検査、退避等の一連作業の自律動作検証」が開発目標として設定されており、まさに川崎重工が進める四足歩行型AI造船ロボットの方向性と合致しています。国土交通省は14件の事業を採択し、日米両国の大学等の研究機関、AI・ロボット関連企業、造船事業者等が連携して研究開発を推進しています。

ファナック、安川電機、川崎重工といった世界的なロボットメーカーが対象企業として注目されており、国家プロジェクトとして造船用AIロボットの開発が加速する見通しです。

注意点と今後の展望

実用化に向けた技術的課題

四足歩行型AI造船ロボットの実用化には、いくつかの技術的ハードルが残されています。まず、造船所の過酷な作業環境への耐久性の問題があります。高温、粉塵、振動が常態化する溶接現場で、精密なセンサーやAIシステムが安定的に動作し続けることが求められます。

また、四足歩行ロボットが溶接トーチや関連機材を搭載した状態で安定した歩行を維持できるかも課題です。Boston DynamicsのSpotのような四足歩行ロボットが産業用途で実績を積み始めていますが、それは主に巡回点検やデータ収集など比較的軽負荷の作業です。重量のある溶接装置を搭載しつつ不整地を移動する技術は、新たな挑戦となります。

造船業の構造転換が問われる局面

AI造船ロボットの開発は、単なる自動化の取り組みにとどまりません。日本の造船業が国際競争力を取り戻せるかどうかの試金石でもあります。中国と韓国が世界の造船市場で圧倒的なシェアを占めるなか、日本が生き残る道は高付加価値船の建造と生産性の飛躍的な向上にあります。

川崎重工は坂出工場で大型LPG運搬船の連続建造を進めるとともに、DX(デジタルトランスフォーメーション)による工場の効率化を推進しています。AI造船ロボットの導入は、こうしたDX戦略の延長線上にある取り組みといえます。2028年の実用化が実現すれば、日本の造船業界にとって大きな転換点となるでしょう。

まとめ

川崎重工業が開発を進める四足歩行型AI造船ロボットは、深刻化する造船業界の人材不足に対する技術的な解答のひとつです。造船所内を自律的に移動し、AIが最適な溶接条件を判断して作業を行うこのロボットは、2028年の実用化を目指しています。

政府が策定した造船業再生ロードマップのもと、官民1兆円規模の投資が動き出し、AI造船ロボットの研究開発にも80億円規模の予算が投じられています。日本の造船業界が抱える1万人超の人材不足と技術継承の危機は、もはや人材確保策だけでは解決できない段階に来ています。AI・ロボット技術を活用した生産性の革新が、業界の存続をかけた喫緊の課題となっています。

参考資料:

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