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大口得意先の暴言はカスハラか 会社が取るべき線引きと実務対応策

by 渡辺 由紀
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大口得意先の暴言と2026年義務化

大口の得意先から暴言を浴びせられても、売上を失いたくないために担当者が耐えるしかない。そんな発想は、いまや人事労務の観点でも経営管理の観点でも通用しにくくなっています。厚生労働省は2025年6月11日に改正法を公布し、企業にカスタマーハラスメント対策を義務付けました。施行日は2026年10月1日です。

しかも最新の指針では、カスハラの行為者は一般消費者だけではありません。取引先の担当者や、契約交渉の相手も「顧客等」に含まれます。東京都の実態調査でも、被害にあった従業員のカスハラ内容は「継続的な、執拗な言動」が61.6%で最多でした。大口先との関係維持を理由に現場へ我慢を押しつけるほど、離職や生産性低下のコストが積み上がる構図です。本稿では、得意先からの暴言をどう見極め、どこで線を引き、会社としてどう守るべきかを整理します。

カスハラ該当性を見極める二つの軸

取引先担当者も含む最新ルール

厚生労働省が2026年2月26日に公布したカスタマーハラスメント防止指針では、顧客等を「顧客」「取引の相手方」「施設利用者」などと整理しています。例示には「取引先の担当者」や「企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者」も明記されています。大口得意先の部長や購買担当者からの暴言は、BtoBだから対象外、とは言えません。

さらに同指針は、カスハラが起きる場所を店舗や窓口に限定していません。電話、SNS、メール、インターネット上の投稿も対象に含まれます。取引先の事務所、打ち合わせ先の飲食店、顧客の自宅のように、自社のオフィス外であっても、労働者が業務を遂行している場所なら「職場」に当たり得ます。得意先からの深夜メール、同じ要求の反復電話、会議の席での人格否定も、十分に検討対象です。

現場感覚として重要なのは、「取引先対応は営業の宿命」と切り捨てないことです。厚労省の2020年度調査結果では、顧客等からの著しい迷惑行為に該当すると判断した事案のうち、91.5%は「顧客等から自社従業員へ」ですが、8.4%は「取引先等の他社の従業員・役員から自社の従業員へ」でした。割合は高くないように見えても、BtoBの迷惑行為が制度上も統計上も想定されていることは押さえる必要があります。

正当なクレームと暴言の切り分け

線引きで最も大事なのは、「要求内容」と「手段・態様」を分けて考えることです。厚労省指針は、顧客等の苦情の全てがカスハラではなく、社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れだとしています。消費者庁も、事業者の問題行動への申入れは消費者の正当な権利の行使だと明示しています。まずは自社にミスや契約不履行があったのか、要求そのものに妥当性があるのかを確認する必要があります。

ただし、要求内容に一理あっても、実現手段が不相当ならカスハラに当たり得ます。東京都のガイドライン系資料では、人格否定、大声での責め立て、何度も電話して同じ要求を繰り返す行為、長時間の拘束などが典型例とされています。厚労省の2020年度調査でも、企業がカスハラと判断した事案の内容は「長時間の拘束や同じ内容を繰り返す等の過度なクレーム」が59.5%で最多、「名誉毀損・侮辱・ひどい暴言」が55.7%で続きました。得意先が本当に不満を持っていたとしても、「おまえは無能だ」「話にならない」といった暴言や、説明後も延々と同じ要求を繰り返す行為は別問題です。

ここで見落としやすいのが、自社に過失がある場面です。商品の不具合や納期遅延があれば、謝罪や是正は必要です。しかし、ミスがあったことと、担当者を執拗に侮辱してよいことは同義ではありません。業種別マニュアルでも、たとえ企業側に過失や瑕疵がある場合でも、対応後に要求が繰り返される、あるいは表現や回数、態様が相当範囲を超える場合はカスハラに該当する可能性があると整理されています。つまり「要求に応じるべき部分」と「従業員を守るべき部分」を切り分ける発想が不可欠です。

大口得意先に対する社内対応の再設計

担当者を一人にしない初動と証拠化

実務の失敗は、カスハラ認定の難しさよりも、現場の属人化から始まることが多いです。東京都調査では、カスハラ防止対策に取り組む企業は38.5%にとどまり、取り組んでいない理由の最多は「正当なクレームとの判断の難しさ」でした。裏を返せば、判断基準と対応手順を組織で持てていない企業がまだ多数派です。得意先の機嫌を知る担当営業に判断を丸投げすると、売上責任と安全配慮が同じ一人に押しつけられます。

厚労省の最新指針は、この属人化を避けるための基本形をかなり具体的に示しています。会社は、カスハラに毅然と対応し労働者を保護する方針を明確化し、管理職を含む労働者に周知しなければなりません。相談窓口をあらかじめ定め、広く相談を受け付ける体制を持ち、微妙な事案でも相談対象に含めることが求められます。被害者が相談をためらうことを踏まえ、心身の状態にも配慮するよう定めている点も重要です。

初動で会社が決めておきたい基準は明確です。第一に、人格否定、威圧、脅し、同一要求の反復、長時間拘束、休日夜間の執拗連絡が出たら、担当者だけで抱えないことです。第二に、一次対応は事実確認にとどめ、解決条件や取引継続の判断は上長か専門部署へ上げることです。第三に、通話録音、メール保存、議事メモ、同席者の記録を残すことです。厚労省指針も、可能な限り一人で対応させないこと、録音・録画、現場から本社への情報共有、必要時の弁護士相談や警察通報を対処例として挙げています。

得意先対応では、やり取りの窓口を切り替えることも有効です。暴言を受けた担当者を離し、上司や別部署が複数人で対応する。電話中心の応対をやめ、メールや文書で論点を固定する。謝罪や補償の可否は会社として文書で示し、個人への連絡を制限する。こうした切り替えは関係悪化ではなく、事実と要求を整理するための統制です。東京都の実態調査で被害場面の最多が「電話・メール」69.5%だったことを見ても、通信手段の管理は実務上の要所です。

売上依存先との関係を見直す経営判断

大口得意先の問題が難しいのは、被害の深刻さより、切れない取引だと感じやすい点にあります。だからこそ、取引継続の判断主体を担当者から切り離す必要があります。厚労省指針は、事実確認後、必要に応じて行為者が所属する他社に事実確認や再発防止への協力を求めることも含むとしています。相手が企業の担当者や役員なら、個人対個人の衝突として処理せず、企業対企業の課題として正式に扱うべきです。

その際、会社が持つべき判断軸は、売上額だけでは足りません。少なくとも、暴言や威圧の反復性、担当者の健康影響、代替担当で改善する余地、相手企業の是正姿勢、契約条件や損害の範囲、他社員への波及を並べて見る必要があります。東京都調査では、企業が被った損害として「従業員の仕事への意欲・やりがいの低下」が77.0%で最も高く、「業務遂行への悪影響」が65.1%でした。売上を守るつもりで担当者を消耗させるほど、組織全体の利益を毀損しやすいわけです。

大口先ほど、改善要求と関係見直しの二段階で考えるのが現実的です。まずは相手企業に対し、問題行為の具体的事実、今後の連絡ルール、再発時の対応方針を明示します。そのうえで改善がなければ、担当変更の要請、会議体の限定、現場立ち入りや直接連絡の制限、契約見直しへ進む。厚労省指針は、特に悪質な場合の抑止策として、警告文、販売やサービス提供の停止、出入り禁止、仮処分なども例示しています。全てを直ちに適用する必要はありませんが、「どこまで行けば取引条件を変えるか」を社内で決めておくことが、現場の萎縮を防ぎます。

業界別マニュアルでも、実態調査に回答した企業のおよそ6割が社内統一ルールなしで現場個別対応だったとされています。人材不足が続くなか、ここを放置するコストは重いです。理不尽な得意先に耐えられる人材だけが評価される職場は、採用でも定着でも不利になります。雇用・人材戦略の観点では、カスハラ対策は福利厚生ではなく、人材流出を防ぐ基礎インフラと考えるべきです。

正当クレームと合理的配慮の線引き

注意したいのは、カスハラ対策を「苦情を受けない仕組み」と誤解しないことです。消費者庁も東京都も、正当なクレームは不当に制限されてはならないと強調しています。自社に不備があったのに、強い口調だったというだけで相手を排除すれば、問題のすり替えになります。要求の妥当性と手段の不相当性を分け、前者には誠実に、後者には境界線を示すという順序が重要です。

もう一つの注意点は、障害者への合理的配慮や認知症の人への配慮まで、安易にカスハラと扱わないことです。厚労省指針は、その点への留意を明示しています。現場の負担感だけで判断せず、配慮義務がある場面と迷惑行為の場面を区別できるよう、管理職と相談窓口の教育が欠かせません。

今後の焦点は、2026年10月1日の義務化までに各社がどこまで制度化できるかです。東京都は2025年4月1日に条例を施行し、相談窓口、団体向けコンサルティング、奨励金も用意しました。先行地域の支援策を使いながら、営業、法務、人事、現場責任者の連携を整えられる企業ほど、取引先との関係悪化を最小限にしつつ従業員保護を進めやすくなります。

取引先カスハラ対応の4原則

大口得意先からの暴言は、売上が大きいから仕方がない問題ではありません。2026年2月26日公布の厚労省指針では、取引先担当者もカスハラの行為者に含まれ、2026年10月1日からは企業の対策が義務化されます。暴言、人格否定、同じ要求の反復、長時間拘束があるなら、まず担当者の我慢で回す発想をやめるべきです。

実務の要点は、正当なクレームと不当な言動を分けること、担当者を一人にしないこと、記録と証拠を残すこと、取引継続の判断を現場から切り離すことの四つです。大口先との関係を守るうえでも、必要なのは迎合ではなく統制です。従業員を守れる会社だけが、結果として長く取引先からも選ばれる局面に入っています。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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