地域経済循環率が示す好循環6県と自治体経営改革の実務論点整理
地域経済循環率が問う稼ぎと分配の均衡
地域経済循環率は、地域が生み出した付加価値を、域内の住民や企業に分配された所得で割って求める指標です。100%に近いほど、生産と分配の規模が釣り合っている状態を示します。高すぎれば域外から通勤者や資本に所得が流れている可能性があり、低すぎれば域内所得を外の地域で稼いでいる可能性があります。
重要なのは、循環率を順位表として読むのではなく、自治体経営の診断表として使うことです。工場を誘致しても、原材料、利益、消費、投資が域外へ抜ければ、住民所得や税収への効果は限定されます。逆に大都市ほど高いとも限りません。地域再生に必要なのは、「稼ぐ産業」と「域内で回る仕組み」を同時に設計する視点です。
100%近辺に残る県が示す地域経済の条件
生産と分配がずれる都市と企業城下町
地域経済循環率の100%は、単純な合格点ではありません。生産額と分配所得が均衡しているという目安であり、その中身を見なければ政策判断を誤ります。例えば東京のような大都市は、本社機能、金融、情報通信、対事業所サービスが集積し、域外の需要を取り込んで高い付加価値を生みます。一方で、周辺県から多くの通勤者が流入し、所得の一部は居住地へ戻ります。
RESASの地域経済循環分析は、2022年の東京都の地域経済循環率を156.4%と表示しています。これは東京が全国から需要と人材を吸い寄せる強い生産拠点であることを示しますが、住民の暮らしが自動的に豊かであることを意味しません。生産の大きさと、地域住民が受け取る所得、さらに地域内での消費や投資は別の問題だからです。
企業城下町でも似たずれが起こります。環境省の白書は、水俣市の地域経済循環分析を紹介しています。域外から資金を稼ぐ中核製造業がある一方、原材料のほぼ全てを市外から調達していたため、生産拡大の波及効果が限定的だったとされています。大企業があっても、取引、雇用、設備投資、事業承継が地域内につながらなければ、循環は太くなりません。
100%に近い県が少数にとどまる背景には、この構造の難しさがあります。農林水産、製造、観光、医療、教育、公共部門などが一定の厚みを持ち、域外から稼ぎながら域内に所得を残す必要があります。どこか一つが強いだけでは、分配や支出の段階で漏れが生じます。
地場産業と域内調達が高める所得還流
好循環型の地域に共通する条件は、域外から稼ぐ産業の存在と、その産業を支える域内取引の厚みです。地場の食品加工、部品加工、観光、医療福祉、再生可能エネルギー、ITサービスなどが地域企業同士でつながると、売上の一部が賃金、仕入れ、設備投資として地域内に残りやすくなります。
環境省は、地域経済循環分析の特徴として、生産だけでなく分配、支出、消費、投資、域際収支まで見える化できる点を挙げています。つまり、売上が増えたかどうかだけでなく、誰に所得が渡り、どこで消費され、どの金融機関や事業者を通じて再投資されたかを確認できます。
この視点は、従来の企業誘致政策の弱点を補います。補助金で工場を呼び込んでも、部品を域外から買い、雇用が非正規中心で、利益が本社に移れば、循環率や住民所得への効果は小さくなります。逆に中小企業の横連携を作り、共同受注、共同物流、デジタル化、人材育成を進めると、同じ売上でも域内に残る所得が増えます。
北海道大学公共政策大学院の研究は、北海道179市町村を対象に地域経済循環率と産業構造の関係を分析しています。要旨では、雇用者所得や地域経済の持続可能性といった観点から循環率を検討しています。市町村単位で見ると、人口規模よりも産業の組み合わせ、労働生産性、所得の残り方が重要になります。
自治体財政を弱らせる3つの資金流出
消費流出と投資不足が招く商業空洞化
自治体が最初に点検すべき流出は、消費です。住民が域外の大型店、ネット通販、近隣都市の医療や教育サービスに支出すれば、所得は地域外へ出ます。これは消費者の選択であり、単純に地元購入を呼びかけても戻りません。必要なのは、地域の商業、医療、教育、交通を生活者の利便性に合わせて再設計することです。
環境省白書の水俣市事例では、休日の私用目的の外出で約半数が市外に買い物へ行き、10年間で市内小売販売額が約50億円減る一方、近隣市のロードサイド店集積地で約85億円増えたとされています。買い物の流出は、商店街の問題に見えて、実際には交通、品ぞろえ、価格、決済、子育て世帯の時間制約が絡む自治体経営の課題です。
次の流出は投資です。住民や企業の預金が地域の事業に貸し出されず、国債や域外融資に向かうと、地域で稼いだ所得が将来の生産力に戻りません。白書の水俣市事例では、市内金融機関の1000億円以上の貯蓄のうち、市内に再投資されているのは2〜3割にとどまると説明されています。
これは金融機関だけの責任ではありません。地域に投資対象となる事業計画、担い手、承継案件、設備更新計画が少なければ、資金は域外へ向かいます。自治体は補助金の配分者にとどまらず、地域金融機関、商工団体、大学、専門家をつなぎ、投資案件を育てる役割を持つ必要があります。
エネルギー代金と外部資本への支払い
三つ目の大きな流出は、エネルギー代金です。環境省の脱炭素ポータルは、市町村別のエネルギー代金収支を見ると、約9割の市町村で地域外への支払額が上回ると説明しています。電気、ガス、ガソリン、灯油への支払いは生活と産業に不可欠ですが、化石燃料に依存するほど地域外への資金流出になります。
地域脱炭素が地方創生と結びつくのは、このためです。地域内の再生可能エネルギーを、地元企業、自治体、金融機関が関与する形で導入できれば、電気代の一部が設備保守、地代、雇用、税収として残ります。ただし、外部資本が発電所を建て、利益と保守契約を持ち出すだけなら、地域循環への効果は小さくなります。
環境省が2026年にまとめた「地域資源を活用したレジリエントなエネルギー・経済循環」では、災害の激甚化、資源の域外流出、人口減少を踏まえ、防災・レジリエンス、国内資源活用、地域経済活性化の方向性が示されました。脱炭素は環境部局だけの仕事ではなく、産業政策、公共施設管理、地域金融、災害対策を横断する政策になっています。
外部資本への支払いも見逃せません。チェーン店、域外本社の工場、外部委託の公共サービスは、効率性を高める一方で利益や管理費を域外へ移す面があります。もちろん外部企業を排除する必要はありません。問題は、地元雇用、地元仕入れ、技術移転、税収、地域活動への参加を契約や制度でどう組み込むかです。
数字の高低だけで判断しない政策設計
地域経済循環率は、便利な指標であるほど誤読の危険があります。100%を超える地域が必ず豊かで、100%未満の地域が劣っているわけではありません。大都市は域外から稼ぐ力が強く、通勤圏の自治体は所得を受け取る側になります。住宅地の自治体は生産が小さくても、住民所得や生活サービスの質で高い価値を持つ場合があります。
また、統計の作成方法にも留意が必要です。RESASの地域経済循環分析は、国民経済計算、県民経済計算、国勢調査、経済センサスなどを用いて全国の自治体を統一的に推計します。基礎統計は改定されるため、過去値が変わることもあります。単年度の数値だけで政策を評価せず、複数年の傾向と現場調査を合わせる必要があります。
もう一つの注意点は、県単位の平均が市町村の実態を隠すことです。県全体では100%に近くても、県庁所在地、工業都市、中山間地域、観光地では循環構造が異なります。県は広域交通、産業団地、大学、医療圏、エネルギー政策を担い、市町村は消費、住民サービス、地場産業支援を担います。役割分担を明確にしなければ、指標は政策に落ちません。
経済産業省の地域未来投資促進法は、地域の特性を生かして高い付加価値を生み、地域事業者に経済効果を及ぼす地域経済牽引事業を支援する制度です。循環率の改善を目指すなら、企業誘致や補助金に加え、域内調達率、雇用者所得、地元企業との連携、設備投資の継続性を評価軸に入れるべきです。
自治体が来年度予算で点検すべき指標
自治体が次の予算編成で見るべき指標は、地域経済循環率そのものに加え、産業別付加価値、雇用者所得、民間消費の流出入、民間投資の流出入、エネルギー代金収支です。さらに、地元企業の承継件数、設備投資額、地域金融機関の域内融資、観光消費単価、公共調達の地元発注率を合わせると、政策の手触りが見えます。
好循環型の地域づくりは、「外から稼ぐ」と「内で回す」を分けずに設計することから始まります。稼ぐ産業を育てるだけでは足りず、その利益が雇用、仕入れ、投資、消費、税収へ戻る仕組みが必要です。財政が厳しい自治体ほど、補助金の額ではなく、域内に残る所得の質で事業を選ぶべきです。
地域経済循環率は、自治体にとって地域の体温計です。体温計だけで治療はできませんが、どこを診るべきかは示します。県、市町村、金融機関、企業、住民が同じ指標を見ながら、資金の漏れを減らし、地域資源への投資を増やすことが、人口減少時代の地域再生の現実的な出発点になります。
参考資料:
- 地域経済循環分析 - RESAS 地域経済分析システム
- RESAS 地域経済分析システム
- 地域経済分析システム(RESAS(リーサス)) - 地域未来戦略本部事務局
- 平成27年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 - 環境省
- 地域経済循環分析・地域経済波及効果分析 - 環境省ローカルSDGs
- 地域経済循環分析ツールの改定について - 環境省
- 自動分析できる! 地域経済循環分析ツールのご案内 - 脱炭素ポータル
- 地域経済構造分析と循環型経済への自治体戦略 - RIETI
- 第4回 マネーの循環 捕捉が必要 - RIETI
- 地域経済循環率はどのような地域で高くなるのか - NDLサーチ
- 地域経済循環構造を用いた都市連携基準 - CiNii Research
- 地域未来投資促進法 - 経済産業省
- 県民経済計算 - 内閣府 経済社会総合研究所
- 地域資源を活用したレジリエントなエネルギー・経済循環の実現に向けて - 環境省
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