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ロゴフ教授が警告するドル覇権失速と金利ショックの現実味

by 田中 健司
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はじめに

ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授が、ドルの基軸通貨としての地位低下に伴う金融ショックの到来を警告しています。同教授によれば、ドルの影響力は2015年をピークに衰退を始めており、トランプ政権下でその流れがさらに加速しました。今後4〜5年のうちに長期金利の急上昇を伴う金融ショックが起きる可能性があるといいます。

日本にとって、この警告は他人事ではありません。世界第2位の外貨準備を持つ日本は、その大半を米国債に依存しています。ドル覇権の後退が現実となれば、日本経済への影響は甚大です。本記事では、ロゴフ教授の分析を軸に、ドル基軸通貨体制の構造変化と日本が取るべき対策を解説します。

ドル基軸通貨体制の構造的衰退

2015年をピークとする長期トレンド

ロゴフ教授とその研究チームは、ドルの国際的な影響力が2015年にピークを迎えたと分析しています。IMFの統計によれば、世界の外貨準備に占めるドルのシェアは2015年の約66%から、2024年には58.2%まで低下しました。約8ポイントの減少は、基軸通貨の歴史においても大きな変動です。

注目すべきは、この変化が単なる一時的な揺れではなく、構造的なトレンドである点です。中央銀行は積極的にドル資産を売却しているわけではありません。しかし、外貨準備全体が拡大する中で、新たな資金がユーロや人民元、オーストラリアドル、カナダドルなど多様な通貨に振り向けられています。結果として、ドルの相対的な比重が自然に低下しているのです。

トランプ政権が加速させた「ドル離れ」

ロゴフ教授は、トランプ政権の政策がドル覇権衰退の「触媒であり加速装置」だと指摘しています。2025年にはドルが貿易加重ベースで10%以上下落し、過去50年で最悪のスタートを記録しました。関税政策の混乱や財政規律の緩みが、投資家のドル資産への信頼を揺るがしたのです。

さらに、対ロシア制裁でドルが「武器化」されたことも、各国のドル離れを後押ししました。OMFIF(公的通貨金融機関フォーラム)の2025年調査では、58%の中央銀行当局者が「今後1〜2年で準備資産の多様化を計画している」と回答しています。ドルに代わる受け皿として、金(ゴールド)への需要が急拡大しており、外貨準備に占める金の割合は2005年の13.6%から2025年には23.5%に上昇しました。

迫り来る金利ショックのメカニズム

財政赤字の膨張と利払い負担の悪循環

ロゴフ教授が警告する金利ショックの背景には、米国の財政状況の急速な悪化があります。米議会予算局(CBO)の予測によれば、2026年の財政赤字はGDP比6.7%に達し、国家債務は2027年までにGDP比106%という歴史的水準に到達する見込みです。

とりわけ深刻なのが利払い負担の急増です。CBOは今後10年間の純利払い総額を16.2兆ドルと試算しています。年間の利払いコストは2026年の1兆ドルから2036年には2.1兆ドルへと倍増する見通しです。これは「利払いが増える→新たな借り入れが必要→金利上昇→さらに利払いが増える」という悪循環に陥るリスクを示しています。

ドル覇権の低下が金利を押し上げる

ロゴフ教授の分析で特に重要なのは、基軸通貨としてのドルの地位が、米国の借り入れコストを低く抑える役割を果たしてきたという指摘です。同教授の推計では、ドル覇権による「特権」は米国の長期金利を0.5〜1%程度押し下げてきました。

すでに外貨準備の多様化は、米長期金利を0.25%程度押し上げる効果をもたらしているとされます。今後ドルのシェアがさらに低下すれば、この上昇圧力は一段と強まります。ロゴフ教授は、こうした構造変化が財政悪化と重なることで、4〜5年以内に「一世紀に一度の債務危機」が起きうると警鐘を鳴らしています。

責任ある連邦予算委員会(CRFB)も、市場の信認は急速に変化しうると警告しています。投資家のパニックが金利急騰と債務スパイラルを引き起こす可能性は、財政状況が悪化するほど高まります。

日本が直面する二つの課題

米国債偏重からの脱却

日本の外貨準備高は約1兆2,400億ドルで世界第2位ですが、その大部分が米国債に集中しています。日本の米国債保有額は2021年11月の1兆3,255億ドルをピークに減少傾向にあり、2022年10月には1兆644億ドルまで急減しました。

しかし、依然として米国債への依存度は高い状態です。ロゴフ教授が指摘するように、ドルの基軸通貨としての地位が低下し、米長期金利が急上昇すれば、保有する米国債の価値は大きく毀損されます。三井住友DSアセットマネジメントの分析でも、日本の巨額の対米投資が円安ドル高リスクと裏表の関係にあることが指摘されています。

外貨準備の多様化は喫緊の課題です。ポーランド、トルコ、インドなど多くの国がすでに金準備の積み増しを進めています。世界金評議会(WGC)の調査では、43%の中央銀行が今後12カ月以内に金準備を増やすと回答しており、この割合は前年の29%から大幅に上昇しています。

銀行システムの刷新

ロゴフ教授は日本の課題として、銀行システムの刷新も挙げています。日本の銀行は長年の超低金利環境の中で、収益源として外国債券、特に米国債への投資を拡大してきました。金利ショックが発生すれば、これらの含み損が一気に顕在化するリスクがあります。

JPモルガンの分析によれば、日米両国は財政の持続可能性という共通の課題に直面しており、金利環境の急変は銀行セクターに大きな影響を及ぼします。日本の金融機関は、金利上昇シナリオへの耐性を高めるために、ポートフォリオの見直しやリスク管理体制の強化が求められています。

注意点・展望

「突然の崩壊」ではなく「緩やかな移行」

ロゴフ教授自身も認めているように、ドルの基軸通貨としての地位が一夜にして失われることはありません。同教授は今後10〜20年かけて、ドル・ユーロ・人民元による「三極体制」へ緩やかに移行するとの見方を示しています。

2022年以降、ドルの外貨準備シェアは58%前後で横ばいとなっており、対ロシア制裁後も急激な「ドル離れ」は確認されていません。米連邦準備制度理事会(FRB)の2025年版レポートでも、ドルの国際的な役割は依然として圧倒的であると評価されています。

備えるべきは「テールリスク」

問題は、確率は低くても発生した場合の影響が甚大な「テールリスク」にどう備えるかです。市場は平時には穏やかですが、信認の転換点を超えた瞬間に急変しうる性質を持っています。CRFBが指摘するように、米財政への市場の信頼は徐々に失われつつあり、金融市場における混乱がより頻繁に起きる時代に入りつつあります。

まとめ

ロゴフ教授の警告は、ドル基軸通貨体制の構造的な変化を踏まえた中長期的な見通しです。2015年をピークにドルのシェアは低下を続けており、米国の財政悪化がそのトレンドを加速させています。4〜5年以内の金利ショックという予測は、決して絵空事ではありません。

日本にとっての対策は明確です。第一に、米国債に偏重した外貨準備の多様化。第二に、金利急騰に備えた銀行システムのリスク管理強化。短期的な市場動向に一喜一憂するのではなく、構造変化を見据えた戦略的な備えが今こそ求められています。

参考資料:

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