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路線価高騰で相続税負担が重くなる東京不動産と家族承継の重い難題

by 田中 健司
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路線価上昇が相続の壁を厚くする構図

国税庁は2026年7月1日、令和8年分の路線価等を公開しました。路線価は相続税や贈与税で土地を評価する基準で、1月1日時点の地価公示価格等を基に、おおむね80%程度を目途に定められます。市場価格そのものではありませんが、相続税の課税価格を左右するため、地価上昇は家族の承継計画に直接響きます。

重要なのは、土地を売るつもりがない世帯にも税負担が生じる点です。住み続ける自宅や、親の代から持つ店舗、貸家、駐車場は、手元の現金を増やさないまま評価額だけが膨らみます。国交省の2026年地価公示でも、全国の全用途平均、住宅地、商業地はいずれも5年連続の上昇となり、商業地は全国で4.3%上昇しました。路線価の上昇は、単なる不動産市況の話ではなく、納税資金、家族合意、地域の土地利用を同時に揺さぶる政策課題になっています。

相続は突然始まり、申告期限は原則10カ月以内です。地価が安定していた時代なら、評価額の確認と遺産分割の協議を相続発生後に進めても間に合う場合がありました。しかし上昇局面では、親の世代が想定していた資産価値と、実際の課税評価との差が大きくなります。古い遺言や口約束が、最新の路線価に照らすと実行しにくくなるのです。

東京の最高路線価が映す過熱の広がり

東京の地価上昇は、銀座や渋谷といった一部の象徴的な地点だけで説明できなくなっています。東京国税局が公表した2026年分の税務署管内別最高路線価を見ると、中央区銀座5丁目の銀座中央通りは1平方メートル当たり5336万円で、前年の4808万円から11.0%上昇しました。全国の都道府県庁所在都市の最高路線価でも、銀座中央通りは最上位の水準です。

一方で、上昇率の上位には、台東区浅草1丁目の雷門通りが27.5%、足立区千住3丁目の北千住駅西口駅前広場通りが24.2%、中野区中野5丁目の中野駅北口駅前広場前が22.4%と並びます。観光地、交通結節点、再開発期待地、生活圏の商業地が同時に上がっている点が特徴です。都心中枢だけでなく、周辺区や多摩地域、神奈川・千葉の駅前にも波及が見られます。

銀座だけではない二桁上昇の連鎖

地価の二極化は、もはや「上がる都心」と「下がる地方」という単純な構図ではありません。東京国税局管内では、浅草、北千住、中野、小石川、赤羽、錦糸町、日暮里など、観光、生活利便性、再開発、鉄道結節性を備えた地域で二桁上昇が相次ぎました。これらの地域には、古くからの商店、低層住宅、貸家、狭小な共有地が残っています。

相続の現場で問題になるのは、土地の市場評価が上がるほど、分けにくさも増すことです。都心近接地では、土地を等分に分けると宅地としての利用価値が落ちやすく、売却すれば家業や居住の継続が難しくなります。評価額だけを見れば資産家に見えても、実態は家計収入が年金や小規模な賃料に限られる世帯も少なくありません。地価上昇は帳簿上の富を増やす一方、納税時には現金不足を露呈させます。

さらに、駅前や観光地の上昇は、相続人の間に「今売れば高い」という期待を生みます。居住や事業を続けたい相続人と、換金して分配したい相続人の利害が割れれば、土地は家族の資産ではなく交渉材料になります。路線価は税務上の基準ですが、相続人にとっては不動産の価値を測る共通言語にもなります。その数字が大きく動くほど、合意形成の難度も上がります。

オフィス需要と観光需要が支える地価

国交省の地価公示は、主要都市で店舗・ホテル需要が堅調で、オフィスも空室率低下や賃料上昇により収益性が改善していると説明しています。地価LOOKレポートでも、2026年第1四半期は対象44地区すべてで地価が上昇し、住宅地は16期連続、商業地は9期連続で全地区上昇となりました。国内外の観光客増加、再開発、マンション需要が、地価を複数方向から押し上げています。

三鬼商事の東京ビジネス地区データでは、2026年4月時点の平均空室率は2.20%、平均賃料は1坪当たり2万2454円でした。前年同月比では平均賃料が8.19%上昇しています。オフィス市場の回復は商業地の収益還元評価を押し上げ、ホテルや飲食の需要は駅前・観光地の土地需要を強めます。つまり路線価の上昇は、金融緩和後の資産価格だけでなく、実需と再開発の組み合わせで支えられています。

この実需の強さは、相続対策にも影響します。収益物件なら賃料上昇で納税資金を作れる可能性がありますが、老朽化した小規模ビルや借家では修繕費、空室リスク、借地借家関係の調整が残ります。土地の評価は高くても、すぐに担保価値や売却価値として使えるとは限りません。高値で取引される地域ほど、権利関係の整理や建物更新の費用も大きくなりやすい点に注意が必要です。

相続税評価と納税資金のずれ

相続税は、遺産の価額が基礎控除額を超える場合に課税されます。国税庁のタックスアンサーでは、基礎控除額は「3000万円+600万円×法定相続人の数」とされています。配偶者と子2人なら基礎控除額は4800万円です。都市部で自宅の敷地と預貯金、生命保険、上場株式がある世帯では、地価上昇によってこの線を超えやすくなります。

2024年分の相続税申告事績では、被相続人数160万5378人のうち、相続税の申告書提出に係る被相続人数は16万6730人でした。課税割合は10.4%で、課税価格の総額は23兆3846億円、申告税額の総額は3兆2446億円です。国税庁は、課税価格と税額が基礎控除引き下げ後の2015年分以降で最高となったとしています。地価上昇は、この傾向をさらに強める可能性があります。

相続税の重さは、税率だけでなく資産構成で決まります。預貯金や上場株式が多い家計なら納税原資を確保しやすい一方、土地と建物に偏った家計では、課税価格が高くても現金が足りません。特に高齢の親が自宅や店舗を保有し、子ども世代が別居している場合、居住継続、売却、賃貸化、共有維持のどれを選んでも費用と税務判断が伴います。路線価上昇は、この選択を先送りできない状態に近づけます。

基礎控除を超えやすい都市部の宅地

路線価方式では、路線価に奥行価格補正率などを反映し、地積を乗じて土地の評価額を計算します。倍率方式の地域では固定資産税評価額に一定の倍率を乗じます。いずれも、土地を現金化していなくても評価額が課税価格に入る点は同じです。家屋は固定資産税評価額に1.0を乗じるため、相続財産の中で地価上昇の影響を受けやすいのは土地部分です。

都市部の相続では、土地の価値が財産全体の大半を占めることがあります。親が長く住んだ家、商店街の店舗兼住宅、駅近くの小規模賃貸住宅は、換金しづらい一方で評価額は高い資産です。相続人が複数いる場合、誰かが不動産を取得し、他の相続人に代償金を払う方法もありますが、地価が上がるほど代償金も膨らみます。相続税だけでなく、家族内の精算資金まで重くなるのです。

共有で持ち続ける方法もありますが、これは問題の先送りになりやすい選択です。売却、建て替え、賃貸借契約の更新、修繕、担保提供には共有者の同意が必要になります。相続人がさらに亡くなると共有者は増え、意思決定は一段と難しくなります。地価が高い地域ほど、共有持分の小さな不一致でも経済的な影響が大きくなるため、早い段階で単独所有、代償分割、売却分配などの方針を検討する必要があります。

小規模宅地等の特例が効く世帯と効かない世帯

救済策として最も重要なのが小規模宅地等の特例です。国税庁によると、被相続人等の居住用宅地で一定要件を満たす特定居住用宅地等は、330平方メートルまで80%減額できます。事業用宅地にも、貸付事業を除く一定の事業用宅地で400平方メートルまで80%減額できる区分があります。要件に合う世帯では、路線価上昇の影響を大きく抑えられます。

ただし、この特例は万能ではありません。相続人が同居していない、相続後に保有や居住を継続できない、貸付事業用として扱われる、遺産分割が整わないといった事情があると、適用が難しくなります。国税庁の申告・納税案内では、相続税の申告と納税は死亡を知った日の翌日から10カ月以内とされています。家族会議、測量、賃貸借関係の確認、特例要件の検証をこの期限内に進めるには、事前準備が欠かせません。

特例の適用を前提にした資金計画も危うさがあります。要件を満たせると思っていた宅地が、実際には居住継続要件や事業継続要件を満たせない場合、納税額は大きく変わります。相続人の生活拠点、勤務先、住宅ローン、子育て事情によって、親の家に戻れるかどうかは変わります。税務の最適解と家族の生活の現実が一致しないところに、都市部相続の難しさがあります。

地方自治体に波及する不動産承継リスク

地価高騰は個人の相続問題にとどまりません。自治体にとっても、土地所有者の交代、売却、空き家化、用途転換は地域経営の問題です。相続税の支払いのために駅前の土地が売却されれば、地元商店が退出し、チェーン店舗や高層マンションへ変わることがあります。地権者が多く、相続人の合意が取れない土地は、再開発や防災更新の遅れにもつながります。

固定資産税は市町村財政の基幹税ですが、市場地価の上昇が直ちに自治体収入を単純に押し上げるわけではありません。評価替え、負担調整、住宅用地特例などがあり、税収の伸びは制度的に平準化されます。一方、地価上昇に伴う住宅取得難や店舗賃料の上昇は、若年層や小規模事業者の流出要因になります。税収が増えても、地域の担い手が減れば自治体経営は安定しません。

地方の中心市街地でも同じ構図が起きます。最高路線価の水準は東京と比べて低くても、相続人が地元を離れている場合、納税や管理の負担を避けるために売却や放置を選びやすくなります。地方財政の観点では、空き店舗、低未利用地、所有者不明土地の増加は、道路・上下水道・防災・除雪などの行政コストを押し上げます。路線価のニュースは、都市の資産価格だけでなく、土地を次世代にどう引き継ぐかという地域政策の入口でもあります。

自治体が見落としやすいのは、相続を契機に地域の所有構造が一気に変わることです。高齢所有者が多い商店街では、数年の間に複数の相続が重なり、地元に住まない相続人や投資法人に所有が移る場合があります。所有者の顔が見えなくなると、空き店舗対策、景観形成、防災上の協力、イベント時の道路利用調整まで難しくなります。地価の上昇は財産価値を高める一方、地域合意の基盤を弱めることがあります。

このため自治体には、税務そのものではなく、土地利用と相談体制の整備が求められます。空き家バンク、事業承継支援、商店街の共同建て替え、専門家相談、相続登記の周知を別々に動かすだけでは足りません。地価が上がる地区では売却圧力をどう地域の更新につなげるか、地価が伸びない地区では管理放棄をどう防ぐかを分けて設計する必要があります。

家族と自治体が備える資産承継の実務

地価上昇局面で家族がまず確認すべきなのは、路線価図上の評価、固定資産税評価額、借地借家関係、測量・境界、共有名義、預貯金の厚みです。相続税は原則として金銭で一括納付しますが、国税庁は一定要件の下で延納と物納を認めています。延納は相続税額が10万円を超え、金銭納付が困難で、担保提供などの要件を満たす場合に申請できます。物納は延納によっても金銭納付が困難な場合に限られ、管理処分不適格財産に該当しないことなど厳しい条件があります。

自治体側には、相続が発生してから対応するだけでなく、空き家対策、中心市街地活性化、農地・山林管理、事業承継支援を一体で扱う視点が求められます。地価が上がる地域では、納税資金づくりの売却が地域の用途転換を速めます。地価が伸びない地域では、管理負担が相続放棄や低利用を誘発します。どちらも、家族の私的問題に見えて、公共インフラと地域経済に戻ってくる課題です。

金融機関や税理士、不動産会社との関係も早めに整える必要があります。延納や物納は制度として存在しても、担保、利子税、物納不適格財産の確認が必要で、申請すれば必ず使えるわけではありません。売却で納税する場合も、相続開始後に急いで買い手を探せば、価格交渉で不利になりやすくなります。生前の概算評価、納税資金の目安、売却候補資産の優先順位を作っておくことが、家族の選択肢を守ります。

読者が取るべき行動は明確です。毎年7月の路線価更新時に自宅や事業用地の概算評価を確認し、相続人間で誰が住むのか、誰が事業を続けるのか、売る場合の最低条件は何かを文書化しておくことです。路線価が上がるほど、対策の遅れは現金不足と家族対立に変わります。地価高騰を資産増と見るだけでなく、納税、居住、地域経営を同時に点検することが、これからの相続対策の出発点になります。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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