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海外マネーが日本の賃貸マンションを買う理由と市場転換期の死角

by 田中 健司
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1000億円取得が示す住宅投資の転換点

カナダ系の大手投資会社ブルックフィールドが、国内4大都市圏の賃貸マンションを1000億円超で一括取得した案件は、日本の住宅市場が「住むための不動産」だけでなく、世界の機関投資家が長期保有するインフラ的資産へ移っていることを示しています。

背景には、都心部の人口流入、賃料上昇、建設費高騰による供給制約、なお欧米より低い金利水準があります。価格の上値には慎重論も出ていますが、海外マネーが見ているのは短期の値上がり益だけではありません。安定した稼働、更新時の賃料改定、修繕や省エネ投資による運営改善を組み合わせた、長い時間軸の収益性です。

海外ファンドが賃貸住宅を選ぶ収益構造

低変動の家賃収入を支える都市需要

海外投資家が日本の賃貸マンションを買う第一の理由は、景気循環に対する収益の粘り強さです。オフィスや商業施設は企業業績、出社率、インバウンド消費の影響を強く受けます。一方、賃貸住宅は生活に不可欠な資産であり、退去が出ても次の借り手を探しやすい立地であれば、収入の落ち込みを抑えやすい特徴があります。

JLLは、国内不動産投資市場で賃貸マンションの投資割合が2025年に18%へ拡大したと整理しています。海外投資家の投資先としても、賃貸マンションはオフィスと並ぶ主要セクターになりつつあります。2020年から2021年に大型ポートフォリオ取引で利回りが低下した後、いったん取得活動は鈍りましたが、2024年ごろから都心部の賃料上昇を背景に再び資金流入が強まりました。

住宅需要の土台は人口総数ではなく、都市部の世帯形成です。日本全体では人口減少が進みますが、東京、大阪、福岡などの中心部では進学、就職、転職を理由に若年層や単身世帯が流入します。JLLの賃貸住宅市場分析は、東京23区では2020年から2024年にかけて全区で若年層の転入超過が見られたと指摘しています。単身者の移動が賃貸需要を押し上げる構図です。

Savills IMも、日本の賃貸住宅はアジア太平洋地域で最も成熟したリビング系資産クラスの一つだと位置付けています。東京、大阪、名古屋の稼働率は長期にわたり高水準で、景気変動時にも急落しにくいとされます。これは海外年金、保険会社、政府系ファンドにとって大きな意味を持ちます。高成長ではなく、毎年のキャッシュフローを安定的に積み上げる投資対象として評価されるためです。

円建て資産に残る相対利回り

第二の理由は、金利差と通貨です。日本銀行は金融政策の正常化を進めていますが、日本の資金調達環境はなお欧米に比べて緩やかです。CBREは、金利上昇にもかかわらず金融機関の貸出姿勢と賃料上昇が投資意欲を支えていると分析しています。外資系ファンドにとって、日本は利回りが急低下した市場ではあっても、債券や欧米主要都市の不動産と比べて相対的な魅力が残る市場です。

円安も取得判断に影響します。ドルやカナダドル建ての投資家から見れば、円建て不動産は取得時点で割安に映りやすくなります。ただし、為替差益だけを狙う投資ではありません。大手ファンドは通常、為替ヘッジ費用、借入金利、将来の売却利回りを織り込んで投資判断をします。円安は入口価格の魅力を高めますが、収益性を決めるのは結局、家賃をどれだけ安定して伸ばせるかです。

ブルックフィールドは、世界でインフラ、不動産、再生可能エネルギーなどを運用する巨大な代替投資会社です。2026年には東京・汐留の大型オフィス取得でも名前が出ており、日本市場を一過性のテーマではなく、長期の資本配分先として見ていることがうかがえます。オフィス、物流、住宅を横断して投資するファンドほど、都市の人口、交通、雇用、建設費を一体で見ます。賃貸マンション投資も、その都市インフラ投資の一部です。

日本企業側のアセットライト化も、海外資金に投資機会を与えています。電通グループは2021年に本社ビルを売却し、売却後も賃借して使う形を取りました。こうした保有資産の流動化は、企業の資本効率改善と投資市場の拡大を同時に進めます。住宅でも、デベロッパー、J-REIT、私募ファンド、事業会社が持つ物件の入れ替えが進めば、海外勢がまとめて取得できるポートフォリオが増えます。

供給制約と賃料上昇が生む投資機会

建設費高騰で細る新規供給

海外マネーの流入を「買い手が増えたから価格が上がる」とだけ見ると、重要な半分を見落とします。いまの住宅投資の核心は、供給が簡単に増えないことです。資材価格、人件費、工期、用地取得費が同時に上がり、新築マンションの開発採算は厳しくなっています。建設現場では技能労働者の高齢化と人手不足が続き、工事費の上昇は単なる一時要因ではなくなっています。

JLLの分析では、全国の賃貸住宅着工は多くの地域で鈍化しています。2024年の貸家系の着工を2004年、2014年と比べると、増加が確認できた地域は限られ、東京圏では中心部の土地取得が難しいため周辺部へ供給が広がる傾向があります。大阪では商業系用途から住宅への転換が供給を支える一方、地方都市では人口規模よりも産業立地や雇用の変化が新規供給を左右します。

国土交通省の2026年地価公示では、全国の地価は全用途平均で5年連続上昇しました。三大都市圏では住宅地、商業地とも上昇幅が拡大し、東京圏と大阪圏では上昇基調が強まりました。土地代が上がり、建築費も上がる局面では、新しく安い賃貸住宅を大量に供給することが難しくなります。これは既存物件の保有者にとって追い風ですが、入居者にとっては家賃上昇圧力になります。

東京カンテイの市況レポートも、賃料の強さを示しています。2026年6月の分譲マンション賃料では、東京23区が1平方メートルあたり5118円と2カ月ぶりに上昇し、首都圏も直近1年間の最高値を更新しました。近畿圏も主要エリアの強含みで上昇が続いています。投資家が賃貸マンションに向かうのは、価格高騰の後でも賃料が追いつき始めているからです。

東京集中と地方都市への選別投資

とはいえ、全国どこでも同じように資金が流れ込むわけではありません。JLLは、2007年から2024年までの日本の賃貸住宅投資で、東京の構成比が大きく、首都圏が市場の中心であり続けてきたと分析しています。J-REITなどの投資基準も首都圏を重視する傾向があり、売却先の厚みが投資判断に影響します。

海外投資家が好むのは、鉄道駅に近く、通勤や通学の動線に乗り、一定以上の賃料を払える入居者層が厚い物件です。賃貸マンションは戸数が多ければよいのではなく、退去後に短期間で次の入居者を確保できるかが収益を左右します。駅距離、築年数、間取り、管理状態、周辺の雇用集積が、利回り以上に重要になります。

大阪、名古屋、福岡にも投資機会はあります。大阪は関西圏の経済規模と都心回帰、福岡は若い人口構成とスタートアップ集積が評価されます。熊本のように半導体関連投資が住宅需要を押し上げる地域もあります。ただし、海外ファンドが1000億円単位で資金を投じる場合、取得後の売却先が十分にあるか、管理会社や修繕会社を安定的に確保できるかも問われます。流動性の厚い東京が優位に残る理由はここにあります。

住まい手側から見れば、機関投資家の参入は必ずしも悪い話だけではありません。大規模保有者は、建物管理、共用部改修、省エネ設備、入居者対応を標準化しやすく、老朽化した賃貸住宅の質を引き上げる可能性があります。特に築年の進んだ物件では、断熱、給排水、セキュリティ、宅配設備の改善が資産価値と居住性の双方に効きます。

問題は、その改善費用がどこまで家賃に転嫁されるかです。日本の賃貸借制度は借り手保護が強く、既存入居者に対して急な賃料引き上げはしにくい構造です。そのため投資家は、退去時の再募集、設備更新後の単価引き上げ、定期借家の活用などを通じて賃料を上げます。これは一棟単位の運営力が収益を分ける市場に変わったことを意味します。

金利正常化で薄くなる過払い余地

最大のリスクは、金利上昇と取得価格の高止まりが同時に進むことです。賃貸マンションは安定収益資産ですが、どんな価格で買ってもよい資産ではありません。借入金利が上がれば、同じ家賃収入でも投資家の手残りは減ります。将来の売却時に利回りが上昇すれば、物件価格は下がります。入口価格のわずかな過払いが、数年後の運用成績を大きく削ります。

日本銀行は金融システムレポートで、不動産価格が大都市圏を中心に上昇し、資材高や人手不足といった供給要因に加え、投資需要も価格を押し上げている可能性を指摘しています。同時に、賃料は上昇しているものの、イールドスプレッドの低下が続いており、市場参加者の見方が変われば価格調整が起こり得るとも警戒しています。

価格の頭打ち感も一部に出ています。東京カンテイは2026年6月の中古マンション70平方メートル換算価格について、東京23区が26カ月ぶりに前月比マイナスになったと公表しました。これは住宅価格全体が下落局面に入ったというより、売り手の強気価格と買い手の負担力の間にずれが生じ始めたサインです。賃料が伸びても、取得価格がそれ以上に上がれば投資妙味は薄れます。

もう一つのリスクは、居住者の負担です。Savills IMは、日本の家賃負担率は欧州主要都市に比べて低く、上昇余地があると見ています。ただし、若年層、単身者、高齢者、外国人労働者など、都市機能を支える層の所得は必ずしも高くありません。高級賃貸と投資適格物件ばかりが増え、手頃な家賃の住宅が不足すれば、都市の働き手を遠ざけます。これは投資市場そのものの持続性にも跳ね返ります。

投資家と居住者が見るべき市場指標

今回の大型取得は、日本の賃貸マンションが世界の資本市場で「守りの成長資産」として再評価されていることを示します。海外マネーの増勢は、都心の住宅需要、建設費高騰、供給不足、円建て資産の相対利回りが重なった結果です。単なる投機ではなく、都市インフラを長期保有する動きとして捉える必要があります。

投資家が見るべき指標は、取得利回りだけでは不十分です。入居率、退去率、更新時賃料、周辺の新規供給、修繕費、借入金利、出口利回り、人口移動を同時に確認する必要があります。居住者や自治体にとっては、家賃上昇、手頃な住宅の不足、老朽ストックの改修が焦点になります。

海外ファンドの参入は市場を洗練させますが、価格と家賃の上昇を放置すれば、都市の生活基盤を細らせます。賃貸マンション投資の次の論点は、誰が買うかではなく、運営改善で生まれた価値を投資家、入居者、地域がどう分け合うかです。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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