東京の都心億ションはなぜ足りないのか高額報酬層が広げる住宅格差
億ション常態化が示す都心住宅の新段階
東京のマンション市場で起きているのは、単なる値上がりではありません。新築価格が一時的に跳ねたのではなく、都心の住宅が「高額所得者と資産家のための商品」へ寄っていく構造変化です。
不動産経済研究所の2026年上半期調査では、首都圏の新築分譲マンション平均価格が1億135万円となり、上半期として初めて1億円を超えました。東京23区は1億4249万円で、都心部を中心に価格水準が一段上がっています。
一方で、役員報酬1億円以上の開示人数は、2026年3月期決算で934人に達しました。2010年3月期の287人と比べると約3.3倍です。この記事では、都心億ションが「高すぎるのに足りない」理由を、供給制約、報酬格差、資産防衛の消費文化から読み解きます。
供給不足を生む地価と建設費の圧力
一億円台が標準に見える統計の異常
2025年の東京23区の新築分譲マンション平均価格は1億3613万円でした。都心6区では1億9503万円と、2億円に近い水準です。中央値でも東京23区は1億1380万円、都心6区は1億7000万円となり、少数の超高額物件だけが平均を押し上げているとは言い切れない局面に入りました。
2026年に入っても価格の高止まりは続いています。6月の首都圏平均価格は1億137万円、東京23区は1億3013万円でした。同月の都心6区は平均2億1430万円、1平方メートル当たり343.6万円で、専有面積60平方メートル台でも2億円級になりやすい計算です。
この価格帯になると、一般的な住宅ローンの延長線では購入が難しくなります。国税庁の令和6年分民間給与実態統計調査では、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は478万円でした。東京の購入者は全国平均より高い所得層が多いとしても、1億円超の新築マンションは給与所得だけで届く商品ではありません。
コスト高が下げにくくする販売価格
価格を押し上げる第一の要因は、地価と建設費です。東京都の令和8年地価公示では、区部住宅地の平均変動率は前年比9.0%上昇し、港区は16.6%上昇しました。区部商業地も13.8%上がり、住宅開発の用地取得はさらに難しくなっています。
建設費も下がっていません。建設物価調査会の建築費指数では、2026年6月の東京の集合住宅、鉄筋コンクリート造の工事原価指数は145.6でした。2015年平均を100とする指数なので、マンション建設の基礎コストは10年余りで大きく切り上がっています。
デベロッパーにとって、土地を高く仕入れ、工事費も高い状況では、安価な住戸を大量に出す余地が乏しくなります。採算を合わせるには、駅近、再開発、眺望、ホテルライクな共用部など、富裕層が評価しやすい要素を組み込んだ高単価物件へ寄せるほうが合理的です。
供給戸数の低迷と小分け販売
「億ションが足りない」という感覚は、需要の強さだけでなく供給の細りからも生まれます。2025年の首都圏新築マンション供給戸数は2万1962戸で、長谷工総合研究所も低水準の供給が続いたと整理しています。2026年上半期も7989戸にとどまり、上半期としては5年連続の減少でした。
供給が少ないうえ、販売側は一度に大量販売するより、反応を見ながら小分けに出す傾向を強めています。長谷工総合研究所は、首都圏で1回当たり10戸未満の小分け供給が過半を占めたと分析しています。高値でも買う層の反応を見極め、価格を維持する販売手法が広がっているのです。
超高層マンションの計画自体は多くあります。不動産経済研究所の2026年調査では、2026年以降に完成予定の超高層マンションは全国で319棟、10万7408戸です。首都圏は7万3713戸、そのうち東京23区は5万935戸を占めます。
ただし、この数字は「すぐ買える手ごろな住戸」が増えることを意味しません。工期は長く、建設費上昇で延期や計画見直しも起こります。さらに都心の再開発物件は、価格水準そのものが高く設定されやすく、供給増が住宅 affordability の改善に直結しにくい点が重要です。
高額報酬層が変える住まいの購買軸
一億円役員の増加と資産効果
都心高級マンションを支える需要は、給与所得者の平均像とは別の場所で増えています。東京商工リサーチによると、2026年3月期決算で役員報酬1億円以上を開示した企業は387社、人数は934人でした。前年の364社、887人をすでに上回り、過去最多です。
個別開示制度が始まった2010年3月期は、上場企業約2600社で1億円以上の役員が287人でした。報酬1億円超の層は、15年余りで約3.3倍に広がりました。東京の都心住宅市場では、この人数そのものよりも、高額報酬が株式報酬や業績連動報酬を伴う点が効いています。
2026年3月期の報酬ランキング上位では、ソフトバンクグループのレネ・ハース取締役が61億3900万円、キオクシアホールディングスのステイシー・スミス会長が44億3100万円でした。高額報酬の多くは、グローバル人材の獲得競争や株式報酬の普及と結びついています。
この層にとって、都心マンションは単なる居住費ではありません。株式や外貨建て資産で増えた富を、円建ての実物資産へ置き換える選択肢になります。住まい、資産保全、相続、社会的ステータスが重なることで、数億円の住戸でも検討対象になりやすいのです。
富裕層の増加が生む実物資産志向
野村総合研究所は、2023年の日本の富裕層と超富裕層を合計165.3万世帯、純金融資産総額を469兆円と推計しています。2021年から世帯数は11.3%増え、資産総額は28.8%増えました。株高、円安、相続が、金融資産の上位層を厚くしています。
注目すべきは、従来型のオーナー経営者だけではありません。NRIは、持株会やNISA、確定拠出年金などを通じて金融資産が増えた「いつの間にか富裕層」や、都市部の大企業共働き高所得世帯を挙げています。こうした層は、ブランド、教育環境、通勤利便性、資産性を同時に求めます。
担当著者の視点で重視したいのは、ここに消費文化の変化がある点です。かつて高級マンションは、豪華な内装や眺望を誇示する消費財として語られがちでした。いまは、子どもの教育、職住近接、災害時の安心、ホテルサービス、将来売却のしやすさを束ねた「生活インフラ型のラグジュアリー」になっています。
ブランド品の価値が素材だけでなく希少性と二次流通で決まるように、都心マンションも立地、管理、再開発エリアの物語で評価されます。港区、千代田区、中央区、渋谷区などで価格が下がりにくいと見られる物件は、住む場所でありながら、資産ポートフォリオの中核にもなります。
購入理由を動かす資産防衛の感覚
リクルートの2025年首都圏新築マンション契約者動向調査では、購入理由で「資産を持ちたい、資産として有利だと思ったから」が初めて最多になりました。購入者のライフステージも変化し、夫婦のみ世帯が35%、子どもあり世帯が32%、シングル世帯が18%です。
別の解説記事では、2025年契約者の平均購入価格は7324万円、東京23区は9598万円と紹介されています。世帯総年収の平均は1213万円、共働き比率は62.3%で、既婚世帯では78.2%に達しました。新築マンション購入者の中心は、単独収入の標準世帯から、共働き高所得層へ移っています。
それでも、購入者調査の東京23区平均9598万円と、販売市場統計の東京23区平均1億3613万円には大きな差があります。実際に契約できる生活者は、販売される高額物件の全体像より低い価格帯に寄っています。この差は、都心の新築市場で「売られているもの」と「普通の現役世代が買えるもの」がずれていることを示します。
資産防衛の意識が強まるほど、人気エリアへの集中は進みます。値上がりを見た読者が「今買わないとさらに遠のく」と考え、購入可能な高所得層が早めに動くからです。結果として、価格上昇が需要を冷やすだけでなく、逆に資産性を意識した需要を呼び込む循環が生まれます。
金利上昇下で強まる住宅格差のリスク
ローン購買層との距離
都心億ション市場の強さは、すべての住宅市場の強さではありません。住宅金融支援機構の2026年7月のフラット35金利は、借入期間21年以上35年以下、融資率9割以下で最も多い金利が年3.140%でした。固定金利で見れば、低金利だけを前提にした購入計画は組みにくくなっています。
変動金利も、日銀の金融政策正常化を受けて上昇圧力を受けています。2025年1月の金融政策決定会合では、政策金利が0.25%程度から0.5%程度へ引き上げられました。借入額が大きいほど、金利上昇は家計に重くのしかかります。
この環境では、住宅ローンで購入する層と、現金や金融資産を厚く持つ層の差が開きます。前者は返済負担率と将来金利に縛られ、後者はインフレ対策として都心不動産を買えます。住宅は生活の土台であるにもかかわらず、資産を持つ人ほど良い立地を取りやすい構図が強まります。
短期売買と海外需要をめぐる過熱感
価格上昇が続くと、投資目的の短期売買への警戒も高まります。国土交通省は、新築マンションの登記情報を使い、購入後1年以内の売買や国外住所者による取得を調べました。2024年上期の東京23区の短期売買割合は9.3%、都心6区は12.2%でした。
ただし、調査は国外住所者が2億円以上の高額物件を特に活発に購入、短期売買している傾向は見られないとも示しています。つまり、価格高騰を「外国人投資家だけ」の問題に還元するのは単純化しすぎです。国内の高所得者、相続資産、株式報酬、法人需要も市場を押し上げています。
三井不動産リアルティの都心プレミアムマンション調査では、2025年10〜12月期の平均成約坪単価が1335万円、平均成約価格が3億4267万円でした。中古の高級物件でも高水準の取引が続いており、新築だけでなく流通市場にも富裕層需要が波及しています。
政策と市場のゆがみ
住宅政策の難しさは、価格を抑えようとしすぎると供給が止まり、自由に任せると格差が広がる点にあります。都心部で用地が少なく建設費も高い以上、民間デベロッパーが採算性の高い高額物件に寄るのは自然です。しかし、その結果として職住近接を必要とする子育て世帯や働き手が外へ押し出されます。
短期転売対策、外国人取得の把握、定期借地権の活用、公共施設と住宅の複合開発など、論点は多岐にわたります。とはいえ、都心の土地そのものが希少である以上、単独の規制で価格を戻すことは難しいです。むしろ、都心に住める人を広げる賃貸、社宅、子育て世帯向け住戸の確保が現実的な補助線になります。
市場を見る読者にとって重要なのは、平均価格だけで判断しないことです。供給戸数、契約率、在庫、金利、地価、建設費、短期売買比率を重ねる必要があります。億ション市場の強さは、住宅全体の健全性ではなく、資産を持つ層への需要集中を示すシグナルでもあります。
読者が確認すべき不動産指標
都心億ション不足の本質は、住宅需要の総量不足ではなく、買える層と売りたい商品が高価格帯に偏るミスマッチです。建設費と地価が下がらない限り、都心新築の価格は急には下がりにくく、富裕層の資産防衛需要も底堅く残ります。
一方で、初月契約率の低下や在庫増加は、価格が無限に上がるわけではないことを示します。2026年上半期の首都圏初月契約率は64.8%で、3年連続の60%台でした。販売在庫も6389戸に増えています。高値追随が続くか、選別が強まるかは、この二つの指標に表れます。
購入を考える読者は、都心か郊外か、新築か中古かを二択で捉えるより、自分の可処分所得、金利耐性、将来売却の必要性を先に確認すべきです。投資家は、平均価格の上昇だけでなく、成約価格、賃料、管理費、修繕積立金、短期売買規制の動向を見る必要があります。都心億ションは、東京の富の集まり方を映す鏡であり、同時に住宅格差の前線でもあります。
参考資料:
- 首都圏 新築分譲マンション市場動向 2026年上半期
- 首都圏 新築分譲マンション市場動向 2026年6月
- 全国超高層マンション市場動向 2026年3月末現在
- 首都圏・近畿圏 分譲マンション市場動向
- 令和8年 地価公示価格 東京都分の概要
- 建設物価 建築費指数
- 役員報酬額1億円以上の開示 過去最多の934人に
- 2010年3月期決算の上場企業の役員報酬調査
- アクセスFSA 第84号 上場会社のコーポレート・ガバナンスに関する開示の充実
- 日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯と推計
- 2025年首都圏新築マンション契約者動向調査
- 令和6年分 民間給与実態統計調査
- フラット35 最新の金利情報
- 不動産登記情報を活用した新築マンションの取引の調査結果
- 都心不動産マーケット動向 2025年10月〜12月期
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