NewsHub.JP

NewsHub.JP

TSMC創業者がNVIDIA黄氏にCEO就任を打診した真相

by 山本 涼太
URLをコピーしました

はじめに

「台湾半導体の父」と称されるTSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏が、2024年11月に出版した自伝第2巻で驚くべきエピソードを明かしました。2013年、後継者を探していた張氏がNVIDIA創業者のジェンスン・ファン(黄仁勲)氏にTSMCのCEO就任を打診していたのです。

世界最大の半導体ファウンドリと、AI時代の覇者ともいわれるGPUメーカー。この2つの巨大企業の創業者同士のやり取りは、半導体業界の歴史を塗り替えていた可能性を秘めています。本記事では、自伝で明かされた後継者選びの舞台裏と、両社の深い関係について解説します。

モリス・チャンとジェンスン・ファンの絆

1997年に始まった交流

モリス・チャンとジェンスン・ファンの関係は、1997年にまで遡ります。当時まだ無名に近い存在だったNVIDIAの若き創業者ファン氏は、チャン氏に直接手紙を送り、面会を求めました。チャン氏はカリフォルニア出張の際にファン氏に電話をかけ、これが両者の長い交友関係と事業上のパートナーシップの始まりとなりました。

以来、NVIDIAはTSMCの重要な顧客となり、最先端プロセスでのGPU製造を委託する関係が続いています。現在のAIブームにおいて、NVIDIAのGPUがTSMCの最先端プロセスで製造されていることは、両社の関係の深さを象徴しています。

互いを認め合う経営者同士

チャン氏はファン氏の人柄、専門性、そして半導体業界への深い理解を高く評価していました。単なるビジネスパートナーを超えた信頼関係が、後の重大な打診につながることになります。ファン氏もまたチャン氏を半導体業界の偉大な先達として尊敬しており、両者の関係は業界でも特別なものとして知られていました。

自伝が明かした後継者選びの舞台裏

2013年、TSMCのCEO就任を打診

モリス・チャンの自伝第2巻によると、2013年にチャン氏は後継者探しの過程で、ファン氏をTSMCのCEOの理想的な候補者と見なしていました。チャン氏はファン氏の人格、経営経験、半導体技術への造詣の深さが、TSMC経営者にふさわしいと考えたのです。

チャン氏はファン氏との面談で約10分間にわたり、TSMCへの深い期待と展望を熱心に語りました。しかし、ファン氏はその話を辛抱強く聞いた後、シンプルに「私にはすでに仕事があります」と答えたのです。

二度目の打診も丁重に断られる

数週間後、チャン氏は再度ファン氏に打診を試みましたが、ファン氏の決意は揺るぎませんでした。ファン氏の「すでに仕事がある」という率直な返答は、NVIDIAを今日の姿に成長させるという使命感の表れだったと、チャン氏は振り返っています。

結果として、ファン氏がNVIDIAにとどまったことは、半導体業界全体にとって大きな意味を持つことになりました。2013年当時のNVIDIAの時価総額は約100億ドル程度でしたが、2024年には一時3兆ドルを超え、世界で最も価値ある企業の一つへと成長しています。もしファン氏がTSMCのCEOに就任していたら、AI革命の景色は大きく変わっていたかもしれません。

TSMCが歩んだ後継者の道

2018年の経営移行

ファン氏の辞退を経て、チャン氏は2018年にTSMCの会長職を退任しました。後任には劉德音(マーク・リウ)氏が会長に、魏哲家(C.C.ウェイ)氏がCEOに就任する二頭体制が採用されました。チャン氏が自ら育てた社内人材による経営継承です。

劉氏と魏氏はいずれもTSMCで長年にわたりキャリアを積んだ生え抜きの人材で、チャン氏の経営哲学を深く理解していました。この体制のもとでTSMCは成長を加速させ、先端半導体製造の世界的リーダーとしての地位をさらに強固なものにしました。

2024年、魏氏による一元体制へ

2024年6月には劉氏が会長を退任し、魏哲家氏が会長とCEOを兼任する体制に移行しました。魏氏のリーダーシップのもと、TSMCは2ナノメートルプロセスの量産準備を進めるとともに、米国アリゾナ州や日本の熊本県での海外工場建設を推進しています。

チャン氏の後継者選びは結果として、社内から優秀な経営者を輩出するという形で成功を収めたといえます。ファン氏への打診は実現しませんでしたが、TSMCは自社の人材で世界最先端の半導体製造企業としての地位を維持・強化しています。

注意点・展望

この自伝のエピソードは、経営者の後継者選びにおける「もしも」のシナリオとして興味深いものです。ただし、チャン氏の自伝は中国語版のみの出版であり、翻訳や報道の過程でニュアンスが変化している可能性がある点には留意が必要です。

今後の注目点としては、TSMCとNVIDIAの関係がさらに深化していくのかという点があります。AI需要の急拡大により、NVIDIAの最先端GPU製造はTSMCの先端プロセスに大きく依存しています。両社の協力関係は、世界の半導体サプライチェーンにおいて極めて重要な位置を占めており、今後もその動向から目が離せません。

まとめ

TSMC創業者モリス・チャン氏の自伝は、半導体業界の歴史に新たな光を当てました。NVIDIAのジェンスン・ファン氏へのCEO就任打診は、2つの巨大企業の運命を左右しかねない瞬間だったといえます。

ファン氏がNVIDIAにとどまりAI革命を牽引したこと、TSMCが社内人材で世界最先端の経営を実現したこと、いずれも結果として最善の選択だったといえるでしょう。このエピソードは、優れた経営者にとっての「正しい場所」がいかに重要かを教えてくれています。

参考資料:

山本 涼太

AI・半導体・先端技術・SaaS

AI・半導体・通信などの先端技術とそれを事業化する企業を取材。技術の本質と市場インパクトをわかりやすく解説する。

関連記事

最新ニュース

AI株高と日本国債の同時警報、いま企業経営は何を問われているか

S&P500のCAPEは40倍圏、KOSPIは年初から75%上昇し、日経平均も最高値を更新した。一方で日本国債利回りは2%台後半に近づき、日銀の買い入れ縮小と財政不安が重なる。AI相場の熱狂を、企業の資本配分、手元流動性、投資家対話、取締役会の監督責任から点検し、市場急変への備えを実務面から読み解く。

三菱電機が日立に追随しない理由、霧ヶ峰60年と国内空調の戦略

日立が家電事業をノジマへ譲渡する一方、三菱電機は霧ヶ峰を抱える空調・家電を成長領域に置く。2025年度に空調・家電売上高1兆6103億円を計上した同社の国内生産、顧客接点、センサー技術の意味を整理し、人口減少と低価格競争が強まる市場で売却より磨き込みを選ぶ理由を、日立との違いからその構造を読み解く。

プラットフォーマー競争の最新動向、GAFA・BATHと日本勢

GAFAとBATH、日本のLINEヤフー・メルカリを比較し、広告、EC、クラウド、決済、AI基盤が収益と規制をどう変えたかを整理。EUのDMA、日本の透明化法・スマホ新法、各社IRで確認できる最新数値をもとに、企業が何を自前化し、どこで外部連携すべきかを含め、プラットフォーマーの勝ち筋とリスクを解説。

テスラ高級EV終了、米工場ヒト型ロボ量産転換の勝算と課題分析

テスラがフリーモント工場のモデルS・Xラインを終え、Optimus量産へ設備を振り向ける。2025年の販売構成、AI投資、ロボット市場の成長性、フリーモント市の雇用見通し、量産立ち上げの技術課題を整理。競争激化で薄利化するEVから、データと半導体を軸にしたフィジカルAI企業へ転じる戦略を今読み解く。

テルマエ原作料問題から考える漫画映像化契約と出版界の新たな責任

映画『テルマエ・ロマエ』の興収59.8億円と原作使用料100万円騒動から、原作者の権利、出版社の説明責任、映像化契約の文書化を検証。『セクシー田中さん』後の指針や電子コミック市場拡大を踏まえ、漫画IPが書店、映画、配信を横断する時代に、なぜ原作者の納得と契約透明性が産業の持続性を左右するのかを読み解く。