中東危機で高まるASEAN原発導入機運と中国SMR優位の構図
ASEAN原発機運を押す需要増とホルムズ不安
ASEANで原子力発電が再び現実味を帯びています。背景にあるのは脱炭素だけではありません。国際エネルギー機関(IEA)は東南アジアのエネルギー需要が今後も急増するとみており、ASEAN Centre for Energy(ACE)は域内の電力需要が2022年の1200TWhから2050年に4300TWhへ拡大すると整理しています。経済成長を支えるため、各国は安定電源を増やす必要に迫られています。
そこへ重なったのが中東危機です。ホルムズ海峡を通る石油やLNGへの不安が強まると、輸入燃料に依存するアジアの電力コストは一気に揺れます。再生可能エネルギーの拡大は続きますが、系統安定化やベースロードの確保まで同時に満たすには別の選択肢も必要です。この記事では、なぜASEANで原発導入論が強まりやすいのか、タイとフィリピンはどこまで具体化しているのか、そして公開情報を踏まえると受注競争でどの国が有利なのかを整理します。
ASEANで原発論が再燃する理由
電力需要拡大と輸入燃料リスク
IEAによると、東南アジアは2035年までの世界のエネルギー需要増の25%以上を占める見通しです。工業化、都市化、データセンター整備、電化の進展が同時に起きるため、各国の課題は「脱炭素すること」より前に、まず十分な電力をどう確保するかにあります。とくにフィリピンやベトナム、タイでは、電力不足や料金上昇がそのまま産業政策の制約になりやすい構造です。
この地域の弱点は、燃料輸入への依存です。IEAは、ホルムズ海峡を2025年に平均日量2000万バレルの石油・石油製品が通過し、世界の海上石油貿易の約25%を担ったと説明しています。しかもその8割はアジア向けです。加えて、カタールとUAEのLNG輸出の大半も同海峡を通るため、封鎖や通航障害が起きれば、ASEANの電力会社は原油価格だけでなくLNG調達コストの急騰にも直面します。物理的な不足がすぐ起きなくても、価格変動だけで投資計画と電気料金が不安定になるわけです。
大型炉ではなくSMRが選ばれる事情
ただし、ASEANで直ちに大型原発が並ぶわけではありません。NBRは2024年時点で、ASEAN域内に商業運転中の原子力発電所はないと指摘しています。制度、規制、人材、廃棄物処分、住民理解のすべてが未整備な国が多く、従来型の大型炉は初期投資も政治負担も重すぎます。そこで注目されているのがSMRです。
ACEは、SMRが比較的小さな系統にも載せやすく、再エネを補完する低炭素のベースロードになり得る一方、法制度、官民の資金分担、廃棄物立地が大きな課題だと整理しています。逆に言えば、ASEANで原発導入が前に進むとしても、現実の入口は大型炉ではなくSMRになりやすいということです。出力を段階的に増やせて、離島や地方系統にも応用しやすいSMRは、東南アジアの電力事情と相性がよいからです。
タイ・フィリピンの具体策と中国優位の背景
タイが進める2037年視野のSMR準備
タイでは、World Nuclear Associationが2026年1月更新のレポートで、エネルギー省のPDP 2024-2037案に2基計600MWeのSMRを2037年までに運転入りさせる構想が盛り込まれたとまとめています。立地点は北部と南部が想定されており、電源多様化と脱炭素を同時に進める設計です。2025年7月にはIAEAがバンコクでSMRスクールを開催し、タイの原子力規制当局OAPも、法制度、人材、規制基盤の整備を進める姿勢を明言しました。タイは「導入決定」より一段手前の段階ですが、制度設計はすでに始まっています。
重要なのは、タイが単なる勉強会の段階を越えて、どの国の技術と組むかを見据えた接触を増やしている点です。2025年5月にはタイ代表団が中国を訪れ、中国核工業集団(CNNC)関連施設でSMRを含む原子力技術を視察し、技術移転や人材育成を協議しました。ここから先は公開情報からの推論ですが、タイのように制度整備と技術調査を同時に進める国では、規制当局や行政との接点を早く築いた供給国が受注で有利になります。その意味で、中国勢はかなり前の位置にいます。
フィリピンの二正面戦略と受注本命
フィリピンはより切迫しています。World Nuclear Associationによると、同国は1984年に完成した621MWeのバターン原発を一度も稼働させないまま抱えてきましたが、2032年までに最初の原発を運転開始する目標を掲げています。選択肢は二つです。ひとつはバターン原発の改修・再稼働、もうひとつは新設炉またはSMRの導入です。既存資産を生かせれば時間短縮の余地がありますが、老朽化評価と安全対策が重く、新設計画も並行して動かさざるを得ません。
この二正面戦略は、案件ごとに勝者が分かれる可能性を示します。バターン再評価では韓国勢の存在感が大きい一方、新設SMRの本命は中国勢とみるのが自然です。理由は三つあります。第一に、IAEAは2025年時点で稼働中のSMRが中国とロシアにあると整理しており、中国のACP100「玲龍一号」は2026年1月に非原子力系統の蒸気試験を終え、商業化目前まで進みました。第二に、ロシアの実績は「アカデミック・ロモノソフ」に代表される浮体式が中心で、島しょ部や遠隔地には強みがあっても、タイやフィリピンが想定する陸上系統向け案件とはやや性格が異なります。第三に、中国はASEANの行政・規制当局との協力をすでに積み上げています。ASEANの陸上SMR案件に限れば、中国の方が「すぐ提案できる完成度」と「関係構築」の両面で先行していると読めます。
SMR案件化を左右する制度・資金・ホルムズ情勢
もっとも、中東危機があるから原発導入が自動的に決まるわけではありません。ACEが指摘する通り、法制度、資金調達、廃棄物処分の枠組みが整わなければ、SMRも計画止まりに終わります。NBRも、ASEANは研究炉の経験こそあっても商業炉の運転実績を欠くとみています。つまり、今の追い風は「発注の前提条件」を整える圧力を強めているのであって、数年内の大量受注を保証するものではありません。
今後の見通しを左右するのは三点です。第一に、タイとフィリピンが原子力損害賠償、独立規制、送電網増強まで含めた制度設計をどこまで急げるかです。第二に、SMRの価格と工期が実証段階から商業段階へ移るなかで、どの供給国が融資や人材育成まで一体提案できるかです。第三に、ホルムズ海峡をめぐる不安が一時的な相場材料で終わるのか、輸入燃料依存を減らす国家戦略へ転化するのかです。この三条件がそろえば、ASEANの原発論は議論から案件選定の段階へ進みます。
中国SMR先行とASEAN原発論の本番
ASEANで原発導入の機運が高まる理由は明確です。電力需要が急増する一方、石油とLNGの輸入不安が中東危機で再確認され、再エネだけでは埋めきれない安定電源の必要性が強まっているからです。だからこそ、導入の入口として現実味を持つのが大型炉ではなくSMRです。
公開情報を総合すると、タイは2037年視野の制度整備に入り、フィリピンはバターン再評価と新設準備を並行しています。そして新設SMR案件の受注競争では、中国勢が一歩先を走っています。商業化の近い実機、ASEAN当局との接点、陸上系統向けの適合性がそろっているためです。ただし、最終的な勝敗を決めるのは外交ではなく制度と資金です。ASEANの原発論は、そこからが本番です。
参考資料:
- Executive summary – Southeast Asia Energy Outlook 2024 – IEA
- Strait of Hormuz - About - IEA
- 2025 Update: Who in ASEAN Is Ready for Nuclear Power? - ASEAN Centre for Energy
- Small Modular Reactor (SMR) Deployment towards a Low-Carbon ASEAN Economy - ASEAN Centre for Energy
- Thailand - World Nuclear Outlook Report - World Nuclear Association
- IAEA Expands Global Initiative to Boost Knowledge of Small Modular Reactors
- Thailand Explores Nuclear Energy Collaboration with China to Advance SMR Technology – OAP
- Nuclear Power in the Philippines - World Nuclear Association
- Chinese SMR completes non-nuclear steam start up test - World Nuclear News
- Nuclear power technology development - World Nuclear Association
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