アズビル生成AI技術継承、人手不足に挑む現場資産化戦略の最前線
生成AIが技術継承の主役に浮上する背景
製造業の技術継承は、ベテランが若手に作業を見せるだけでは回りにくくなっています。人手不足で現場に余白がなく、設備や制御システムは高度化し、過去のトラブル対応や調整の勘所は文書、図面、写真、会話記録、作業報告に分散しています。アズビルが生成AIを使って熟練技術者の知見を継承しようとしている動きは、こうした構造変化への実務的な回答です。
ポイントは、AIを「文章を作る道具」にとどめないことです。熟練者が持つ判断基準を、検索でき、比較でき、改善できる業務データに変える。そこに生成AI、画像認識、RAG、評価データづくりを組み合わせれば、現場の学習速度を上げられます。本稿では、アズビルの公開資料と公的統計、他社の製造業AI事例をもとに、生成AIによる技術継承がどこまで現実的になったのかを整理します。
アズビルが進める現場知識のAI実装
全社員展開で作る利用習慣の土台
アズビルは、計測・制御機器やビル・工場向けオートメーションを手がける企業です。公開資料によれば、同社は2023年春から生成AIの技術調査と利用環境の構築を始め、安全に使うためのガイドライン策定も並行して進めました。2023年8月には社内向け生成AIチャットサービスを全社員へ提供し、9月から国内外のグループ会社にも広げています。
この時点で重要なのは、AI導入を一部のデジタル部門だけの試行にしていない点です。活用推進タスクチームを編成し、ウェビナーなどで社員の利用を後押ししたことが、後続の現場AIに向けた土台になっています。外部の公開記事では、全社員規模のエンタープライズ版チャットサービスで1日約2万件のトランザクションが発生していると紹介されています。数字の大小以上に、日々の業務でAIに質問し、返答を検証する習慣が生まれていることが大きいです。
生成AIは、導入初期には議事録、要約、メール作成のような事務作業から使われがちです。しかし、製造業の競争力に直結するのは、顧客設備、保守履歴、制御ノウハウ、異常時対応といった企業固有の知識です。アズビルが社内チャットの展開と同時に現場サービスへAIを広げたことは、一般的な生成AI活用から、業務知識の構造化へ踏み出した動きといえます。
生成KYが示す報告書データの価値
アズビルの象徴的な取り組みが、現場サービススタッフのリスクアセスメントを支援する「生成KY」です。KYは危険予知の略で、作業前に潜在リスクと対策を確認する安全活動です。同社は、過去に蓄積された作業報告書データなどを使い、対象業務のリスクや解決策を提案するAIサービスを開発し、段階的に活用しています。
この仕組みの価値は、報告書を単なる記録から「次の作業を安全にする知識資産」へ変える点にあります。ベテランは、設備の音、過去の似た不具合、作業環境の微妙な違いから危険を予測します。若手が同じ判断をすぐ再現するのは難しいですが、過去の報告書、作業条件、対策、結果をAIが検索・要約できれば、経験の浅い担当者でも確認すべき観点を得やすくなります。
アズビルの2025年の事業戦略資料でも、生成AIを含むAI技術をソフトウエア開発、製品開発、技術継承に使う方針が示されています。新中期経営計画では、生産、開発、サービス、エンジニアリングなどで技術継承と製品・サービスの高付加価値化を図るとしています。つまり生成KYは単発の便利ツールではなく、AIを事業モデル強化に組み込む流れの一部です。
熟練知をデータ化する製造業DXの条件
暗黙知を会話だけで残さない設計
熟練技術者の知見は「言葉にしにくい」とされます。ただし、AI活用の観点では、言語化できないと決めつけるより、どの単位なら記録できるかを切り分ける必要があります。作業前に何を確認したか、異常をどう分類したか、どの資料を見たか、なぜその対策を選んだか。こうした判断の痕跡を残すだけでも、AIが扱えるデータは増えます。
RAGは、この領域で重要な技術です。大規模言語モデルは、古い知識や根拠の見えにくい回答、もっともらしい誤答という弱点を持ちます。RAGは外部データベースから関連情報を取り込み、回答に使う仕組みで、企業内文書や保守履歴を活用する用途と相性があります。ただし、RAGを導入すれば自動的に技術継承が進むわけではありません。文書の粒度、検索しやすいメタデータ、禁止情報の管理、回答評価の仕組みが必要です。
JILPTの調査では、製造業で技能継承に問題があると回答した事業所は54.7%で、産業全体の35.4%を上回っていました。技能継承がうまくいっている理由では、計画的なOJTが59.5%、指導者と受け手のコミュニケーションが39.0%とされています。この結果は、AIがOJTを置き換えるのではなく、OJTの密度を高める補助線になることを示しています。AIに問い、ベテランが補足し、若手が現場で検証する流れを作るほど、知識は定着しやすくなります。
バルブ整備AIが示す時間創出効果
アズビルの技術資料には、バルブ整備作業にAI画像処理を導入した事例もあります。バルブ整備の現場では、熟練作業者の高齢化、人員不足、技能伝承の時間不足が課題です。同社は工程分析を行い、従来手作業だった整備レポート作成の一部にAI画像処理を導入しました。ユーザー評価では、レポート作成作業の工数削減と、後継人材育成のための時間確保に貢献できる可能性が確認されています。
この事例は、技術継承AIの本質をよく表しています。AIは熟練者の脳内を丸ごとコピーするものではありません。むしろ、熟練者が本来見るべきポイントに時間を戻すための道具です。報告書作成、写真整理、類似事例検索、定型説明の作成をAIが支援すれば、ベテランは若手へのフィードバック、例外判断、現場での観察に時間を使えます。
中小企業白書の2025年版概要では、人材不足の企業において不足している職種として、現業職が中規模企業で85.7%、小規模事業者で88.0%と示されています。2026年版の概要でも、2010年代以降に多くの業種で人手不足感が強まり、中小企業では専門的・技術的職業従事者の不足が目立つとされています。人を増やしにくい環境では、AIの導入効果は「何人分の仕事を置き換えたか」だけでなく、「教育と判断に使える時間をどれだけ作ったか」で測るべきです。
日立の品質保証業務へのAIエージェント適用実証も、同じ方向性を示します。熟練者と専門チームが実業務を想定した質問と模範解答を100件以上作り、評価基準を整えたうえで、トラブル事例検索時間を約9割、特徴量抽出・分析時間を8割以上削減したとしています。製造業のAI導入で成果を出すには、モデル選定よりも、評価データを誰が作り、現場の判断基準をどう反映するかが問われます。
AI技術継承を阻む品質管理と責任分界
生成AIによる技術継承には、明確なリスクもあります。最も危険なのは、AIの回答を「ベテランの判断」と誤認することです。安全作業、設備保全、品質保証では、誤った助言が事故や品質不良につながる可能性があります。AIは根拠資料を提示できても、現場の状態をすべて把握しているわけではありません。最終判断者、承認プロセス、利用禁止領域を定める必要があります。
アズビルは、生成AI利用に関するリスク対策として、ガイドライン策定、機密情報漏えい防止の技術的対策、全社員への教育研修を挙げています。著作権侵害、安全性と正確性、倫理的配慮も教育対象です。これは、技術継承AIを運用するうえで欠かせない前提です。現場報告書や顧客設備の情報は機密性が高く、一般的な外部AIサービスへ不用意に入力できません。
もう一つの課題は、知識の更新です。設備仕様、法規制、顧客ルール、安全基準は変わります。古い報告書をそのまま参照すれば、過去には正しかった対策が現在の条件に合わないこともあります。データの鮮度、承認済み文書の範囲、回答ログの監査、誤回答の修正フローを組み込まなければ、AIは便利な検索窓であると同時に、古い慣行を増幅する装置にもなります。
そのため、導入時には「AIが何を答えたか」だけでなく、「人がどう検証したか」を記録する設計が重要です。生成KYのようなリスクアセスメント支援では、AIの提案、現場の採否、実際に発生したヒヤリハット、作業後レビューをつなぐことで、次回の助言品質を高められます。技術継承はデータベースを作った瞬間に終わるのではなく、運用で育てるプロセスです。
現場リーダーが確認すべき導入指標
アズビルの取り組みから見えるのは、生成AI時代の技術継承では「おしゃべりなベテラン」の価値がむしろ高まるという点です。経験を語れる人、失敗事例を説明できる人、若手の質問に具体例で返せる人は、AIに投入する評価データと判断基準を作る中心になります。シニア人材は置き換え対象ではなく、現場知識を資産化する編集者です。
導入を検討する企業は、モデル性能だけでなく、実務指標を先に決めるべきです。類似事例の検索時間、初動判断の正確性、報告書作成時間、若手の独り立ち期間、ヒヤリハットの共有件数、ベテランが教育に使える時間。これらを導入前後で測ることで、AIが本当に技術継承に効いているかを判断できます。
生成AIは、現場の暗黙知を自動的に救い出す魔法ではありません。しかし、報告書、画像、作業履歴、会話、評価基準をつなぐ設計があれば、失われがちな熟練知を次世代が扱える形に変えられます。アズビルの事例は、人手不足時代の製造業にとって、AI活用の勝ち筋が「効率化」から「現場知識の資産化」へ移っていることを示しています。
参考資料:
- デジタルトランスフォーメーション(DX) | アズビル
- AI技術を活用したバルブ整備作業の工程改善 | アズビル
- スマート保安 | アズビル
- アズビル 2023年度下期リリース集
- azbilグループ事業戦略説明会
- 事業等のリスク | アズビル
- 調査シリーズNo.194 ものづくり産業における技能継承の現状と課題 | JILPT
- 2025年版ものづくり白書 概要
- 2026年版中小企業白書・小規模企業白書の概要
- 2025年版中小企業白書・小規模企業白書の概要
- 製造業向けアシスタントAI導入事例 | 日立システムズ
- 日立、品質保証業務へのAIエージェント適用で対応品質を強化
- Retrieval-Augmented Generation for Large Language Models: A Survey
- 「毎日2万回」利用、生成AI使い倒すアズビルが「おしゃべりベテラン」に大注目の理由
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