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デンソーがローム買収提案を撤回、パワー半導体は3社連合の時代へ

by 鈴木 麻衣子
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デンソー1.3兆円提案撤回と3社連合選択

自動車部品最大手のデンソーが、半導体大手ロームに対する買収提案を撤回する方針を固めました。2026年2月に提示された約1兆3000億円規模の買収案は、わずか2カ月余りで幕を閉じることになります。

ロームが選んだのは、デンソー(トヨタグループ)の傘下に入る道ではなく、東芝デバイス&ストレージおよび三菱電機とのパワー半導体事業統合という「独立した産業横断型連合」でした。この選択は、日本のパワー半導体産業の再編を大きく方向づけるものです。

本記事では、買収提案から撤回に至る経緯を整理したうえで、3社連合の戦略的意義とデンソーの今後を、企業経営とガバナンスの観点から読み解きます。

デンソー買収提案の経緯と撤回の背景

戦略的提携から買収提案への急展開

デンソーとロームの関係は、段階的に深まってきました。2024年9月に半導体分野でのパートナーシップに関する検討・協議が始まり、2025年5月8日には「半導体分野における戦略的パートナーシップ」の基本合意が発表されています。合意内容は、アナログICを中心とした車載電動化・知能化向けデバイスの連携や、資本関係の強化検討を含むものでした。

この提携を土台に、デンソーは2026年2月、TOB(株式公開買い付け)によるローム全株取得を目指す買収提案を行いました。2025年9月末時点でローム株の4.98%をすでに保有しており、買収総額は約1兆3000億円規模と報じられています。デンソーの狙いは明確で、EV(電気自動車)の電動化が加速するなかで、パワー半導体の安定調達と技術開発体制の強化を一気に実現することでした。

2026年3月6日に買収提案が報道で表面化すると、ロームの株価は前日比18%上昇しストップ高を記録。一方でデンソーの株価は3%超の下落となり、市場は買収の成否に早くも疑問を投げかけていました。

ローム経営陣が拒んだ「トヨタグループ入り」

撤回に至った最大の要因は、ローム経営陣の強い拒否姿勢です。ロームにとって、デンソーへの売却はトヨタグループという巨大な自動車メーカー系列に組み込まれることを意味します。パワー半導体のユーザーである自動車部品メーカーの傘下に入れば、他の自動車メーカーや産業分野への販売に制約が生じる懸念がありました。

報道によれば、ローム経営陣は「巨大なトヨタグループに飲み込まれる」ことへの拒否感を繰り返し示していたとされます。半導体メーカーとしての独立性を維持し、幅広い顧客基盤に製品を供給し続けるという経営判断は、コーポレートガバナンスの観点からも合理的な選択といえます。

デンソーは4月25日、買収提案の撤回方針を固め、「ロームに限らず第三者との連携の可能性を積極的に検討する」との姿勢を示しました。提案から撤回まで約2カ月という短期間での決着は、ローム側の対抗策が迅速かつ明確だったことを物語っています。

ローム・東芝・三菱電機「世界2位連合」の全容

3社の技術的補完関係

デンソーの買収提案に対抗する形で、2026年3月27日にローム、東芝デバイス&ストレージ、三菱電機の3社がパワー半導体事業の統合に向けた協議開始で基本合意しました。

3社の技術的な強みは明確に棲み分けされています。ロームは炭化ケイ素(SiC)パワー半導体の先駆者として知られ、2010年に世界初のSiC MOSFETの量産に成功した実績を持ちます。東芝デバイス&ストレージはシリコン(Si)MOSFET分野で強みを発揮し、三菱電機は絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ(IGBT)やパワーモジュールで高い技術力を有しています。

この補完関係は、統合によって重複ではなくシナジーを生み出す構造であり、事業統合の成功確率を高める重要な要素です。ロームの東哲郎社長は「持続的に成長するためには個社が小さい単位でやるのではなく、日本で同じ志を持つ会社が集まる必要がある」とコメントしています。

統合後の市場ポジションと規模感

3社統合が実現した場合の市場インパクトは大きいものがあります。パワー半導体の世界シェアは、三菱電機が4位(5.0%)、ロームが8位(3.2%)、東芝が9位(3.1%)とされ、統合後のシェアは11.3%に達し、オンセミ(7.9%)を抜いて世界2位に浮上する見通しです。

ただし、首位のドイツ・インフィニオンテクノロジーズのシェアは24.4%と依然として大きく、その差は約13ポイントあります。インフィニオンは2026年にドイツ・ドレスデンで約50億ユーロ(約7900億円)を投じた新工場を稼働させる計画であり、首位との差を一気に縮めることは容易ではありません。

とはいえ、3社が個別に競争するよりも、統合体として設備投資や研究開発の効率化を図れるメリットは明白です。特に、パワー半導体の製造には巨額の設備投資が必要であり、スケールメリットの確保は競争力の根幹に関わります。

パワー半導体市場の構造変化と電動化の加速

SiCパワー半導体の爆発的な成長見通し

3社連合の形成を後押ししているのが、パワー半導体市場そのものの急速な拡大です。パワー半導体の世界市場は2025年に約568億7000万ドルと評価され、2031年までに782億5000万ドルに達すると予測されています。

なかでもSiCパワー半導体の成長は際立っています。富士経済の調査によれば、SiCパワー半導体の市場規模は2025年見込みの4558億円から2035年には2兆9034億円へと拡大する見通しです。EVにおけるSiCパワー半導体の採用率は2024年時点で10%強ですが、2035年には50%を超えると予測されており、まさに指数関数的な成長が見込まれています。

SiCはシリコンと比べて高電圧・高温環境下での動作に優れ、EVのインバーターに採用することでバッテリー搭載量を増やさずに航続距離を延長できるという利点があります。この技術的優位性が、自動車メーカーからの需要を牽引しています。

グローバル競争の構図

パワー半導体市場では、インフィニオン、STマイクロエレクトロニクス、オンセミ、ウルフスピードといった欧米勢がSiC分野でも積極的に投資を進めています。SiCおよびGaN(窒化ガリウム)パワー半導体の市場は、上位5社で世界収益の90%以上を占める寡占構造にあり、日本勢が競争力を維持するには一定の規模が不可欠です。

ロームは2021年度から2027年度の7年間で約5100億円の設備投資を計画し、SiCパワー半導体の世界トップシェア獲得を目指してきました。しかし単独での投資には限界があり、3社統合によって投資余力を拡大し、グローバル競争に耐えうる体制を構築する狙いがあります。

デンソー戦略再構築と3社統合の課題

デンソーの半導体戦略は振り出しに

買収提案の撤回により、デンソーは半導体戦略の練り直しを迫られます。デンソーは車載半導体事業において、パワー半導体、マイコン・SoC、センサーの3領域を戦略的に展開しており、パワー半導体の内製化・垂直統合は重要な経営課題でした。

「第三者との連携の可能性を積極的に検討する」というデンソーの声明は、ローム以外の提携先を模索する意向を示唆しています。ただし、国内のパワー半導体大手がローム・東芝・三菱電機の3社連合に集約される方向性のなかで、国内での選択肢は限られます。海外メーカーとの提携や、異なるアプローチでの技術確保が焦点になるとみられます。

3社統合の実現に向けた課題

3社の基本合意は「協議開始」の段階であり、統合の具体的な形態(持株会社方式か事業譲渡か等)や条件は今後の交渉次第です。3社はそれぞれ異なる企業文化と事業構造を持っており、経営統合のプロセスには相応の時間と調整コストがかかります。

また、東芝デバイス&ストレージは東芝グループの一部門であり、三菱電機にとってもパワーデバイス事業は総合電機メーカーとしての一事業にすぎません。各社の親会社・本体の経営判断がどこまで統合を後押しするかも重要な変数です。パワー半導体の技術革新スピードが速いなかで、統合協議の長期化は競争力低下のリスクをはらんでいます。

SiC急拡大下の世界2位連合と再編の焦点

デンソーのローム買収提案撤回は、日本のパワー半導体再編の方向性を決定づける出来事となりました。ロームが「自動車メーカー系列への統合」よりも「半導体メーカー同士の産業横断型連合」を選択したことは、パワー半導体事業の独立性と顧客基盤の多様性を重視するガバナンス上の判断として注目されます。

EV電動化の加速に伴いSiCパワー半導体市場が急拡大するなかで、ローム・東芝・三菱電機の3社連合が世界2位の座を実現できるか、そしてデンソーが新たな半導体戦略をどう再構築するか。日本の産業競争力を左右するこの再編劇の行方を、引き続き注視する必要があります。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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