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姫路城「二重価格」が問う観光地の持続可能性

by 田中 健司
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はじめに

2026年3月1日、世界遺産であり国宝でもある姫路城が、入城料の「二重価格」制度を開始しました。姫路市民は従来通り1000円、市民以外は2500円という料金体系です。導入から1カ月が経過した時点で、入城者数は前年同月比17%減となった一方、収入は約2億7000万円と前年同月の2倍に達しました。

この二重価格制度は、姫路市の清元秀泰市長が2024年6月の国際会議で「外国の人は30ドル、市民は5ドルくらいにしたい」と発言したことに端を発しています。当初は外国人観光客に限った値上げが検討されていましたが、最終的には国籍ではなく居住地で区分する方式に落ち着きました。

本記事では、姫路城の二重価格導入の背景にある財政的事情、国籍基準から居住地基準への転換の経緯、海外の先行事例との比較、そして今後の日本全体への波及について、地方財政の観点から整理します。

二重価格導入の背景にある巨額の維持管理費

10年間で280億円という現実

姫路城の二重価格導入を理解するには、まず維持管理にかかるコストの実態を知る必要があります。姫路城は2015年に「平成の大修理」を終え、白鷺城の名にふさわしい美しい姿を取り戻しました。しかし、城郭の維持管理は終わりのない作業です。

2015年度からの10年間で、姫路城の維持管理費は約145億円に上りました。そして今後10年間では、石垣の耐震補強工事が新たに加わることに加え、人件費や資材費の高騰もあり、これまでの約2倍にあたる280億円が必要と試算されています。

入城料の改定史と財源確保の課題

姫路城の入城料は、平成の大修理を終えた2015年3月の再公開時に、18歳以上1000円・小中高生300円に改定されました。修理期間中は一時的に400円に引き下げられていた経緯があり、再公開に合わせた実質的な値上げでした。

しかし、年間の入城料収入だけでは280億円規模の維持管理費を賄いきれません。姫路市は2026年度のチケット売上高を約22億円と見込んでおり、これは2025年度比で約10億円の増収となります。この増収分は石垣や壁の補修といった保存修理に充てられる計画です。

市民据え置きの論拠

市民料金を1000円に据え置いた背景には、明確な財政的論理があります。姫路市民は日常的に市税を納めており、その税収の一部は姫路城を含む城下町の景観保全に使われています。つまり、市民はすでに姫路城の維持管理費を間接的に負担しているという考え方です。

自治体の公共施設において、住民と非住民で料金を分けること自体は珍しくありません。公営プールや体育館、図書館などで市内料金と市外料金が異なるケースは全国に存在します。姫路城の二重価格は、この地方自治の原則を観光施設に適用したものともいえます。

「外国人料金」から「居住地基準」への転換

当初案が招いた波紋

2024年6月、清元市長が国際会議の場で「外国人は30ドル」と発言した当初案は、外国人観光客の入城料を現行の約4倍にあたる4000円程度に設定するというものでした。この構想は国内外で大きな反響を呼びました。

賛成派からは「海外では当たり前の仕組み」「文化財の保存に必要な財源確保は正当」といった声が上がりました。一方、反対派からは「国籍による差別ではないか」「城のイメージを損なう」「外国人観光客の足が遠のく」といった批判が寄せられました。

法的リスクの壁

外国人に限定した値上げが見送られた背景には、法的な問題があります。日本の憲法学における通説「権利性質説」では、性質上適用可能な人権規定は外国人にも及ぶと解釈されています。国籍に基づいて料金に差を設けることは、憲法14条1項の平等原則に抵触する可能性が指摘されていました。

仮に国籍を基準とした料金制度を条例で定めた場合、その目的の合理性・必要性・相当性が厳しく審査される可能性があります。弁護士ドットコムの解説によれば、外国人からのみ高額料金を徴収する制度は、人権制限として違憲と判断されるリスクがあるとされています。

居住地基準という妥協点

最終的に姫路市が採用したのは、「姫路市民か否か」という居住地基準です。この方式であれば、姫路市在住の外国人は市民料金の1000円で入城でき、他の都道府県に住む日本人は2500円を支払います。国籍による区別ではなく、地方自治体の住民サービスという枠組みに収まるため、法的リスクは大幅に低減されます。

市民であることの確認には、マイナンバーカードや運転免許証、在留カードなど、顔写真付きで氏名・住所が記載された公的身分証の提示が求められます。デジタルチケットで市民料金を適用する場合には、マイナンバーカードによる認証が必要です。

導入1カ月の実績と周辺への影響

収入倍増と入城者減少の二面性

2026年3月の実績は、二重価格の効果と課題を如実に示しています。入城者数は約14万人と前年同月比で17%減少しました。より詳細にみると、3月1日から26日までの日本人入城者は約6万2800人で、前年同期を20%下回っています。

一方、収入面では約2億7000万円と前年同月の2倍を記録しました。入城者数が減っても、1人あたりの単価上昇が減少分を大きく上回ったことになります。市は年間ベースで約10億円の増収を見込んでおり、この数字が実現すれば、維持管理費の財源として大きな前進です。

周辺経済への懸念

入城者数の減少は、姫路城周辺の商業者にとって看過できない問題です。読売新聞の報道によれば、姫路城大手門近くで60年以上喫茶店を営む経営者は「お城があって、我々の経営が成り立つ。大幅な値上げがどう影響するのかわからず心配だ」と不安を口にしています。

導入後最初の4日間で入城者数が前年比で減少したことが報じられると、「本当に見たい人は来てくれる」という市側の見解と、「影響が心配」という周辺店舗の声が対照的に伝えられました。城への来訪者が減れば、周辺の飲食店や土産物店への波及は避けられません。入城料収入は市の歳入になりますが、観光消費の減少分は民間事業者が負担することになります。

「納得度の高い形」という評価

一方で、国籍ではなく居住地で区分した点については一定の評価もあります。読売新聞が報じたタレント・小原ブラス氏のコメントでは「納得度の高い形」と評されました。外国人だから高いのではなく、地元住民として税を納めているかどうかで分けるという論理は、理解を得やすい側面があります。

海外の二重価格制度との比較

エジプト・ピラミッドの価格差は約9倍

海外の観光地では、外国人と自国民で料金を分ける制度は広く普及しています。エジプトのギザのピラミッドでは、エジプト人・アラブ諸国の観光客は大人60エジプトポンド(約186円)であるのに対し、外国人観光客は大人600エジプトポンド以上と、約9倍の価格差があります。

インドのタージマハルではさらに差が大きく、インド国民と外国人との価格差は約21倍とされています。チケット売り場もインド人用と外国人用に分けられています。タイのエメラルド寺院(ワット・プラケオ)でも、タイ国民と外国人で異なる料金が設定されています。

ルーブル美術館の転換点

注目すべきは、これまで主に新興国や途上国で行われてきた二重価格制度が、先進国にも広がり始めている点です。フランスのルーブル美術館は2026年1月14日から、EEA(欧州経済領域)居住者は従来通り22ユーロ、それ以外の来訪者は32ユーロという料金体系を導入しました。約45%の値上げです。

ルーブル美術館はこの施策により、年間1500万〜2000万ユーロの追加収入を見込んでいます。世界最大級の美術館が二重価格に踏み切ったことは、国際的な議論に大きな影響を与えました。

姫路城の位置づけ

姫路城の2.5倍という価格差は、海外事例と比較すると控えめな水準です。ピラミッドの約9倍、タージマハルの約21倍と比べれば穏やかですが、ルーブル美術館の約1.5倍と比べると大きい。ただし、姫路城の場合は国籍基準ではなく居住地基準を採用しているため、単純比較には注意が必要です。

市民以外の2500円という価格は、天守が現存する国内12城の中で最も高い水準となっています。松本城(700円)や彦根城(800円)と比べても突出しており、姫路城が世界遺産としてのブランド力を価格に反映させた形です。

国立施設への波及と観光庁の動き

国立博物館・美術館にも二重価格の検討

姫路城の動きは、国の施設にも波及しています。文化庁は、国立施設を運営する独立行政法人に対し、二重価格の導入を含めた検討を求める方針を固めました。対象は東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館、東京国立近代美術館など11施設です。

財務省の試算では、二重価格を導入した場合、訪日外国人の入館料は一般料金の2〜3倍程度になる可能性があり、東京国立博物館では現行1000円の入館料が最大3000円程度に引き上げられるケースも想定されています。

観光庁によるガイドライン策定の動き

観光庁は2026年3月、公的観光施設向けの二重価格に関する指針を策定する方針を発表しました。同年4月27日には有識者会議の初会合が開かれ、ガイドライン策定に向けた議論が本格的に始まっています。

次期観光立国推進基本計画では「持続可能な観光の実現を図るため、公的施設などの料金設定に関するガイドラインの策定を検討する」と明記される方針です。今後、国としての統一的な考え方が示されれば、各自治体が個別に判断を迫られる現状は改善される可能性があります。

注意点・展望

「入城者減」の長期的影響を注視すべき

二重価格の導入1カ月で収入が倍増したことは、短期的には成功といえます。しかし、入城者数17%減という数字を楽観視すべきではありません。観光地の経済効果は入城料だけでなく、周辺の飲食・宿泊・交通・土産物など広範な消費活動に波及します。

入城者が減れば、城下町全体の観光消費も縮小する可能性があります。市の歳入は増えても、民間事業者の売上が減少すれば、地域経済全体としてはマイナスになりかねません。入城料収入と周辺経済への影響を総合的に検証する仕組みが求められます。

他の自治体への波及と「横並び」のリスク

姫路城の事例は、全国の観光地に強い影響を与えています。しかし、すべての観光地が同じ手法を取れるわけではありません。世界遺産・国宝という圧倒的なブランド力があるからこそ、2500円という価格でも訪問者を維持できている面があります。知名度や集客力が異なる施設が安易に追随すれば、観光客の大幅な減少を招く恐れがあります。

まとめ

姫路城の二重価格制度は、日本の観光地が直面する構造的課題を象徴しています。膨大な維持管理費を誰がどう負担するのかという問題に対し、姫路市は「市民は税で、市民以外は入城料で」という論理で一つの解を示しました。

導入1カ月で収入倍増という成果は出ていますが、入城者減少による周辺経済への影響、他の自治体への波及のあり方など、検証すべき課題は多く残されています。観光庁がガイドラインの策定に動き出した今、姫路城の経験は全国の観光施設にとっての重要な先行事例となるでしょう。持続可能な観光地経営と地域経済の両立をどう図るか。姫路城の挑戦から目を離せない局面が続きます。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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