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ホルムズ海峡封鎖で燃料在庫逼迫 欧州・アフリカ・豪州高騰の構図

by 中村 壮志
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はじめに

ホルムズ海峡の封鎖は、原油価格の上昇だけでなく、ガソリンや軽油の在庫を地域ごとに細くする局面です。原油が世界のどこかで余っていても、製油所で製品に変え、船で運び、油槽所と給油所に届ける鎖が切れれば、末端では不足感が生まれます。焦点は、原油の総量不足よりも石油製品の供給網がどこで先に詰まるかです。

注目すべきなのは、ショックで地域ごとの痛み方が違う点です。欧州は在庫と制度でしのげる一方、軽油やジェット燃料は中東依存が残ります。アフリカは輸入依存と価格統制の組み合わせで局地的な欠品が起きやすく、豪州はアジア精製網への依存が大きく、価格と流通の両面で揺さぶられています。

在庫逼迫の起点

原油より石油製品が詰まりやすい構造

米エネルギー情報局(EIA)によると、ホルムズ海峡を通る石油は2024年平均で日量2,000万バレルと、世界の石油液体消費の約2割に相当します。つまり、この海峡の混乱は単なる中東ローカルの問題ではなく、世界の石油物流の幹線を止める出来事です。しかも、代替ルートには限界があり、通れない分をすぐ別経路へ振り替えるのは難しい構造です。

さらに重要なのは、詰まるのが原油だけではない点です。IEAの3月報告では、ホルムズ海峡を通る原油と石油製品の流れが「ほぼ停止」に近い状態となり、湾岸産油国が2025年に輸出していた石油製品日量330万バレル、LPG日量150万バレルが影響を受けると示されました。加えて、3百万バレル超の精製能力がすでに停止し、4百万バレル超がリスクにさらされているとされます。

このため、先に逼迫しやすいのは「中間留分」と呼ばれる軽油やジェット燃料です。IEAも、延長戦になった場合に特に脆弱なのはディーゼルとジェット燃料だとみています。軽油は物流、農業、発電、鉱山、建設など幅広い分野を支えるため、価格高騰がそのまま運賃や食品価格に波及しやすいのが特徴です。

備蓄放出でも埋まらない製品不足

「備蓄があるなら安心ではないか」という見方もありますが、ここには落とし穴があります。IEAは3月11日に加盟国が4億バレルの備蓄放出で合意したと公表し、世界の観測在庫も8.2十億バレル超と2021年2月以来の高水準にあると説明しています。

ただし、備蓄放出で緩和できるのは主に原油や大枠の供給不安です。現実に足りなくなるのは、特定の地域で必要な仕様のガソリンや軽油、あるいはジェット燃料です。製油所の事故や停止、船腹不足、保険料上昇、港湾混雑が重なると、在庫は国全体では十分でも、地方都市や独立系スタンドでは先に空になります。今回の危機で問われているのは、在庫量そのものより、精製と配送を含む「製品供給力」です。

地域差が広がる理由

欧州の高在庫とディーゼル脆弱性

欧州委員会は3月19日の会合後、EUの石油供給は「当面は安定」で、在庫は高水準にあると説明しました。欧州はアフリカや一部アジア諸国ほどすぐに店頭欠品へは向かいにくいとみられます。

しかし、弱点が消えたわけではありません。EIAによれば、EUのロシア産ディーゼル禁輸後、欧州の軽油輸入は米国と中東への依存を強めました。2024年のロシア由来の域外輸入比率は1%未満まで低下した一方、2025年上期には欧州のガソイル輸入の43%を中東が占めています。つまり、ロシア依存を減らした代わりに、中東の精製品供給ショックを受けやすい体質になったわけです。

その兆候はジェット燃料市場に先に出ています。S&P Globalによると、欧州の3月のジェット燃料・灯油輸入は月途中で106.4万トンと、2月通期の111.1万トンを下回る水準でした。しかも3月に届いた中東積みの貨物は戦争前に積まれた分で、足元ではホルムズ海峡からの積み出しが止まっているとされます。欧州委員会が軽油とジェット燃料を特に注視しているのは、この輸入構造を踏まえれば自然です。

アフリカと豪州の輸入依存

アフリカでは、制度的なクッションが薄い国ほど先に傷みが出ます。Reuters系の記事では、ケニアの独立系小売店の約20%が影響を受け、供給不足が広がっていると報じられました。ケニアは燃料調達を湾岸からの政府間取引に大きく頼っており、供給源の集中と価格統制が重なると、上流コストが急騰しても小売価格へ転嫁できず、販売店が在庫を持ちにくくなります。これは「価格は固定、現物は消える」というパターンです。

IEAも今回の危機で、LPGの供給減が東アフリカの調理用燃料を圧迫し得ると指摘しています。アフリカの脆弱性は自動車用燃料だけではありません。家庭用燃料や発電用燃料まで含めて輸入品の比率が高い国では、ホルムズ海峡の停滞が生活コストへ直結します。国家在庫が数日から数週間あっても、内陸輸送や信用供与が細い市場では、局地的な欠品が先行します。

豪州もまた別の形で脆弱です。豪州政府は3月、最低備蓄義務の20%一時引き下げで最大7億6,200万リットルの追加供給を市場に回し、ガソリン規格の暫定見直しで月1億リットル前後の新規供給余地をつくると公表しました。裏返せば、それだけ市場が平時の供給網だけでは心細いという意味です。ACCCの週次報告でも、豪州の輸入燃料は中東原油に依存するアジアの精製網の影響を受けやすく、国内2製油所の生産は年間需要のおよそ20%にとどまると示されています。

価格面の反応も速いです。ACCCによると、3月25日時点の大都市5都市の軽油小売平均は1リットル303.5豪セント、地方を含む190超の地域平均は307.6豪セントでした。2月20日の5都市平均176.6豪セントと単純比較すると、約7割高い水準です。ABCも3月初旬の段階で、今後40豪セント前後の上昇余地を警告していました。豪州で起きているのは、輸入先の制約と物流距離の長さが重なって、地方ほど価格と品薄が強く出る現象です。

注意点・展望

今回の混乱を読むうえで大切なのは、原油価格と石油製品在庫を分けて考えることです。原油相場が落ち着いても、軽油やジェット燃料の現物不足は残る場合があります。ニュースで「在庫は十分」と言われたとき、その在庫が原油なのか製品なのか、国全体なのか末端流通なのかを見分ける必要があります。

先行きを左右する最大の変数は、ホルムズ海峡の停滞期間です。数週間で通航が戻れば、備蓄放出と既積み貨物でしのげる地域は多いでしょう。ただ、封鎖が長引けば、最初に苦しくなるのは軽油、ジェット燃料、LPGの順になる可能性があります。欧州は在庫で持久戦に入れますが、アフリカと豪州は物流の薄い場所から痛みが強まりやすい構図です。したがって、今後の注目点は原油価格だけでなく、製油所の稼働、アジアと中東の製品輸出規制、そして地方流通の目詰まりです。

まとめ

ガソリンや軽油の在庫薄が広がる背景には、ホルムズ海峡封鎖そのものよりも、石油製品の供給網が地域ごとに違う速度で細る現実があります。欧州は高水準の在庫と制度で当面をしのげても、軽油系は中東依存が残ります。アフリカは輸入集中と価格統制で欠品が起きやすく、豪州はアジア精製網への依存と長距離物流で価格高騰が先行しています。

追うべき指標は、ホルムズ海峡の通航回復、軽油とジェット燃料の価格差、各国政府の備蓄放出や規格緩和の継続有無です。原油相場だけでは足元の生活コストは読めません。店頭に届く「製品」の流れを見た方が、次の不足を早くつかめます。

参考資料:

中村 壮志

国際情勢・地政学・安全保障

中東・米中関係を中心に国際情勢を取材。地政学リスクが日本経済に与える影響を、現地の視点から分析する。

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