ヒューリックが商社化へ、新規事業3~4割を狙う超効率経営の勝算
不動産一本足から転じる2036年への分岐点
都心の好立地物件を押さえ、賃貸、開発、売買で収益を伸ばしてきたヒューリックが、経営モデルの転換に踏み出しています。2036年までに新規事業等の経常利益比率を3~4割へ高め、不動産を核とする複合企業を目指す構想です。
背景には、人口減少、建築費の上昇、金利の正常化という構造変化があります。優良物件を増やす従来型の成長だけでは、投資額の膨張に対して十分な収益を確保しにくくなります。同社が掲げる「不動産の商社化」は、不動産から撤退する戦略ではなく、不動産で築いた資本、立地、顧客網を別事業の成長装置へ変える試みです。
新規事業3~4割を生む成長ポートフォリオ
経常利益3,000億円へつなぐ11年計画
ヒューリックの中長期経営計画は、2025年に1,729億円だった連結経常利益を、2026年に1,850億円、2029年に2,200億円、2036年に3,000億円へ引き上げる道筋を示しています。過去6年間で経常利益を2倍超に伸ばした実績を土台にしながら、次の成長を不動産だけに依存しない点が大きな変更です。
新規事業等については、2036年までにグループ経常利益の3~4割を担わせる方針です。3,000億円という最終目標を単純に当てはめれば、将来の利益構成が現在とは大きく変わることを意味します。ただし、目標は売上高ではなく経常利益の比率です。規模だけを追わず、借入金利も反映した収益力を重視する姿勢が表れています。
2026年中間期の連結業績は、売上高4,165億9,600万円、営業利益803億1,300万円、経常利益708億6,100万円でした。前年同期比では売上高が38.8%、経常利益が6.4%増えており、買収先を含む事業規模の拡大が先行しています。通期の経常利益予想は1,850億円であり、年後半に不動産売買などの利益をどこまで積み上げられるかが焦点になります。
多角化を支えるのが、2036年までに設ける7,500億円のM&A・企業投資枠です。対象は不動産運用、観光、こども教育、環境・インフラ、高齢者・健康、次世代産業アセット、スポーツ・エンターテインメントなどです。無関係な業種を集めるのではなく、不動産との接点や人口減少下でも成長できる特徴を選別基準としています。
土地と顧客接点を再利用する隣接領域
多角化の仕組みが分かりやすいのは、こども教育事業です。ヒューリックは2024年にリソー教育グループを連結子会社化し、学習塾や幼児教育の運営機能を取り込みました。さらに、教育、スポーツ、医療、飲食などを一つの建物に集約する「こどもでぱーと」を展開し、2029年をめどに首都圏を中心として約20棟の事業化を目指しています。
ここでは教育サービスの利益に加え、建物の開発・保有、テナント誘致、施設ブランドの形成までを一体化できます。運営会社だけでは負担しにくい不動産投資をヒューリックが担い、教育会社はサービスの品質向上に集中する構造です。不動産と事業運営を組み合わせることで、賃料だけを受け取る場合より利益機会を広げられます。
高齢者分野でも同様の展開が進んでいます。同社は約5,000室の高齢者施設を保有する基盤を生かし、2025年に高齢者施設向け完全調理済み食品を手掛けるクックデリを子会社化しました。施設という「箱」から、入居者の食事や運営現場の人手不足を支えるサービスへ収益源を延ばした形です。
環境事業では、太陽光、小水力、風力に加え、系統用蓄電池への投資を進めています。2034年までの約10年間に系統用蓄電池へ1,000億円を投じる計画で、2025年末時点では太陽光発電設備を100カ所保有していました。ホテル・旅館の直営、次世代物流施設、研究施設、都市型データセンターなども、土地の取得力と開発力を事業収益につなげる延長線上にあります。
この構造は、一般的な「脱不動産」とは異なります。不動産を売却して身軽になるのではなく、優良物件を顧客接点やサービス提供の基盤として再利用します。新事業が成長すれば物件需要が生まれ、物件網が広がれば新事業の出店余地も増えるという循環が、ヒューリックの狙う商社化の中核です。
単体234人で商社化を進める超効率モデル
一人当たり経常利益6.6億円の設計
ヒューリックの特徴は、事業領域を広げても本社を急膨張させない点です。2025年末の単体従業員数は234人、単体経常利益は1,550億円で、従業員一人当たりの経常利益は約6.6億円でした。物件管理や施工、ホテル運営などを専門会社や取引先と分担し、本体を投資判断、開発、資産入れ替えに集中させています。
少人数経営を可能にする土台は、保有資産の質です。2025年末時点で総物件数は250件、住宅などを除く物件の67%が東京23区にあり、72%が最寄り駅から徒歩5分以内でした。需要が厚く流動性の高い資産へ集中すれば、営業や管理に過大な人員を投じなくても、高い稼働と売却機会を確保しやすくなります。
建設業界では、資材価格の上昇や技能者不足により、開発案件の採算管理が難しくなっています。ヒューリックは開発件数を無条件に増やさず、賃料上昇で建築費を吸収できる都心商業施設やデータセンターなどを選別する方針です。施工機能を大量に内製化せず、事業性の判断と資本配分を本体の中核業務とする設計が、利益効率を押し上げています。
ただし、一人当たり6.6億円という数字だけでグループ全体の生産性を判断するのは適切ではありません。連結従業員数は3,495人に達しており、ホテル、教育、食品などの運営現場には相応の人員が必要です。「超効率」の本質は働き手を必要としないことではなく、小さな本社が多数の事業会社へ資本と不動産を配分する点にあります。
子会社の自走と本社の資本配分
買収先の顔触れにも、この分業思想が表れています。2024年にはリソー教育グループと、高難度の不動産再生を得意とするネクスレイ(旧レーサム)を子会社化しました。2025年にはクックデリと、ボーリング機器の製造販売や工事を手掛ける鉱研工業を加えています。
これらの企業は、ヒューリック本体が短期間で再現しにくい専門知識、顧客基盤、現場人材を持っています。買収後に業務を本社へ集約するのではなく、各社の専門性を残しながら、資金調達力、物件情報、信用力を供給する方が合理的です。自走できる事業会社を選び、本社が成長投資と撤退の規律を担う形は、総合商社のポートフォリオ経営に近い発想です。
ネクスレイとの連携では、権利関係や用途変更が複雑な高難度物件の価値向上を狙います。リソー教育グループには「こどもでぱーと」という出店基盤を提供し、クックデリには高齢者施設との接点を提供できます。買収先の既存事業を単独で伸ばすだけでなく、不動産側にも新たな需要をつくれるかが、シナジーを測る基準になります。
観光事業も、建物の保有とサービス運営を組み合わせる代表例です。「THE GATE HOTEL」や高級温泉旅館「ふふ」などを観光需要の強い地域に絞って展開し、開発、保有、運営から得られる利益の最大化を図っています。一方、スポーツ・エンターテインメント分野では、約2万人を収容する多目的アリーナの2030年開業を計画しています。
事業を増やすほど、本社に必要な能力は業務執行から投資審査へ移ります。案件ごとの投下資本利益率、買収価格、のれん、資金回収期間を横断的に比較し、低収益事業へ追加資金を流さない仕組みが不可欠です。意思決定の速さを保ちながら、異業種のリスクを見落とさないことが少数精鋭経営の次の課題です。
金利上昇とM&A膨張が試す財務規律
商社化の最大のリスクは、多角化そのものが企業価値を高めるとは限らないことです。教育、ホテル、食品、エネルギー、製造業では、需要変動や規制、必要人材、収益構造が異なります。共通の物件や顧客があっても、買収価格が高ければ期待した相乗効果を上回る負担が残ります。
ヒューリック自身も、M&Aで想定した成果が出ない場合や、予期しなかった問題が生じる場合を事業リスクとして挙げています。監査上も、投資の多様化に対するリスク管理と、増加する子会社・関連会社のガバナンスが重点項目です。自走を尊重するほど、本社から現場の問題が見えにくくなる可能性があります。
財務面では、2026年中間期の総資産が3兆5,925億800万円、自己資本比率が26.3%でした。日本銀行は2026年6月に政策金利を1%へ引き上げており、借入を活用する不動産会社には調達費用の上昇が波及します。7,500億円の投資枠を消化する過程では、利益の伸びだけでなく、有利子負債、支払利息、資産売却による資金回収も重要になります。
人口動態にも両面性があります。2024年10月時点で15歳未満人口は前年比34万3,000人減る一方、75歳以上人口は70万人増えました。教育事業では市場全体の縮小を高付加価値化で補えるか、高齢者事業では需要増を人手不足の解消へつなげられるかが問われます。複数事業を持つだけでリスクが消えるわけではなく、それぞれの構造変化に対応する経営力が必要です。
投資家が追うべき多角化の実効指標
今後の評価では、新規事業等の利益比率だけでなく、その絶対額と資本効率を併せて確認する必要があります。不動産事業の利益を新規事業へ付け替えて比率を高めても、グループ全体のキャッシュ創出力が伸びなければ商社化は成功とはいえません。買収先の増益率、のれんの規模、支払利息、自己資本比率が重要な観測点です。
同時に、単体234人の高効率と連結3,495人の現場力を分けて見る視点も欠かせません。本社の一人当たり利益を維持しながら、子会社の生産性や定着率も改善できるかが長期的な競争力を決めます。
ヒューリックの挑戦は、不動産会社が資産保有者から産業の組成者へ変われるかを試すものです。投資家は2036年の3~4割という到達点だけでなく、各事業が不動産との相乗効果を生み、資本コストを上回る利益を積み上げているかを毎期の開示から検証すべきです。
参考資料:
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