ホルムズ海峡をイランが実質支配、原油船の行方を追う
2月28日攻撃後のホルムズ選別通過
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃に踏み切りました。これを受けてイランは報復措置としてホルムズ海峡の通航を事実上制限し、世界のエネルギー市場に激震が走っています。
かつて1日あたり約120隻が通過していたホルムズ海峡は、現在わずか数隻が行き来するだけの状態に陥っています。しかし、船舶追跡データを詳しく分析すると、完全な封鎖ではなく「選別通過」という実態が浮かび上がります。イランは友好国の船舶を選んで通航を許可し、エネルギーの要衝を実質的に支配しているのです。
本記事では、欧州の商品情報分析企業Kplerなどの船舶追跡データをもとに、ホルムズ海峡を通過する原油タンカーの実態と、日本を含む各国への影響を解説します。
ホルムズ海峡危機の経緯と現状
軍事衝突から封鎖へ
2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対する共同軍事作戦を実施しました。イランは即座に報復を宣言し、革命防衛隊(IRGC)がホルムズ海峡の船舶通航を禁止する警告を発しました。
この結果、通航量は劇的に減少しています。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスのデータによると、紛争開始以降に海峡を通過したタンカーはわずか21隻にとどまりました。3月14日には、紛争後初めてAIS(自動船舶識別装置)で確認される通過船舶がゼロとなる日も記録されています。
「選別通過」という新たな秩序
しかし、海峡が完全に閉鎖されているわけではありません。イランは友好国と判断した国の船舶に対し、選択的に通航を許可しています。Kplerのアナリストは「一部の通航に対して選択的に閉鎖されている一方、イランの輸出と限定的な非イラン船舶の通過は機能している」と分析しています。
3月上旬には、イランが中国籍の船舶のみに通航を許可しているとの報道が流れました。中国がイランに対して支持的な姿勢を示していることが背景にあります。その後、インド船籍のLPGタンカー2隻も「善意の例外措置」として通過が認められました。イラン当局はこれを「両国間の歴史的関係と共通利益を反映したもの」と説明しています。
データが示すイランの支配構造
中国向け原油輸出の実態
Kplerの追跡データが明らかにした最も注目すべき事実は、イランが紛争下でも中国向け原油輸出を維持していることです。紛争開始以降、少なくとも1,170万バレルの原油がホルムズ海峡を通過して中国に向かいました。3月の平均では、イランの原油輸出量は日量150万バレル以上を維持しています。
Kplerのデータによれば、イランは3月に入ってから1,600万バレル以上の原油を輸出しており、中国が最大の買い手であり続けています。ロイズ・リスト・インテリジェンスの集計では、3月1日から15日までに中国関連の船舶11隻がホルムズ海峡を通過しました。
「影の船団」とAIS遮断の手口
イランの原油輸送を支えているのが、「シャドーフリート(影の船団)」と呼ばれる約430隻のタンカー群です。これらの船舶の約62%が虚偽の船旗を掲げ、87%が制裁対象に指定されています。
影の船団は巧妙な手法で追跡を逃れています。AIS(自動船舶識別装置)のトランスポンダーを意図的に停止させ、レーダーから姿を消す「ダーク航行」がその代表的な手口です。Windward社の海事情報によると、3月10日のリモートセンシングで、ホルムズ海峡内に8隻の「ダーク船舶」が検出されています。
さらに注目すべきは「ゾンビ船舶」と呼ばれる新たな偽装手法です。Kplerの観測によると、運航中のタンカーがスクラップ済みや非活動状態の船舶のAISデータを発信する手口が増加しています。これにより、船舶追跡システム上では偽のIDで活動を続けることが可能になっています。
ある事例では、サウジアラビアのジュアイマ・ターミナルで約100万バレルの原油を積載した船舶が、3月4日頃にAIS信号を停止しました。約5日間にわたり追跡不能となった後、3月9日午前7時(UTC)頃に信号が再び現れたことが確認されています。
GPS妨害の広がり
船舶追跡の信頼性をさらに低下させているのが、大規模なGPS・AIS妨害です。フジャイラ沖やオマーン湾を中心に、1,650隻以上の船舶が位置情報のスプーフィング(偽装)の影響を受けています。実際の位置とは異なる座標を発信させることで、海峡の通航実態を外部から正確に把握することが極めて困難になっています。
世界のエネルギー市場と日本への影響
原油価格の急騰
ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、世界の原油市場に直接的な打撃を与えています。WTI原油先物価格は攻撃前の1バレル約67ドルから、3月9日には一時120ドル近くにまで急騰しました。2月27日から3月9日までの期間で原油価格は27%上昇し、LNG価格に至っては74%の急騰を記録しています。
ホルムズ海峡は2024年時点で日量約1,650万バレルの原油が通過する世界最大のエネルギー輸送路です。これは世界の原油供給の約2割に相当し、その多くがアジア向けです。この要衝が機能不全に陥ったことで、エネルギー市場全体が揺れています。
日本が直面するエネルギー危機
日本への影響は特に深刻です。日本は原油輸入の約94%を中東地域に依存しており、そのタンカーの約8割がホルムズ海峡を通過しています。Bloombergの報道によれば、中東から出発した最後の原油タンカーが3月22日に日本に到着する見通しで、それ以降は当面、中東産原油の供給が途絶えることになります。
代替ルートの確保にも限界があります。サウジアラビアの東西石油パイプラインの輸送能力は日量500万バレル、UAEのパイプラインは150万〜180万バレルに過ぎず、従来ホルムズ海峡を通過していた全量をカバーすることは困難です。
野村総合研究所の試算によれば、原油価格が100ドルを突破した場合、国内のガソリン価格には1リットルあたり20〜30円の押し上げ圧力がかかります。エネルギー価格の高騰は輸入物価を押し上げ、日本の消費者物価指数(CPI)を0.6〜0.7%引き上げると予測されています。
中国・インド例外措置と日本の調達多様化
外交交渉の行方が鍵
現在の情勢は極めて流動的です。イランの「選別通過」体制がいつまで続くのか、あるいは完全封鎖に移行するのかは、軍事情勢と外交交渉の両面に左右されます。
注意すべきは、中国とインドへの通航許可がイランの戦略的判断に基づいている点です。中国は国連安保理でイランを擁護する立場を取っており、インドとも歴史的な友好関係があります。しかし、紛争が長期化すれば、こうした「例外措置」も変化する可能性があります。
エネルギー安全保障の根本的見直し
日本にとって、今回の危機はエネルギー調達先の多様化という長年の課題を改めて突きつけています。日米首脳会談では米国産原油の輸入拡大が議題に上る見通しですが、米国の増産にも時間がかかるとの指摘があります。中長期的には、再生可能エネルギーの拡大やLNG調達先の分散化が不可欠です。
影の船団が映すイラン支配と日本の供給不安
ホルムズ海峡を通過する原油タンカーのデータは、イランがエネルギーの要衝を実質的に支配している現実を浮き彫りにしています。中国向けの原油輸出は維持される一方、多くの国の商業船舶は足止めされ、影の船団がAISを遮断しながら暗躍する状況が続いています。
日本を含む中東産原油に依存する国々にとって、この危機は短期的な供給不安にとどまらず、エネルギー安全保障の根本的な再構築を迫るものです。船舶追跡データの動向を注視しながら、調達先の多様化や備蓄の活用など、あらゆる手段を検討すべき局面にあります。
参考資料:
- Traffic is trickling through Strait of Hormuz: Who’s moving and who’s stranded - CNBC
- Iran sends millions of oil barrels to China through Strait of Hormuz - CNBC
- US-Iran conflict: Strait of Hormuz crisis reshapes global oil markets - Kpler
- Iran oil exports continue as tankers cross the Strait of Hormuz - Euronews
- Strait of Hormuz: Which countries’ ships has Iran allowed safe passage to? - Al Jazeera
- The shadow fleet and illegal oil are still moving through the Strait of Hormuz - Fortune
- ホルムズ海峡封鎖の影響と日本の対応策 - 東洋経済オンライン
- 原油価格上昇の日本経済への影響 - 野村総合研究所
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