イランがホルムズ海峡に通航料を検討、世界経済への影響は
イラン通航料構想とホルムズ海峡の波紋
イラン国会が、世界のエネルギー輸送の大動脈であるホルムズ海峡を通過する船舶に対し、通航料と税金を課す計画を進めていることが明らかになりました。イラン学生通信(ISNA)が2026年3月19日に報じたもので、テヘラン選出のソマイエ・ラフィエイ議員は「各国がホルムズ海峡を安全な航路として利用する際、通行料と税金を支払わせる計画を進めている」と述べています。
ホルムズ海峡は世界の原油輸送量の約2割が通過する戦略的要衝です。2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃を受けて海峡が事実上の封鎖状態に陥る中、イランがこの動きを見せたことは、エネルギー市場と国際秩序に大きな波紋を広げています。本記事では、通航料構想の背景や国際法上の問題点、そして日本を含む各国への影響を解説します。
イランの通航料構想とその背景
「安全回廊」の設置と既成事実化
イランは通航料の法制化に先立ち、すでに実力行使による「安全回廊」制度を構築しつつあります。英国の海運専門メディア「ロイズ・リスト」の報道によると、イランは友好国の船舶を選別してホルムズ海峡の通航を許可する仕組みを運用し始めました。
具体的には、中国、インド、パキスタン、イラク、マレーシア、トルコなど、イランと外交関係を維持する国の船舶に対し、事前審査を経た上で通航を認めています。少なくとも1隻のタンカーについては、運航会社が約200万ドル(約3億円)の通航料を支払ったと報じられています。
イスラム革命防衛隊(IRGC)は現在、より体系的な船舶の審査・登録制度を開発中とされ、今後数日以内に正式な運用が始まる見通しです。
議会での法制化の動き
ラフィエイ議員の発言は、こうした既成事実を法的に裏付けようとする動きです。議員は「ホルムズ海峡の安全保障はイラン・イスラム共和国によって確立されたものであり、各国はその見返りとして税金を支払わなければならない」と主張しています。
この発言の背景には、2月28日の米イスラエル攻撃後の中東情勢の激変があります。故ハメネイ最高指導者の顧問であったモフベル氏も、戦闘終結後にホルムズ海峡に「新たな体制を策定する」と述べており、イラン指導部が海峡の支配権を戦略的に強化する方針であることがうかがえます。
国際法との整合性をめぐる論争
国連海洋法条約と通過通航権
ホルムズ海峡は国際法上「国際航行に使用される海峡」に分類されています。国連海洋法条約(UNCLOS)は、こうした海峡において「通過通航権」を認めており、すべての国の船舶と航空機が継続的かつ迅速に通過できる権利を保障しています。
通過通航権の下では、沿岸国が船舶の航行を妨害したり、通行料を徴収したりすることは原則として認められていません。ホルムズ海峡はパナマ運河やスエズ運河のような人工の水路ではなく、自然に存在する海峡であるため、管理機関が通行料を徴収するという法的根拠は存在しないのです。
イランの独自解釈と国際社会の反発
イランは従来から、ホルムズ海峡における通過通航権の適用に反対する立場を取ってきました。イラン政府は、同海峡の自国領海部分では、より制限の強い「無害通航権」のみが認められると主張しています。無害通航権であれば、沿岸国による規制の余地が広がります。
注目すべきは、イラン、米国、イスラエルのいずれもUNCLOSを批准していない点です。しかし国際法の専門家の多くは、国際海峡における通過通航権は「慣習国際法」として確立されており、条約の批准の有無にかかわらずすべての国を拘束すると考えています。
イランによる通航料の課金は、この慣習国際法に正面から挑戦するものであり、湾岸諸国を含む国際社会から強い反発を招くことは避けられません。実際にイランの通航料構想に対し、ペルシャ湾岸諸国からは軍事的対応も辞さないとの警告が出ています。
世界経済と日本への影響
原油・LNG市場への衝撃
ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、すでにエネルギー市場に深刻な影響を及ぼしています。2月27日から3月9日までの期間で、原油価格は27%上昇し、液化天然ガス(LNG)価格は74%もの急騰を記録しました。海峡の通航量は、封鎖前の1日約120隻から最大で5隻程度にまで激減しています。
通航料の導入が現実化すれば、船舶1隻あたり約200万ドルというコストが輸送費に上乗せされることになります。これは原油やLNGの調達コストをさらに押し上げ、世界的なインフレ圧力を強める要因となります。
日本のエネルギー安全保障への直接的脅威
日本にとって、この問題は極めて深刻です。日本は原油輸入の約9割を中東地域に依存しており、そのほとんどがホルムズ海峡を経由しています。火力発電の燃料であるLNGも同海峡を通って輸入されるため、電力供給にも直結する問題です。
ブルームバーグの報道によれば、ホルムズ海峡の封鎖状態が日本のインフレを加速させる恐れがあるとされています。ガソリン価格はリッター200円から250円を超える水準まで上昇する可能性があり、電気料金も数カ月遅れで毎月数千円単位の値上がりが予想されています。原油価格が1バレル120〜130ドルで推移した場合、2026年のGDPは想定より0.6%低下するとの試算もあります。
湾岸諸国の代替ルート模索
サウジアラビアは、ホルムズ海峡を回避するため、紅海沿岸のヤンブー港からの原油輸出を急ピッチで進めています。全長1,200キロメートルのパイプラインを活用し、ヤンブー港にはタンカーが集結している状況です。しかし、ホルムズ海峡を経由しない代替ルートでの輸送能力は日量約470万バレルにとどまり、封鎖前の通過量と比較すると限定的です。
通航料構想の実現性と中国・インドの鍵
実現可能性をめぐる不確実性
イランの通航料構想が実際にどこまで制度化されるかは、依然として不透明です。現時点では「安全回廊」による事実上の通航管理が先行していますが、正式な法制化には議会での審議・承認が必要です。また、国際社会からの外交的・軍事的圧力が強まれば、イランが方針を修正する可能性も否定できません。
中国・インドの動向が鍵
通航料制度の行方を左右するのは、イランの友好国である中国とインドの動向です。中国はホルムズ海峡の安全確保をめぐりイランに圧力をかけているとの報道もあり、世界最大のエネルギー輸入国として海峡の安定に強い利害を持っています。中国やインドが通航料の支払いに応じるかどうかが、この構想の実効性を大きく左右するでしょう。
国際秩序への長期的影響
イランの動きが前例となれば、他の戦略的要衝を管理する国々が同様の通航料を課す可能性が生まれます。マラッカ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡など、世界には複数の重要な国際海峡が存在します。自由な航行を基盤とする国際海洋秩序の根幹が揺らぐリスクがあり、各国の対応が注目されます。
日本のエネルギー安全保障と通過通航権の課題
イランによるホルムズ海峡通航料の検討は、軍事的緊張と経済的利害が複雑に絡み合う問題です。国際法上の通過通航権との矛盾は明白ですが、イランは「安全回廊」制度を通じてすでに事実上の通航管理を進めています。
日本にとっては、エネルギー安全保障の根幹に関わる問題であり、中東依存度の引き下げや備蓄の確保、代替供給源の確保といった対策が急務です。原油・LNG価格の動向とともに、イラン議会での法制化の進展、そして中国やインドなど友好国の対応を注視していく必要があります。
参考資料:
- イラン、ホルムズ海峡通過船舶から通行料徴収へ 国会で審議中(AFP=時事)
- Iran floats Hormuz transit tolls as Persian Gulf states warn of military response - Iran International
- Iran establishes ‘safe’ shipping corridor for approved and paid for transits - Lloyd’s List
- Iran may impose Strait of Hormuz transit fees as sanction against West - The National
- Strait of Hormuz: Which countries’ ships has Iran allowed safe passage to? - Al Jazeera
- ホルムズ海峡封鎖の危機──日本の暮らしと経済に迫るリスクとは - ダイヤモンド・ビジョナリー
- UNCTAD、ホルムズ海峡の混乱がエネルギーと肥料供給に影響と報告 - ジェトロ
- ホルムズ海峡の通行料 - Japan Luggage Express
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