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出生率回復へ現金給付より仕事と育児の両立支援強化が日本の急務

by 渡辺 由紀
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出生率1.14が迫る政策転換点

日本の少子化対策は、現金をどれだけ配るかという議論から、働きながら産み育てられる社会をどう設計するかという段階に入っています。厚生労働省の人口動態統計月報年計によると、2025年の出生数は67万1236人、合計特殊出生率は1.14でした。2024年確定数の68万6173人、1.15からさらに下がっています。

児童手当などの現金給付は、子育て費用の負担を軽くするうえで欠かせません。ただし、若い世代が結婚、出産、育児をためらう理由は、毎月の家計だけではありません。雇用の安定、長時間労働、保育の利用しやすさ、育休後の評価、配偶者との家事育児分担が重なります。出生率を上げられるかは、家計支援を職場改革と接続できるかにかかっています。

現金給付だけでは届きにくい家計不安

2025年出生数67万人台の衝撃

2025年の人口動態統計月報年計では、出生数が前年比1万4937人減り、自然増減数は91万8253人のマイナスでした。婚姻件数は48万9119組と前年より増えましたが、出生数の減少を止めるには至っていません。合計特殊出生率は、人口置換水準とされる2.1を大きく下回る水準です。

出生率の低下は、単に子どもを持つ世帯への支援不足だけでは説明できません。第1子出生時の母の平均年齢は2025年概数で31.0歳でした。出産時期が後ろ倒しになるほど、希望する子ども数を実現する時間は短くなります。結婚や第1子の判断が遅れる構造を変えなければ、第2子、第3子への支援を厚くしても効果は限られます。

政府の「こども未来戦略」は、2030年代に入る前が少子化トレンドを反転させる重要な分岐点だと位置づけています。若年人口が急減する前に、希望する結婚や子育てを妨げる要因を減らす必要があるという認識です。ここで重要なのは、政策の対象を「子どもが生まれた後の家計」に限定しないことです。出産前の雇用、所得、住まい、キャリアの見通しまで含めて設計しなければ、出生率への波及は弱くなります。

結婚と雇用安定を結ぶ回路

同戦略は、雇用形態と有配偶率の差にも踏み込んでいます。男性の正規職員・従業員では、有配偶率が25~29歳で27.4%、30~34歳で56.2%なのに対し、非正規の職員・従業員ではそれぞれ9.6%、20.0%です。非正規のうちパート・アルバイトでは6.2%、13.0%まで下がります。

この差は、現金給付が届く前の段階にある問題を示しています。結婚や出産は個人の自由な選択ですが、選択肢そのものが不安定雇用や低い将来所得で狭まるなら、子育て世帯への給付だけでは不十分です。若年層の正規化、職業訓練、賃上げ、転職市場の透明性は、少子化対策の周辺施策ではなく中核施策になります。

18~34歳の未婚者についても、政府資料は希望する子ども数の低下を示しています。未婚者の希望子ども数は男性1.82人、女性1.79人で、女性は初めて2人を下回ったと整理されています。現金給付が「産んだ後の安心」を支えるとしても、「産む前の将来展望」をつくるには、安定した収入と働き続けられる職場が必要です。

児童手当拡充の役割と限界

児童手当の拡充は、家計に直接効く政策です。教育費、食費、住居費が上がるなかで、可処分所得を補う意味は大きいです。子どもがいる世帯に社会が費用を分担するというメッセージにもなります。したがって、現金給付を不要とみるのは極端です。

ただし、現金給付には限界があります。第一に、給付額が将来の収入不安を完全には消せません。第二に、保育所に入れない、職場で残業を前提にされる、育休後に昇進機会を失うといった時間とキャリアの制約には直接効きません。第三に、給付が拡充されても、財源負担への不信が強ければ若い世代の手取り不安を高める可能性があります。

OECDの家族政策データベースでは、2021年の家族給付に関する公的支出はOECD平均でGDP比2.35%でした。日本は家族給付のなかでサービス支出が半分を超える国の一つに分類されています。これは、現金より保育や家庭支援サービスを重く見る方向と整合します。出生率回復に必要なのは、現金、サービス、働き方を別々に積み上げることではなく、若年期から育児期までの不確実性を一続きで減らす政策パッケージです。

仕事と育児の両立支援が握る出生率回復

育休制度の厚さと現場運用の落差

日本の制度は、国際比較でみても育児休業そのものが薄いわけではありません。OECDの2026年更新資料によると、日本では母親が利用できる有給の産前産後休業が14週、平均給付率が67.0%です。有給の育児関連休業は44週、平均給付率は61.1%で、合計では58週、平均給付率62.5%と整理されています。

制度上の厚さがあるにもかかわらず出生率が下がるのは、休める権利と使いやすさが一致していないからです。育休を取ると同僚に負担が寄る、復帰後に重要案件から外れる、時短勤務が昇進の減点材料になる。こうした職場の暗黙ルールが残れば、制度は存在しても出産の機会費用は下がりません。

特に女性のキャリア損失は、出生率と労働市場の双方に響きます。育児期に退職や非正規化が起きると、世帯所得が落ちるだけでなく、次の出産に踏み切る余力も小さくなります。企業にとっても、採用難のなかで経験者を失う損失は大きいです。少子化対策を人材戦略として見れば、育休復帰者の配置、評価、研修、管理職登用を一体で見直す必要があります。

男性育休も同じです。父親が短期間だけ休む施策にとどまると、母親の負担は大きく変わりません。必要なのは、父親が単独で育児を担う期間、保育園の送迎を前提にした勤務設計、急な発熱に対応できるチーム運用です。男性の育休取得率だけを目標にすると、実質的な家事育児分担を測れません。企業は取得日数、取得時期、復帰後の勤務時間、配偶者の就業継続まで追うべきです。

保育アクセスが女性の就業継続を支える構造

保育は、出生率を直接押し上げる魔法の政策ではありません。しかし、仕事を辞めずに育てられる条件を整える基盤です。OECDの保育・就学前教育データでは、0~2歳の保育・幼児教育利用率はOECD平均で38%、3~5歳の就学前教育などの在籍率は89%です。低年齢児の保育利用は国によって差が大きく、親の就業継続に与える影響も大きくなります。

日本でも待機児童問題は以前より改善しましたが、都市部では入園時期、開所時間、病児保育、延長保育の不足が残ります。子どもを持つか迷う世帯にとって、保育所に入れるかどうかは出生後に判明する不確実性です。入園の見通しが立たないまま出産を決めることは、特に共働き世帯ほど難しくなります。

保育の量だけでなく、質と柔軟性も重要です。夜間や休日勤務がある医療、介護、小売、物流、宿泊などでは、標準的な保育時間だけでは就業継続を支えられません。リモートワークが難しい現場職ほど、勤務シフトと保育サービスのずれが大きくなります。出生率を上げる政策は、ホワイトカラーの柔軟勤務だけでなく、地域のサービス産業で働く親の時間制約を直視する必要があります。

給付より予測可能性を求める若年層

若い世代が求めているのは、一時的な支援額だけではありません。結婚しても住居費を払えるか、出産しても職を失わないか、保育に入れるか、子どもが病気になったとき休めるか、教育費を払えるかという予測可能性です。現金給付はその一部を補いますが、職場や地域サービスが不安定なままでは、将来設計の土台になりにくいです。

政府は「こども未来戦略」で、加速化プラン全体を国・地方の事業費ベースで3.6兆円程度の充実とし、2026年度までに大宗を実施するとしました。財源面では2026年度から2028年度にかけて支援金制度を段階的に構築し、2028年度に1.0兆円程度を確保する方針です。消費税などの新たな税負担は考えないとも明記しています。

この設計は、負担の見え方が政策効果を左右することを示しています。社会保険を通じた支援金は安定財源を確保しやすい一方、若年層や現役世代が負担増と受け止めれば、手取り不安を強めかねません。出生率を上げるには、給付額だけでなく、負担と給付の関係を分かりやすく示し、保育や育休など利用できるサービスとして実感させる必要があります。

支援金制度に残る負担感と効果検証

支援金制度の最大の論点は、財源を確保しながら若年層の手取り不安を増幅させないことです。政府は歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減効果を生じさせ、その範囲内で制度を構築すると説明しています。しかし、家計が毎月の保険料として負担を感じるなら、政策の受け止めは冷え込みます。

もう一つの論点は、効果検証の難しさです。出生率は景気、雇用、住宅、教育費、価値観、婚姻行動、地域サービスの組み合わせで動きます。児童手当を増やした翌年に出生率が上がらないから失敗、上がったから成功という単純な評価はできません。政策ごとに、どの制約を下げたのかを分けて見る必要があります。

現金給付なら、子ども一人当たりの家計負担、教育費不安、低所得層の貧困率を測るべきです。保育なら、0~2歳の利用可能性、入園保留、延長保育、病児保育、地域差を追う必要があります。育休なら、男女別の取得率だけでなく、取得期間、復帰率、復帰後の賃金・昇進、時短勤務者の評価を見ます。出生率という最終指標だけでなく、途中の制約が実際に下がったかを可視化することが欠かせません。

政策の副作用にも注意が必要です。長い休業制度があっても、復帰後のキャリア形成が弱ければ女性に育児負担を固定する可能性があります。保育が不足したまま現金支援を増やすと、家庭内でのケアを当然視する圧力が残ります。逆に、職場が柔軟でも住宅費や教育費が重すぎれば、出産の心理的ハードルは下がりません。単独政策の評価より、組み合わせの整合性が重要です。

企業と政策担当者が点検すべき指標

出生率を上げる政策は、家族の選択に介入するものではなく、希望を妨げる制約を減らすものです。現金給付は必要ですが、雇用の安定、保育の見通し、育休後のキャリア、父親の実質的な育児参加がそろわなければ効果は細ります。経済学者の現金給付への慎重姿勢は、支援を減らすべきだという意味ではなく、支援の重点を時間とキャリアの制約に広げるべきだという警告です。

企業は、育休取得率だけで満足せず、復帰後1年の離職率、時短勤務者の昇進率、男性の平均育休日数、子どもの看護休暇の利用実績、管理職の勤務時間を点検すべきです。政策担当者は、出生率だけでなく、若年層の雇用安定、保育アクセス、家計負担、男女の育児時間を同時に追う必要があります。出生率回復の鍵は、現金給付を土台にしながら、働く人が子どもを持っても人生の選択肢を狭めずにすむ制度設計にあります。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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