NewsHub.JP
NewsHub.JP

金利上昇で揺れる奨学金返済、3%上限見直しと若者の支援再設計

by 渡辺 由紀
URLをコピーしました

金利上昇で露呈した貸与型奨学金の借金性

日本の奨学金制度は、長く「学びたい人を支える制度」として語られてきました。一方で、日本学生支援機構(JASSO)の第二種奨学金は有利子の貸与であり、卒業後に元本と利子を返す仕組みです。低金利が続いた時代には見えにくかった「借金」としての性格が、金利上昇によって前面に出てきました。

日本銀行は2026年9月18日、無担保コールレートを1.25%程度で推移するよう促す金融市場調節方針を決定しました。ゼロ金利を前提にしてきた家計や若者の資金計画は、教育費でも見直しを迫られています(日本銀行「金融市場調節方針の変更について」)。

本稿では、奨学金を単に「借りるべきか、避けるべきか」で切り分けません。進学によるキャリア形成の効果、返還困難者の実態、企業の人材確保策、政策的な利率上限のあり方をつなげて、金利ある世界の奨学金制度を読み解きます。

3%上限に近づく第二種奨学金の返還負担

利率は貸与終了月に決まる仕組み

第二種奨学金の大きな特徴は、利率が貸与開始時ではなく貸与終了月に決まることです。JASSOは、利率固定方式と利率見直し方式のどちらかを申込時に選ぶ仕組みを示しています。固定方式は貸与終了時の利率が返還完了まで続き、見直し方式はおおむね5年ごとに利率が見直されます。

2026年度の利率表では、基本月額に係る固定方式が7月、8月、9月に3.000%となりました。見直し方式も9月時点で2.400%です。基本月額は年3.0%が上限ですが、入学時特別増額貸与奨学金などの増額部分は上乗せがあり得ます(JASSO「第二種奨学金の利子と利率の算定方法」)。

ここで重要なのは、学生本人が進学時に将来の利率を確定できない点です。2022年4月に大学へ入り、2026年3月に貸与を終えたケースでは、固定方式の適用利率例は2.423%と示されています。今後入学する学生ほど、卒業時の金利環境を読む難度が高くなります。

480万円借入で見える利子差

JASSOの試算は、利率上昇の影響をかなり具体的に示しています。月額10万円を4年間借り、貸与総額が480万円になった場合、返還年数20年・240回返還では、利率0.5%なら返還月額は2万1069円、返還総額は505万6654円です。

同じ480万円でも、利率3.0%では返還月額が2万6914円、返還総額は645万9510円になります。利子分は25万6654円から165万9510円へ広がります。月額差は5845円ですが、20年では140万円超の差になります。

この差は、初任給の数千円とは重みが違います。家賃、通信費、社会保険料、生活費が同時に上がる局面では、毎月の固定支出が若者の転職、結婚、出産、学び直しの選択を狭めます。奨学金は教育投資である一方、返済期間の長い家計債務でもあるのです。

100万人規模の貸与制度が抱える政策性

JASSOの2024年度業務実績では、貸与奨学金の貸与人員は約109万人です。内訳は第一種奨学金が46万4664人、第二種奨学金が62万2517人でした。貸与額は合計8238億円で、そのうち第二種奨学金は5562億円です(JASSO「令和6事業年度業務実績等」)。

同じ資料では、給付奨学金の2024年度実績は35万628人、1500億円です。給付型は拡充されてきましたが、制度全体ではなお貸与型が大きな役割を担っています。金利上昇は、一部の学生だけでなく、毎年の進学機会を支える巨大な公的金融制度の問題です。

そのため、利率上限を3%のまま置くのか、より低い上限に改めるのかは、単なる金融条件ではありません。教育を家計にどこまで負担させ、社会がどこまで負担するのかという配分の問題です。国が利子補給を厚くすれば返還者の負担は下がりますが、財政負担は増えます。逆に家計へ寄せすぎれば、低所得層ほど進学をためらいやすくなります。

進学投資としての奨学金と賃金格差

家計負担を押し上げる授業料水準

教育費の重さは、奨学金の需要を生みます。文部科学省の2025年度調査では、私立大学学部の初年度学生納付金平均は、授業料96万8069円、入学料24万365円、施設設備費17万2550円で、合計138万983円でした(文部科学省「令和7年度私立大学入学者に係る初年度学生納付金等」)。

国立大学も無償ではありません。文部科学省の授業料等推移資料では、国立大学の2005年度以降の標準額は授業料53万5800円、入学料28万2000円です(文部科学省「国公私立大学の授業料等の推移」)。

JASSOの学生生活調査では、奨学金受給者は多くの学校区分でおおむね50〜60%台にあります。大学学部昼間部では、受給者、申請したが不採用、希望するが申請しなかった人を合わせた奨学金受給希望者が60.7%でした(JASSO「令和4年度学生生活調査報告」)。

つまり奨学金は、例外的な支援ではなく、進学の標準装備に近づいています。だからこそ「借りる側の自己責任」だけで片づけると、制度設計を見誤ります。

学歴賃金が示す教育投資の回収余地

進学には確かに経済的なリターンがあります。厚生労働省の2025年賃金構造基本統計調査では、学歴別の賃金は高校卒が月29万7200円、大学卒が39万6300円、大学院卒が51万7400円でした。男女計の平均では、大学卒と高校卒の差は月9万9100円あります(厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査 学歴別」)。

ただし、この数字をそのまま「借りても必ず返せる」と読むのは危険です。賃金統計は産業、企業規模、雇用形態、性別、年齢の影響を含みます。大卒であっても、非正規雇用、地方就職、ケア責任、健康問題があれば返還余力は大きく変わります。

JASSOの元奨学生調査では、返還中の人の66.7%が「奨学金がなかったら進学できなかった」と答えています。一方で、返還中の人では「将来の返還を考えると不安になる」「借金を負うことになる」という回答もそれぞれ55.7%でした(JASSO「元奨学生に対する奨学金の効果等に係る意識調査結果」)。

奨学金は、進学を可能にする社会的な橋です。同時に、橋を渡った後の働き方が不安定なら、返還負担が長く残ります。雇用と教育金融を切り離さずに見る視点が欠かせません。

低所得で延滞しやすい返還構造

返還困難の主因も、本人の意識だけでは説明できません。JASSOの2024年度返還者属性調査では、延滞理由として「本人の低所得」が男性60.1%、女性65.8%と高く出ています。本人の借入金返済や延滞額の増加も理由に挙がっています(JASSO「令和6年度奨学金の返還者に関する属性調査結果」)。

同調査では、返還義務を申込前に知っていた割合が、無延滞者では87.7%だったのに対し、延滞者では60.1%にとどまりました。返還期限猶予制度についても、返還開始前までに知っていた割合は無延滞者41.7%、延滞者10.9%と差があります。

ここから見えるのは、情報格差と所得格差の重なりです。返せない人を督促するだけでは、制度の持続性は高まりません。申込前、在学中、卒業前、転職時に、返還額と救済制度を繰り返し伝える仕組みが必要です。

救済策と企業支援に広がる返還再設計

第一種にとどまる所得連動返還

所得連動返還方式は、借りた総額ではなく、前年の課税対象所得や子どもの数に基づいて返還月額を算出する仕組みです。JASSOは、定額返還方式との違いをFAQで説明しています(JASSO「所得連動返還方式とは」)。

問題は、この考え方が十分広がっていないことです。現在の中心は第一種奨学金であり、金利上昇の影響を直接受ける第二種奨学金では、固定的な返還負担が残りやすい構造です。利率上限を下げる議論とあわせ、所得に応じて月額を自動的に調整する範囲を広げることが、若者の生活防衛策になります。

もちろん、所得連動化は万能ではありません。返還期間が延び、国の資金繰りや未回収リスクも増えます。だからこそ、低所得期の月額を抑え、所得が上がった時期に無理なく返す設計が必要です。雇用が流動化する時代には、失業や育児、介護、学び直しの時期を織り込んだ制度の方が現実に合います。

減額返還と猶予制度の早期周知

既存制度にも使える支援はあります。JASSOの減額返還制度は、返還月額を3分の2、2分の1、3分の1、4分の1に減らし、その分だけ返還期間を延ばす制度です。適用期間の上限は通算15年です(JASSO「月々の返還額を少なくする」)。

返還期限猶予もあり、経済困難などの事由では奨学生番号ごとに通算10年が限度とされています(JASSO「返還期限猶予の取得限度」)。しかし、制度を延滞後に知る人が多いなら、救済策は十分に機能しません。

実務上は、卒業前の返還説明だけでは足りません。初回返還の半年前、初回返還後の1年目、年収が下がった時、転職・離職時に、減額や猶予を案内する通知が必要です。金融リテラシーを個人に丸投げせず、制度側が迷わず使える導線を作るべきです。

人材確保策になる企業の代理返還

企業による奨学金返還支援も広がる余地があります。JASSOの代理返還制度では、企業等が返還支援対象者を決め、返還残額を確認した上でJASSOへ送金できます。掲載事例では、毎月返還月額と同額を支援し、上限200万円・最大5年とする企業や、毎月最大1.8万円を支援する企業も紹介されています(JASSO「企業等の奨学金返還支援制度」)。

これは福利厚生であると同時に、人材戦略です。若手社員にとって、毎月1万〜2万円の返還支援は手取り改善に近い効果があります。採用難の業界では、初任給の引き上げと並ぶ訴求材料になります。

ただし、代理返還を企業任せにすると、正社員中心の大企業ほど恩恵を受けやすくなります。非正規、医療・介護、地方中小企業、研究職など、制度の恩恵が届きにくい層をどう支えるかが次の課題です。自治体補助や業界団体の共同基金と組み合わせる設計が求められます。

家計と政策が次に点検すべき判断軸

奨学金の論点は、金利だけでは終わりません。家計は、貸与月額を決める前に、3%上限での返還額、給付型奨学金や授業料減免の対象可能性、卒業後の職種別賃金、固定方式と見直し方式の違いを確認する必要があります。返還が苦しくなった時は、延滞前に減額返還や猶予を使うことが重要です。

政策側には、3%上限の妥当性、第二種奨学金への所得連動返還の拡大、給付型支援の厚み、情報提供の自動化という宿題があります。OECDは、日本の高等教育で公的資金の比率が37.5%とOECD平均67.4%を大きく下回ると示しています(OECD「Education at a Glance 2025: Japan」)。

金利ある世界で問われているのは、若者に借金を背負わせるかどうかだけではありません。学ぶ機会を広げ、その後の働き方が揺らいでも生活を壊さない制度を作れるかです。奨学金は教育政策であり、雇用政策であり、少子化対策でもあります。

参考資料:

渡
渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

関連記事

米雇用鈍化でFRB連続利上げ観測後退、10月会合は据え置き濃厚

米9月雇用統計は非農業部門雇用者数が2.9万人増にとどまり、失業率は4.2%、平均時給の伸びも鈍化しました。FRBの連続利上げ観測が後退し、10月会合は据え置き優勢へ。採用停滞、物価、金利の読み方を雇用市場の構造から解説。BLSやPCE、JOLTSのデータを踏まえ、日本企業が米国採用や為替前提を見直す際の論点も整理します。

日経平均589円高から失速AI減速論後退と医薬株物色の市場深層

日経平均は9月15日前場に589円高まで戻した後、長期金利上昇と韓国株安で終値は8円安。AI減速論への過度な売りが和らぐ一方、武田薬品など医薬品株にも資金が向かった。半導体一極集中、金利、ディフェンシブ物色、政策会合前の需給を整理し、個人投資家が今確認すべき東京市場の反発力と脆さ、次の焦点を読み解く。

個人向け国債がネット証券で急伸、若年層が担う資産防衛の新潮流

主要ネット証券で販売が急伸する個人向け国債。2026年9月募集の固定5年は年2.24%、変動10年は初回1.95%となり、預金やNISAと異なる安全資産の役割が鮮明です。若年層が選ぶ理由、金利上昇と日銀の国債買入れ減額が家計の運用行動に与える影響、スマホ導線、固定型と変動型の実務的な使い分けを解説。

個人向け国債固定5年金利ピークを日銀利上げゴールと預金比較で読む

固定5年の個人向け国債は9月募集で税引前2.24%に上昇し、大手行5年定期の1.00%を大きく上回る。利率を決める5年国債利回り、日銀の政策金利1.0%からの利上げ余地、中途換金の仕組み、地方家計への利息還元と国や自治体の調達コストの両面を踏まえ、今買うか次回以降を待つかの具体的な判断軸を詳しく解説。

最新ニュース

美容医療へ流れる医師、高収入求人が映す地域医療偏在問題の深刻化

美容医療市場は2025年に6,440億円へ拡大し、年収2,000万円超や当直なしを掲げる求人も目立ちます。若手医師が自由診療へ向かう背景を、医師統計、消費者相談、偏在対策の資料から検証。高収入転職の魅力と地域医療に生じる人材流出リスク、規制強化で変わる医師のキャリア設計と患者保護の論点を今読み解く。

クレカ不正利用の新手口、サブスク課金を見抜く毎月の明細確認術

2025年のクレジットカード不正利用被害額は510.5億円、2026年上半期も221.3億円に達した。番号盗用が9割超を占め、サブスクや少額課金に紛れる請求は見逃されやすい。フィッシングの最新動向、明細確認、通知設定、カード情報の使い分けまで、買い物と生活費を守るため個人が今日から取れる防衛策を解説。

実質賃金マイナスが映す日本企業の賃上げ力低下と統治改革の課題

2022年以降の実質賃金低下は円安や資源高だけでは説明できません。春闘の高回答、最低賃金引き上げ、企業の利益剰余金、非正規雇用、労働生産性を横断し、日本企業の賃上げ力がなぜ弱いのかを企業統治の視点で読み解く。名目賃上げが家計に届く条件と物価高時代の賃金循環を丁寧に解説。

米国債は買うな論が示す安全資産神話の終わりと投資家の避難先探し

米10年債利回りが5%台へ上昇し、財政赤字・利払い増・海外勢の需要変化が安全資産の前提を揺さぶっています。ビル・グロスやレイ・ダリオの警告、CBOや米財務省のデータ、日本投資家への波及、30年債やヘッジ費用、株式との相関も踏まえ、米国債の役割変化と資産防衛の論点、個人と機関投資家が注視すべきシナリオまでを解説。

政策保有株8.8兆円売却、成長投資へ転じる企業統治改革の最前線

政策保有株の売却額は2026年3月期に8兆8900億円と過去2番目の高水準になった。東証の資本効率要請、金融庁の開示強化、損保・銀行の削減計画を踏まえ、東京海上が売却資本をM&Aや自社株買いに振り向ける意味と、企業統治改革の次の焦点を解説。