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91歳課長に学ぶ低年金時代を生き抜く生涯現役と企業支援の要点

by 渡辺 由紀
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低年金時代に働く力が問われる背景

91歳になっても課長としてExcelを使い、給与計算や総務業務を担う。そうした事例は、単なる長寿の美談ではありません。高齢者が働き続けることは、個人にとっては収入と社会参加を保つ手段であり、企業にとっては人手不足と技能継承に向き合う人材戦略です。

日本の高齢化率は2025年10月1日時点で29.4%に達し、65歳以上人口は3622万人です。内閣府は2070年に高齢化率が38.7%へ上がると推計しており、現役世代だけで高齢期の生活を支える構図は細っています。令和8年版高齢社会白書

一方で、働く高齢者は増えています。令和8年版高齢社会白書によると、65歳以上の就業者数は22年連続で前年を上回り、2025年の就業率は65〜69歳で54.5%、70〜74歳で36.2%、75歳以上でも12.6%でした。令和8年版高齢社会白書 就業・所得

年金だけで暮らせる人もいますが、家計には大きな差があります。高齢者世帯の平均所得は314.8万円で、その他の世帯の671.0万円の約5割です。公的年金・恩給が家計収入のすべてという高齢者世帯も43.4%に上ります。低年金時代の自己防衛は、貯蓄だけでなく、働ける状態をどう長く保つかという課題になっています。

91歳課長の職場に見える生涯現役の条件

ギネスワールドレコーズは2020年11月5日、大阪のサンコーインダストリーで働く玉置泰子さんを「oldest office manager」として認定しました。認定時の年齢は90歳174日で、1956年から同社で働き続けていたとされています。Guinness World Records

同社の発表では、玉置さんは総務部員として週5日勤務を続けていました。ギネスの記事は、給与や賞与、税控除計算などの経理・総務業務を担い、Microsoft ExcelなどのPCアプリケーションにも慣れていると紹介しています。Guinness World Records News

年齢ではなく成果で任せる職務設計

この事例の本質は、「高齢でも頑張っている」という精神論ではありません。長く働ける人の背後には、本人の健康、通勤可能性、職務経験、職場の信頼、周囲との分担が積み重なっています。総務や経理のように、正確性、継続性、社内事情への理解が価値になる仕事では、年齢を重ねた経験が直接の戦力になり得ます。

大阪市の女性活躍推進情報発信事業は、玉置さんを2017年時点で勤続61年、86歳の現役女性社員として紹介しました。女性が働き続けることが今より難しかった時代から、仕事と生活を両立してきた蓄積が、後年の「生涯現役」を支えています。大阪市女性活躍推進情報発信事業

企業側に必要なのは、年齢で一律に職務を軽くする発想ではなく、本人の強みと業務リスクを分けて見る設計です。給与計算や庶務のような定型性のある仕事でも、制度変更への対応や社内調整には経験が要ります。そこに若手とのペア業務やチェック体制を組み合わせれば、属人化を抑えながら技能継承も進められます。

Excel習得が示す学び直しの現実性

高齢者雇用で見落とされがちなのが、デジタルスキルは若年層だけのものではないという点です。玉置さんがExcelを使っていた事実は、学び直しが年齢で止まるわけではないことを示しています。もちろん、誰もが90代でフルタイム勤務できるわけではありません。それでも「新しい道具を覚える余地」は、企業が決めつけで閉ざしてはいけない領域です。

サンコーインダストリーの採用情報サイトは、2026年5月15日に玉置さんが96歳の誕生日を迎え、バス、地下鉄、徒歩で通勤していると伝えました。サンコーインダストリー採用情報 年齢を重ねても仕事を続けるには、本人の意欲だけでなく、通勤負荷、職場内の動線、周囲の見守り、役割の明確化が不可欠です。

厚生労働省は教育訓練給付金で、働く人の主体的な能力開発やキャリア形成を支援しています。専門実践教育訓練では、条件を満たせば教育訓練経費の最大80%が支給される仕組みもあります。厚生労働省 教育訓練給付金 シニア人材の学び直しは、個人任せではなく制度と職場運用を組み合わせる段階に入っています。

企業が整えるべきシニア人材戦略

高齢者雇用は、福利厚生や温情の延長では続きません。企業が本気で生涯現役を支えるなら、職務、賃金、評価、健康管理、学習機会を一体で設計する必要があります。特に人手不足の中小企業では、ベテランの退職を単なる人員減として受け止めるのではなく、業務知識の流出として捉える視点が欠かせません。

厚生労働省の令和7年「高年齢者雇用状況等報告」によると、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%です。一方、70歳までの高年齢者就業確保措置を実施済みの企業は34.8%にとどまります。厚生労働省 高年齢者雇用状況等報告

70歳就業確保を形だけにしない制度運用

高年齢者雇用安定法では、70歳までの就業機会確保について、定年引き上げ、継続雇用制度、定年廃止、業務委託契約、社会貢献事業への従事制度などを事業主の努力義務としています。厚生労働省 高年齢者の雇用

ただし、制度を置くだけでは機能しません。65歳以降の仕事が「補助的な雑務」だけになると、本人の経験は生かされず、賃金も納得感を欠きます。反対に、現役時代と同じ負荷を当然視すれば、健康リスクや安全配慮の問題が出ます。重要なのは、職務を棚卸しし、責任の範囲、勤務時間、成果指標を本人と対話して決めることです。

JEEDと厚生労働省は、高年齢者が能力を生かして働ける職場改善事例を表彰する高年齢者活躍企業コンテストを実施しています。2026年度は64編の応募から29社が入賞企業に選定されました。厚生労働省 高年齢者活躍企業コンテスト 受賞制度が示すのは、個人の努力だけでなく、企業側の職場設計こそ競争力になるという方向性です。

年金と賃金をつなぐ働き方設計

高齢期の就労では、賃金と年金の接続も実務上の焦点です。日本年金機構によると、2026年度の老齢基礎年金の満額は昭和31年4月2日以後生まれで月額7万608円、標準的な厚生年金額は夫婦2人分の老齢基礎年金を含め月額23万7279円です。日本年金機構

一方、在職老齢年金は、年金を受け取りながら働く人の報酬が一定額を超えると老齢厚生年金の一部を支給停止する仕組みです。2025年改正では、支給停止基準額が2024年度価格で50万円から62万円へ引き上げられました。厚生労働省 在職老齢年金

この見直しは、働きたい高齢者の就業調整を減らす狙いがあります。ただし、働く時間を増やせる人ばかりではありません。企業は、フルタイム、短時間、週数日、業務委託、メンター業務など複数の選択肢を用意し、本人の年金、健康、家族介護、通勤事情に応じて働き方を設計する必要があります。

美談で終わらせない長寿就労の制度課題

91歳課長のような存在は勇気を与えますが、すべての人に「いつまでも働くべきだ」と迫る材料にしてはいけません。高齢期の就労は、本人が望み、能力を発揮でき、健康と生活を損なわない範囲で成り立つものです。年金不安を背景に、働かざるを得ない人が増えるなら、それは政策と企業実務の課題です。

令和8年版高齢社会白書は、65〜69歳の非正規比率について、男性は64.9%、女性は83.7%と示しています。令和8年版高齢社会白書 就業・所得 高齢者雇用が拡大しても、低賃金で不安定な仕事に偏れば、低年金サバイバルは単なる延命策になります。

また、学び直しにも格差があります。同白書は、60歳以上の自己啓発実施率が令和4年度以降低下していると指摘しています。デジタル化が進むほど、学び続ける人と機会を得られない人の差は開きます。企業がExcelや会計ソフト、チャットツールの研修を若手向けだけに設計すれば、シニア人材の活躍余地を狭めます。

健康面の配慮も欠かせません。内閣府は2026年版白書で、2024年の平均寿命を男性81.09年、女性87.13年としていますが、健康寿命とは差があります。令和8年版高齢社会白書 高齢化の現状 長く働く社会では、安全衛生、休憩、通院しやすさ、身体負荷の低い職務への転換を人事制度に組み込む必要があります。

個人と企業が今日から点検すべき実務

個人がまず行うべきことは、年金見込み額、生活費、働ける時間、保有スキルを見える化することです。年金だけで不足する金額を曖昧にしたまま働き続けると、過度な勤務や不本意な仕事を選びやすくなります。70歳以降も働く可能性があるなら、体力に頼る仕事だけでなく、事務、接客、教育、見守り、品質確認など経験を生かせる職務を早めに探すことが有効です。

企業側は、シニア人材を「再雇用者」という一括りで扱わず、職務記述書を作ることが出発点です。何を任せ、何を任せないか。誰に引き継ぎ、どの業務を標準化するか。勤務時間、評価、賃金、教育訓練、健康配慮をセットで設計すれば、長く働く人は例外ではなく戦力になります。

2025年10月からは教育訓練休暇給付金も始まりました。雇用保険の一般被保険者が社内制度に基づき、30日以上の無給休暇を取って教育訓練を受ける場合、基本手当に相当する給付を受けられる制度です。厚生労働省 教育訓練休暇給付金

91歳課長の姿から学ぶべきなのは、特別な人を称賛することだけではありません。年齢にかかわらず役割を持ち、学び直し、収入と誇りを保てる職場をどう増やすかです。低年金時代の生涯現役は、個人の根性ではなく、企業の人材戦略と社会制度の組み合わせで初めて持続可能になります。

参考資料:

渡
渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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