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塩野義が定年実質廃止、65歳以降の正社員継続が示す雇用の転機

by 渡辺 由紀
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塩野義の実質定年廃止が映す雇用転換

塩野義製薬が、定年を2027年度に65歳へ延ばしたうえで、65歳以降も成果に応じて正社員雇用を毎年更新する制度を導入します。形式上は65歳定年を残しながら、更新に上限を設けない点で、実質的な定年廃止に近い仕組みです。

この動きが重要なのは、単なるシニア雇用の延長ではなく、年齢で雇用関係を区切る日本型人事の前提を揺さぶるためです。厚生労働省の集計では、65歳までの雇用確保措置はほぼ全企業に広がりましたが、制度の主流はなお継続雇用です。塩野義の選択は、定年後を「別枠の再雇用」と見るのではなく、役割と成果で働き続ける人材戦略として組み直す試みといえます。

65歳以降も正社員で残す制度設計

上限を置かない年次更新

今回の制度の核心は、65歳以降も正社員としての雇用を続ける点です。多くの企業では、定年到達後にいったん退職扱いとし、嘱託や契約社員として再雇用する仕組みが採られてきました。これに対し、塩野義は毎年の人事面談を通じ、成果や役割を確認しながら雇用を更新します。年齢だけを理由に雇用の終点を決めず、本人の意欲と会社が求める貢献をすり合わせる設計です。

制度の対象は塩野義本体の国内社員とされています。製薬会社では、研究、臨床開発、薬事、品質保証、製造、営業など、経験の蓄積が価値を持つ職務が多くあります。とくに規制対応や安全性情報、医療機関との関係構築は、短期間では身につきにくい専門性です。65歳で一律に線を引くより、経験者を役割に応じて残すほうが、組織として合理的な場面は少なくありません。

一方で、無条件の雇用継続ではありません。毎年更新という仕組みは、会社側が役割や成果を確認する余地を残します。ここには、人材を囲い込むだけでなく、職務の必要性や本人の貢献度を定期的に見直す狙いがあります。定年廃止に近い制度でありながら、完全な終身雇用の復活ではなく、職務基準型の継続雇用に近いと見るべきです。

再雇用との決定的な違い

高年齢者雇用安定法は、65歳までの雇用確保を企業に義務づけています。定年を65歳まで引き上げる、継続雇用制度を導入する、定年を廃止する、という選択肢があり、さらに70歳までの就業機会確保は努力義務です。厚労省の令和7年集計では、65歳までの雇用確保措置を実施済みの企業は99.9%に達しています。

ただし、措置の内訳を見ると、継続雇用制度が65.1%を占めます。定年引き上げは31.0%、定年制廃止は3.9%です。つまり、日本企業の多数派は、定年後の働き手を正社員の本流に残すのではなく、別制度で受け止めています。塩野義の制度は、この多数派モデルから一歩踏み出すものです。

正社員として残る意味は、肩書きの問題にとどまりません。処遇、評価、教育機会、社内公募、配置転換、福利厚生、心理的な所属感に影響します。再雇用になると、本人が担う仕事は同じでも、賃金や権限、期待役割が下がる例があります。塩野義が正社員継続を掲げるなら、年齢ではなく職務と成果で処遇する原則を、65歳以降にも適用する意思表示になります。

法制度を超える企業側の選択

2025年4月からは、65歳まで希望者全員を対象とする雇用確保措置が全面的に施行されています。70歳までの就業機会確保も努力義務として広がりつつありますが、令和7年の厚労省集計で実施済み企業は34.8%です。大企業でも29.5%にとどまり、制度整備はまだ途中です。

このなかで、塩野義の制度は法令対応を超えた競争戦略として読む必要があります。労働市場では若年層の採用競争が厳しくなり、高度専門職の中途採用も容易ではありません。新卒や外部人材だけで人材ポートフォリオを埋める発想には限界があります。社内にいる経験者の知識をどう残し、どう次世代へ渡すかが、企業価値を左右する局面に入っています。

製薬変革を支えるシニア人材活用

HaaS転換に残る経験知の価値

塩野義は中期経営計画「STS2030 Revision」で、従来の創薬型製薬企業から、ヘルスケアサービスを提供する企業への変革を掲げています。医薬品だけでなく、予防、診断、治療後支援、データ活用などへ価値提供を広げる構想です。この転換では、研究開発の専門性に加え、規制、医療現場、事業開発、デジタル、グローバル連携を横断する力が必要になります。

同社は人事制度でも「チャレンジ」と「やりがい」を掲げ、職務等級を軸に、年齢や性別などの属性ではなく職務や成果に応じて処遇する仕組みを説明しています。年間30万円を上限とする自己投資支援制度、在宅勤務、コアタイムなしのフレックスタイム、所定労働時間の短縮、選択週休制度なども整えてきました。65歳以降の正社員継続は、こうした一連の人事改革の延長線上にあります。

製薬業界では、製品の上市まで長い時間がかかり、研究テーマの見極めや臨床開発の失敗経験も組織知になります。熟練社員が現場で担う価値は、単なる作業量ではなく、リスクの読み方、社外パートナーとの交渉、規制当局との対話、品質文化の継承にあります。これらは資料化しにくい暗黙知であり、制度として残さなければ自然に失われます。

年齢横断の評価制度との接続

塩野義の制度を機能させる条件は、評価の精度です。年齢を問わず働ける制度をつくっても、評価があいまいなら、組織内に不公平感が生まれます。65歳以降の社員だけを特別扱いすれば若手の納得感を損ない、逆に形式的な更新だけになれば制度の緊張感がなくなります。

同社の人事制度は、総合評価と貢献度評価の2軸を掲げています。職務等級の定義に照らして行動や能力を確認し、個人の貢献を組織目標と結びつける設計です。この仕組みが65歳以降にも一貫して使われるなら、シニア社員は「年長者だから残る」のではなく、「役割を果たすから残る」存在になります。

先行例も示唆的です。YKKグループは2021年度から定年制度を廃止し、役割を軸にした成果・実力主義とキャリア面談を組み合わせています。ダイキン工業は2024年に定年を65歳へ延ばし、60歳以降も同じ評価制度を適用して昇格や昇給を可能にしました。サントリーは65歳以降再雇用制度を導入し、ノジマは雇用上限を撤廃しています。各社に共通するのは、年齢延長だけではなく、処遇、役割、学び直しをセットで見直している点です。

早期退職後に残った人材課題

塩野義は2023年に、50歳以上かつ勤続5年以上の社員を対象とする早期退職プログラムを実施しました。対象人数は約200人とされ、事業変革に合わせた人材構成の見直しが背景にありました。一見すると、早期退職と65歳以降の継続雇用は逆方向の施策に見えます。しかし、人材戦略としては矛盾しません。

重要なのは、年齢層ではなく、会社が今後必要とする能力との適合です。変革期には、過去の職務に固定された人材を減らす一方で、専門性や経験を発揮できる人材は年齢を超えて残す必要があります。つまり、塩野義が進めているのは「高齢社員を増やすこと」ではなく、「年齢にかかわらず必要な人材を選び、活かすこと」です。

この発想は、働き手にも覚悟を求めます。65歳以降も正社員で働ける制度は、安心材料であると同時に、役割を更新し続ける責任を伴います。過去の貢献だけで雇用が続くわけではありません。学び直し、後進育成、専門性の再定義を怠れば、毎年の更新面談で厳しい判断を受ける可能性があります。

年齢で区切らない雇用が抱える課題

塩野義の制度が広がりを持つには、いくつかの課題があります。第一は更新判断の透明性です。成果に応じて毎年更新するなら、何を成果と見るのか、職務の難易度をどう測るのか、健康状態や勤務時間の制約をどう評価に反映するのかを明確にする必要があります。ここが不透明だと、制度は「会社が都合よく残す人を選ぶ仕組み」と受け止められかねません。

第二は世代交代との両立です。シニア人材が重要ポストを長く占めれば、若手や中堅の成長機会が狭まります。逆に、経験者を単純に外せば、専門知や顧客理解が抜け落ちます。解決策は、役職に残すか外すかの二択ではありません。プロジェクト型の配置、メンター役、品質や薬事の専門職、短時間勤務との組み合わせなど、職務の再設計が必要です。

第三は処遇の納得感です。内閣府の高齢社会白書は、60歳以降に非正規比率が大きく上がる現実を示しています。65歳以降も正社員として働く制度は、この断絶を和らげる可能性がありますが、同時に賃金水準をどう決めるかという難題を抱えます。同じ職務なら同じ処遇に近づけるのか、体力や勤務時間の違いを反映するのか。ここを避けると、制度は持続しません。

第四は安全衛生と能力開発です。厚労省の基本方針は、高年齢者の労働災害リスクや能力開発機会の不足にも触れています。製薬会社の職場は研究、製造、営業、管理部門でリスクが異なります。65歳以降の就業を広げるなら、健康管理、職場環境、デジタル教育、業務負荷の調整を同時に進める必要があります。

企業と働き手が確認すべき実務論点

塩野義の制度は、日本企業の定年延長が次の段階に入ったことを示しています。65歳まで雇うかどうかではなく、65歳以降も正社員としてどの役割を担い、どう評価し、どう次世代へ知識を渡すかが問われる段階です。

企業側は、定年延長を福利厚生としてではなく、人材ポートフォリオの再設計として扱うべきです。必要な職務、更新基準、処遇、学び直し、後進育成の役割を明文化しなければ、制度は形だけになります。働き手側も、65歳以降の雇用継続を「延長戦」と捉えるのではなく、専門性を更新し続けるキャリアの一部として準備する必要があります。

塩野義の挑戦は、製薬業界に限った話ではありません。人手不足が続くなか、経験者を一律に区切る制度は企業にとって損失になり得ます。一方で、年齢に関係なく働く社会は、年齢に関係なく評価される社会でもあります。定年の実質廃止は、企業と個人の双方に、より厳密な役割設計とキャリア自律を求める転機です。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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